間章・ただ、『ありがとう』って伝えたくて。それだけが、どうしても伝えたくて…(2)
「優姫さん達がお城に向かってから、もう結構経つよね?」
「そだね〜」
「連絡ってまだきてないの?」
「うん。残念ながらね〜」
「そっか…」
嘘だ。この時点で、既に一人救出したとの報告を受けている。
「やっぱ心配だよね〜」
「うん…酷い目に遭ってないと良いんだけど…」
「きっと平気さ〜マスター達が話してたでしょ?シマズ将軍って偉い人の事〜」
「あ、うん。優姫さんと同じ、日本の方なんだよね?私の事を知って、出来る範囲で逃すのに協力してくれたって…」
「そ〜そ〜その人が側に居るんだし、メアリーが思う様な『酷い目』になんて、あってる訳無いよ〜」
「うん…」
これも嘘。将軍側の事情についても、夜天は報告を受けている。
更に言えば、メアリーが想像出来る範疇の『酷い目』それ以上の仕打ちを、二人が受けていると言う事も…
「そう…だよね。」
「そ〜そ〜考えすぎ考えすぎ〜」
そうした都合の悪い事実を夜天は、いつもの能天気な態度で包み隠した。
偽善からくる詭弁を用いた欺瞞。その通りでは在るがしかし、ありのままを伝えるのが必ずしも正しい訳じゃ無い。
知らずに済むのなら、それに越した事は無い。特にメアリーの様な、何処にでも居る平凡な少女ならば尚更…
故に夜天は、笑顔のままで嘘を吐いた。彼女の心を護る為の、やさしい嘘。
そしてそれは、更に続く…
「時間が掛かって心配になる気持ちもわかるけどさ〜考えてもごらんよ。」
「えっ、何を?」
「広〜〜〜いお城の中を、マスター達は歩って移動してるんだよ?こんくらい時間掛かっても、仕方ないとわたしは思うよ〜」
「あっ…うん、そうだよね。」
「そ〜そ〜だからそんな心配しなさんなって〜」
「うん…ありがとう、夜天ちゃん。」
「どういたしまして〜」
夜天の言葉に納得したのか。先程迄の暗い様子から一転、柔らかく微笑むメアリー
それを見て、夜天は誇らしげに笑う。だってそれが、彼女の護りたかったものだから…
「…よし!」
暫くそうして笑い合っていた二人。けれどそれは、メアリーの気合いを入れる為に発した掛け声によって終わりを迎える。
「もう休憩終わり〜?」
続け様、意気込んだ様子で立ち上がる彼女。それを目にした夜天が声をかける。
「うん。メアリさん達、きっとお腹空かせてるだろうから。だから、いつ連絡来ても良い様に準備しておきたくって。」
「そっか。いよいよってなって、メアリーも気合い入ってるねぇ〜」
「えぇ?そ、そうかな…」
「そうさ〜今まで、ずっと一緒だったわたしが言うんだもん。間違いないって〜」
「そんな大袈裟に言うほどなの?」
「そりゃね〜」
そう言って悪戯っぽく笑う夜天。それに対してメアリーは、複雑そうな顔で愛想笑いを浮かべると、踵を返してキッチンへと向かう。
「メアリーの手料理、早く二人に食べてもらえると良いね。」
「うん…でもその前に、ちゃんとお礼を伝えたいな。」
その後を追って、背後から投げかけられたその問い掛け。それに彼女は、振り向きもせずそう答えた。
「助けてもらったお礼か〜大事だもんね。」
「うん。」
「感動の再会は、第一声が肝心だよ?」
「感動の再会って…夜天ちゃんは言うことが大袈裟だなぁ〜」
「そ〜お〜?んで、何て言うかは決まってんの?」
「えぇ〜?ん〜そうだなぁ…強いて言うなら、やっぱり――
………
……
…
――同時刻
――ガチャッ、ぎぃ…
建物内に侵入したあたし達。先程入手した情報通り、玄関ホール正面の扉を開き、奥に通じる廊下を発見。
「この先ね。」
「あぁ。とっとと行くさね。」
言うが早いか、扉をくぐりさっさと奥へ進んでいくリンダ。
兵士が居ないとは言え、一応警戒はしようよ…
なんて事を心の中でぼやきつつ、思わずため息。気を取り直して、扉をくぐり廊下へと足を踏み入れる。
その直後――
「――ちょい待ち!」
あたしが足を踏み入れたとほぼ同時。先行していたリンダが、いきなり声を荒らげたのでその場で停止。
「どうしたの?」
「嫌な匂いがするねぇ…」
「匂い?」
その物言いと、彼女の様子からして、比喩的な意味合いではないのだろう。そう感じ取ったあたしは、その場から鼻に意識を向けつつ空気を取り込む。
すると、埃臭さやカビ臭さといった、所謂すえた生活臭に混じって、花の蜜の様な甘い香りを微かに検知。
「なんか、甘い匂いがするわね。」
あまり意識せず、そのまま口に出した所…
「あんまり嗅ぐなよ?」
「え?」
「残り香みたいだから大した効果は無いがよ。こりゃ、催淫香っつぅ厄介な代物の匂いさね。」
続け様に返ってきた単語に、思わずギョッとなった。催淫って言うと、つまり…
「異世界で物で良くある、えっちな気持ちになっちゃうやつ⁉︎」
「あ?なんだいその間抜けな言い方。生娘でも在るまいし…」
「失敬な!どっからどう見たって純度100%の生娘でしょ⁉︎って、そうじゃなくって!」
って、思わず突っ込み。して、ハッと我に返り慌てて軌道修正。
今回、あたしメインじゃ無いから、あんま脱線し過ぎんのも良く無いしね〜(メタ発言してサーセン
「連中、そんな物まで持ち合わせてるの?」
「みたいさね。一応、表立っては違法なもんだし、各国からの支援物資の中にあったとは考えにくい。コイツも例の奴隷商共が入手したんだろうよ。」
「頭の痛くなる話ね、早めに潰して正解だったわ。」
「違いねぇ。んで、どうするよ?」
「ん?どうするって⁇」
「あたいは耐性があるし、この程度なら問題は無いが…優姫にゃそれが無いんだし、影響が出るかもしれないぜ?」
「それって、つまりここで待ってるかって事?」
「まぁそう言うこったね。」
思いもよらない場面で進退を問われ、答えるよりも先に苦笑で返す。
「ここまで来て、無い選択肢よソレ…」
続け様にそう返しながら、襟周りに魔力を送り込んで布地を生成。何時ぞやみたく顔半分まで覆い隠くし、簡易マスクとして利用する。
「これでよしと。」
「そんなチャチな造りで大丈夫なのかい?」
「問題無いわよ。見た目で心配だってんなら、遠慮なくコッチ装着するけど?」
そう言って、防毒マスクを召喚し見せびらかす。本当はこっち装着したかったんだけど、TPOの観点からやめたのよね〜
「んな奇天烈なもん顔に着けた奴と、一緒に歩きたく無いねぇ…」
…なにもそこまで言わんでも…




