全て水に流しましょう!(水洗トイレが恋しいDEATH
ゴゴゴゴ…
やがて地響きが収まって、残心を解いたあたしはゆっくりと歩き出した。
「…あぁ、良かった。ちゃんと無事だったのね。」
そして、お目当ての人物を見つけて、安堵に胸をなで下ろした。地面に大の字で寝転がっている彼女の身体には、今し方あたしが付けた6筋の傷が刻まれており、そこから血の代わりに黄色い微精霊が立ち上っている。
地面に寝っ転がったまま、近づくあたしの気配を察したんだろう彼女は、あたしが声を掛けるよりも前に、ジロリと恨めしそうな視線を向けてきた。
「…殺せ。」
そして、開口一番そう呟く彼女に、あたしは呆れながらにため息を吐いた。
「貴様のその武器ならば、イリナスの呪い毎、我を滅する事が出来るであろう…殺せ。殺してくれ…
「『不滅』の加護は、確かにあんたにとっては呪いかもね。まぁ、あたしにもそう言った類いにしか思えないけれど。」
そう答えてあたしは、兼定を抜刀してその切っ先を彼女に向ける。
「…そうだ。それで良い…貴様は我に勝ったのだ。眷属達にまで見限られた我など、守護者たる資格等無い…殺せ。」
その言葉に従う様に、あたしはゆっくりと兼定を上段に構えていく。そして…
「…あなた、本当に馬鹿ね。守護者の資格云々は知らないけれど、誰が誰に見限られたって言うのよ?
「何…ッ?!」
上段に構えたまま、再び呆れながらにため息を吐いて、そう語りかけると同時、あたしとガイアースの間に割って入る1つの影。それは…
「トパーズ…」
両手を広げて、ガイアースを庇う様にあたしの前に立ちはだかった人影は、たった今彼女が見限られたと言った、彼女の眷属トパーズだった。そして、あたしの前に立ちはだかる為に姿を現したのは、なにもトパーズだけじゃ無かった。
「おまえ達…何故…」
あたしと闘って、全く歯が立たずに簡単に拘束されていった、中位・上位の子達は勿論、ずっと隠れていたらしいオヒメと同じサイズの下位精霊、意思を持った微精霊達までもが、ガイアースの危機と思って姿を現したのだ。
「何故も何も無いのよ。本当に、そんな簡単な事もわからないなんて、困った精霊王ね。」
そう言いながら、掲げた刀を下ろして鞘に戻すと、1度ぐるりと彼女達に視線を巡らせ微笑む。
「フォールメンティーナ…あなたの母親が1人しか居ない様に、彼女達にとってはあなたしか居ないのよ。理由なんて、それで十分じゃ無い。」
そう言って、未だ立ちはだかるトパーズの肩に手を置いて、ジェスチャーで横に退く様に促した。それに応えて彼女が道を譲ると、ガイアースの側まで歩み寄って膝を折って座った。
「今までを無かった事にする事なんて出来ない。けれど、これからを変える事は出来るわ…ソッと寄り添うだけでも良い、家族によってその在り方は違うんだから。だけど――」
そこで1度言葉を切って、不安そうにしてガイアースの側に今も寄りそう彼女達を見渡した。
「――大昔、あなたが笑顔を向けたら、お母さんは笑ってくれたでしょう?それが、ただただ訳も無く嬉しかったでしょう。だったら、この子達を笑顔にしてみせなさい。そうすればきっと、またあなたもあの頃みたいに笑えるから…」
人は、人を写す鏡だという。不安が伝播する様に、憎しみが感染する様に…
笑顔を向けられたら、思わず笑顔になってしまう様に。花の様な笑顔は咲き乱れ、辺り一帯を明るく照らしてくれる。
ガイアースに視線を戻したあたしは、彼女に向けて屈託無く笑い拳を作って、彼女の真っ平らな胸に巻かれた黒いバンドの上から、コツンと優しく殴りつけた。
「ど~よ!あたしの1発は、ちゃんとココに届いたかしら?
「…顔を殴るのでは無かったのか?
