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ヴァンパイアシリーズ

ヴァンパイアと伯爵令嬢 その後

作者: 朝姫 夢

 クリスマスなので、名前にちなんでノエルにクリスマスプレゼント。

 ふっと、唐突に意識が目の前の状況を理解しようとする。頭にかかっていた靄が晴れたような、すっきりした状態で。なのに体に感じるのはわずかな浮遊感とあたたかなぬくもり。そして、目の前には…


「ノエル…」

「あぁ、目が覚めたんだね?」


 ふんわりとその美貌で微笑みかけられて、歩いていた足を止めたらしい。かすかな揺れが止まる。それに気づいてそっと視線だけで周りを見渡せば、どこかの建物の中らしい。屋敷の廊下にも似ている場所で、等間隔に配置された不思議な明かりが、柔らかく辺りを照らし出していた。


「ここは…?」

「我が家だよ」

「ノエルの?」

「君にとっても、今日からここが家になるんだよ」


 ぽつりぽつりと問いかけると、それに答えが返ってくる。優しい笑みを供にして。

 そうしてしばらく一問一答のような会話を続けながら、ノエルが歩き出そうとしたとき。


「おや、帰ってきていたのですか?」


 誰もいないと思っていた前方から、闇に紛れるような色を纏う人物が姿を現した。顔立ちはとてもノエルに似ているのに、闇色の髪と蒼い瞳が随分と違う印象を抱かせる。輝くような金色と違い、あまりにも肌の白さとの対比が強すぎる髪色なのか、とても冷たい雰囲気にも思えた。ノエルと髪型が違うというのも、印象が違う要因なのかもしれない。


「兄上!」


 嬉しそうな声で答えたノエルの言葉に、目の前の人物が以前話してくれたお兄様なのだと理解して、ふと気づく。今、自分はノエルに抱き上げられた状態のままだと。


「ノ、ノエル…!おろしてくださいっお兄様にご挨拶を――」

「あぁ、そのままで構いませんよ。貴女はとても体が弱いと聞いていますし。先ほど到着されたばかりなら、お疲れでしょうし」


 失礼がないようにと思っておろしてほしいと口にしたその言葉は、ノエルではなく失礼に当たらないようにと配慮しようとした本人から笑顔で否定されてしまった。

 だが、それより。"体が弱いと聞いている"というのは、つまり、ノエルが話しているということなのか。

 そう考えて、無意識に体が強張る。貴族社会において、この体が何よりも問題だったのだ。それがここでも同じでないと、どうして言えるのか。もし、周りに受け入れられなかったらどうしようかと、一人不安に駆られてしまう。


「サーシャ。前に話したことがあったよね?僕の兄上だよ」

「初めまして。ハイルと申します」


 ぐるぐると一人で考え始めようとしていたサーシャに、柔らかい声が降ってくる。そのまま目の前の人物に名乗られてしまえば、こちらもそれに対応せざるを得ない。考え込むのはやめて、すぐにそちらへと意識を向けた。


「こちらこそ、お初にお目にかかります。サーシャと申します」


 家名を名乗ったことは、今までの人生で一度もなかった。今回は相手が名乗らなかったのもあるが、それ以上に名乗りなれていなかったし、何より今の自分があの家の名前を口にするのは何か違うような気がしたのだ。

 そんなサーシャをしばし観察するように見つめて、そのまま蒼の瞳はついと視線を少し上にずらす。


「ノエルの言う通り体が弱いのなら、婚姻の儀は早い方がいいでしょうね。母上にはもう伝えてありますか?」

「いえ、まだです。これからお話しようかと思っています」

「では、今から私が行ってきましょう。次期王の婚姻を取り仕切るのであれば、私も直接母上にお聞きしたいことがありますから」


 次期、王…?

 聞こえてきた単語は、何とも現実離れしているようで。けれどこの話の流れを考えると、それに当てはまる人物はどう考えてもノエルのことだ。

 いろいろと疑問が湧き上がって、けれどどれも簡単には口にできない気がしてどうしようかと迷っている間にも、二人の会話は進んでいく。


「それならば、あとから行きますと母上にもお伝えいただけますか?」

「えぇ、構いませんよ。ついでに、彼女の部屋に何かあたたかい飲み物でも運ばせましょう」


 このままだと会話が終わってしまいそうな雰囲気に、悩んでいても仕方がないとサーシャは思い切って問いかけてみることにした。


「あ、あのっ…!」

「どうしたんだい?」

「どうかしましたか?」


 今まで誰かの会話を遮ったことのなかったサーシャに、二対の瞳が向けられる。そこに不快感など微塵もないことを感じ取り、そっと胸をなでおろす。けれど少し居心地が悪かった。ノエルだけならばまだ慣れているけれど、流石に人外の美貌を持った青年二人に同時に注目されるのは、どこか落ち着かない気分にさせられる。

