必殺技を考えよう!(身体は剣で出来てません(1)
『…キリー…聞こえますか!ヴァルキリー!!』
存在しない筈の足場を蹴りながら、風の谷を駆けるあたしの頭の中に、直接呼びかけてくる声が響く。
「イリナス!?何よこんな時に!」
その声に返事を返しながら、空に開いた穴から飛び出す、黒いモヤの様な物を睨み付ける。遠くからでは良く確認出来ないけれど、辺りに響き始めた不気味な羽音から、そのモヤが大量の蟲の群れなのだと理解する。
魚影ならぬ蟲影と言った所かしらね。不気味ったら無いわね、本当に…
そんなくだらない事を考えながら、今尚穴から飛び立ち続ける蟲の群れが、谷全体に広がっていく様を目の当たりにして舌打ちする。
『状況はご存じですよね?』
「ご存じも何も、今正に現場にいるわよ。何、あたしにリポーターでもしろっての?」
次いで聞こえてきたイリナスの声に、苛立たしげに答える。今のあたしに、軽口や冗談を言っていられるだけの余裕は無い。
それはそうだろう。周りの人達から伝え聞いただけに過ぎないけれど、それが正しいのであれば、あの突如として現れた蟲の大群は、この世界に破壊と混沌をまき散らすその為だけに、産み出された存在なのだから。
大昔に起こったとされる神代戦争以前、あの蟲達はこの世界に存在していなかったそうだ。神代戦争に敗れた邪神グラムと、その忠実な眷属である蟲人達が亜空間に封印された後に、新たに創造されたと目されていて、安直だけれども『邪蟲』と呼ばれているそうだ。
こぶし大くらいの大きさはあるけど、知能は虫と変わらず低いけれど獰猛らしい。その羽は刃のように鋭く、殻も鋼鉄の様に硬いそうだ。
おまけに肉食で、倍以上ある人間だろうと骨ごとバリバリ食べるって言うんだから、徹頭徹尾始末が悪い。そんなのが、大群を成して攻めてきたのだ、オヒメ達の身を案じて当然だろう。
それに、何も心配なのはオヒメ達だけじゃない。この風の谷には、シルフィードの庇護下にあるフェアリー達が、多く暮らしているのだ。
戦う術を持っていない彼女達が、邪蟲達と遭遇してしまったら、どうなるかなんて想像もしたくない。あの無垢な笑顔を向けてくる彼女達が、恐怖に恐れ戦く姿なんて見たくも無いし、させたくも無い。
まぁ、今日出会ったばかりのあたしが、そんな事を思うのは烏滸がましいのかも知れないけれどね。それでも、袖振り合うのも多生の縁って言うし、あの笑顔を曇らせたくないと言う気持ちがあった。
『…すみません、こんな事になってしまって…』
余裕の無いあたしの声を聞いてか、申し訳なさそうなイリナスのテレパシーが届く。それに対しあたしは、謝ってんじゃ無いわよと内心で苦々しく吐き捨てながら、苛立たしげに舌打ちして答える。
イリナスが謝るのも当然でしょうね。今まで、安全だとされていたダリア大陸に、今回こんな風に邪神の尖兵が現れた原因なんだけれど、少なからずあたしにもその責任の一端があるのよね。
イリナスと帝都で面会した際、彼女がこの世界全体を覆い尽くす程の大規模な魔法を、幾重にも張り巡らせている事を教えられた。『グラム』と呼ばれていた頃の、この世界の元神と同等の魔力を有している彼女だからこそ、それが可能だったんだけれども、その魔力量は決して無限でも無尽蔵でも無いのよ。
今もずっと女神と崇められては居るけれど、今の彼女に更なる大規模魔法を行使するだけの力は残っていない。絶大な魔力のほとんどを、世界全体を覆い尽くす結界の維持に費やし続けているからだ。
それでも、一応消費魔力よりも回復量がなんとか上回っているんだけど、回復したその魔力を彼女は、異世界人返還の儀式で消費してしまっているのだ。だから、間違っても意図的に異世界人を召喚するだけの余裕は無い筈だし、その異世界人を精霊化させる魔力なんて無い筈だった。
にも関わらず、クロノスの指示だか何だか知らないけれど、無理してあたしという存在をこの世界に召喚してしまった。その結果、維持してきた結界に綻びが生じてしまい、今回の様な事が起こってしまったのだ。
だから恐らく、数日前に聞いたフェンリルが倒されたと言う件も、間接的にはあたしが召喚された所為だったのかも知れない。あたしにとってもとんだとばっちりだけれども、そう言った事実関係を知らされていないこの世界の住人にとっては、とんでもなくはた迷惑な話よね。
