ウィンディーネに会いに行こう!(ブラは貝殻じゃないと許しません(1)
ガタガタガタガタ…
「う、ぅぅ…
「大丈夫?エイミー
「は、はい…」
小刻みに縦揺れしながら軽快に走る車内の中で、ハンドルを握って前方を注意しながら、助手席で椅子を180℃に倒して、白い肌を青く染めたエイミーを横目で確認しつつ、彼女を気遣い声を掛けた。そんな彼女の肩の辺りには、同じく心配そうにして彼女の顔を覗き込んでるオヒメの姿があった。
エイミーどうしたん?って思うだろうけど、そんな大した事無い単なる車酔いです。まぁ、こっちの人にしてみれば、車なんて初めて乗る乗り物なんだから、こうなったって仕方ないわよね~
あたしだって、こっちに来て乗り合いの幌馬車に乗った時は、最初はこんな感じで死んでたからね~初めて乗る乗り物なんて、大抵こんなもんでしょ。
「エイミー…大丈夫?
「う、うん。大丈夫よオヒメちゃん。」
エイミーを気遣って、オヒメも心配そうに声を掛ける。その絵面は完璧に、時代劇なんかでよく見る『大丈夫おとっつぁん、それは言わない約束よ』状態。
見ていて涙ぐましい光景かも知れない。けど、騙されちゃいけない…実は奴はちょっと浮いて、ちゃっかり自分だけ、車の振動を回避しているんです。
なんてったって、最初はあたしの肩に乗ってて、真っ先にグロッキーになったのはオヒメだかんね。その看病して、下とか向いてたエイミーが今度は気分悪くなって、浮けば良い事に気が付いたオヒメが回復して、結果こんな状態になっていると。
車って下とか向いてたら、一気に来るからね~一応、酔うから気をつけてって言ったんだけどね。
「本当に平気?少し早いけど休憩する
「いえ、大丈夫です。横になって大分落ち着きましたし
「ならいいけど、我慢出来なくなったら言ってね
「は、はい。ありがとうございます。」
そこで会話を切って、あたしは運転に集中する事にした。何せ今走っている道は、整備された街道とかじゃ無くて、木々が生い茂ってる林の中だからね。
街道の両脇に林がある訳じゃ無くて、まんま林の中の道なき道を走ってる真っ最中だから、当然そんなにスピードだって出せない。まぁそれでも、馬が疲れにくいように走らせないといけない馬車よりは、大分速いペースで走ってるけどね。
なんでこんな道走ってるかって言えば、この世界に車が走ることを前提にした道路なんて無いからだ。無理矢理街道を我が物顔で走ってたら、悪目立ちするのは当たり前だし、精々馬車や馬が主な交通手段のこの世界で、そんな事したら馬が暴れ出すのなんて、簡単に想像出来るからね。
結果、だだっ広い草原やら、鬱蒼と生い茂る林や森の中を、文字通り我が物顔で走らないといけなくなったという訳だ。多分、浩太さんのケースもあるから、車やバイク自体は探せば他にも見つかるんだろうけど、この世界で稼働している車体は、きっとこの1台だけでしょうからね~
まぁ在ったとしても、実際に稼働させられるのは、そこからかなり絞られるんでしょうけどね。運用方法がまずオフロード想定だし、街道走らせるには道幅足りないから、ぎりバイク位かしら?
そう言った点では、浩太さんの愛車がジープだったのは、正に天恵よね~悪路に強い四輪駆動の代名詞みたいな車だし。元はアメリカ陸軍の軍用車だったんだから、頑丈なのも良い感じだしね。
浩太さんの愛車、お腹減るんカーもとい、ジープ・チェロキーの後期型モデルは、意外とコンパクトでスタイリッシュだから、少し位木が生い茂ってる程度だったら、初めての運転でもどうにかなるものね。でかい車って、それだけで慣れるまで少し怖いって、父さんが昔言ってた気持ちが、今なら少しだけ解るわ。
正直、あたし車は詳しくないし、これがジープって解ったのだって、フロントに取り付けられてたエンブレムを見てだから、眷属化した時に得た情報以上の事は知らないのよね。ぶっちゃけ、眷属にする前までの認識は、ジープって社名じゃ無くて4WDの車全般の事を指すなんて思ってた位ですから、はい。
世の車マニアの方々、ほんとサーセン。けど車に興味ない人の認識って、大体そんな物じゃ無い?え、あたしだけ?マジか~
「…そろそろ休憩にしましょうか。」キイィッ!
