真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす!(顔はダメだぜボディボディ(5)
ダンッ!「…ぐ、うぅ…クッ!」
背中から地面に叩き付けられた彼女は、よろよろと起き上がって追撃に迫るあたしを確認すると、防御のつもりなのか、その進路上に岩の壁を生成してその影に隠れる。その手前で地に降り立ったあたしは、彼女の悪あがきに哀れみさえ感じなが、両手をクロスさせる様にして双剣の柄に手を添える。
「これで終わらせてあげるわ…武人一刀居合術、変異二刀の構え、双頭…」
様式美として名乗りを上げて、右足を踏み込むと同時に夜天と銀星を同時に抜刀する。
「変異二刀居合術『天罰』!!」
銀と黒の2色の軌跡を伴って×字を描いた斬撃は、トパーズが生成した岩の壁を容赦なく切り裂いて、その向こう側の彼女の姿を露わにする。その向こう側で彼女は、身を隠して怯える為にそれを産み出した訳では決して無く、逆に反撃に打って出る為の手段としていた。
一枚隔てた向こう側で彼女は、ガイアースから受け取ったその戦鎚を、再び大きく上段に構えていたのだ。壁を作って一瞬でもあたしの動きを止めて、それ毎打ち付けようとでも思っていたのか、壁を避けて回り込んで来た所を、狙い撃ちするつもりだったのか。
いずれにしても、自分の精霊界で戦えている影響で、見えなくてもある程度気配が伝わってきていたから、彼女が武器を構えている待ち受けている事には、当然だけど最初から気が付いていた。だから敢えて、真正面から打ち破る事にしたんだ。
「やっ、ああぁッ!!」
えげつないとは思うけれど、真正面から打ち破って、彼女の戦意を完全に挫く為に。彼女がどうしようと、どんなに足掻いても、あたしには決して届かないって、そう心に刻み込む為に。
力を振り絞って、振り下ろされたその一撃を、冷静に見据えて軌道を読んだあたしは、更に一歩左足を踏み込んで半身に成る事で、戦鎚の進む進路を空けて背中すれすれの所で避ける。その光景を、絶望したかの様な表情で見下ろす彼女を一瞥してから、流れる様な動作で次の構えを取った。
「武神流双術…」ドゴンッ!!
再び、様式美として名乗りを上げると同時、戦鎚が轟音と振動を伴って地面に突き刺さる。そんな事お構いなしに、半身のまま構えたあたしは、左手に持った夜天を逆手に持ち替え、彼女の腹に突き立てる。
そして、まるで弓に番えた矢を引き絞るかの様に、銀星を持ったままの右腕を引いて構える。力を溜めて意を決して放たれた右腕は、左手に持った夜天の柄頭目指して突き進み…
「『鋭角』ッ!!」ガツンッ!!
まるで釘でも打つかの様に夜天の柄頭を打ち付けると、その刃はしかし彼女の身体に埋まる事無く、まるでその変わりと言わんばかりに、青みがかった銀色の光りが、トパーズの腹部を貫いて腰の向こうへと抜けていった。
「…ガッ?!」
次の瞬間、苦痛に顔を歪めたトパーズが、不意にその長身をグラリと揺らしたかと思うと、途端に足下の力が抜けて膝から崩れ落ち、あたしに覆い被さる様に倒れ込んでくる。それを構えを解いて受け止めて、安堵の吐息を着いて目を伏せた。
ぶっつけ本番だったけれど、どうやら上手くコントロール出来たみたいね…
「…痛い思いさせてごめんね。後の事はあたしに任せて、暫く休んでいなさい。」
恐らく、性格的に怖がりなんだろう彼女の、言われるがままだったとしても、なけなしの勇気を振り絞って健闘した姿に、あたしは囁く様に耳打ちして、子供でもあやす様にその背中をポンポンと叩いた。
「…どうして
「うん?
