い~んふぇるの!!(1)
視界が炎の色に包まれて、そこに幾筋もの銀の軌跡が駆け抜ける。その筋を境に視界が開けて、荒廃した世界と、そこに佇む炎を纏った女性の姿が確認出来た。
あたしは、振り抜いた刀をそのままに、静かにイフリータを見据えて、警戒している意を見せる。
「ようやくその気になったか。それじゃ…
「ターイムッ!
「は?」
そんなあたしの姿を見てか、獰猛な笑みを浮かべた彼女に向かって、あたしが真顔でそう告げる。多分、言ってる意味が判らなかったんでしょうね、予想外に可愛らしい、間の抜けた表情で聞き返してくる彼女を見て、1人内心ほくそ笑んだ。
「タイムタイム!ターイムッ!!一旦中止よ中止!!」
すぐさまあたしは、刀を持ったまま腕をクロスさせて、大きくバッテンを作って一時休戦を申し出た。
「なんだよそりゃ…締まらないなぁ。」
とぼやきつつも、イフリータは警戒を解いたのが判ったので、あたしも一旦警戒を解いて、手にした刀を腰の鞘に戻した。と、そこでようやく、今自分が袴姿になっている事に気が付いて、思わず自分の姿を見回して、現在の状態を確認していく。
こんなくそ暑い中で、こんな姿だなんて地獄みたいに思うけど、まぁ仕方ないわね~この姿込みで、『精霊』って事なんでしょうから。
しっかし、さっきまで着てた服はどこ行ったのかしら?下に着てる風でも無いし…普通に考えたら、これと入れ替わりに、宿屋に直行したのかしらね?
「優姫さん、どうして…」
そんなどうでも良い事を考えていた所に、背後から声を掛けられて振り返る。見るとそこには、なんとも言えない複雑な表情で、地面に尻餅をついてあたしを見上げているエイミーと、そんな彼女の周りをクルクル飛んでいる、自称あたしの娘(?)の微精霊の姿があった。
「どうしてって、何が?」
彼女の問い掛けに対して、あたしはわざと判らない振りを見せて聞き返した。判らないはず無いのに、そんな風に聞き返すなんて、意地悪も良い所だけれどもね。
もちろんそれは、あたしの恰好が急に変わった事じゃないって事は解ってるわよ?というか、多分エイミーもイフリータにも、あたしは最初からこんな暑苦しい格好で、ここまでやって来たと、記憶が改変されてるんでしょうけどね~あの時のジョンみたいにね。
ま、それは今はどうでも良いわよね。それよりも、こんな時だけれども…いいえ、こんな時だからこそ、いい加減彼女と腹を割って話さないといけないって、そう思うのよ。
今まで、お互い触れないようにしていた事を…
「優姫さんが、前に出て戦う必要なんてありません…優姫さんは、私が護りますから!だから…
「あたし、そんな弱そうに見える?
「いえ、いいえ!そう言う意味じゃ無いです!!そうじゃ無くて…」
あたしの意地悪な返しに、彼女は慌てて取り繕うようにそう言うと、歯切れ悪く言い淀んで俯いてしまう。そして、しばらくの沈黙の後、泣きそうな表情を浮かべて顔を上げて…
「…私が優姫さんを
「巻き込んでしまったから?」
彼女に最後まで言わせず、その後に続く言葉を告げると、その双肩がビクリと大きく震えた。そして再び項垂れてしまう彼女を見て、あたしはため息を吐いてから、身を屈めて視線を彼女と同じ高さになるように調整した。
「あなたがそれを、ずっと気にしていたのは判ってたつもりだった。それをあたしは、無責任に気にしないでなんて言って、余計な気を遣わせないつもりでいたんだけれど、責任感の強いあなたにとって、それが逆効果だって、もっと早くに気付いていれば良かったわね、ごめんなさい
「そんな…どうして優姫さんが謝るんですか!謝らないといけないのは…もっとちゃんと伝えないといけないのは、私なのに…
「大丈夫よ。ちゃんと伝わってるから…あたしがこんなおちゃらけた性格だから、色々茶化しちゃってたのがいけなかったのよ。だから、顔を上げて?」
項垂れた彼女の頭を優しく撫でてそう呟くと、彼女はようやく顔を上げて、今にも泣き出しそうな表情で、あたしの瞳を見つめてくる。それをあたしはまっすぐ受け止めて、やさしく笑いかけた。
「きっかけは、確かにあなただったかもしれない…けれど、聞けばあなただって、被害者だったんじゃない。なら、あなたの責任なんかじゃ無いわよ
「ですが…」
更に言い縋ろうとする彼女の唇に、あたしは人差し指をかざして、無理矢理言葉を区切らせた。腹を割って話そうって思った矢先に、最後まで言わせないなんて、申し訳ないけれどもね~
けれど、今はそこまで聞いていられる余裕も無いから、今この時は、あたしの想いを一方的に伝わせてもらうわ。これが終わったら、文句の1つや2つ、なんなら10や20位聞いてあげるわよ。
その文句が、あたしのセクハラについてだった時は、ひらにひらに平謝りするしか無いわね!
