怪物と戦う者よ…(6)
「この後に及んで、まだふざけるか貴様…」
「あら、ふざけてるだなんて心外。さっきちゃんと宣言したでしょ?本気でおちょくってるって。」
「それがふざけてるって言ってんだろうが‼︎テメェ如きメスガキ相手に、この俺様がここまでしてやってるんだぞ‼︎素直に降参したらどうなんだよ⁉︎」
「だから、そのおめでたい思考回路がダセェっての。異世界でとんでもない力を手に入れて、自慢したいのは解るけどね。さっきから、それで余裕カマして返り討ちに合ってるんだし。良い加減学習したら?」
「そりゃテメェの小賢しい思惑が、たまたまハマっただけなんだよ!ただの小者と侮らず、最初っから全力を出してりゃ、テメェなんぞ俺の足元にも及ばねぇんだよ‼︎」
ヘボがそう叫んだ瞬間。あたしは口角を釣り上げ、冷笑を浮かべる。
「それを、世間じゃ『油断』って呼ぶのよ。馬糞の詰まったそのオツムにしっかり刻んどいてね?」
「ッ‼︎」
――ギリギリギリギリッ‼︎
「…今更だけど、ずっと耳障りなのよね〜その音。そんな歯噛みして、歯削れない?」
「やかましいわ!余計なお世話なんだよ‼︎殺す!絶対に殺してやる…」
「はいはい。その前後で犯してくれるんでしょ?良い加減聞き飽きたわね。」
そう返しながら、グロッグの引き金に指を掛ける。それを目にするなり、忌々しそうに舌打ちし、唾を吐き捨てるヘボ。
「あれだけ説明してやったってのに…そんな玩具で、俺に勝てると本気で思ってるんだな⁉︎」
「勿論。目にもの見せてあげるわよ。」
「…そうかよ。」
続け様のその確認。それにあたしが同意すると、馬鹿馬鹿しそうに鼻を鳴らし呟くヘボ。
けれど次の瞬間。その表情がまたもや醜く歪む。
「なら、レディーファーストだ。先手は譲ってやるよ。」
直後、ヘボの口から出たその提案。それにあたしは、眉を顰め警戒する仕草を見せた。
「あら意外。あれだけ犯すだ殺すだ言っておいて、急にフェミニストの心が目覚めちゃった?」
「ハッ!んな訳無いだろうが‼︎しっかり犯して、殺してやるから楽しみにしてろや。」
「あら怖い。じゃぁなんでかしらね…」
そう言いつつ。銃を持つ手はそのまま、左の人差し指を口元に当て、視線を虚空に彷徨わせる。
誰の目から見ても明らかな隙。敢えてそれを見せて攻撃を誘ったのに、ヘボが動く気配はない。
所か、当初の様に怒り狂う素振りすら無い。どうやら本気で、あたしが動く迄待ちに徹するつもりみたいね。
流石に学習したと言う訳。となったら――
「――あぁ、成る程。さっきからずっと、先に動いて返り討ちに合ってるから、今度は逆って訳ね。」
暫くそうして、隙を見せたのだけれど結局動かず。諦めて視線を戻したあたしは、物のついでとばかりに、初めから分かりきっていた事を口にし挑発。
これには流石にムッとして、口より先に舌打ちで反応。
「だったらなんだってんだよ!あぁっ⁉︎見え透いた誘い方しやがって…テメェの魂胆はもう解ってんだよ‼︎」
「魂胆…ね。果たして、品性の欠片も無い残念なそのおつむで、あたしの考えを何処まで見通せてるのやら。」
「テメェの御託はもう沢山なんだよ!メスガキィ‼︎散々この俺様を挑発して、テメェは今更逃げねぇよなぁ⁉︎あぁっ‼︎」
「そうね…」
そう返しつつ、思わずため息。それを不利と捉えたのか、ヘボの表情が更に歪む。
「言っとくがな、テメェに考える時間はねぇぞ⁉︎もうじき、街で捜索に当たってた残りの部下達も戻ってくる。それ迄に決断出来なきゃ、タイマンなんて面倒な事はもう無しだ!五十名もの精鋭が、お前達の相手をするだろうよ。」
「それで脅してるつもり?今更そんな事で、あたしが怯むとでも思っているのかしら。」
「脅し?違うな!最後のチャンスをくれてやろうってんだよ‼︎このまま大人しく降伏するか、無謀にもこの俺に挑むか!逃げ場が無くなる前にとっとと選びな‼︎」
息巻いてそう迫るヘボに、ほとほと呆れて再びため息。
まさか、この段に成って迄、降伏を勧告してくるなんてね。どうせ犯すなら、綺麗な体のままでって所かしら。
全く…下半身でしか物事を考えられないゲス男の相手程、うんざりする事は無いわね――
「――良いわ。折角のお誘いでもあるし、先手を譲ってくれると言うのなら、受けて立とうじゃない。」
「ハッ!ハハッ‼︎ギャハハハハッ‼︎そう来なくっちゃなぁ!あぁっ⁉︎」
あたしの返答を受け、勝利を確信し高らかに笑うヘボ。続け様、またもメチャクチャな格好で身構えると、手にした剣の切先をこちらへと向ける。
「引か無かった事には褒めてやる!だが、それならそれで覚悟しろよ?テメェがその引き金を引いたが最後、二発目に指を掛ける頃には、その腕は無くなってるだろうからな‼︎」
「そうね。さっき見せたあなたの速度なら、それも可能でしょうね。」