「どうして…ヴァルキリー様は…そうまでしてガイアース様に、挑もうとするのですか?」
力なく、耳を澄まさなければ、恐らく聞き逃していただろう位小さな声で、そう問い掛けられて思わず苦笑する。
「さてね…飾る気も無いから本音で言うけど、きっとただの自己満足よ。昔、あなた達みたいな瞳をした子を、あたしは救えなかったから、その時のやり直しをあなた達でしようとしているだけよ、きっと…
「そう…ですか
「えぇ。ただ憂さを晴らしたいだけだから、あなたが気に掛ける必要も無いのよ。だけど悪い様にはしないって、ちゃんと約束するから。」
彼女の質問にそう答えて、その身体を地に横たえさせる補助をした後、立ち上がろうとした所で、服の裾を彼女に掴まれる。
「お願いします…どうか、どうかガイアース様を…」
雨の中彷徨う子犬か子猫の様に、不安そうに懇願してくる。その先に続く言葉はきっと、赦して欲しいか、救って欲しいか…
どちらにしても、あたしにそんな資格なんて無いだろう。ガイアースの行いに、黙っていられないから、ただ単にぶっ飛ばしたいだけなんだから。
けれども、出来うる限りの事はすると約束したい。だからあたしは、震えるその手をソッと両手で包んで、安心させる様に微笑んで頷いた。
それを見てトパーズは、ホッと安堵した表情を浮かべて、裾を掴む手の力を緩めた。
「…まさか、その程度の魔力量で、高位精霊を圧倒しきるとはな。」
トパーズの手を振り払い、立ち上がった所で声を掛けられて、そちらへと顔を向けて睨みつけ、横たわった彼女から離れようと歩き出した。
「貴様の実力は、十二分に理解した。どうだ?色々と思う所はあるだろうが、この辺りで手打ちにして、素直に我が力を受け入れるというのは。」
歪な笑みを浮かべながら、あたしの歩に併せるように、上空からゆっくり降りてくるガイアースを、ヘラッと何時もの軽薄な笑みを浮かべて迎える。
「お褒めにあずかり光栄だけど、前言を撤回する気はさらさら無いわ。それに、今はあなたの力なんかよりも、飴ちゃんの方がよっぽど欲しいしね。」
ガイアースの申し出に軽口で返すと、彼女は笑みを消して不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「…まぁ良い。前言を撤回しないというのであれば、やはり我に挑むというのだな?
「そんなの、決まってるでしょ」ガツンッ!「痛ッ!な?!」
一足飛びで自分の間合いに持ち込む事が出来る場所まで近づいた所で、前傾姿勢を取って仕掛けようと動いた瞬間、横合いから何の前触れも無く現れた丸太の様な形の岩に、思い切り横殴りにされて体勢を崩した。その勢いで、地面に投げ出されそうになるけど、なんとか右手を地について飛び上がり、姿勢を整え着地した。
「調子に乗るなよ?小娘…トパーズは、戦いに不向きな性格故、御し得たのかもしれんが、貴様の前に立ちはだかるは、最高位の精霊王であるぞ
「だから、何だって言うの」ガンッ!「ぐぅっ?!」
強気に反論しようとして良い終わる前に、頭上から突然衝撃を受けて、為す術も無く地に頭を着ける。
「頭が高いと言っているのだ愚か者め
「…クッ、このっ!」ガンッ!!「きゃぁ?!」
起き上がり様、飛びかかろうとした所で、今度は眼前に出現した岩に、顔面を思いっきり殴打されて、その勢いで後方に吹き飛んで仰向けに倒れた。
いくら何でもおかしい…何で関知出来ないのよ。さっきまでこんな事無かったのに…これじゃまるで…
「優姫!!
