ウィンディーネに会いに行こう!(ブラは貝殻じゃないと許しません(2)
「はぁ…まぁ良いわ。そろそろ出発しましょうか
「そ、そうですね。」
ひとまず突っ込み入れて気が済んだので、呆れた感じでため息吐き出しつつそう告げると、腰を下ろしていたシーツから立ち上がる。そして、エイミーも立ち上がったのを確認してから、広げた荷物を2人で片付け始める。
「魔力はどう?
「大丈夫ですよ。同じペースで1時間位走行するなら、全然平気そうです
「そう。なら続きは運転しながら聞くわ。ほらオヒメ、あんたも片付けなさい
「は~い。」
会話を交わしながら、手早く荷物を纏めて車の荷台に載せていく。一通り片付け終わって、一応辺りを確認して、ゴミが無いかもチェックしていく。
元の世界と違って、こっちの世界は手付かずの自然が多く存在している。折角の美しい景観が、あたし達の残した物で台無しになるのは申し訳ないしね~
一通りチェックし終えて、ゴミの類いが残っていない事を確認してから、あたし達は車のドアを開いて座席に座る。見落としがあるとしたらきっと、オヒメの溢した食べカス位だろうから、その程度だったら小鳥の餌になるし良いでしょう。
「それじゃ出発しましょうか」キュルルル…ドルゥン!「シートベルトちゃんとしてね?
「えぇ大丈夫です
「オヒメも平気ね?
「うん!」
喋りながらイグニッションキーを回して、エンジンを起動させると、握ったハンドルから力が伝わっていくのを感じる。この伝わっている力こそが魔力で、エンジン起動させただけで消費されちゃうんだから、改善点が多いのよね~
あたし達の間には未だに魔力パスが通っていて、イフリータから受け取った膨大な魔力が、絶えず巡っているから、こうして長距離走らせる事も可能だけど、平均的な魔力の持ち主がこれを走らせようとしたら、きっと10分と保たないでしょうね。エイミーの見立てだと、魔力が多いとされてる精霊種全般でも、20分走らせられたら良いところらしい。
あたし達以外で、この車を運用出来るとしたら、それこそ上位以上の精霊位でしょうね。まぁ、空を飛べる彼女達からしたら、地を走る車なんて無用の長物なんでしょうけど。
「…あたしも空飛ぶ訓練しようかしら
「なんです?突然
「いや、器用に飛ぶな~と思って
「え?あぁ、クスクス。」
あたしのそんな呟きに、エイミーが応えてきたので、苦笑を浮かべながら指である一点を指し示した。その先に在る者を彼女も確認して、あたしの言わんとする事が解ったらしく、可笑しそうに笑い始めた。
「…けぷっ
「そりゃ、自分の身体位在るクッキー1人で2枚も食ってたら、そうなるわよね。」
あたし達の視線の先には、空中で器用に仰向けになって浮きながら、パンパンになったお腹をさすっているオヒメの姿が在った。う~ん、我が娘ながら恥ずかしい姿だわ。
「…本当に妖怪食っちゃ寝ね…その内、額に第3の目が現れるんじゃ無いかしら
「な、なんですか?それ…
「何でも無いわよ。さ、出発しましょうか。」
そう告げて、サイドブレーキを下ろして、アクセルをゆっくりと踏み込んで、車を発進させた。
運転を再開してから、暫く黙々と運転に集中していた。いくら運転の知識があるって言っても、知識があるだけで技術なんて無い、言ってしまえば付け焼き刃みたいな物だから、林の中みたいな障害物だらけの道を、喋りながらスイスイ進むなんて到底無理だもの。
時速も30~40㎞を維持出来れば良い方で、土地勘も方向感覚も無いから、運転席の前のパネルの上に置いた、この世界製のコンパスをチラチラ見ながら方角だって気遣っていないと、簡単にこの林の中をグルグル回っちゃう事になるだろうし。
そんなこんなで、運転に悪戦苦闘しながら、出発してからまもなく30分と言うところで、森林地帯を抜けて草原に出る事が出来た。進行方向の右手側に街の外周が確認出来た。
きっとあれが、エイミーの言ってたリント国の外周なんでしょうね。どうやら迷わず、ちゃんと出られたみたいね~
口に出さず、心の中でホッと胸をなで下ろす。後は方角だけ気にしてれば、もう少しスピードを上げても良さそうね。
「きゃっ?!」
思うが早いか、更にアクセルを踏み込んでスピードを上げる。急な加速に驚いて、エイミーの可愛い悲鳴が聞こえたのはご愛敬だ。
「…さっきの話の続きなんだけどさ
「あ、はい。精霊の試練についてですね
「うん、そうそう。」
スピードメータとコンパスを気にしつつ、ちゃんと前を向いたまま、助手席に座るエイミーに向かって話を切り出した。
「ウィンデーネの試練はまぁ解ったけど、その次に向かうのはガイアースの所?
「えぇ、その予定で居ます
「じゃ、ガイアースの試練ってどんなのなの?
