るなてぃくす☆(1)
ガラガラガラ…ザァーザァーザァー…
微睡む意識の中、規則的に響く車輪の音と、それをかき消すように聞こえる雨音が、やたらと耳に馴染む気がして…
『そんなんだから…姉さんは…』
ゆっくりと覚醒に向けて、意識が鮮明になっていくのが解る。こんな時は何時だって、深い眠りに落ちていた時に見た夢を、そのまま浅い意識の中に持ち込んでしまうのだ。
それが、楽しい夢だったらまだ良かったでしょうね。けれど、こんな時は何時だって、忘れていたい出来事を、忘れない為に…戒める為に…向き合う為に見てしまう。
『だから姉さんは!!』
あれは確か…この世界に来る、ほんの半月前だったかな…あぁ、そうだ。そう言えばあれから、ちゃんと話せていなかったな。
『人の気も知らないで!!』
泣いてたな…ごめんね、玲香。自分勝手なお姉ちゃんで…帰ったら、ちゃんと謝るから…
いつか…何時か、帰れたら…きっと謝るから…
………
……
…
「…ママ、ママ?」ペチペチ…「ママ、泣いてるの?
「…ん。」
何かが頬を叩く感覚と、耳元で聞こえる聞き慣れた声に導かれて、泥沼から這いずり出るような感覚を覚えながら、意識が段々と覚醒していく。
「エイミー!エイミー!!ママ起きそうだよ!
「…優姫?大丈夫ですか?」ゆさゆさ…
「…ん、何?」
次いで聞こえてきた声の後、身体を揺さぶられる感覚に、ぼんやりとした意識ながらも、状況を確認しようと薄目を開く。そして…
「ママ!!」
赤い瞳に赤い髪の小さな少女が、はじける様な眩しい笑顔を浮かべていた。そんな少女と眼が合うと同時、あたしもつられて笑顔を向ける。
「ママ!きゃっ?!ま、ママ?!」
そうして笑顔を作ると、顔に飛び付こうとしだしたその少女の行動を、瞬間的に察知したあたしは、無造作に手で掴んで無理矢理視界から退かした。直後、聞こえてきた声はきっと幻聴に違いない、うん。
「ふぅ、やれやれ…おやすみなさい
「あの、見なかった事にして寝直そうとしないで下さいね?」
再び眼を閉じて、夢の世界へレッツらゴーを決め込むつもりでいたあたしに、間髪入れず突っ込む声が、すぐ横から聞こえてきた。どうやらあたしは、エイミーの肩を枕代わりにしていたらしい。
そんな彼女の言葉を受けて尚、聞き入れるつもりの無いあたしは、力一杯目を閉ざした上、両手で耳を思い切り塞いで抵抗の意思を見せた。
「あー!あー!!アーッ!!聞こえない聞こえなーい!!知らぬ!存ぜぬ!認知せぬ!!
「あ、あの…優姫?だ、大丈夫ですか?どうかしたんですか?」
そして、まるで駄々をこねる子供のように、イヤイヤと頭を振って叫びだした。突然叫びだしたあたしの豹変振りに、若干本気で心配し始めているエイミーが、あたしの身体を掴んで語りかけてくる。
そんな彼女の肩をガシッと掴んで、絶望感をありありと浮かべた表情を向ける。
「どうしたもこうしたも無いわよ!ママよ?ママ!
「え?え、えぇ…」
余りの前のめりな勢いに、 びっくりした表情を浮かべるエイミーに対して、フェードアウトさせた赤い少女を指で差しながら、色々な事を無視して構わず先を続ける。
「ただでさえオタJKで、異世界人で!しかも精霊で美少女な上にママよ?!
「じ、自分で言いますか、美少女って…」
的確なツッコミあざっす!勢い余って口走りました、サーセン。
でもでも言わせて欲しいんだ!きっと今なら、血涙だって流せるはずだから!!
