異世界うるるん滞在記~潜入!子連れJK51時!!ラストミッションのお時間です~(5)
階段を上り、程なくして地上へと戻る。すると、先に地上へと戻っていた将軍が、律儀にも待機して待っててくれた。
「こちらだ。」
短くそう告げ、こちらに背を向け歩き始める島津将軍。あたし達は、一定の距離を保ちつつ、その後を追いかけた。
敵地のど真ん中で、敵の総大将に案内されてるなんて、何ともおかしな状況だわね。
「早速だが、要求への返事を返そうか。」
「お願いします。」
「まずは、市街地で君達が起こした、騒動の後始末だったな。」
「はい。こちらで確保してる、犯罪組織の構成員の身柄引き渡しと、爆破させた建物の残骸処理もお願いします。」
「部下からは、構成員の処遇については、こちらに一任すると伺っているが、相違ないかね?」
「それで間違っていません。ですが…」
「解っている。その者達は、終身奴隷として前線に送るつもりで居るよ。」
「そうですか、よろしくお願いします。」
追いつくと同時に始まった要求への回答。今の所異論は無いので、お願いする立場として丁寧に応答。
と…
「終身奴隷?」
不意に上がった怪訝そうな声。それを聞き、肩越しに背後を伺う。
「おかしな事を言うねぇ。バージナルの奴隷は、例外なく解放される事は無いって聞いたさね。なのにその言い方じゃ、他の国と同じ奴隷制を施行してる様に聞こえるねぇ?」
続け様に、問い掛けられたその疑問。いやさ嫌味か。
どちらにせよ、リンダの放ったその言葉が、先頭を歩く紅い背中に容赦なくぶつけられた。
背後に向けていた意識を、前方へと戻し反応を待つ。直ぐさま言い返すでも無く、かと言って気を悪くした様子も無く、暫く無言で歩を進める島津将軍。
「…そう受け取られても仕方が無いな。」
暫く待った後。不意に聞こえた、自嘲を感じさせるその呟き。
たった一言。ほんの僅かな言葉でしかなかったけれど…
この国の、延いてはこの世界の奴隷制について。将軍が本心でどう思っているのか、その一端を知るには十分な気がした。
「それについては、後ほど少し説明しよう。」
「説明だって?」
「あぁ。君達の要求にも、関わってくる話だからな。だが今は、先に要求への回答を答えさせて欲しいな。」
だからだろう。その言葉を受け、徐に背後を振り返ったあたしは、視線で訴えを掛ける為に無言でリンダを見据える。
「…わぁ~ったよ。」
「続きをお願いします。」
その意図を察した彼女の返事。少しふて腐れていた事に、心の中で謝罪しながら視線を戻す。
「取り締まりの件に関しても、全面的に受け入れる。今後我が国は、正規ルートから外れた奴隷を、全面的に禁止すると約束しよう。」
「本当ですね?」
「あぁ。加えて、君達と君達が救出した者達の今度についても保証しよう。そちらのお嬢さんと魔女殿の手配書に関しても、数日中には取り下げられる筈だ。」
「つまりは、こちらが提示した要求の一切を、受け入れると?」
「そういう事になる。意外かね?」
「いえ。恐らく受け入れられるだろうという事は、昨日お会いした部下の方の返答を、頂いた時から予想は出来ていましたから。」
「そうかね?では、何故そんな怪訝そうにしているのかね?」
不意にそう問われ、思わず眉を顰める。会話中ずっと、歩を緩めるどころか、肩越しに伺う素振りも見せなかったのに、何故そう思ったのだろう。
背中に目でも着いてんのかしらね?