「ありません
「え?」
運転がなおざりにならない様に気をつけつつ、会話を続けていたあたしだったけど、その予想外の一言を聞いて、思わず顔毎横に振り向けてしまった。
「ガイアース様の試練は無いんです。ルージュさんが言っていましたよね?
「…誰とでも契約を結んでしまう精霊王?それがガイアースだって事なのね
「えぇ、そうなんです
「ふ~ん…元ドワーフだったわね、どんな精霊なの?
「それは…」
顔の向きを前方に戻しながらも、横目でチラチラ彼女に視線を向けながら、会話を続けていく。そしてあたしがその質問を口にすると、何故か彼女は難しい表情になって、押し黙ってしまった。
その姿を見て、あたしは眉を潜めつつも、返事が返ってくるまで辛抱強く待つ事にした。きっと、なにか言い辛い理由があるんだろう。
もちろんそれは、ウィンディーネの時の様な、アホみたいな理由で言い辛いって訳じゃ無くて、もっと別の深い理由があるのは、彼女のその思い悩む姿を見ていれば、すぐに察する事が出来た。だから、こっちも根掘り葉掘り聞こうとはしないで、彼女のタイミングで話すのを待つ事にした。
けれど、いくら待ってもエイミーが口を開く気配は無く、彼女の思い悩む姿の所為もあって、沈黙が妙に重たく感じる様になっていた。あたしは、その空気を払い飛ばす意味も込めて、軽くため息を吐いてから、話題を変えようとこちらから先に口を開いた。
「…ま、言い辛いんだったら、また今度で良いわよ。これからすぐに会うって訳でも無いんだし
「…すみません
「謝る事でも無いってば。それより、風の精霊の試練について教えてくれる?
「あ、はい。シルフィード様の試練は、追いかけっこですよ
「…はぁ?」
そして、再びの予想だにしていなかった答えを聞いて、あたしはまた運転そっちのけで顔をエイミーへと向ける。余りにも予想外だったから、一瞬なんて言われたのか理解が追いつかなかった程だ。
「追いかけっこって、あの追いかけっこ?
「えぇ、そうですよ。言い方が良くなかったですかね?シルフィード様はこの世界最速と言われている方なんで、その試練も自ずとスピードを測る物になった様なんですよ
「それで追いかけっこ?…まぁ、速さを見るって事なら、確かにそう言うのが打って付けなんでしょうけど…」
あたしの反応を見て、言い方を変えたエイミーは、補足的な説明を口にした。それを聞いても、いまいち釈然としない物を感じながら、一応は納得してそう答えた。
「けど、風の精霊がスピード自慢て言うのは解るけど、イメージで言っちゃうけど、光や雷の方が断然早いんじゃ無い?
「それ、絶対にシルフィード様の前で言わないでくださいね?ふて腐れちゃうんで
「めんどくさ!子供か!!
「フフッ…」
あたしが思わずそう叫ぶと、エイミーが困った表情を浮かべながらも、口に手を当てながら楽しそうに笑う。けれどすぐに、何故か眉間に皺を寄せて、言い辛そうに口を開いた。
「優姫の言う通り、シルフィード様もガイアース様も、子供のままなんですよ。」
不意にそう語り出し、あたしは運転に気をつけながら、視線だけエイミーへと向ける。
「実を言うと、現在の風の精霊王・地の精霊王は共に2代目なんですよ。神代戦争の頃、初代シルフィード様とガイアース様が、邪神側の勢力に討ち滅ぼされ、当時まだ子供だった御2人が跡を継いだと聞いています
「解らないわね…なんで子供を精霊王にしたのよ。イリナスは、子供を前線に向かわせる気だったの?
「そんなつもりは、イリナス様は無かったと信じたいです。ですがやはり、誰でも精霊王とし選ばれる訳ではありませんから、少なくとも素質が必要だったんだと思います。」
そう言ってエイミーは、気持ちを落ち着かせようとしたのか、瞳を閉じて深呼吸を1つ吐くと、眉間に出来た皺を消して瞳を開いた。
「イリナス様の眷属である精霊王達は、神代戦争が起こる少し前に、各種族から選定されて誕生しました。どの方も皆、魔力の高く強い巫女や種族を束ねる女王という立場の方々だったと聞いています。シルフィード様は当時のフェアリークイーン、ガイアース様も当時ドワーフの巫女をされていたそうです。そして御2人は、御息女にそれまでの立場を譲って、精霊王となり…
「あえなく滅ぼされて、その穴埋めに自分達の子供達が成ったと…嫌な因果ね。」
言い難いんでしょうね、段々と声が小さくなっていくエイミーの言葉を、ウンザリした気分になりながら引き継いだ。正直、度し難い話よね。
エイミーが言うように、その結果はきっとイリナスの本意では無かったんでしょうね。直に会って感じたけど、あたし達に対する罪悪感は本物だったと思うし、上位存在だって言うのに、だからといって不遜な態度にもならず、彼女なりの誠意さえ感じた位だし。
まぁ、腹に一物抱えていそうなのは、まず間違いないけどね~
けど、間違いなくあれは、お人好しの類いで間違いない。だってあの白く白々しい女神は、結局ただの1度だって、言い訳らしい言い訳をしなかったんだから。
あたしがこの世界に召喚された事も、エイミーを利用した事だって、上手い事言って誤魔化したり、丸め込んだりいくらでも出来たはずだ。でもそれをせずに、罵られる事を覚悟して全て打ち明け、謙虚な姿勢で頭を下げる選択を取ったんだからね。
自分の非を認めて、素直に頭を下げられる人は、それだけで好感が持てるもの。かく言うあたしだって、悪いと思えば頭を下げるけど、下げずに済む頭なら下げたくないって、ついそう思っちゃうし、それが人の心だと思ってる。
誰だって、一番に可愛いのは結局自分自身なんだから。
だからって訳でも無いけれど、当時のイリナスにとっては苦渋の選択だったんじゃ無いかって、柄にもなくそんな風に思えてしまった。けど、例えそうだとしても、先代精霊王の忘れ形見を、戦場に送り出すような真似をして良い理由にはならないし、それを良しと当時の人達が思ったんだったら、救いがたいとさえ思えてしまい、なんとも言えない気持ちにさせられる。
「…やめやめ。これ以上は重苦しい空気にしか成らないわ
「…そうですね。」
車内に重苦しい空気が横たわり、それを引き飛ばすように、努めて明るく振る舞って言うと、エイミーも同じ気持ちだったんでしょうね、苦笑を浮かべながら同意してくれた。
「そう言えば、さっきのシルフィードの試練だけどさ
「はい?
