間章・踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆なら踊りだせ!(1)
――………』
『銀星です、定時連絡お願いします。』
『………』
『こちら優姫、所定の位置で待機ナウ。』
『……』
『あたいはまだ移動中。もうちょいで、指定の場所に着く所さね。』
『HI.こっちは今、所定の位置に着いたよ。予定通り、監視を始めるね!』
『…』
『はい、はぁ~い!姫華も位置に着いたよ!!』
『――
――左上ブロック。制圧を終えた犯罪組織拠点内。
薄暗い室内に、寄り添うように集まる四つの人影。
「こちら、エイミー班です。予定通り、建物内で待機中です。」
その内の一つ。エイミー・スローネが、指に填めたリングに視線を落とし語り出す。
「先程、協力を申し出てくださった方々への説明を済ませました。何時でも行けます。」
『こちらシフォン、承知致しましたわ。指示するまで、皆さん待機でお願い致します。」
「解りました。」
『了解。』
『はぁ~い!』
『yeah!』
報告を済ませ、軽く吐息を漏らす彼女。その後に続く仲間達の返事を他所に、リングから意識を外す。
『リンダ、後どの位で着きますの?』
『もうちょいったら、もうちょいさね。』
『…急いでくださいましね。』
『解ってるさね。』
『道草食ったりしちゃ駄目よ、リンダ?』
『ダ~メよぉ~』
『おいおい…そりゃ無いぜ、お二人さん。』
『場を和ませようとしただけよ。ねぇ、オヒメ?』
『うん!ママの真似したかっただけ~』
『この期に及んで、緊張感の無い方々ですわね…』
『だねぇ。』
『貴女もですわよ!』
直後、リングから伝わってきたそのやり取り。それに思わず気を取られ、自然と表情が緩んだ。
と――
「どうかされましたか?」
不意の問い掛けに、ハッとするエイミー。慌てた様子でそちらに視線を向けると、其処には見慣れる人物が二人、怪訝そうに彼女の顔色を窺っている。
一人は獣人種。最も種族数が多いとされる猫人族の女性。
そして、もう一人はエルフの男性。エイミーやジョンと比べ、やや短い耳からしてハーフだろう。
この二人こそ、優姫の語っていた冒険者。等級は共に青銅帯であるらしい。
「あぁいえ、定時連絡の終わりに、仲間が緊張感の無いやり取りをしていたので、思わず…」
「なるほど、そうでしたか。」
「すみません、置いてけぼりにしてしまって。こちらの魔道具、数に限りがあるので、お貸しする事が出来なくて。」
何時もの困ったような笑みを浮かべ、謝罪の言葉を口にするエイミー。
「いえ、そんな。それだけ小型化された通信魔具、数を揃えるだけでも大変でしたでしょう。流石は、金等級の一党ですね。」
「え、えぇまぁ…」
「けど、珍しい形状だにゃ?今まで見た事無いにゃ~一体全体、どこで手に入れたのかにゃ?」
「え、えっと…それは~」
「おい止せって。これだけの代物が表に出てないって事は、訳ありに決まってんだろ。」
「にゃにゃ!?て事は違法なのかにゃ!」
「い、いえ!決してそういう訳では!!」
「馬鹿猫…」
どうやら、多くの事を隠したまま、彼等に協力を求めたらしい。その事に対し、彼女が心苦しさを感じているのが、今のやり取りから覗えた。
「それよりも精霊姫殿。銀の魔女殿からの指示はなんと?」
それを察したハーフエルフの男性。気を遣って話題変更。
これにはエイミーも思わず安堵の表情。猫人の女性から視線を外し、彼と顔をつきあわせた。
「私達はこのまま、指示在るまでここで待機だそうです。」
「解りました。ではまだ、時間に猶予があるんですね。」
「えぇ。」
「にゃにゃ!?まだ待たないといけないのかにゃ。」
「すみません。配置に着いていない仲間がまだ居まして…ですので、兵士の動向も把握するのに、今暫く時間が掛かると思います。」