まぁ、現状維持を続けていたとしても、いずれ神代戦争の頃に負った、邪神の傷が完璧に完治してしまったら、今のイリナスではどうしようも無いんだけれどね。実はジリ貧なのよ、この世界。
『都合の良い事とは承知しております。しかしどうか…』
「みなまで言わなくたって解ってるわよ。放って置いたらどうなるか解ってて、無関心で居られる程冷血じゃ無いのよ、あたしは」
『ありがとうございます』
「上っ面の言葉なんて要らないから、誠意を態度で示しなさい!貸し1つ、だかんね?」
『解りました。この借りは必ずお返しします。ですからどうか、シルフィードの事を…』
そのテレパシーに、最後に見たシルフィーの姿を思い出す。その姿はあまりにも危うく、何よりあの身震いするような恐ろしい殺意は、彼女にはあまりにも似つかわしくない。
だから…
「…解ってるわよ、出来るだけフォローすれば良いんでしょ?けど、あたしに出来ることと言ったら、シルフィーが心置きなく戦えるようにするくらいだろうけれどね。」
出来る事なら、彼女には笑っていて欲しいと思う。だけど実際問題、シルフィーのスピードに手も足も出なかったあたしが、出しゃばるべきでは無いと考え、気持ちを自制して答えた。
正直、シルフィーの殺意を目の当りにして、彼女とあたしの格の違いというものを察してしまったのよ。考えてみればそれも当然で、シルフィーは幼く見えるけれども、実際には長い年月を生きてきた大精霊で、実際に古代の神代戦争で活躍した英雄だ。
一方のあたしは、生を受けてたかだか17年ぽっちの――こっちの世界の時間感覚で言えばもっと短い、彼女達大精霊から見たらほんの瞬き位しか、生きていないだろうあたしとでは、比べる迄も無い程の経験値の差があるのだ。悔しいけれど、この差はどう足掻いても埋められるものじゃ無い。
技や身体能力を競うような試合ならまだしも、いざ実戦となったらあたしが出る幕なんて無い。知識や技術である程度は補えるかも知れないけれど、一番重要な場面で足を引っ張ったら、元も子もないんだから。
何より、あたし1人の危険で済むならまだしも、周りを巻き込んでしまう可能性だって考えられる。あたしには、破滅願望なんて無いからね。
『よろしくお願い致します。あの子は優しい子ですから、周りに被害を広めない為に、谷全体を結界で覆ってしまったようですが、それを維持しながら戦い続けるのは、決して簡単な事ではありませんから』
「…解ってるわ」
『では、よろしくお願い致します。至急、応援を向かわせます。』
最後にそう告げて、イリナスのテレパシーは途絶えた。そしてあたしは、今更ながらの事に気が付き眉間に皺を寄せながら、今も谷全体を覆う暴風の結界を睨み付ける。
『…マスター?』
イリナスとのやり取りの間、場の空気を読んで口を挟まなかった銀星が、あたしの異変に気が付いた様で、不思議そうに問い掛けてくる。
「…大丈夫よ、問題ないわ。」
その問い掛けに対しそれだけ告げて、視線を目的地の方角へと向ける。何も問題なんか無い、単に今更過ぎる事に気が付いた、間抜けな自分に嫌気がさしただけなんだから。
馬鹿ねあたしは…イリナスって言う良い例が居るって言うのに、こんな単純な事にも気が付かないだなんて。
シルフィーの強さに疑う余地なんて無い。魔力量はあたしの比じゃ無いし、その圧倒的なスピードは他の追随を許さないだろう。
だけど、シルフィーの強さだって絶対じゃ無い。魔力量が強さに直結する精霊達は、裏を返せば魔力が主体となっていると言う事だ。
彼女達の魔力が、あたし達にとっての体力だとするのなら、谷全体を完全に覆い尽くす程の結界を張っているシルフィーは、全力を発揮する事が出来ないという事に他ならない。誰だって全力疾走しながら、歌うのが難しいのは当たり前よね。
そんな単純で当たり前の事が、見えていなかったなんて間抜けでしか無い。自分との圧倒的な差を見せ付けられて、少し陶酔していたのかも知れない。
『マスター!!アレ見てアレ!!』
「ッ!」