 

「あ、の…その…今、次期王、と…おっしゃられました?」

「えぇ。ノエルは次の世代のヴァンパイアの王となることが決まっていますから」


 おずおずと問いかけたそれに明確な答えが返されて、一瞬目の前が真っ白になりそうだった。

 ノエルと出会って二年、毎回色々な話をしてきた。それなのに王になるなんて、そんなことは一言も聞いたことがない。ヴァンパイアの世界は夜明けと夕暮れ以外太陽が顔を見せないだとか、基本的に夜に活動するものだとか、そういうことは聞いたことがある。けれど彼自身のことは、家族に関することくらいしか聞いていないと、今更ながら気づいた。それが、王、だなんて。

 まさかの展開に、今度こそぐるぐると考え込むサーシャの様子を見ていたハイルが、一瞬怪訝そうな顔をする。けれどそれは本当に一瞬で、サーシャはもちろんのことノエルすら気づいていなかった。そのあとすぐに、ノエルへと彼が向き直ったのもあったのだろうが。


「ノエル?」

「何ですか兄上?」

「彼女に、ちゃんと話してありますか?この様子だと、我が家が公爵家だということも、婚姻の儀で人でなくなることも伝えていないのではありませんか?」


 その言葉にギクリと体を強張らせたのが、抱き上げられているサーシャには直に伝わってきた。けれどノエルはそれに気づく風もなく、焦ったようにハイルに弁明を始める。


「いえっ、そのっ…!!流石に婚姻に関することは、そのっ……」

「言いたいことは分かりますよ?間接的に妻になってくれと言っているようなものですからね」

「それだけではなくて、その……特にサーシャの場合、体が弱いというのは人間の世界では…」

「あぁ、貴族社会とはいえ、問題にはなるでしょうね。で、婚姻の儀で人でなくなってしまえば健康になれる、と言いにくかったと?」

「はい……」


 叱られた子供のようにしょんぼりとしているノエルも衝撃的だったが、それ以上に会話の内容に衝撃を受けた。だってそれはつまり、人でなくなる代わりに健康な体を手に入れられるということだ。ある意味、悪魔との取引のようでもある。

 確かにそれを先に言われて、うれしいかと聞かれたら微妙なところだった。健康な体は欲しいけれど、そのためにノエルと一緒にいると思われるのは嫌だなと、後から知った今でも思うのだ。もし知っていたら、きっと別の形で悩むことになっていただろう。


「そうは言っても、今後彼女は様々なことを知っていかなければいけませんし、何よりこうして突発的に誰かに会うこともあるのですから。少し時間がかかったところで困りません。今からしっかりと話してきなさい。しばらくの間、ここで彼女が頼りにできるのはノエルだけなのですから。自分の唯一を不安にさせるのではありませんよ?」

「はい、兄上」


 そのやり取りは、本当にただの兄弟の他愛もない会話のようで。けれどどこか年が離れている印象を受ける。見た目が人とあまり差がないので忘れがちだが、彼らはヴァンパイアなのだ。もしかしたら見た目と年齢の釣り合いすら、人間とは違う次元にあるのかもしれない。


「ただ、まぁ……こんなにも早くノエルの唯一を我が家に迎えられたことは、喜ばしいことです。よくできました」


 そう言って手を伸ばしたハイルが、ノエルの頭をくしゃりと撫でる。その顔はとても柔らかく微笑んでいて。けれどすぐに元の表情に戻ると、そのままの流れでサーシャにも「それでは、失礼」と軽く、けれど優雅に礼をして、廊下の奥へと消えていった。


「……素敵な、お兄様ですね」


 素直にそう思った。きっととても家族思いで、優しい方なのだろうと。その証拠に、頭をなでられたノエルがとてもうれしそうに、まるで子供のように微笑(わら)っていたから。


「自慢の兄上だよ。とても、尊敬している」


 ハイルが消えた廊下の奥を見つめるその瞳には、嘘も曇りもなかった。




 その後。

 ノエルが実は公爵家の次男で、現王の息子であると聞かされたサーシャが、様々な場面で「ヴァンパイアの世界の常識が分からない」と何度もつぶやく姿が目撃されるようになる。


 この世界に対するカルチャーショックは、しばらくの間続きそうだった。




 ノエルはお兄ちゃん子です。お兄ちゃん大好き。

 ハイルとサーシャさえいれば、きっと彼にとってはそれだけで幸せ。

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