「そうさ!テメェは確か、俺が何時何処を狙って動くか解るんだよな?そりゃおっかねぇ!チビリそうだぜぇ‼︎だがそれも、俺が先に動けばこそだよなぁ⁉︎テメェから動いちまったら、テメェより早く動ける俺にゃ関係無ぇよなぁ‼︎」
「御明察。けど、頭ん中馬糞で一杯の頭でも、ちょっと考えれば分かりそうな事を、そんな風にひけらかすのはみっともないわよ?」
『そう考え至る様に仕向けられているのかもしれないのだから…』そう続く筈の言葉を飲み込む。
「ハッ!なんとでも言え‼︎さぁ、とっととその引き金を引けよ!それがテメェの最後の足掻きとなるだろうがなぁ⁉︎」
「そう?なら遠慮なく。」
そう告げると同時。勝ち誇った笑みを浮かべるヘボを眺めながら…
あたしは実にあっさりと。何の感情も、感傷も抱かずにグロッグの引き金を引いた――
――ダァンッ‼︎
銃身の先から、一瞬の煌めきと発砲音。それを視界に捉える頃には、既にヘボの姿は其処には無く。
次にその姿を見たのは一寸先――
「――ッ⁉︎グアアアアァァァーーーッ‼︎」
――ズザザザァァァーーーッ‼︎
悲鳴と共に現れたその姿は、無様にも前のめりに倒れ込み、頭を地面にぶつけんとする、ちょうどその瞬間だった。
倒れても、自らが生んだ勢いはそのまま。地面を擦る様に滑りながら、左に逸れて横を通り過ぎて行った。
その無様過ぎる様をあたしは、銃を射った姿勢で見送る。そのまま暫く、背後の様子を伺いながら残心。
「…ッ、チィ!Дерьмо‼︎Блин‼︎Что, черт возьми, происходит⁉︎」
「あら、あら、あら。動揺し過ぎじゃない?また母国語になってるわよ、モスカーリ。」
「ッ⁉︎」
やがて聞こえてきた異国の言葉。それに嫌味で返しながら、あたしはゆっくり振り返る。
見るとヘボは、こちらに背中を向けしゃがみ込んだ状態。右太ももを手で押さえながら、肩越しに睨みつけてきた。
更によく見ると、手で押さえた箇所から赤い液体がドロリ。押さえきれず溢れた血が、足を伝って地面に赤いシミを広げている。
――ジャキッ…
それを、冷めた視線で眺めつつ、あたしは再びグロッグの照準を合わせた。
「自慢するだけあって、大した防御力ね?あれだけ顔を擦ったのに、傷一つ残ってないなんて。」
「テメェ…一体何をした⁉︎」
「何って?要望通りに、引き金を引いただけだけど。」
「ふざけんな‼︎ただの鉛玉で、今の俺に傷一つ付けられる筈がないんだぞ⁉︎例えそのグロッグの中身が、フルメタルやホローポイントだったとしても、結果は変わらねぇ!ライフルの弾だって防げたんだぞ⁉︎」
足を庇いつつ、こちらに振り返るなり身を乗り出し主張するヘボ。成る程、先程まで見せていた自信はそれでか。
ライフル弾と9mmとじゃ、そりゃ比較になんないもんね。
「何なんだよその銃は!改造でもしてあんのか⁉︎それとも弾丸に何か細工でもしてあったのかよ‼︎」
続け様、吠えながらの質問。確かに、眷属化している時点で改造と言えば改造か…
けど正味な話、眷属化したからって威力は全く上がってない。だから今でも、純粋な威力勝負じゃ未眷属化のライフル銃の方が上だ。
弾丸の眷属特性を利用しなければ、だけどね。
ただまぁ、今回は懲らしめるのが目的だから、能力付与枠に殺傷力の上がる効果は選ばなかった。だから、威力そのものは未眷属時と変わらない。
なら一体、どうやってヘボの高位スキルを抜けられたのか。その原因は、眷属化時に等しく付与されるヴァルキリーの加護にあった。
加護を付与するとは、簡単に言えばその者が持つ能力を分け与える事。じゃぁ、ヴァルキリーの能力ってなんぞやって話だけど、その正体は実に単純明快。
ヴァルキリーとは、そもそもあたしだけを指す言葉じゃない。新たな精霊王の器としてのあたしと、その核としてこの世界に召喚された、我が家に伝わる宝刀…
そう。和泉守九字兼定『戦鬼』に発現した能力こそが、同時に武具の精霊王ヴァルキリーの加護でもあるの。
能力名『破邪』その効果は『魔力作用への干渉及び阻害』
何時だか、位階差が在るにも関わらず、イフリータやガイアースの身体を傷付けた事があったけど、全てはこの能力がお陰ね。本来であれば、位階差を覆して傷付けるなんてありえない事だもの。
その、ありえない事を成し遂げた能力が、強弱の差は在れヴァルキリーの眷属全てに備わっている。高位スキルがどれ程のもんか知らないけど、精霊王程の強度は無いでしょ。
なんて、わざわざ教える義理も無く…
「そんな事言われてもね〜作用反作用の法則ってご存知?発射された弾丸に向かって、勢いつけて向かってきたら、そりゃそうなって当然でしょ。」
普通に有り得そうな事を並べて誤魔化した。実際、その作用も加わって威力が増したっぽいし。