「あれはほら、言葉の綾ってやつよ。見た目ちっちゃい女の子の顔なんて殴れる訳無いっしょ
「我は遠慮無く顔を狙ったがな…それに、小さな女の子扱いされる歳でも無いわ
「そう言えばそうだったわね。んじゃ、あたしのお顔に一撃入れた罰で、あなたの事今後『合法ロリ』って呼ばせて貰うわ
「それは…意味は解らぬが辞めてくれ。死ぬより辛い気がする。」
ほんの数分前まで、死闘と言って差し支えない戦いを繰り広げていた者同士とは、全く思えない様な穏やかなやり取り。そんなやり取りを経て、今し方あたしが小突いた箇所を手で押さえ、彼女はゆっくり瞳を閉じた。
「…痛いな…嗚呼、とても痛い一撃だったよ…そうか…」
噛みしめる様に呟き、そして今まで見た事の無い表情で優しく笑い、ギリギリ聞こえるかどうかと言った声で、再び『そうか…』と繰り返した。その表情は、彼女の記憶の中で見た、幼い頃の屈託無く笑う面影が垣間見えた。
それを確認して、再びため息を吐いて立ち上がった。そして、未だ大地に寝転がる彼女に背を向けて、もう一度トパーズの肩を叩いてから歩き出した。
「切っ掛けは作ってあげたから、後はあんた達でよろしくやってよね。これ以上はお金取るんだから。」
憎まれ口を叩いた後、その場を後にする。背後でトパーズがお辞儀したのが、気配で伝わってきたけれど、振り返らずに手だけを上げた。
そして、視線を彷徨わせて仲間達の姿を見つけ、そっちに向かって歩いて行く。少しして、大きく手を振ったオヒメが、駆け足であたしに向かってくる姿を目撃する。
…ん?駆け足?
ふとした違和感を覚え、その正体を探ろうとする暇も無く。
「ママッ!!」ドゴッ!
「おぅふ?!」ドサッ
勢いよく頭からお腹に突っ込んでくる彼女を、何の準備も無く受け止めた所為で、衝撃を受け止めきれずにその場で尻餅をついた。
「いったたた…って、オヒメ?
「えへへ…うん!」
お腹に顔を埋めていた彼女は、あたしが呼びかけると嬉しそうに顔を上げて、満面の笑みを向けてくる。向けられたその顔は、間違いなくオヒメだったけれど、その姿はあたしのよく知る小さな姿では無く…
「…あんた、ちょっと見ない間に太ったわね~
「ムッ!太ってないよ!!
「冗談よ冗談。大きくなったわね~」
ムスッとむくれたその顔が、とても愛らしいその彼女の頭に手を置いて、微笑みながら優しく撫でた。彼女の身体は、見慣れた下位精霊のそれでは無く、大体5歳児か小学生低学年位の背丈に迄成長していた。
ガイアースの中位精霊の子達と、大体同じか少し小さい位か。って事は、中位精霊にまで成長したって事よね?けど…
「なんで急にこんなに大きくなってんのよ?」ムニムニ…
「うにゃぁ~…」
不思議に思いながら、オヒメの頬を両手で挟んで、マシュマロみたいな質感のその肌を、こねる様にして弄びながら観察する。弄ばれている本人は、嫌がるどころかむしろ嬉しそうにして、面白い奇声を上げながらされるがままに成っていた。
そうしている内に、観察そっちのけで夢中になり、次第に理不尽な思いがこみ上げてくる。
「くっそ!柔らかいな!羨ましくなんて無いんだかんね!!
「う゛にゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…
「…何してるんですか?」
そんな馬鹿なやり取りをしていたあたし達に向かって、頭上から声を掛けられたので、そっちに視線を向ける。するとそこには、エイミーとアクアが呆れた様な表情で立っていた。
そして…
「ん?あれあれ?気のせいかしら?見慣れない子が2人も居るんですけど…
「気のせいじゃ無いですよ。」
困惑気味にエイミーに語りかけると、彼女は困った表情で微笑んだ。彼女にそう言われて、改めてその下位精霊達に視線を向ける。
1人は銀髪をツインテールにした、気の強そうな雰囲気の下位精霊だった。空中で仁王立ちするかの様に、エイミーの顔のすぐ横辺りに陣取り両腕を組んで、口を見事なへの字に曲げてあたしを睨んでいた。
そしてもう1人は、エイミーの持ち上げた両手の平の上で、何故か眠りこけている黒髪の下位精霊だった。寝てるからよく見えないけれど、見た感じその髪はショートヘアの様で、なんとも気持ちよさそうに、安心しきった表情で眠っていた。
一見して、髪の色とかは違うけれど、顔の造りがその2人はよく似ている事から、直感で姉妹の様に見えた。そう言えば、そんな話をつい最近もしたなと思って、恐る恐る銀髪の子を指差して口を開いた。
「…えっと、もしかして銀星?
「気が付くのが遅いです!マスター!!
