ガイアースに会いに行こう!(家庭訪問は玄関先塩対応(4)
まるで、昔のサイレント映画の様な、音の無い映像だけがあたしの目の前に映し出されている。それをジッと見つめていると、会話の内容や人物関係などの情報が、思い出される様に浮かび上がってくる不思議な感覚。
自分の中に無い初めて目にする筈の映像なのに、記憶として思い返している様なその体験は、嫌が応にも感情移入させられてしまう。走馬灯や既視感って言うのは、きっとこんな感じなんでしょうね。
それは、あるドワーフの少女…2代目ガイアースが、母親と共に過ごしていた頃の記録だった。
その映像の中で彼女は、ドワーフの巫女をしていた母と、その巫女に仕えていた騎士だった父との間に生を受けた。彼女の知りうる限りでは、少なくとも祝福されて産まれてきたそうだ。
その理由は、彼女が産まれる少し前に、彼女の母が初代ガイアースと成る事が決まっていたからだった。当時、ドワーフ達の中で最も強い魔力を持っていた彼女の母が、守護者と成る事は当然の結果だったし、周りの者達から異論の声が上がる事も無かった。
問題らしい問題と言えば、次代の巫女を誰にするかと言う事くらいだった。強い魔力を有していれば、誰でも良いという訳でも無いらしく、血統も大事な要素だったらしい。
強い魔力と由緒ある血統、その2つを持ち合わせた女性となると、適任者はほぼ皆無に等しかった様だ。そんな理由もあって、次代の巫女が決まるまでは、巫女を守護者に昇華するのを待ってくれと、当時のドワーフ達の長がイリナスに直訴した程だ。
それからすぐに、巫女とその護衛をしていた騎士との間に、子供が出来た事が発覚した。本来だったら、不祥事も良い所だったんでしょうけれど、産まれてくるのが女の子であったなら、それで抱えていた問題が、一気に解決するかもしれない。
そんな周りの期待を一身に受けて、産まれてきた子供が彼女だった。だから、周囲からの彼女に対する祝福は、純粋な誕生に対する思いとはまた違っていた。
けれど、彼女の両親…巫女の母と騎士の父だけは、純粋に彼女の誕生を喜んでいたのは間違いなかった。そんな事は、今見せられている映像を見ていれば、嫌って言う程伝わってきた。
その後、産まれてきた彼女に巫女の座を譲り、母親は守護者・精霊王ガイアースとしてドワーフ達の代表を務め、そして一児の母として育児にも奮闘していた。まさに、働くお母さんの鑑みたいな人ね。
それから数十年、家族3人と精霊となった母親から産まれた精霊達との、微笑ましく穏やかな日常が過ぎていった。
幼い頃の彼女の瞳は、眩しいくらいにキラキラしていた。何気ない事で母親に褒められては笑ったり、時には叱られて大泣きする日もあったし、彼女の姉妹とも言える精霊達と張り合ったりして、怒ったりも拗ねたりもする、そんなどこにでも居る様な普通の少女だった。
あの死んだ魚の様な目をしていた人物と、今見せられている映像の少女が、同一人物だとは正直思えない。その位、その頃の彼女は活き活きとしていた。
だけど、そんな当たり前に何時までも続くと思われていた日常は、ある日唐突に終わりを迎える事になった。唯一神グラムによって発せられた、突然の星間進軍宣言に、世界中の人々が困惑した。
唯一神グラムとその従者達との話し合いは平行線を辿り、痺れを切らした神の凶行によって、世界は後に神代戦争へと呼ばれる事になる、世界を二分し数十年と続く事に成った、泥沼の戦争時代に突入する事になる。
その神の凶行とは、当時神の勅命に対して一番忌避感を示していた、世界で最も争いを好まない種族、精霊種フェアリー族から守護者となった、精霊王シルフィードの処刑。星間戦争を仕掛けようとしていた神にとって、争いを好まず戦う意思の無い種族なんて、滅んだ所で問題ないという判断と、他種族に対しての見せしめの意味もあったんでしょうね。
それに真っ先に反発したのが、フェアリー達と種族的に友好関係にあったエルフで、当時は光や闇の精霊では無く、森の精霊王と呼ばれていたドリアードと、シルフィードと個人的に友好関係だったガイアースだった。彼女達とイリナスが、シルフィードの処刑の場で、思いとどまる様に神グラムに嘆願した。
結果、神に対する大逆だとされて、イリナス以外の3名の処刑が実行された。観衆の目の前で…
その観衆の中に、幼い頃の彼女と当時のフェアリークイーンも居たのは、悲劇としか言い様が無いわね。当時の彼女の名は、『フォ-ルメンティーナ』この世界の意味で『明日への希望』と名付けられた少女の、復讐の起源の物語…
…
……
そうして真っ暗になった視界の中で、自分が泣いている事に気が付いた。成る程確かに、こんな事があったなら、母親のぬくもりを知る者ならば、復讐心に心を囚われる事も頷ける。
無理矢理感情移入させられて、見せられていたとは言っても、愛する人を目の前で失う辛さを、追体験させられたら、心が悲鳴を上げそうにも成るってものよ。今の心境を言葉にするなら、陳腐な表現だけれども、身も心もズタズタに引き裂かれた様な気持ちかしら。
