意地《リンダ》と信念《島津》(1)
「――気は済んだかい?」
シンと静まり返った広場に響く不意の呼びかけ。
それを機に、あたしは残心を解くと、血の池に横たわるヘボから顔を背ける。そのまま肩越しに振り返ると、声をかけてきた彼女に苦笑を向ける。
「そう見える?」
「いんや全然。仮面の上からでも、ひでぇ顔してんなってのが一目で解るさね。」
「なら、そんな野暮な事聞かないでよ。意地悪ね…」
そう言ってあたしは、リンダの元に向かい歩き出す。
「何言ってんだい。あたいの申し出を断ったのは、あんただろう?嫌味の一つ位、我慢しろってんだよ。」
対する彼女も、悪態で返すなりこちらに向かい歩き出した。
そのまま数歩。互いに進めば、一つ所に集う訳だけど…
「…遣る気は変わらないのね。」
互いに立ち止まる事なく、そのまま通過。すれ違い様に、あたしからそう語りかけた。
「ったりめぇよ。その為にここまで来た様なもんだからねぇ…」
「そう…」
「止めんなよ?」
「止めないわ。今止めても無駄だもの。」
「今だけじゃなくって、この後も割って入んなよ?」
「ぇ〜…」
「え〜じゃねぇさね。なんでちょっと聞こえない様に言うんだい…」
「だって、保証出来ないんだもん。」
「もんって、お前ねぇ…今まで散々、あんたの我が儘に付き合ってきたんだ。今度はそっちが付き合う番ってなもさね。」
返す刀でそう言われ、思わず肩を落としため息。それ言われちゃ、ぐぅの音も出ないわね…
「…解ったわよ、あたしからは手出ししないわ。けど、口だけは出させてもらうわよ…上段には気をつけて。」
「上段?」
「えぇ。あの人がその構えを見せたら、あたしだったら真っ先に逃げ出すわ。」
そう告げると同時。先程迄、リンダが控えていた場所に辿り着く。
「…あんたがそこまで言うって事は、そっからが奴さんの本領って訳かい…」
そして聞こえてきたその呟き。
忠告のつもりだった。弱腰と笑われるのを覚悟して、率直な意見を伝えただけ…
「おもしれぇじゃねぇか。」
なのになんで、ちょっとやる気上がってるん?
ったく。根っからの戦闘狂はこれだから…
呆れながらにそんな事を考えつつ、その場で反転。リンダの姿を探す為、視線を巡らせる。
見ると彼女は、未だに歩いている途中。あたしが居た場所をとおに通り過ぎ、兵士達の集まる入り口を目指し歩き続ける。
「な、なんだ⁉︎」
「こっちに来たぞ‼︎」
「クソッ!今度は俺達の番って訳かよ‼︎」
「嘘だろ⁉︎このまま一方的になぶられろってのかよ‼︎」
それに気付いた兵士達の動揺。拘束から逃れようと、必死の抵抗を再開する。
けどそれは、杞憂に終わる。何故ならリンダは、それから少し歩いた所で立ち止まったからだ。
建物と入り口とのちょうど中間地点。そこで彼女は、武器の姿となった風華を縦に構え仁王立ち。
兵士達と睨み合う格好になると、全身から闘気を滲ませる。その姿を前に、兵士達の動揺は更に加速する。
「やっぱり!あいつ殺る気だぞ‼︎」
「どうすんだよオイッ⁉︎」
「俺達も隊長みたく殺されちまうのかよぉ〜」
「落ち着きなさい!向こうがその気なら、既に我々は殺されているでしょう⁉︎」
「そんなの解らねぇじゃねぇですか、シュタイナーさん!」
「隊長を殺った様に、俺達の事もなぶり殺すつもりなんだぁ〜…」
怯え慄く者、慌てふためく者、憤り喚き散らす者、泣き叫ぶ者…
冷静な人も一部に居るけれど、大半の兵士はその様な反応。人間追い詰められると本性が出るって言うけど、兵士としてこれはどうなのかしらね?