「そ、そうですね。」
帝都を出て約1時間、そろそろ燃料の魔力が心許なくなってきたので、この辺りで一旦休憩を挟むことにした。ブレーキを踏み込んで車を停止させて、サイドブレーキを引き上げる。
エイミーに視線を向けてみれば、顔色も大分回復した様子だった。あたしは自分の分のシートベルトを外すと、少し手間取っていた様子だった、彼女のシートベルトも解除する。
バタンッ!「ん、んー!!はぁ、運転って肩凝るのね。」
バタンッ!「大丈夫ですか?
「ん、へ~きへ~き。」
車から降りて1度大きく伸びをした後、肩をぐるぐる回して強張った身体をほぐしていくと、心配げな彼女の声が背後から掛けられ、それに笑顔で応えて返した。
「それよりエイミーはどうなの?
「あ、はい。大分落ち着きました。すみません、心配を掛けてしまって
「別に謝るような事じゃないわよ。初めて車に乗ったんなら、そりゃ仕方ないってば。けど、走行中に下は見ない方が良いわよ?本当に一気に酔うし、お腹膨れてると本気でやばいのよね~
「そ、そうなんですね!肝に銘じておきます。」
あたしの忠告に、いちいち大げさに応えるその姿が、妙も可愛らしくて自然と笑みがこみ上げてくる。初めての車酔いが、相当キツかったんでしょうね~
それからあたし達は、ジープに積んで置いたシートを適当な場所に広げ、お茶代わりの青い液体の入った小瓶と、クッキーが入っているバスケット、それにこの大陸の地図を開いて、それらを挟むように、あたし達はくつろいでいた。
「ア~ン。」ボリボリボリ
「帝都を出て大体1時間。ひたすら北上して、今はこの辺り?
「えぇ、隣国のリントとの間に広がる、この森林の筈です。ここを抜ければ、リントの外周が見えるはずですよ
「まぁ、今回は寄るつもりは無いけどね~そこから先は、ずっと草原なの?
「ほぼそうですね。目的のカラクニド海岸に近づくと、ゴツゴツとした岩場が広がっていますが…
「まぁ、程度にもよるんだけど、多少の悪路だったら問題ないわよ。」
エイミーと一緒に、小瓶の青い液体を飲みながら、地図を指差して現在地と目的地を、改めて確認していく。一応断っておくと、音立ててクッキー食ってんのはオヒメだかんね?
え、そこじゃ無い?あ、この毒々しい色した液体の説明ッスね!フッフッフ、聞いて驚け見て笑え!これこそあのゲームによく出てくる例のブツ!!ポーション!!
一口含んでヒットポイントを回復し、二口含んで傷を癒し、三口含んで部位欠損さえ癒してくれちゃう、あの異世界理不尽クォリティの代名詞!それこそポーション!!
