アルターリ奪還作戦その2
アルターリまでの行軍は昼間に行われた。道中、何ら妨害もなく作戦部隊は市街地に踏み入ることができた。
作戦部隊の内訳は、護衛用の正規部隊が数十人、魔導具を設置するための技術士官が数人、基地との連絡兼補給部隊が数人という規模だった。
当然、この中には最大戦力であるフェルミットも含まれる。彼がいなくてはならない理由がこの作戦にはあった。
朽ち果てた廃墟群の中を無言の軍人の列が突き進む。傍らにそびえる魔導具をフェルミットは見上げた。
金属製の杭のような形状のそれは、間近で全体を見るには首が痛くなるほどの全長を誇っていた。
名を《エオリエルの盾》と言う。創造神の名を冠する人間のための究極の守護。そういう意図なのだろうが、フェルミットはあまりの仰々しい名前に苦笑が浮かんだ。
神が人を守るなどと、どうして思えるのか。
(まぁ、あながち間違いでもないんだけど)
この天高く聳える守護の盾は、掲げるのに膨大な魔力が必要となる。そのためにフェルミットは必要だった。
皮肉なものだな、とフェルミットは思う。これを作った王立魔導学院の魔導師たちは、神の名を授けながらも人間が自らの手で自分たちを守るのだと考えているのだろう。
だが事実は違う。《エオリエルの盾》の起動に自分を必要とするということは、すなわち──。
「全隊、停止! 設置作業にかかれ!」
指揮官の指示にフェルミットの意識が引き戻される。作戦部隊は《エオリエルの盾》を設置するアルターリの中心に辿り着いた。
そこは広場だった。風化して今は意味をなさない噴水の真隣に、技術士官たちが道具を駆使して巨大な魔導具を設置する。噴水の中央、かつては街の象徴だったであろう朽ち果てている《創造神エオリエル》の像が、窪んだ瞳を金属質に輝く巨大な杭に向けていた。
彫像を見上げると、僅かな郷愁の念が胸に飛来する。一度だけ、フェルミットはまだ廃墟となっていなかったアルターリに着たことがあった。
子供の頃だったために、細かなことは殆ど覚えていない。ただ、そのときにはまだ両親と小さい妹がいた。今となってはもう会うことのない家族たちが──いた。
今は故郷も家族も失った。自分を待っている人も待っている場所ももうなかった。
思わず手に力が入る。幸福を失った悲しみとそれを奪った者への怒りが心の中で渦を巻いていた。
轟音。巨大な木槌が《エオリエルの盾》に打ち下ろされる。その衝撃で杭が少しずつ地面へと沈んでいく。十数回ほど木槌が振り下ろされて、ようやく固定作業が終わった。
「あとは……あんただ」
中年の技術士官が僅かな怯えを滲ませた声でフェルミットを呼びつける。
フェルミットの手が魔導具に触れる。あまり流しすぎると壊れるかもしれない、と思ってなるべく加減しながら魔力を充填させる。起動しない。
「おい、大丈夫なのか?」「分からん。何をやってるかもさっぱりだ」「もしかして壊したんじゃ」「失敗?」「しっ、聞こえるぞ」
不安になった軍人たちがあれこれと言い出すが、フェルミットは特に慌ててもいなかった。
(意外と量がいるんだな。もう少し流せばいいか)
意識を少しだけ集中させる。流入する魔力量が増大。一瞬だけ間を置いてから、《エオリエルの盾》の表面に光り輝く複雑な幾何学模様が浮かび上がった。
杭の頭上に魔法陣が描かれる。魔導具から魔粒子が放出されたのがフェルミットには感じ取れた。遅れて軍人たちの歓声が上がる。
しかし風景には未だに変化がない。もしやと思い、隣にいる技術士官に尋ねる。
「防護結界の展開って、どれぐらいかかるんだ?」
「え? 三十分ぐらいだと聞いてるが」
三十分かかる。その答えに溜息が出た。
「何でもっと早く言わないんだ。斥候部隊に気づかれるぞ」
「……え?」
「人間は高位の魔導師しか魔粒子と魔力を感知できないけど、魔族は全員できるんだよ」
フェルミットの言葉に大喜びしていた軍人たちの動きが止まる。
つまり、重要地点であるアルターリで大量の魔粒子が広がっているのが向こうにはもう気づかれているということだった。
「総員、戦闘配置をとれ!!」
指揮官が大声で叫び、正規部隊の隊員たちが迅速に配置についていく。
ばたばたと動き回る軍人たちの中で、フェルミットはこの場に高速で飛来する魔族の魔力を感じ取っていた。まともな速度ではない。思わず口元に笑みが浮かぶ。
「──彼女か」
フェルミットの背から生える薄膜が光り輝き、翼へと変化する。周囲の大気が含有する魔粒子がフェルミットの魔力と反応。脚を撓めて跳躍。魔法と同様の過程を経て少年の身体が空へと打ち上げられる。
向かう先はただ一つ──彼女の元だ。