「ママッ!!」
聞こえてきた叫びに、仰向けになったまま右腕を上げて無事を知らせてから、下半身を持ち上げ反動を付けて、手を使わずに飛び起きた。飛び起き様に、関知出来ない攻撃を警戒しつつ、さっきの一撃で出た鼻血を拭いつつ、口の中に広がる血を集めて吐き捨てた。
「…不思議そうな顔をしているな?一体何が起きたかわからんだろう
「得意げにしてる所悪いんだけど、大方の察しは付いたわよ
「…相変わらず可愛げの無い小娘だ。まぁ良い…察しているのであれば、しかと見るが良い。これが精霊の位階の差という物だ。」
つまらなさそうに呟いた後、まるで見せ付けるかの様にゆっくりとした動作で、ガイアースは右手を天に向ける。するとその手の内に一瞬眩しい光が現れ、それが収まると世界の景観が書き換えられていた。
それまでの白銀の世界が嘘の様に消え去り、現れたのはゴツゴツと無骨な岩が、見渡す限りの一体を覆い尽くしている世界。天は薄暗く巨岩が浮かび、開けた場所の筈なのに、やたらと圧迫感を感じる異様な世界へと変貌していた。
「どうだ?これが我が精霊界だ。貴様は我を逃さぬつもりで、精霊界に閉じ込めたのだろうが、貴様程度の世界を書き換えるなど、我にとっては造作も無い事よ
「あらそ。御託は解ったから、さっさと仕切り直しましょうか。」
まるで意に介した素振りも見せないで、彼女に対してそう告げたあたしは、身体の関節をグルグル動かしほぐしていく。そんなあたしの様子を見て、不機嫌そうな表情で睨まれるけど気にせず続ける。
「やっぱり、慣れない事はしない方が良いわね。俯瞰で相手の気配を感じられたのは、確かに便利で良いんだけど、五感に意識を集中しきれない所為か、反応出来なかったわ。便利な力に頼るって言うのは、やっぱり油断に繋がって駄目ね
「強がりを…まさか次は避けきれるとでも思っているのか?」
不機嫌そうに聞いてくるガイアースに対し、チラリと一瞬だけ目配せした後、浅い深呼吸を数度繰り返す。心を静め、感情を鎮め、殺意や怒気を内深くへと沈めていく。
あたしが強敵と認めた相手に対して、いつも行うルーティーン。そうする事で余計な思考を追い払い、五感を更に高めて神経を研ぎ澄ましていく。
あたしの纏う雰囲気が、一変した事に気が付いたのか、一瞬訝しがる様に眉根を寄せたガイアースは、すぐさま顔を引き締めて油断なく構える。そして、彼女がその手を前に突き出すと、それに呼応するかの様に、トパーズに貸していた戦鎚がその内に現れた。
「…あたしの準備が整うのを、わざわざ待ってくれるだなんて、随分優しいのね
「準備不足で負けましたなどと、下らん文句を付けられたら困るのでな。」
その返答を耳にして、口の端をつり上げニヤリと笑い、悠然と構えて一歩踏み出す。
ゴッ!
それと同時に、右前方から出現した石柱を、右腕を掲げて手甲で受ける。そのまま左足を引いて、右足を軸にして身体を捻り受け流した。
次いで出現する斜め下からの打ち上げる様な一撃を、身を屈めると同時に根元を銀星で切り裂き、転がる様に前に飛ぶ。猛攻は更に続き、背面にいくつもの気配が生まれるのを察知しながら、振り向かず蛇行して駆ける事で、無数の打ち付け攻撃を回避していく。
いくら唐突に出現する攻撃だったとしても、逃げに徹すれば避ける事自体は、そこまで難しい訳じゃ無い。出現から射出するまでに、一瞬のタイムラグがある事には、3発もくらってれば嫌でも気が付く。
今のあたしの反射神経なら、その一瞬のタイムラグもあれば、出現の瞬間さえ見逃さなければ対応出来る自信があった。それに、ガイアースだって未来予知が出来る訳じゃ無いんだから、攻撃する箇所は視認なり気配なりで決定している筈だ。
なら、動きを先読みされない様に動き回っていれば、それだけで命中精度が下がる筈だ。さっきも語ったけれど、本気で逃げに徹した人間を捕まえるは意外に難しいのだ。
それがトパーズの様な素人じゃ無く、武道を嗜んだ専門家とも成れば、その難易度は一気に跳ね上がる。攻撃の際に、こう動かれたら避けられるとか、こうされたら面倒だって、嫌って程熟知してるからね~