「この世界何なの?!ただでさえあたし、キャラ立ち過ぎ気味なのに、更に子持ちキャラまで立てさせる気なの?!あたしをどうしたいのよ!!リアル異世界プリンセ○メーカーでもすれば良い訳?!
「え?え、えぇ~…
「いい加減にしないと、個性だってぶっ飛ぶわよぉー!!(力説」
自分のキャラの方向性が、いまいち解らなくなってきている、そんな17才乙女純度100%の魂の叫びでした。あれあれ?不思議だな、言っててますます不安になってきたわ…
多分…いや絶対理解出来ていないだろうエイミーに、あたしの心の内を全部ぶちまける。当然、どう返して良いのか解らないんでしょうね、困惑しきった表情で固まっていた。
「…と、言う訳で。ママ呼ばわり禁止ね。」
暫くの沈黙の後、それまでの勢いが、まるで無かったかのような態度で、人差し指台の大きさしかない少女に向かって、若干鼻息荒めに宣誓する。こういうのは最初が肝心だからね!
だけどその子は、あたしの予想とは裏腹に、ふぐみたいに頬を思いっきり膨らませて、あたしの事を睨んでいた。あれ~?
あたし的には、ここでションボリした姿を期待してたんだけどなぁ~それが見られたら、きっとあまりの可愛さに『ヒャッハー』とか言って頬ずりしてただろうに。まぁ、今のふくれっ面も十分可愛いけどさ!
小さな子を虐めるなって?サーセン。
「嫌ッ!」ひゅんっ!
「え?あっ!ちょっ?!あ、あんたどこ入り込んでんのよ?!」
ふくれっ面の少女が、いきなり大きな声を上げたかと思うと、突然あたしに向かって突進してくる。完全に油断していて虚を突かれたあたしは、為す術無くいともあっさりと、長着の中への侵入を許してしまった。
「ママはママだもん!
「あはっ!あははっ!!ちょ、ちょっと動き回らないで~!そこ触っちゃ駄目!!弱いんだから…く、くすぐったいったら!」
服の中でモゾモゾと、小さな者に動き回られる感覚に、心底身もだえながら、息せき切らしてなんとか掴まえようと抵抗する。けど、相手はかなりすばしっこい上に、こっちの弱い所的確に付いてくるもんだから、思う様に動けなくなっていた。
ちくしょ~侮ってたわ。見た目が妹そっくりだったから、ついからかおうとしたんだけど…この負けん気、性格は完璧にあたし似じゃないのよ、まったく…
「まいった?
「ひぃ~ひぃ~…ま、参った。参ったから…もう好きに呼んでくれて良いから…」
暫く悶絶地獄を味合わされて、ぐったりしたあたしに向かって、勝ち誇った様子で聞いてくる彼女に、苦笑を浮かべながら懇願して見せる。ここでまだまだなんて言ったら、また悶絶する羽目になるのは、目に見えてるからね~
そんな事になったら、きっと新しい扉が開けちゃうわよ。ポッ///
そんなあたしの返事に満足したのか、さっきまでのふくれっ面はどこへやら、再び花が咲き誇ったような満面の笑みを浮かべて、あたしの頬に飛び付いてくる少女。その微笑ましくなる姿に、あたしも自然と笑顔になって、気が付けば彼女のその小さな頭を、人差し指で優しく撫でていた。
「随分仲が良いですね。ひと目で解ったんですか?」
不意に、同じように隣で微笑んでいるエイミーにそう聞かれ、あたしは思わず苦笑を浮かべて、肩を透かして見せた。
「ん、ま~ね。一応あたしの子らしいし
「ママ!ママ!!
「妹…て言うか、小さい頃のあたしそっくりだしさ
「フフッ、そうですか。」
そうエイミーに向かって言いながら、はしゃぐその子に再び視線を向ける。
そう、そっくりなのよね…あたし達姉妹に。声だって…
だから、あんな夢を見たのかしらね…
一瞬頭をよぎった考えに、あたしはすぐさま自嘲しながらため息を吐いて、その考えをため息と一緒に追い払った。
今はそれよりも、さっきふざけている時に色々無視した事を、1つ1つ確認していく事が先決よね。
さっき無視した事、その1!
