いちはじ!(はーど!)(4)
先頭を行くカトラス達について行く事暫く、あたしは物珍しさから、辺りをキョロキョロ見渡しながら歩いていた。エイミーに小声で注意されるまでが、お約束ですね、解ります!
見渡して解った事は、この大きな広間には、今あたし達以外に、人は居ないみたいだって言う事ね。気配は感じるから、左右の突き当たりに見えるいくつもの通路から奥が、彼等の居住スペースになっているんでしょうね。
と言う事は、ここはその居住スペースや外に繋がる通路が、一同に集まるエントランスって事かしらね。どの位の人数が、ここで生活してるのか解らないけど、200人くらいはここに集まれそうね~
そんな事を考えながら歩いていると、ようやく広間の奥にたどり着いた。天然の柱がランダムに生えた道を通ってきたけど、概ね最初の入り口からまっすぐって所かしら。
たどり着いた場所は、明らかに他の場所とは様子が違っていた。どう違うかというと、材質は同じ精霊石なんでしょうけれど、中央に彫刻の施された大きな両開きの門と、明らかに人の手で加工された作りの柱が、門の左右に等間隔で無数に並んでいる。
いや、なんでここだけこんな手の込んだ作りにしてんの?ほか思いっきり自然のまんまなのに、違和感半端ないっての。
けどまぁ、考えてみたらイフリータって、彼等にとっては王様みたいな存在なんだし、訪れる人がそんなに居ないにしても、威厳みたいな物は取り繕っておくべきなのかもね。
ゴゴゴゴゴ…「この先でイフリータ様がお待ちだ。解っていると思うが、失礼の無いようにな。」
門にカトラスが手を触れると、自動的にその扉が開いていく。これも入り口の開き戸同様に、精霊種でないと開かない作りになっているんでしょうね。
「少し待って下さいね、今魔術をかけ直しますので
「体温調節魔術か。不便な物だな
「昔お世話になった方にも同じ事を言われましたけど、私達森精族にとって、火はただでさえ天敵なんですよ?
「フンッ。」
そんなエイミーとカトラスのやり取りを横目にして、なんとなくカトラスの物言いが、トゲのある言い方に聞こえた。まぁ、単純にぶっきらぼうなだけだと思うけど。
程なくして、魔術のかけ直しも終わって、エイミーが先に歩き出したのを追ってあたしも歩き出した。数歩歩いた所で、カトラス達が着いてくる気配が無かったので、あたしはその場で振り返って首を傾げる。
「監視の為に一緒に来ないの?
「…これからおまえ達が会われる方は、我ら一族が総力を持ってしても、敵わぬようなお方だ。そんなお方を、護衛しよう等と烏滸がましいにも程があろう。もしも、おまえ達がイフリータ様に危害を加えようとして、その場に我らが居たら、かえって邪魔にしかならんからな。」
あたしの疑問に、ため息交じりにカトラスが答える。要するに、あたし達じゃイフリータの脅威にさえならないと、そう言いたい訳ね。
まぁ、おかしな考えを起こす気なんて、さらさら無いから別に良いんだけどね~山の側面に、でっかい風穴開けられる様な化物と喧嘩だなんて、考えただけでもゾッとするし。
カトラスの答えに1人納得して、待たせていたエイミーと共に再び歩き出す。綺麗に整備されたその通路は、目算で大体30mくらいかしら。
両開きの扉を開けてから、肌に感じる温度が増したと思う。通路を歩くたびに、徐々に上がっていくように感じるけど、気のせいなんかじゃ決して無いだろう。
この通路の先に、確実に居る。燃えさかるような熱を孕んだ、強大な存在感を放つ者が…
通路の終わりに差し掛かり、意を決し更に一歩踏み出す。そして…
「ふはははははっ!よくぞ来たな!!待っていたぞ、異世界の民よ!!」
頭上から投げかけられた声に見上げると、そこには燃えさかる太陽を背にしたような姿の、1人の美しい女性が、空中で仁王立ちし腕組みをして、あたし達2人を見下ろしていた。
赤黒い肌と特徴的な瞳と尻尾が、彼女が元サラマンダーだったと言う事を、確かに物語っている。けど、その髪は燃えさかるような色なんて直喩的な表現じゃ無く、おっかない事に実際に燃えさかっているのよね~
燃えさかる炎は、何も髪だけじゃ無い。両腕と両足や、胸や腰回りと言った、彼女の身体の至る所に、紅蓮の炎が纏わり付いていた。
ぱっと見で、太陽を背になんて思ったけど、むしろ彼女自体が太陽のようだと言っても過言じゃ無いわね。
それと、どうしても気がかりな事が1つあるのよね~それは…あの人、炎消えたら真っ裸じゃない?って言う事(笑
緊張感ぶち壊してサーセン。いやでもさ、気になるじゃん?大事な事だと思うんだ、うん。
突然の口上に、ぽかーんとサラマンダーを見上げていたあたし達に、突然ニヤリと口角を上げて笑い、あたし達…と言うか、あたしに対して指差してくる。
「さぁ!このオレの力が欲しいのなら、貴様の実力を示すが良い!!ふはーっははは!
