間章・性犯罪者の再犯率は高いって有名だから、そんな気が二度と起きない様、徹底的に潰したいと思います!タマを(2)
一方。部屋を後にした夕映は、その足で職員用の更衣室へ。
先程のやり取りを引き摺っているのだろう。帰り支度を行うその手は酷く遅い。
ようやっと終えたかと思うと、入室から優に20分は掛けていた。女性は身支度に時間が掛かるとは言え、コレは余りにも掛かり過ぎている。
それだけ、自責の念にかられているのだろう。
身支度を全て整えた彼女は、そのまま更衣室の外へ。扉を閉めると同時に、ため息を吐き出す。
「あら、今帰り?」
と、其処へ聞こえた一つの声。咄嗟に聞こえた方へ視線を向けると、其処には一人の女性の姿。
「ファティマさん…」
「お疲れ様。今日は随分と遅いのね?」
「えぇ、まぁ…」
「…暗い表情をして。何か在った?」
「ちょっと、婦長に注意されてしまって…」
「婦長さんに?」
「はい。」
「どうせ、働き過ぎだとか言われたんでしょ?」
「えっと、はい…」
「やっぱりね、そうだろうと思った。」
元気なく受け答えする夕映。そんな彼女を見てファティマが、やれやれと言った雰囲気で苦笑する。
「来たばっかの私でさえそう思うんだもの。一緒に働いてる人達からしたら、心配になって当然だと思うわ。」
「そう…ですか。駄目ですね、私…皆さんのお役にたとうとして、逆に心配させるなんて…」
続け様、何の気なしにファティマが口にした言葉。而してその一言によって、夕映はますます落ち込んでいく。
と、次の瞬間――
「そんな事無い。何も駄目なんて事は無いよ。貴女は何も間違っていないわ。だから、そんな落ち込んだ顔をしないで。」
「え?」
――気落ちして、その場で俯こうとした所に掛けられた、その励ましの言葉。それを耳にするや、咄嗟に表情を上げてファティマを見る。
「…なんてね。実はさっき、私も似たような事を言われてね。」
そうして夕映と目が合った瞬間、そう言って照れくさそうに笑う彼女。続け様に、懐からタバコを取り出したかと思うと、そのまま火を点した。
「フゥー…真似してみたけど、これは恥ずかしくって駄目ね。あの子達、よくこんな恥ずかしい事を、真っ直ぐに言えたものだわ。これが若さって奴かしら…」
「えっと…」
「うん?あぁ、ごめんよ。何言ってるかさっぱりだよね。格好付けては見たけど、気恥ずかしくってね…」
紫煙を燻らせながら、一方的に独り言を呟くファティマ。それを目の当たりにし、反応に困っている様子の彼女に気付き、苦笑しながら謝罪する。
「フゥー…けど、言い方は人真似だったけど、内容については本心さ。それについては、私が保証するよ。」
「…はい。ありがとうございます。」
「ま、心配されるぐらい、一人で抱え込んじまうのは問題だけどね。」
「確かにそうですね、これからは気を付けます。」
そう言って、少し困った様な表情を浮かべて微笑む彼女。それを見てファティマは、安堵した様子で残り僅かとなったタバコを灰皿へと押し込んだ。
「呼び止めて悪かったね。」
「いえ、そんな。むしろありがとうございます。」
「別に、ただ思った事を言っただけよ。お礼を言われる事なんてしてないわ。」
「それでも、ありがとうございます。お陰で元気が出ました。」
「そう、なら良かったよ。さっき迄貴女、酷い顔してたからね。」
「…お恥ずかしいです。」
気恥ずかしそうに笑いながら、そう答える彼女。もうすっかり気を取り直したのか、改めてファティマに向き直る。
「そちらは、リズリットさんの様子を見に?」
「えぇ、その帰りよ。」
「そうでしたか。」
呟くと同時、夕映の表情が少し曇る。
「様子はどうでしたか?」
「落ち着いてたよ。まぁ…相変わらず、話し掛けても返事を返してくれないけどね。」
「そうですか…」
「ま、気長に回復を待とうよ。少なくともここは、あの子にとっては安全なんだしさ。」
「…ですね。」
ファティマの言葉に、更に表情を曇らせる彼女。患者の容態をおもんばかるその姿は、まるで自分の事の様。
それを眺めつつ、自然と2本目のタバコに手を伸ばしていくファティマ。しかしそこで、ハタと気が付き手を止める。
「っと、つい話し込むところだった。貴女、もう帰るところだったのにね。」
「あっ!そうでした…」
「しっかりしなよ。まだ残ってる所を婦長さんに見つかったら、今度は注意じゃ済まないんじゃない?」
「はぅっ!」
そう指摘され、咄嗟に身体をビクッと震わせる彼女。直後、その場でひるがえり背中を向ける。
「すみません、では私はこれで…」
そしてそのまま、玄関に向かうかと思いきや。肩越しに振り返り、ぺこりと頭を下げる夕映。
「そう言うのは良いからさ。ほら、とっとと帰った帰った。」
「は、はい!」
その様子に呆れるファティマ。『シッ、シッ!』と、手を振りながら彼女に告げる。
軽くあしらう様な態度にも関わらず。律儀に返事を返してから、小走りにその場を後にする夕映。
遠ざかっていく背中を眺めながら、苦笑交じりにため息を漏らす。そんな彼女の右手には、優姫から送られたあの指輪が填められている。
「…まったく。あの2人に負けず劣らず、危なっかしい子だよ。まぁ、だからこそみんな気に掛けるんだろうけどさ。」
ふと、右手を目線の高さに掲げて指輪を見やるファティマ。その指輪と、夕映の背中とを重ねながら、ぽつりとそう独白した――