「ご、ごめんなさい?えっと、じゃあそっちで眠ってるのが夜天かしら
「えぇ、そうです。ほら夜天!!あんたもいい加減起きなさいよ!!」ゲシッ
「ちょ!何も蹴らなくても…」
何故か怒っている銀星の勢いに押されながら、エイミーの手の平の上で眠る夜天を足蹴にする彼女を、慌てて制止させる。直後、それまで気持ち良さそうに眠っていた夜天が、モゾモゾと動き出してのそっと起き上がった。
「…ん~…なに?
「『なに?』じゃ無いわ!マスターが私達に気が付いたの!!ほら、夜天もちゃんと挨拶しなさいよ!!
「え~?まだ眠いよ~…銀が変わりにやっておけばいいよ~…
「何言ってんのよ!!」ゲシ!ゲシ!ゲシ!
「ちょ、ちょっと!落ち着いて銀星ちゃん!!」
再び眠る体勢に入ろうとした夜天を、勢いよく連続で蹴り始めた銀星に、たまらずエイミーが割って入り止めに掛かる。そりゃ、自分の手の平の上で、あんな暴れられたらたまったもんじゃ無いわよね。
暫く待って、そのやり取りがまだ続きそうだなと判断したあたしは、エイミーの手の平の上で繰り広げられている、ドタバタ劇から視線を外して、苦笑いしているアクアを見やる。
「状況が飲み込めないんだけど、かいつまんで教えてくれる?
「あぁ、はい。えっとですね…」
そうして聞かされた彼女の話を纏めると、どうやらオヒメの身体の変化も、彼女達2人の出現も、あたしが精霊としての位階を高めた所為らしい。
あたしが最後にガイアースに向かっていく際、ウィンディーネの力とトパーズ達地の精霊の力を、吸収していくのに併せて、オヒメが大きくなっていったらしい。あの時、背後が騒がしかったのは、てっきりあの山みたいな塊見て騒いでたんじゃ無く、オヒメが急に成長していったから驚いていたらしい。
そして兼定を召喚した際に、あたしの周りにあった微精霊達が、兼定本体に一気に吸収された後、抜き身になった刀身から溢れた光の奔流の中から、夜天と銀星が姿を現したそうだ。まさかあの瞬間、そんな近くに居ただなんて思いもしなかったわ。
って言うか、ガイアースのあの攻撃よりも、オヒメの成長の方が驚きだって、正直どうなん?あたしも大概だと自覚はあるけど、こっちも随分動じなくなってきたわね…
「…コホン。改めましてマスター、銀星と申します。この広い異世界で、我々2人を見つけて下さり、ありがとうございます
「夜天です…ふわぁ~…」ゴスッ「おふっ?!ど、どうぞ…よろしくお願いします…
「よろしくね2人共。」
そうして、優雅にお辞儀する銀星と、あくびをして彼女に脇腹を殴打されて、悶絶してお辞儀する形となった夜天が挨拶してくる。その2人に笑顔を向けながら返して、2人に向けて手の平を出すと、彼女達は一瞬お互いを見合った後、その上にちょこんと座った。
そのまま目の前にまで彼女達を持ってくると、今までオヒメにしてきたみたいに、人差し指と中指の腹でそれぞれの頭を撫でていく。
「こ、子供扱いしないで下さい、マスター!」
恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めながら、文句を口にする銀星とは裏腹に、夜天は気持ち良さそうにしながら、されるがままに成っていた。かわいいなぁ~
「優姫、そろそろ行きましょうか
「ん、そうね。外はどうなっているのかしら?出来れば夕暮れ前までには、下山したい所だけど。」
何時までも愛でていたいけれど、そうも言っていられない。エイミーに呼びかけられたあたしは立ち上がると、夜天と銀星は手の平から飛び立って、あたしの両の肩にそれぞれ着地する。
「では私は、トパーズさんを呼んできますね
「あ、エイミー。良いわよあのままで
「え?しかし…
「大分力の使い方も解ったから、ここから出る位なら彼女達の力が無くても大丈夫よ。それに…」
そこまで語って、苦笑しながら未だガイアースの周りに集まっている彼女達を見つめる。
「…今あそこに入って行くなんて、そんなの野暮ってものじゃない?
「フフッ、そうですね。」
その光景を、暫く微笑みながら見つめた後、あたし達は地の精霊界を後にした。立ち去り際、あれだけ薄暗かった彼女の世界が、少しだけ明るくなった気がするのは、きっと気のせいでは無い筈だ。