「はぁ?
「え!?」
そして、その後に続いた言葉と、随分嘘っぽい高笑いを聞きながら、あたしとエイミーは思わず顔を見合わせた。なんでいきなりそこまで話がぶっ飛んでんの?
「ふはーっはっはっは…は?」
あたし達との温度差に気付いたのか、イフリータの高笑いが次第に小さくなっていき、聞こえなくなったかと思うと、徐々に彼女の顔が引きつっていくのが解った。ヘイお嬢さん、炎の精霊なのに冷や汗なんてかいて、一体全体どうしたって言うんだい?
「…え~っと、ユウキ・ツルマキって言うのはあんただよね?
「え、えぇそうよ
「オレに会いに来たんだよな?
「もちろん。じゃなかったら、こんな暑い所になんて、わざわざ来ないわよ。」
イフリータからの質問に、あたしは物怖じせずに答えていく。っていうか、なんであたしの名前知ってんのよ、サラマンダー達にだって、フルネームなんて教えてないんだけど?
「…イリナスの差し金で来たんじゃ無いの?
「はぁ?」
その一言に、再びあたしとエイミーは顔を見合わせた。え、何言ってんのこの人?
待って待って、整理してみましょう。彼女は、あたしがここに来る事を解っていた風だったけど、それが女神イリナスの差し金だと思っているって言う事?
じゃぁ、あたしの名前は、女神イリナスに聞いたって言う事なのかしら?そして、その女神イリナスから、あたしが彼女の力を手に入れに行くって教えられていた?
イフリータの力って言う事は、要するに精霊術って言う事よね?けどそれって、精霊種にしか扱えないんじゃ…あ~、今のあたしは精霊なのか…
え、ちょっと待って。と言う事は、あたしをこの世界に呼び出したのって、まさか…
「あ、あの…イフリータ様?私達は、イフリータ様を呼び出そうとしたら、優姫さんを誤って召喚してしまった件について、お話を伺いたく思い来たのですが…まさか…」
あたしと同じ結論に至ったんだろうエイミーが、恐る恐ると言った雰囲気で、イフリータへと質問を投げかける。その表情は、こんなにくそ熱い場所だって言うのに、血の気が引いて青白くなっていた。
そして訪れた沈黙。あたしはいい加減お腹いっぱいだから喋らず、エイミーは、思い至った事実が、よっぽどショックだったんでしょうね、青ざめて口をつぐんでいる。
イフリータはと言えば、バツが悪そうに歯がみして、口を閉ざしていたけど、暫くして咳払いを1つすると…
「ふはははははっ!よくぞ来た
「あ、いや。ほんとそう言うのもう良いんで、話をとっとと進めちゃって下さい。」
出だしからやり直そうとした彼女に対して、冷めた瞳でバッサリ切り捨てました。お茶目か!