「そんな言われる程、怪訝そうにしていましたか?」
「あぁ。少なくとも私には、そう感じたね。」
「そうですか。考え事が、言葉の端に出てましたかね…」
「そうかもしれんな。この際だ、気になる事があるのなら遠慮無く聞いてくれ。その方が、私としても助かるよ。」
「そうですか。なら遠慮無く…」
そこまで言ってあたしは、前方をキッと睨み付け――
「何処までがあたし達の思惑で、何処からが島津将軍の思惑なんです?」
――先を行く紅い背中に向かって問い掛けた。
「…まるで、私がお嬢さん達をけしかけたような言い草だな。」
「二日前に、あたしを見逃してくれた時から、ずっとそうだったとは言いませんよ。けど、途中からは事実そうでしょう?街で騒ぎが起きると知っていながら、それを放置した。」
「謹慎中であるからな。」
「あたしの提示した要求を、全て受け入れたのも。こうして、わざわざ出向いて道案内しているのも。謹慎中だからですか?」
立て続けに口にした、嫌味混じりの問い掛け。それに沈黙を以て答えとした島津将軍。
歩く速度はそのまま、こちらを気にする素振りも無い。その様子に思わず、呆れながらにため息を漏らした。
皆まで言わない姿勢は結構だけど、反応位返して欲しいわね。これじゃまるで、あたしが幽霊みたいじゃない。
そんな事を考えつつ、会話を再開すべく口を開いた。
「さっき仰ってた、要求にも関わってくる話しについて、そろそろ伺っても良いですか?」
「そうだったな。」
それは少し前、将軍自らが口にした話題。そろそろ頃合いかと思い切り出すと、そこで初めて、肩越しにこちらの様子を伺ってきた。
「その前に聞きたいのだが…」
「なんでしょう?」
「お嬢さんは、こちらの世界に来て長いのかね?」
「いえ、つい最近です。」
続け様、何を聞いてくるのかと言えばそんな事。話にどう関わってくるのか知らないけど、答えにくい事でもないので素直に答えた。
「そうか。では、この国については、あまりいい話を聞かなかった事だろうな。」
「えぇ、まぁ。」
「お嬢さんから見てどうかね。聞いていた通りだったかね?」
更にそう問われ、そこでようやく質問の意図を察し。要するに、あたしから見たバージナルの印象聞きたい訳ね。
「そうですね…聞いてた通りだった部分も、確かにありましたよ。けど大半は、あたしが想像していたよりずっとマシでしたね。」
「ほぉ…と言うと?」
「一番はやっぱり、街で見かけた奴隷の人達ですね。格好こそ見窄らしいけど、どの人も身体は小綺麗に保たれてたし、血色も良かった。食事に睡眠は勿論、水浴びか沐浴もされてるんですよね?」
「勿論だとも。他に想像と違った点は無いかね?」
「そうですね…街の人達の態度ですかね。」
「態度?」
それまで会話に参加していなかった、リンダからの問い返し。それにあたしは、歩きながら肩越しに振り返る。
「えぇ。この国の他種族に対する差別感情は、神代の頃の確執がそもそもの原因な訳じゃ無い?」
「んまぁ、そうさねぇ。」
「その頃からずっと語り継がれて、今尚差別意識があるって事は、当時はもっと酷かったと思うのよ。それこそ、激しい怒りや憎しみを抱いてたんじゃ無いかなって。」
「そうだとして、何だってんだい?」
「根底にあるのが怒りや憎しみなら、どんな聖人君子だって、何時か魔が差すかもしんないって話しよ。ましてや、うん千年と続いてきたなら尚更ね。」
怪訝そうにする彼女にそう答え、視線を元へと戻し更に続ける。
「今回の件で、街の人と話す機会は何度もあったわ。その中で、他種族に関する事について聞いてもみた。結果は、嫌な顔をする人ばかりだったけど…でもだからって、目に入ったその人達に、酷い事をする住民は一人も居なかったわ。」
それが、この国を訪れて一番安心した事。この国に住む一般の人達まで、嫌いにならずに済んでホッとした事だ。
そう思っていた――
「…そうか。お嬢さんの目には、そう映ったか。」
「え?」
「五十年。お嬢さんの目に映った街並みにするのに、我々は五十年も掛けてしまったよ。」
――それはつまり、五十年前にはあたしの想像していた通りだったという事。
「私がこの国に召喚された頃の奴隷達への扱いは、それは酷いものだった。汚泥にまみれた身体で、禄な食事も与えられず、休む間もほとんど無しだった。その上、住民達からは罵声を浴びせられ、石を投げつけられるのも当たり前。その様な環境下だ、日に何人もの死者を出していたよ。」
想像通りの地獄が、この国では横行していたという事…
元より覚悟はしていたつもり。でもだからって、理解など出来る筈が無い。
だからあたしは、聞かされた事実にただただ反吐を堪え、眉間に深い皺を刻み耐え忍ぶ。人が人として扱われない不条理に、激しい憤りを感じながら。
「そんな状況から、よくもまぁここまで変えられたもんだね。」
「未だ道半ばではあるがね。それでも、当時と比べて死者は大分減ったよ。」
リンダも同じ気持ちなのか、声の感じが何時になく硬い。そして、それに答えたその声も…
続け様、再びこちらを伺う素振りを見せる島津将軍。
「私の思惑が何処にあるか、気になっていたね?」
「はい。」
「君達が潰してくれた闇奴隷商達は、五十年前以前からこの国で活動していた。彼等がこの国でも商売を行えた原因は、国民達の他種族に対する不当な扱いだった。」
低く、落ち着き払ったその一言。それを聞いてあたしは、眉間に再び皺を刻む。
「年間の死者数が、正規ルートで流入してくる人数を超えてたんですね?」
そして気付けば、核心に迫る質問を自然と口に出していた。これに将軍は、背中越しに無言で頷く。




