間章・何時だって待たされる方が一番辛い
優姫がガイアースの前に進み出た後、その身体は黄色い球体に包まれ、その中で彼女は眠る様にして漂っている。そしてその側には、眠る優姫をジッと見据えている、ガイアースの姿があった。
その光景を、少し離れた場所から、エイミー達は不安そうな面持ちで見守っていた。
「…大丈夫でしょうか?
「優姫なら大丈夫です。きっと…」
アクアの言葉にそう答えるも、エイミーの表情は何時になく暗く固い。ガイアースに対する、優姫の喧嘩腰での対応を見ていれば、不安が拭いきれないのも当然だろう。
とは言え、この中では一番優姫との付き合いが長い彼女は、ただ態度が気に入らないなんて理由で、優姫があんな態度を取ったとは思っていなかった。何かしらの思惑があったからこそ、敢えて挑発する様な真似をして、こうなる風に仕向けたんだと、察せられる位には優姫の事を理解していた。
しかし、そうは頭で解っていても、圧倒的なまでに実力に差がある相手を前にして、あからさまに煽って挑発するその胆力は、見ている方からしたら気が気ではいられない。きっとアクアから見たら、優姫の事を自殺志願者か何かだと見えていた事だろう。
『…本当に、優姫も人が悪いんだから…ちゃんと言葉にして教えてくれなくちゃ、心配するに決まってるじゃ無い、もう…』
心の中で、優姫に対する愚痴を独白しながら、球体の中で眠る彼女に対して、困り顔で苦笑するエイミー。
いくらガイアースの無茶が過ぎるとは言っても、優姫の身に危険が及ぶ事には成らないだろうと、エイミーはそう思っていた。そう考えたからこそ、彼女の行動を咎めずに見守る事にしたのだ。
思い返してみれば、優姫の向こう見ずな行動は、今に始まった事では無いし、言って聞かせたからって、素直に従う様な性格では無い事は、エイミーが一番よく理解していた。それと同時に、そう見えて人一倍思慮深く、用心深い人物であると言う事も。
きっと今回も、優姫なりに思う所があって、当初の予定を変更してまで、ああ言った行動に出たのだと直感した。その結果、良い方向に物事が転がるとは限らないけれど、彼女がこの世界に留まる決意をした時から、その心のままに行動して欲しいと、エイミーは強く願っていた。
それが、果たして良い事なのかは判らない。しかし、そうする事が優姫の為になると感じたし、彼女を召喚して個人契約まで結ぶ事を決めた自分が、取るべき責任だと悟ったのだ。
だからこそ、優姫の行動を支持しているし、無事に事を成し遂げると信じている。にも関わらず、押し寄せる様に不安が募っていくのは、決してガイアースとのやり取りだけが原因では無い。
「ママ…
「オヒメちゃん…ママならきっと大丈夫よ
「うん…」
普段の天真爛漫な姿からは、全く想像出来ないくらいに、見ている方が心配になる程、暗い表情で心配そうにしている小さな少女の姿が、この場に横たわる様な重苦しく不穏な空気に、より一層の拍車を掛けていたのだ。
そんな彼女を気遣って、安心させる様に声を掛けてるも、その効果は全く見受けられなかった。
「…姫華ちゃんは、きっと何か感じ取っているんだと思います
「どういう箏ですか?アクアさん
「私達精霊は、微精霊や下位精霊の頃は、身を守る術がほとんどありません。微精霊や下位精霊が、精霊種以外の種族から見えにくいのは、身を守る手段の1つなのはご存じですよね?
「えぇ、精霊使いじゃなくても、精霊種なら誰でも知っている常識ですから。悪意や嘘を見破る能力も、その一種ですよね?
「はい、その通りなんですが…正確には見破っている訳では無く、目に見えない物を感じ取る能力が、とてつもなく鋭敏なんです。それに、産まれたばかりの個体は、親との繋がりも強いですから…」
アクアの説明を受けてエイミーは、未だ暗い表情で俯いている姫華を改めて見つめる。すると、それまで感じていた以上の、言い知れない不安が一気に押し寄せてくる。
その感覚に思わず身震いしながら、エイミーは姫華に顔を近づけていく。
「…大丈夫?不安な事が在るなら、私に教えてくれないかしら
「うん…あのね、ママ…泣いてるの
「え?」
思いがけてもいなかった、姫華のその一言に、エイミーの表情が思わず一瞬強張る。少なくとも彼女は、優姫がこの世界に来てから、1度だって泣いている姿を見た事が無かった。
だからと言って、彼女が泣く事の無い人物だとは、流石に思っては居ない。居ないのだが、正直エイミーは、優姫が泣いている姿を、想像する事が出来なかった。
「お胸の辺りがね、ザワザワするの…ママ
「優姫…大丈夫ですよね?」
不安がる姫華を、どうにかして安心させようと、話を聞く筈だったのだが、その意に反して更に不安を募らせる結果となってしまった。そう呟く姫華と一緒になって、エイミーは視線を優姫の方へと向ける。
「ッ?!
「ママッ!!」
ちょうどその時、目に見える変化が起きた。それまで感じていた不安が、まるで具現化したかの様な光景だった。
それまで、眠っていた優姫はジッと見据えていたガイアースが、酷く歪な笑みを浮かべていた。その視線の先には、黄色い球体の中で、まるで溺れているかの様に、もがき苦しむ様に暴れ出す優姫の姿。
「ダメ!!ママッ!!
「あ!オヒメちゃん!!」ガクン!「ッ?!
「だ、大丈夫ですか?エイミーさん!」
突然の光景に、慌てて飛び出した姫華を、止めようと動こうとしたエイミーは、突然足から崩れてその場にへたり込んだ。それを慌てて受け止めたアクアが、余りにも突然な状況の変化に、目を白黒させていた。
当然エイミーも、その状況に頭が追いついていない様子だったが、自分の身に起きた現象には覚えがあった。それは、まだ記憶に新しい、あのイフリータとの試練の際に起きた、優姫の精霊化による代償。
優姫の精霊化に必要な魔力は、エイミーから供給されていた。そしてその魔力とは、生物の生命力と密接な関係がある力だ。
その魔力が、大量に消費されたり、急激に減ったりすれば、当然人体に様々な影響を与える。正に今、エイミーは自身と優姫の間に繋がったままになっている、パスと呼ばれる魔力の通り道から、突然大量の魔力を吸い上げられて、一瞬立ち眩みを起こしてしまったのだ。
「だ、大丈夫です。それより優姫とオヒメちゃんは…」
身体を受け止めてくれたアクアを支えに、念の為にと懐に閉まっていたマナポーションを取り出し、一気にそれを飲み干したエイミーは、身体を起こして再び優姫達へと視線を向け、そして…