あたしのその態度に、さすがのイフリータもたじろいだのが、ぐうの音も出ない様子だった。
「…ちくしょう、あの女狐め…オレに嫌な役押しつけやがったな…」
なんて、ブツブツ呟いたかと思うと、ため息を1つ吐いた後、その見事に燃えさかる炎の髪を、掻きむしる仕草を見せた。精霊と言っても、元々はサラマンダーの1人と言うだけに、その仕草がやたらと人間くさいのよね~
「…それで、オレに何を聞きたいって?」
ようやく、まともに会話が出来そうな雰囲気に、あたしはため息を1つ吐いて、横目でエイミーの様子を伺う。う~ん、残念ながら、未だにショックが拭えないご様子で、彼女先導で会話をするって言うのは、ちょっと無理臭いわね~
仕方ないわね…
「あたしをこの世界に召喚したのは誰?」
意を決して、直球でその質問を口にする。未だ繋いでいるエイミーの手の平から、その質問を口にした直後に、びくりと震えが伝わってくるのが解った。
回りくどいのは性に合わないし、その辺りはいい加減ハッキリさせないといけないわよね。あたしがこの世界に召喚されたのが、事故でも手違いでも無い、誰かの意図で起きた、必然だったっていう事に。
そうすれば、少しはエイミーの肩の荷だって下りるでしょ。たとえ、彼女の信仰する対象に、利用されたんだとしてもさ。
「もう気付いてんだろう?女神イリナス・オリジン。原初の神の一柱さ
「ッ!」
その決定的な単語に、隣に立つエイミーの息を呑む気配が伝わってきた。
「契約者エイミー・スローネ。あの日、おまえに召喚要請を受けたオレは、何時ものようにおまえとの間に繋げられたパスを通じて、分身体を送ろうとした…が、それを強制的に遮断して、別の場所に無理矢理繋げた奴が居たのさ。そんな芸当が出来るのは、召喚術を組み上げ、空間自体を支配下に置く、次元の精霊イリナス以外に居ないだろう
「それで、無理矢理繋げたのがあたしって訳…目的は何?あたしとエイミーの間に、まだそのパスが繋がっているんだけど、それは解除できるの?」
あたしにとっては、もう既に覚悟は出来ていた事だから、動揺する事無く受け答えできた。けど、エイミーはと言えば、聞きたくなかったんだろう事実を聞いて、その手が小刻みに震え出していた。
「解除は出来るだろうさ。が、オレには無理だ…目的についても、詳しい事はオレは知らん。どっちもあの女狐に聞くこったね
「…そう、解ったわ。」
それだけ告げて、早々に話を切り上げたあたしは、エイミーの手を引いて後ろを振り返った。それ以上、知りたい情報は無かったし、正直嫌な予感しかしなかったから、早くここから出たかったのよ。
けれど、振り返った先に、今し方あたし達が通ってきた道は、忽然と消えていた。と言うよりも、あたし達は、さっきまで山の内部に居たはずなのに、ほんの瞬きをした隙に、だだっ広い平原に移動していた。
ただただ広いこの世界は、空は赤く大地も赤い。地平の先まで荒れた岩場が続く、何も無い世界で、ここが火星だって言われたら、素直に信じていたでしょうね。
「そ、そんな…精霊界?どうして…
「…チッ」
隣で、同じ光景を目にしたエイミーが、気になる単語を口にする。その精霊界って言うのが何なのか解らないけど、面倒事なのは間違いないので、いい加減感情を抑えるのにもウンザリしてきたあたしは、苦々しく舌打ちを打って振り返った。
本当は振り返りたくも無いんだけどね~さっきよりも格段に熱くなったし、敵意もヒシヒシと伝わってくるんだから、いい加減ウンザリだってするわよ、本当。
「どこ行こうってんだ?オレは最初に言った筈だな。おまえの実力をオレに示せって。」ブォンッ!
振り向いた先のイフリートは、巨大な炎の玉を振りかざしていた。そしてそれを、あたし達に向かって、事も無げに無造作に投げつけてきた。
「え?きゃっ!?」
その光景を、苦笑を浮かべながら睨み付け、繋いだ手を引いてエイミーを引き寄せる。突然の事に、可愛い悲鳴が聞こえてきたけど、今はそれを楽しんでいる暇は、残念ながら無いのよね~
あ~あ。だから、振り返りたくなかったのよ…