でも、それでもあたしは、涙を拭って彼女にこう言わないといけない…『だからどうした』と。
「…同情はするわ。こうして貴女と貴女の母親の為に、涙だって流してあげる。けれど、それだけよ。」
暗闇の中、涙を拭ってキッと見えない先を見据えて、あたしは気丈に振る舞って告げる。涙ならいくらでも流してあげよう、同情なんかで良ければいくらでもしてあげるし、共感だって覚えるわ。
だけど結局、『あたしじゃ無い誰かの経験』でしか無い。彼女の今までが、今のガイアースを形作っている様に、あたしにはあたしの今までが、しっかりと存在している。
そんなあたしから言わせれば、むしろ何故と問いたい事があった。恨み辛みを原動力に、復讐の徒に身をやつすのも良いだろう…むしろそんなの個人の自由で、好きにしたら良いとさえあたしは思っている。
その結果、多くの犠牲を生み出す事に成ったけど、多くの敵を蹴散らしてきたのは事実だし、1度は英雄とまで讃えられたのも事実だ。
それに付いていけなくなった途端、手の平を返したドワーフ達の心情も理解出来るし、その罰として幽閉されたのも、彼女の行動の帰結として、仕方無いとさえ感じている。
自分が彼女の立場だったらと考えると、きっとさして変わらない行動に出て居たに違いないと、思う位には共感さえしている。けれど、それでも納得出来ない事、認めてはいけない事があった。
母親のぬくもりを知っていて、なんで貴女は…
『…別に、貴様の同情など必要としていないさ。ただ、貴様がどんな反応を示すのか、それが見たかっただけの事だ。』
聞こえてきたその言葉と同時に、それまで文字通りの闇だった世界に、うっすらとした光が差し込む。それに反応して、眉を顰めながら身構える。
『貴様は言ったな?闘う理由など無いと。身内を殺された訳では無いんだからと。ならば…』
「…悪趣味ね。反吐が出るわ…」
そして映し出された光景が、余りにも自分の想像通りだった事に、思わず憤りに顔を歪めて、吐き捨てる様に独白した。目の前に広がっている光景を、一言で言い表すなら、『地獄』そのものだった。
どこまでも続く様な広大な敷地に、夥しい数の死体の山。それは地平の彼方まで広がっていて、右を見ても左を見ても、在るのは物言わぬ骸のみだった。その光景を見下ろす様な形で、4本の柱が遠くに建てられていて、そこにイリナスと他の3柱の神々が、見るも無惨な姿を晒していた。
改めて死体の山を見返せば、至る所に見た事のある姿がいくつもあった。イフリータやウィンディーネを始め、エイミーにアクアの姿もある。
多分、あたしの記憶を読んだんでしょうね、中にはリンダやシフォンにジョンと言った、あたしがこの世界に召喚されてから、この場所に来るまでに出会った人達の姿もあった。それだけに留まらず、こっちの世界に居ない筈のあたしの家族や、学校の友達や競技で知り合った人々の姿まであったんだから、そのあからさまな悪意に憤り位するわよ。
けれど、それが逆に非現実感を際立たさせる結果になっているのは皮肉よね。そのお陰で、燃え上がる様な怒りを覚えながらも、芯に冷静さを保つ事が出来て、感情を押さえ付ける事が出来たんだから。
『或いは、今後起こりうるかもしれない光景だ。』
「そう言う割には、リアリティが足りないわね。あたしの記憶を覗くなんて、良い度胸してるじゃ無い
『別に、貴様の記憶を覗いたつもりは無い。今見えているのは、あくまでも我の思い描いた光景を、貴様の主観が補正しているだけに過ぎんのさ。我の感情を、押しつけるなと言ったのは貴様だろう?』
「ぬけぬけと、よく言うわね…まさかとは思うけど、こんな未来を阻止する為に、共に闘いましょうなんて言わないでしょうね?
『はっ!それこそまさかだな…そんな綺麗事を口にして、貴様を丸め込む事はイリナス辺りにでも任せるさ。それよりも…』
…マ、ママ…
突然、最近よく耳にするフレーズが聞こえて、自然と身体が強張るのが判った。それと同時に心が急にザワつき始め、押さえ付けた筈の感情が暴れ出しそうになる。
『貴様には、我があの時目にした、絶望がどう見えている?』
聞こえてきたガイアースの言葉を、どこか遠くに感じながら、あたしはゆっくり振り返る。振り返った所で、地平の彼方まで死体の山が続いているのは変わらない。
ただ違う事があるとすれば、よく判らない黒いモヤの様な人影が、あたしに向かって見せびらかす様に、人形程の大きさの人物を握りしめて向けている光景だった。
屍しか存在しないこの世界で、その人物が苦悶の表情を浮かべて、助けを求める様にあたしに向かって手を差し伸べていた。その人物とは…
…落ち着け、ここまではあたしの予想通りだったはずよ。ガイアースの絶望を知るって言う事は、つまりこういう事じゃない。
予想外だった事は、あたしの中で姫華の存在が、あたしの心を乱す位には、その存在が大きくなっていたって言う事…苦しそうにして、助けを求めているオヒメの姿を前に、あたしは息を呑んで目を見開く。
そして…
「ッ!――」
ぼきり…と、酷く鈍く嫌な音が聞こえた気がした瞬間、同時にカチリとあたしの中でスイッチが入る音が響いた。