「それにね、あたしは良かったって思ってるのよ。他の誰でも無く、あなたにこの世界に呼ばれて…一番最初に出会えたのが、エイミーで良かったってね。」
そう告げて、あたしは立ち上がって彼女を見下ろし、とびきりの笑顔を彼女に送った。
「好きよ、エイミー。あなたの前に立ち塞がる、全ての困難を…幾多の万難を、地平の水平の彼方まで、そのことごとくを全て平らにしてみせられるくらい…ね
「…ふぇ?!」
あたしの言葉に、耳の先まで真っ赤にした彼女の姿を見て、満足したあたしは、イフリータと対峙しようと振り返ろうとする。
「まっ!ず、ずるいです!!こんな時にそんな事言うなんて…」
振り返ろうとした瞬間、彼女が捲し立てるようにそう言ってくる。それに対してあたしは、動きを止めて、今度は得意のからかうような笑顔を浮かべて彼女に向けた。
「プロポーズみたいに聞こえた?あっはは~ならキメ顔で言った甲斐もあるってものよね~
「そ、そうやってすぐからかう!だから私は…」
余計気にしてしまう…か。ちゃんと判ってるわよ、エイミー…
「ねぇ、エイミー。いい加減あたしの事を、呼び捨てで呼んでよ。」
からかうような笑顔を消したあたしは、今度は真剣な表情で小さく呟いた。
「優姫さ…ゆ、優姫
「そそ、その調子、その調子。その調子で、あたしの戦う姿をその目でしっかり見ててよ。あなたはあたしの最初の契約者で…」
そこでエイミーに背中を向けて、あたしは一歩踏み出して歩き出す。
「あたしはあなたの精霊なんだから。」
そう告げて、あたしはスイッチを切り替える為に、短く息を吸い込んで、深く強く息を吐き出した。昔から変わる事が無い、あたしの試合前のルーティーンだ。
「ようやく終わったか。ったく…待ちくたびれたぜ。甘ったるいったらありゃしない…
「あら、退屈だったんなら、あなたも混ざってくれて良かったのよ?あたし好みの美女だし、むしろ大歓迎
「おまえ…よくそんな軽口が叩けるなぁ?
「それがあたしの通常運転なのよ。幻滅したんだったら、ここから出して帰らせてくれても良いのよ?
「はんっ!それは無いね。」
イフリータがそう告げると同時に、再びその周囲に火の玉が現れる。それも、さっきまでとは比べものにならない位、大きな炎の塊だった。
そして、彼女はゆっくりと高度を上げていき、正に高慢といった感じで、腕組みしてあたしを見下ろす。
「あらそ。それは残念ね…」
対してあたしは、そう言いながら兼定を腰の鞘から抜き放ち、正眼に構えて相手を見上げる。それと同時に、お腹の辺りが熱くなって、あたしの身体全体を、青白い光が包み込む。
腹をくくって、ちゃんと覚悟を決めて、自分の意思で精霊になった、今なら判る…この世界に精霊として呼ばれたのは、実際にはあたしじゃなくて、この手に持った九字兼定みたいね。
あたしは、その使い手として選ばれた、ハッキリ言っておまけね。今のあたしは、半人半精で一身一刀って所なのかしらね~
だって言うのに、肝心の精霊としての力の使い方が、全く判らないから困るのよね~どうせなら取説付けて召喚してくれたら良かったのに。鞘の内側とかに書いてないかしら?
ひとまずそれは良いとして、今判っている事は、今あたしの身体を包み込んでいる光は、リンダが使って見せたスキルと、同じ現象だって言う事でしょうね。さっき、イフリータが放った火球を切り捨てて、至近距離で爆発を受けたけど、あまりダメージを感じなかった所を見ると、相当性能は良いみたいね。
まぁでも、今イフリータの周囲にある大きさのは、さすがに直撃したら痛いじゃ済みそうに無いけどね。向こうもそれが解ってるんでしょね~
恐らくは、身体能力にも大きく変化が起きてるんでしょうけれど、それは実戦の中で確認するしか無いわね…そう言えば、あれも出来るのかしら?
ふと、ある事を思いだして、イフリータに勘ぐられないように気をつけながら、正眼に構えた刀に意識を向けて、その刀身に纏わり付いている光を、調整しようとイメージしてみる。すると、あたしのイメージ通りに、幅広くなったり長くなったりと、微妙に変化していくのを見て1人納得する。
どうやら、ある程度はあたしのイメージ通りに動かせるみたいね。身体の方…も、同じか。
「さて、そろそろ良いかな?」
不意に、頭上から声を投げかけられて、思考を一旦切り替える。
「えぇ、良いわよ。
「なら…」
そこでイフリータは一旦言葉を切って、コホンッと咳払いを1つ。ん?あれ、これさっきも見たような…
「『ふはははははっ!よくぞ来たな!!待っていたぞ、異世界の民よ!!』
「え~…またそれやるの?しつこくない?」
なんとなく先の読めたあたしは、刀を正眼に構えたまま、あきれ顔で彼女を見上げつつぼやく。
「うるさいね!こっちだって恥ずかしいんだよ!!
「じゃやらなきゃ良いでしょ…
「様式美ってやつだよ。位階が高くなると、こういう事も大事だって、ウィンディーネが言うからさ。おまえも覚えときな『後輩』」
いやそれ意味違うし、絶対からかわれてるからとは、口が裂けても言わない。だって見てて面白いから(笑
言っちゃ悪いけど、実はアホの子なんじゃ無いかしらね?
しっかし、『後輩』か~彼女から見たら、そう言う事になるのかしら。なら、そうね…
「『さぁ!このオレの力が欲しいのなら、貴様の実力を示すが良い!!ふはーっははは!』」
高笑いと同時に、彼女の周囲の炎が動き出す。まるで意思を持ったかのように、あたしに向かってくるそれらは、大きさからは不釣り合いな位の速さで、勢いよく突き進んでくる。
それを見据えてあたしは、正眼の構えの刀を上段に振りかぶり…
「あなたの力は、別に欲しくは無いんだけれど、新人らしくその胸を借りるつもりで、挑ませてもらうわよ。だけど、隙あらばパフパフしちゃうから、そのつもりでいてよね?『先輩』」
皮肉交じりにそう答えて、上段に構えた刀を振り下ろした。