まぁ勢いに任せて突っ走っちゃったけど、以前ちょこっと触れた通り、この世界にそんな便利なぶっ壊れアイテムは存在してません。そもそもあたし達、怪我なんてしてないしね~
今あたし達が飲んでるのは、ポーションはポーションでも、マナポーションと呼ばれている物だ。この世界には、ポーションと呼ばれている物が2つ在って、これの他にスタミナポーションと呼ばれている物がある。
マナポーションは回復ポーションと並ぶ、ゲームおなじみアイテムだから想像通り、魔力を回復する水薬だ。けど、ゲームみたいに消費した数値分ゴリッと回復させる訳じゃ無くて、精々が自然治癒量を増やす程度の代物だった。
そっちはまだゲーム感が残ってて良いんだけど、正直スタミナポーションの説明は酷かったわ…スタミナって言うからには、体力回復なんじゃ無い?って思うと思うんだ、実際あたしもそう思ったわ。
でも実際は違ってて、話聞いてる限りだと体力というか、持久力とか精力とかそう言う物らしい。要するに滋養強壮の水薬…元の世界風に言っちゃうと、まんまエナジードリンクみたいなのよね~これが。
それに気が付いた時、なんか変な現実突きつけられた気分になったわ。この世界の人達も、肉体疲労時の栄養補給に、ファイト!10発!してんのかって思うとね、何処にファンタジーの入り込む余地があんのかって言うね。
まぁそんな事は、今はどうでも良いからあさっての方向に放り投げるで良いとして。肝心のマナポーションが、どの位役に立つかって言えば、これもやっぱり気休め程度だったりする。
まぁ、内服薬なんて何処の世界でもこんなもんなのかもしんないわね~異世界だからって、何でもかんでも理不尽クォリティじゃ無いって事ね。
「それにしても、異世界の自動車?という道具は凄いんですね。ここまで1時間足らずで来れるだなんて
「帝都からリントまでは、馬車で半日ちょっと掛かるんだっけ?
「えぇ、直通の馬車に乗ってその位ですね。街道を通ってそれだけ掛かるのに、道なき道を走っていて、残りの道程が3分の1も無いんですから
「まぁ、帝都から林に入るまでの間が、なだらかな平地だったからね。そこで一気にスピード出せたのが良かったのかもね。」
そう言って、バスケットの中のクッキーに手を伸ばして、1枚摘まんで口の中に放り込む。
「…まぁ何はともあれ、浩太さんには感謝してもしきれないわね。馬車を乗り継いでたら、そのカラクニド海岸近くの街って、3日は掛かるんでしょ?
「えぇ。運が悪かったら4日は掛かりますね。ですがこの分だと、今日の夜までには着けそうな勢いですよ
「まぁ着けたら何よりよね~そこまであたし達の魔力が持てばだけどさ
「そうですね。」
そう言ってあたしは、マナポーションを再び口に含み飲み込んだ。対してエイミーは、バスケットの中からクッキーを取り出して、小動物みたいに少しづつ口に運ん食べ始める。
う~ん、なんだろう。クッキーの食べ方1つ取っても、女子として負けてる気がするわ。
「ア~ン。」ボリボリボリ
…まぁ、自分の顔よりおっきなクッキー口いっぱいに詰め込んで、足投げ出しながらバリボリ食ってるこの子よりは、幾分マシだと思うけどさ。あ~あ~、口の周りかすだらけだし、折角昨日用意した服にも溢しちゃって…
「ほらちょっとオヒメ、溢しすぎだってば
「んー!
「ウフフッ」
見るに見かねて、ポケットから真新しいハンカチを取り出して、オヒメの口の周りを拭ったり、服に付いたカスを落としたりと、甲斐甲斐しく世話を焼いていると、エイミーの微笑みから漏れる声が聞こえてくる。う~ん、最近こんなんばっかりね、あたし。
「…そういえばさ、旅支度で慌ただしくって聞きそびれてたんだけど
「はい?