「…ところで、そちらのお姉さんはどちら様?」
そう言って、対面に座るワインレッドの髪の、白人美女に視線を向ける。腰まで伸びた髪はストレートで、切れ長でややつり上がった目は紅く、すっと通った鼻筋は、元の世界で言う所のヨーロッパ圏の顔立ちを連想させた。
その人は、赤いドレスの上から、銀の胸当てと右腕にのみ手甲をはめていた。一見して普通の人間にしか見えなかったけれど、その髪と瞳の色から、あたしの頬に飛び付いてはしゃぐ少女と、同じ存在だと言う事は直感で気が付いていた。
ただし、その存在感は桁違いだけどね…そんな彼女を無視して、おふざけしちゃっていました♪テヘペロ☆
まぁ、警戒はするべき何でしょうけれど、敵意は感じられないし、良っかな~って。それに、あたしと小さな少女の事を眺めて、優しそうに微笑んでいるし、悪い人じゃ無いわよ、うん。
「あ、こちらの方はですね
「初めまして、名も無き精霊王よ。私の名はルージュと言う。」
そう言ってルージュと名乗った彼女は、手甲をはめた右手を差し出し、にこやかに握手を求めてくる。それに応じて、あたしも笑みを浮かべてその手を取った。
「よろしく、優姫で良いわ。だからその名も無き○ァラオみたいな呼び方止めて?
「は?」
あたしの言葉に、間の抜けた表情を浮かべる彼女。その反応を無視して、ニコニコ笑いながら、握手を交わした手を、ぶんぶん上下に動かした。
「ルージュさんは、優姫が気を失った後、貴女を運ぶ為にイフリータ様が遣わして下さったんです
「あぁ、そうだったんだ。ありがとう、助かったわ
「いえ、当然の事をしたまでです。」
エイミーにそう言われ、改めて彼女に感謝の意を口にする。そして、そこで握手を解いたあたしは、今あたし達が居る室内を見回した。
「…で、どう言う状況?」
見回した所で、さっき無視した事その2を口にする。狭い四角い室内は、白を基調としていて、所々に金銀に輝く美しい細工が施されていた。
両サイドにはレースのカーテンと、窓付きの扉があり、窓の外の風景が流れている事と、聞こえてくるガラガラと言うと音から、ここが馬車の中で、しかも移動中だと言う事は、簡単に察しが付いていた。
そして、問題なのはそこじゃ無くて、今あたし達が乗っている馬車が、乗り合いの幌馬車なんかじゃ無くて、それこそ物語の世界なんかでよく見るような、御貴族様が乗る豪華な作りの馬車だって事なのよね~
揺れないし、座り心地なんかもう最高だからね!幌馬車に乗った時は、固い上にガタガタ揺れてたから、同じ姿勢で座り続けるのも結構困難で、仮眠するのも一苦労だったんだから。
「えっと、それはですね…」コンコンッ
あたしの質問に対して、エイミーが答えようと口を開いた瞬間、ルージュの座る背後の壁が叩かれる。そこには、ただのレースの飾りかと思っていたんだけど、小さなカーテンだった様で、それをルージュが開けると、そこには引き戸型の小窓が備え付けられていた。
多分、馬車の御者とやり取り出来る物なんでしょうね。そこにルージュが手を添え振り返ると、エイミーが無言で頷いた。
ん?なんか警戒してる?
いまいち状況がつかめないあたしは、そんな2人のやり取りを見て、眉をひそめながらあたしも少し警戒気味に身構えた。すると、ペチペチと頬を叩かれ視線を移すと、赤い少女があたしの肩に座り込んでニコニコしていた。
「ママ!へーきだよ!!」
と、満面の笑みでそう言われ、あたしは思わず苦笑を浮かべて、その小さな彼女の頭を優しく撫でた。