そんな風に自分の考えを改めていた所で、不意に夜天に呼びかけられて、死線を巡らせて地面に向けると、そこに数体のフェアリー達が、怯えた様子で岩場の影に隠れているのを発見する。それを無視なんて出来る訳も無く、向かう先を急遽変更して見えない足場を蹴って地に降り立った。
「ひぃ~!「きゃ~?!」
突然現れたあたしに対し、フェアリー達が驚いて悲鳴を上げ身を隠すけれど、今はそれどころじゃないので無視する。
「あなた達大丈夫?あたしと一緒に来れる?」
焦る気持ちを抑え、なるべく怯えさせないようにと気を付けて、見つけた彼女達に語りかける。すると、それが功を成したのか、怯えた雰囲気ながらも岩陰から顔を覗かせる。
ここで、すかさずアルカイックスマイルを彼女達に向けて、夜天と銀星を鞘へ戻してから、ゆっくり近づいていく。そんなあたしの努力を無駄にする奴等が、文字通り降って湧いて現れた。
「ッ!」
『マスターッ!!気を付けて下さい!!』
現れた気配を察知して空を見上げると同時に、緊迫した様子の銀星の声が脳裏に響いた。視線を向けた先には、あの亜空間から姿を現した黒い蟲達が、今や天を覆い尽くさんばかりに広がっている。
その群れから幾筋もの影が、地面に向かって伸び始めていた。その内の一本が、狙い澄ましたかのようにあたし達に向かって伸びてきていた。
「あなた達!そのまま岩陰に隠れていなさい!!行くわよ夜天、銀星!」
『はい!』
『おぉー!!』
それを確認するや否や、フェアリー達に対してそう叫ぶと同時に、再び夜天と銀星を抜いて地を蹴り天へと駆け上がる。すかさず、着ている服を今やお馴染みとなった袴姿に変え、鋼鉄製の胸当てと紋付き手甲を召喚して装備する。
そして、フェアリー達から十分離れた所で、背後を護るようにして立ち塞がり、向かってくる黒い影を睨み付ける。大分近づいた所為もあって、邪蟲達の大きさがハッキリ確認出来る。
聞いていた通り、その大きさはこぶし大程で、形は太った甲虫といった感じだった。分かり易く言うとカブトムシのメスを、丸く膨らませたような形かな?
全身が真っ黒で艶のある所は、地球産の甲虫と変わらない。けど、何と言っても特徴的なのは、顔と思われる部位の口に当たる部分に、間違ってクワガタの大顎を取り付けたんじゃ無いかって思える程の牙が、咽喉部の両端から延びていた。
あの凶悪な姿を見たら、正直半信半疑だった骨ごとバリバリ食べるという、可愛げの無い話も納得だ。いくら昆虫マニアだって、きっと裸足で逃げ出すでしょうね。
そんな恐ろしい相手が、今目の前に無数に迫ってきているんだから、ただただ悪夢でしか無い。1匹2匹ならいざ知らず、100や200なんてもんじゃ無く、余裕で万は要るだろう。
そんな、圧倒的物量を前に軽く舌打ちをうつ。正直、アレを前に個人の力なんてものは無意味だ。
いくら研鑽を積もうとも、個人の武力には限界がある。武術で多人数を相手にする事は可能だけど、一軍を相手にする事なんて不可能だ。
少数精鋭だとか、一騎当千だとか聞こえは良いけれど、それらの天敵こそ物量に任せたゴリ押しだ。それを正面からどうにか出来るとしたら、個が持ち得る範疇を超えた、圧倒的なまでに純粋な破壊の力だろう。
それがきっと、この世界で言う所の守護者の力なんでしょうね。全く、嫌んなるわよね~異世界くんだりまで来て、害虫駆除をやらされるなんてね。
虫○ロリかゴキア○スジェットが欲しいわね。地球の製薬会社が、こっちの世界に進出したら、さぞ儲かるんでしょうね~
「出来たらまだ温存したかったんだけど、仕方無いか…準備は良い?」
『当然ですマスター』
『ど~んとこ~い!』
押し寄せてくる波のように迫る邪蟲の群れに対し、手にした姉妹双剣を逆手に持って意識を集中する。一端の武道家として、個の武力に限界があるなんて認めたくは無いけれど、実際問題アレを武術だけで、どうにかしようなんて出来ないのは解っている。
どうにか出来るのが圧倒的な力だというのなら、業腹だけれども見せてあげようじゃない!半人半精、一身一刀の精霊王ヴァルキリー・オリジンの新しい権能を!
「戦の精霊ヴァルキリー・オリジンの御名の元命ずる!夜天・銀星!!汝等の秘められしその力、解放せよ!!」