「自称スピードキング相手に、エイミーはどうやって認めさせたの?」
話題を変える為にも、さっき彼女に聞かされた話の内容で、ふと思った疑問をぶつけてみる事にした。試練の内容が追いかけっこなのは、この際まぁ良いとして、エイミーがどうやってその試練をクリアしたのかが疑問だった。
まさか、精霊王直々に相手したって訳でも無いんだろうけど、判断基準が良く解らないのよね~
「認めさせたと言いますか、単純に指定された人数を掴まえただけなんですよ
「へぇ?じゃぁ下位精霊か中位精霊辺りと、追いかけっこしてたって事?
「いえ、違いますよ
「なら上位とか、まさか高位精霊相手じゃないわよね?
「いえいえ、違いますって。そもそも私の実力じゃ、下位精霊が相手だとしても、風の精霊と競争なんてしても勝てませんもの
「は?じゃぁ誰と追いかけっこしてたのよ」
あたしがそう聞きながら、視線だけエイミーへと向けると、当時の事を思い出してか、彼女は楽しそうにクスクスと笑っていた。
「それはですね、シルフィード様の庇護下で生活していた、フェアリー達ですよ。」
…ん?
「当時は本当に大変でした。素早いフェアリー達20人を相手に、魔法を一切使わずに全員捕まえろって試練内容だったんですが、フェアリー達は基本無邪気で人懐っこい反面、成人しても落ち着きの無い方が多い種族で…」
んん??それって…
「掴まえても掴まえても、ジッと出来ずにすぐどこかに行ってしまうので、全員を取り押さえるのに、結局シフォンにも手伝って貰って
「え、シフォンの協力はOKだったの?
「はい。条件は魔法を使わずと言う事だけでしたので。本当に大変でした、ウフフッ」
そう言う割には楽しげに話すエイミーに、あたしは半眼になりながら薄く笑いつつ、真っ先に思い付いた考えの確認をするため口を開いた。
「…楽しそうだけど、一応確認するわよ?それ終わった後、シフォン何か言いたそうにしてなかった?
「え?あ、はい。何故か疲れた表情で何か言いたそうしてて。けど結局何も言わずため息吐いてましたけど…何故解ったんですか?」
あたしの質問に、きょとんとした表情でエイミーが聞き返してくる。それを聞いてあたしは、乾いた笑いを浮かべながら、当時のシフォンの苦労を労った。
あ~、はい。これ完璧間違いないッス、参考にならないパターンッス。
「あ~…言い難いんだけどさ、それ…体よくフェアリー達の子守させられてない?
「…へ?」
あたしのその一言に、一瞬エイミーの動きが止まったかと思うと、次の瞬間今まで見た事無い位に、間抜けな表情を晒して固まってしまった。それはもう、この場にカメラが在ったら間違いなく激写して、この瞬間を切り取って永久保存したい位、それはそれは見事な間抜け面でした。
「あ~…いやさ?その人の実力を測るのが目的なら、それこそ敵わないような相手と競わせるべきだと思わない?まして、全員掴まえるのがクリア条件だって言うなら、掴まえてもジッとしてらんない相手なんて、単なる嫌がらせじゃ無い
「そ、そそ…そんな筈…」
お~動揺してる動揺してる、今まで見た事無い位動揺してるわね~ってか、まさか本気で気付いてなかったなんて…
「…こう言っちゃ何だけどさ、精霊王ってアホの子多くない?
「そ、そんな事…無い、ですよ?
「そう思うんだったらちゃんとこっち見て言いなさい。」
盛大に視線を逸らして応えるエイミーに、あたしはジト目を向けてそう告げるのだった。