「にゃ~…」
返事を聞くなり、猫人の女性は分かり易く落胆する。そんな彼女に対し、呆れ顔でため息を漏らすハーフエルフの男性。
そんな二人を、穏やかな笑みで眺めるエイミー。その表情からは、心なしか余裕が垣間見えた。
それもその筈。元々エイミーは、奴隷を囮に利用する作戦に否定的だった。
そもそも人道的に、納得のいく作戦じゃ無かったし。何より、誰とも知れない一般人を、護りながら先導する事に不安を感じていたからだ。
それが紆余曲折を経て、本来は冒険者であった彼等の協力を得られたのだ。心的な重圧から大分解消されたのは言うまでも無い。
加えてこの二人。これから一発勝負の大仕事だというのに、緊張している素振りが一切ない。
これならば、最低限の注意を払う程度で済みそうだ。そう言った意味でも、エイミーからしたら嬉しい誤算だ。
なにせ…
「………はぁ~~~………」
初期からこの作戦に参加していたジョンが、今更緊張で固まってしまったのを、どうにかしなくてはならなくなったからだ。
この建物内に居た最後の一人。ジョンの漏らした深いため息に、何時もの困った様な笑みを浮かべるエイミー。
「ジョン、大丈夫ですか?」
「は、はい!」
「にゃんにゃん。緊張してるみたいだにゃ~」
「す、すみません…」
「にゃ~?別ににゃ~は、責めて無いにゃよ。」
「うぅ…」
「言い方の問題だろう。全く、デリカシーの無い猫め。」
「にゃ!?にゃふ~ごめんにゃ~」
ハーフエルフに指摘され、途端に申し訳なさそうに謝罪する猫人。ピンと立っていた三角の耳も、申し訳なさそうに折り畳まれている。
「い、いえ!本当の事ですし、全然気にしてませんから!!」
その謝罪を受け、慌てた素振りで取り繕いだす。何ともらしいその反応に、幼少期から彼を知るエイミーは思わず苦笑。
それに気が付きハッとなったジョン。気恥ずかしさからか、頬がみるみると紅くなっていく。
しかし、誰もその事に触れ様とはしない。どうやら、優姫のようなからかい好きは、この中には居ないらしい、
「とは言え、心配は心配ですね。」
そんな中、不意にハーフエルフがぽつりと切り出す。
「心配ですか?」
「えぇ。さっきまで普通にされてたのに、急に緊張しだした様に見えましたので。何処か具合でも悪くなったのかと…」
「あぁ…フフッ」
そう言って、ジョンの事を気遣うハーフエルフ。それに対し、何故か含みのある笑みを浮かべるエイミー。
彼女はそのまま、未だ顔を真っ赤に染めるジョンへと向き直る。
「具合が悪くなったからとか、そう言った理由では無いんですよ。彼もここに来るまでに、色々な経験を積んできたんですが…少し時間が出来てしまって、苦い経験を思い返してしまったんでしょう。」
続け様、彼の肩にそっと手を置いて彼女が、穏やかな口調でそう語りかける。
時に人は、十在る成功体験よりも、たった一度の失敗した体験を、より明確に覚えているものである。
それは時に、前を向く者にとって足枷と成るだろう。或いは、時として心を蝕む毒となるだろう。
今のジョンは、正しくその状態にあった。
バージナル潜入からずっと人手不足が続き、振り返る暇が無かった。だがここへ来て、人員が補充された事によって、ぽっかりと空白の時間が出来てしまった。
しかもよりにもよって、今後の成否を別つ大一番。ミッドガルとの状況と、どうしたって重ねてしまう。
ここでまた、自分が下手を打ってしまったら。自分が捕まって、仲間達の手を患わせてしまったら。
そんな、後ろ向きな発想ばかりが脳裏に過る。
しかし――
「失敗しても良いんですよ。」
――そう考えてしまう事は、駄目な事なのだろうか?穏やかに語る彼女は、まるでそう告げているようだった。