だから、回避に専念している間は、この攻撃を受ける事はまず無いと言って良い。けれど問題は…
「どうした!避けるだけか?!それで我の顔を殴れると思っているのか!!」
あからさまなガイアースの煽りに、猛攻を避け続けながら、忌々しく舌打ちする。彼女に言われる雨でも無く、そんな事は解っている。
回避に専念するという事は、攻撃はおろか防御さえも疎かになるって言う事だ。だからこうして、回避しながら思考を巡らせて、打開策を考えて居るんだから。
今あたしは、ガイアースと一定の距離を置いて、縫う様に円を描いて移動していた。隙を見て、一足飛びで跳躍出来うる、ギリギリ一歩外側の位置を保った、平面に時には立体にと移動して様子を伺っていた。
精霊化していられる時間も残り少なく、はやる気持ちも正直あるけれど、それを抑え込んでジッと商機を伺う。残魔力量から言って、1度チャンスを見逃したらもう次は無いでしょうからね。
それに、何の意図も無くこうして一定の距離を保つて、面移動している訳がなく、これも歴とした作戦なのだ。
「…埒があかんな。良いだろう、どうせ貴様は我の隙を伺っているんだろう。ならその思惑に乗ってやろう。」
不意に、ガイアースがそう宣言したかと思うと、あれだけ激しく打ち出していた石柱の群れを、ピタリと止めてあたしを見据える。そして次の瞬間、手にした戦鎚をあたしに向けたかと思うと、波打つ様に地面が揺れる。
「ッ?!」
危機を察したあたしは、急いで上空に退避すると、次の瞬間それまで立っていた場所に、無数の錐状の岩が剣山の様に生える。それを一瞥するだけで確認して、すぐさまガイアースに視線を向けると、無数の礫が出現していた。
中位精霊達が使っていた、ストーンブラスト。ただし、威力やその数は彼女達のそれとは段違いなんでしょうね。
あからさまな挑発と誘い…余裕のつもりなんでしょうね。伸るか反るかで言えば、何時もだったらNOなんだけど、もう時間も無いし、ここは行くしか無いわね。
罠だと最初から解っていれば、出たとこ勝負で対処のしようもある。そう考えたあたしは、覚悟を決めてガイアースを見据える。
その内心を読み取ったかの様に、ガイアースは口端をつり上げ歪に笑い、無数の石礫を発射した。
「来なさい!!」ガガガガガンッ!!
そして、お馴染みとなったスクエアシールドを召喚して、ガイアース目掛けて打ち出した。と同時に、あたし自身は見えない足場を蹴って地面に降り立ち、ガイアースの側面に回り込む。
当然、それに気が付いた彼女は、再び石柱を出現させて打ち付けようとする。左右に出現した石柱が、あたし目掛けて打ち出された瞬間、銀星の能力を一気に引き出し、ガイアースに向けて飛び出した。
それを迎撃しようと、猛攻が再び始まるけれど、どの攻撃の狙いも正確に定まっておらず、流石のガイアースも戸惑った様子だった。
あたしが何の思惑も無く、ただ平面に移動して回避していたんじゃ無いと、話した理由が正にコレだ。平面に移動する事で相手に線の動きを意識させる事によって、唐突に突進という点の動きに切り替えた事によって、あたしとの距離感を意図的に狂わせたのだ。
所謂、錯視を利用した戦法なんだけど、相手があたし達と同じ様な目の構造をしているから、きっと通用するだろうと踏んでたんだけど、見事に宛てが当たったみたいね。後方でドスンドスンと、地を打ち付ける音を聞きながら、前だけを見て駆ける。
そして、彼女を刃の射程に捉え、迷う事無く斬撃を繰り出す。しかし…
「…チッ!」
切り裂いた筈なのにまるで手応えを感じず、黒と銀の軌跡が消えたその後に、その場に居た筈のガイアースの姿は無く、それを確認すると同時に背後に気配が生まれる。この期に及んで、瞬間移動なんて反則級の技を使われて、苦々しく舌打ちする。
「残念、こっちだ」ブオンッ!
その言葉と同時に、風切り音を耳にしたあたしは、1も2も無く前に飛んでいた。そして…
ドスンッ!!「…グ、ウゥッ!!」
次の瞬間、背中に走った激痛に顔を歪めて、そのまま為す術も無く吹き飛ばされた。