「なんでエイミーは、ウィンディーネから会いに行こうって思ったの?」
オヒメの世話を終えてから、聞こうと思って忘れていた事を今更ながらに思い出して、唐突にそんな話題を切り出した。別に大した問題でも無いんだけど、何処から巡るって話になった時に、真っ先にエイミーが、ウィンディーネに会いに行こうと言い出したのよね。
このダリア大陸には、5体の精霊王が居を構えているのよね。帝都を中心に見た時に、あたし達が最初に訪れた、南東のカザンウェル山に炎の精霊イフリータが、その更に先の南東の果ての魔族領には、闇の精霊カースが住む黒水晶の洞窟が存在している。
そして、帝都から見て西寄りの南西には、風の精霊シルフィードの住む風の谷(笑)が。更にそこからまっすぐ北上した位置には、大地の精霊ガイアースが住んでいる鉱山、メルクフィート山が鎮座している。
今あたし達は、ウィンデーネに会いに行くべく、彼女の住むカラクニド海底洞窟に向かう為に、帝都から見て北寄りの北東にある、セゼリって港町をまずは目指している訳なんだけど、距離的な問題で言うと、帝都から最短の位置に居る精霊って、シルフィードの住む風の谷なのよね。
この世界の地理や世界情勢なんかに疎いあたしだから、エイミーの案にはとりあえず乗っかっとこうって考えだから、全然構わないっちゃ構わないんだけど、帝都から風の谷とカラクニド海岸は、単純に2倍近く距離が開いてるのよね。
だから、素人考えで風の谷から鉱山向かって、その後海底洞窟目指した方が効率的じゃ無いかな?って思っちゃうのよね。あたし基本、せっかちだからさ。
「あ、不思議でした?距離で言えば風の谷の方が近いですもんね
「ま~ね。けど、ちゃんと理由があるんでしょ?
「えぇ、もちろん。恐らくなんですが、優姫が受ける精霊の試練は、昔私が受けた物と似通っていると思うんですよ
「そうなの?
「はい。私もイフリータ様本人ではありませんが、イフリータ様の分体を相手に腕試しさせられましたから。」
そう言って、乾いた笑いを浮かべるエイミー。その時の事でも思いだしたのかしらね?
「正直、最初にイフリータ様を攻略出来たのは大きいですね、あの方の試練が、一番キツかったですから…
「あ~そう。一番キツいのが最初だったのね。」
相変わらず乾いた笑いのエイミーにそう言われ、あたしは思わずため息交じりに愚痴をこぼした。けどすぐに気持ちを切り替えて、話の先を聞く為に口を開く。
「ま、それが解ったら大分楽よね。それじゃ他の精霊の試練内容教えてくれる?
「えぇ、もちろん。と言いたいのですが、解っているのは3体だけなんです。光の精霊レイ様は、私がエルフだったので、無条件で契約してくださいました。同じく闇の精霊カース様も、シフォンと行動を共にしていた、私を見てだと思うんですが、そちらも試練無しの無条件でした
「…たまに思うんだけどさ、この世界身内にやたら甘くない?
「あ、あはは…そ、そんな事無いと思うんですが…」
話を聞いてて、素直に思ったあたしの一言を、苦笑交じりに言葉を濁しつつ否定する彼女。
「雷の精霊トール様とは、ご存じの通り契約していないので解りません。会えてさえ居ないんですよ
「ふ~ん。ルージュさんが、自分の眷属としか契約しないって話していたけど、会ってさえくれないって言うんじゃよっぽどのようね。じゃぁ、これから向かうウィンディーネの試練は、イフリータの次に厄介だとか?
「はい、ある意味でその通りです。ウィンディーネ様は、基本的に争いを好まない御方なんです。だから必然的に、その試練というのも戦闘力のような外見の要素を見定めるのでは無くて、その人の内面…人間性を観るんです
「何?読心術でもされるのかしら
「いえ、まさか。私の時は数日間下位精霊と共に行動したんです
「行動しただけ?
「あ~…」
あたしがそう聞くと、何故か急にエイミーの視線が泳ぎ始め、何か言いにくそうな事を喋るのに、適切な言葉でも考えているような仕草を見せる。え、何かあんの?
「…お買い物を頼まれました
「え、買い物?
「はい…魚には飽きたから、美味しい料理を持ってきてって…
「パシリじゃん!!パシられてんじゃん!!精霊の寵愛受けてるって言われて無かったっけ?!」
適切な言葉を探した風で、結局それかい!え、何?あたしこの世界の女神にパシらされて、先輩精霊にまでパシリやらされんの?!
何その縦社会構図?!思いっきりパワハラじゃない!!無いわ~…