ってか、早合点も良い所よね。リンダがあんた達モブ相手に、闘気を漲らせる訳ないでしょうに。
その矛先は、勿論――
「――何の騒ぎかね?」
不意に、低く落ち着いた声音が辺りに響く。それは確実に、騒ぐ兵士達の更に向こう側から発せられた筈なのに、遠く離れたあたしの元まで一言一句しっかり届いた。
瞬間、あれだけ騒がしかった騒めきがピタリ。水を打ったかの様に静まり返った。
一方で、リンダの闘気は更に膨らむ。さながら、油を注いだかの様に…
「…将軍?」
「シマズ将軍だ!」
「やった!これで俺達助かるぞ‼︎」
一瞬の静寂の後、先程迄とは別の意味で騒ぎ出す兵士達。口々にその名を呼んでは、安堵に満ちた歓声を上げている。
その様子を、遠目で眺めつつため息。あたし達が調べた限りだと、ヘボの部隊に所属するほとんどの兵士は、反将軍派の筈なんだけどね〜
さておき…
「助けてください将軍!我が部隊の待機所に侵入者が‼︎」
「ほぉ、侵入者とな。」
「そ、そうなんです!果敢にも隊長が、一人で制圧に乗り出したのですが…」
「まさか、チェコロビッチが返り討ちに合ったのかね?」
「…はい。」
「相手した女がめっぽう強い上に、異世界の強力な武器まで所持しており…油断した隊長は、一方的に…」
「そうか。それは困った事になったな…それで、君達はここでただ立って見て居ただけなのかね?」
「ッ⁉︎いえ、まさか!」
「我々も助太刀に入りたかったのですが!連中の妙な術の所為で、全員身動きが出来ず…」
「ほぉ?それはまた…シュタイナーでも抜け出せなかったのかね。」
「はい、面目次第もありません。」
その返事の後、兵士達の間を縫う様にして、島津将軍がその姿を現した。ほんの小一時間程前、別れた時と変わらぬ格好で…
「そうか。それ程の相手ともなれば、チェコロビッチが敗れたのも頷けるな。」
ぬけぬけと。そう言って、待ち構えるリンダを神妙な面持ちで見据える。
初対面で通したいのは判るけど。も少しそれっぽく演じてくんないと、こっちとしても困るっての。
なんて、呆れながらに考えていると…
「将軍!隊長の仇を取ってください‼︎」
「お願いします!将軍‼︎」
「「将軍!」」
兵士達の間から、突如として巻き起こる仇討ちコール。声を上げてるそのほとんどが、反勢力の癖して厚かましい。
なんて穿った見方してみたものの、この流れなら当然か。さて、島津将軍の反応は…
「まぁ、落ち着きたまえよ。気持ちは判るがね、しかしながら今の私は謹慎中の身でね。」
おや?
反勢力とは言え部下は部下。てっきり、あっさり引き受けるとばかり思ってたのに…
「はぁ、えっ…なんて?」
「だから、謹慎中だと申したのだよ。君達も知ってるだろう?所用を済ませて自室に戻る所で、何やら騒がしかったから、様子を見に来ただけなのだ。その確認ももう済んだし、そろそろ自室に戻らせてもらうよ。」
「ちょっ⁉︎このまま放置すると言うのですか⁉︎」
「そうなるね。」
「賊の侵入をここまで許した上、犠牲者が出ているんですよ!」
「それは非常に残念な事だな。しかしそれは、君達独立遊撃部隊の問題だろう?チェコロビッチと、それに同調した君達が、今迄さんざん好き勝手行ってきた事へのツケだ。」
「そ、そんな事は…」
「違うとでも?では何故侵入者達は、王城内ではなくこんな一部隊の詰め所に過ぎない場所に、わざわざ危険を冒して迄潜入してきたのかね?それが、そのまま答えではないのかね。」
「ッ…」
「それを抜きにしてもだ。この件に私が加担したと大臣達に伝われば、事情も聞かずに全責任を私に取らせようとするだろう。そうなっては面倒だからね。」
「そ、そんな…」
兵士達の要望に対し。島津将軍は、一貫して冷たい塩対応。
けどそんな言動とは裏腹に、依然としてリンダを見据えたまま。立ち去る素振りさえなかった。
まるで何かを待っているかの様…そう感じた直後――
「――ではこうしましょう。『この場に島津将軍は現れなかった』大臣達には、我々からその様に報告いたします。」
「へ?」
「連中、どうやら空間魔術を使える様です。そうなると、島津将軍でも取り逃してしまう可能性が高い…仮に逃してしまっても、我々が逃したと報告します。それでどうでしょうか?」
「ふ、副隊長?」
それ迄黙っていたシュタイナーの突拍子も無い申し出。なるほど、その免罪符を待ってた訳ね。
「…本気かね?シュタイナー」
「えぇ。言ったからには必ず守りますし、部下達にも守らせると約束します。そうですよね?」
「エッ⁉︎あっ!は、はい‼︎」
「勿論です!」
その呼びかけに、周りの兵士達が次々と賛同していく。どうやらそれで、話はまとまったらしい。
ってか、この後に及んで、あたし等何見せられてんだろう…




