異世界うるるん滞在記~実録!子連れJK24時!!~(11)
「ッ!?」
「周りを見ないで。」
思いも寄らなかったろうあたしの言葉に、動揺し周囲を確認しようとするファティマさん。それを小声で以て制止させる。
「気付いてる事に、向こうに気付かれたら面倒ですから。ミリアもそのつもりでね。」
「Ok...けど優姫、本当なの?」
「こんな事、冗談で言う程悪趣味じゃ無いわよ。それに…」
そこで言葉を切ったあたしは、改めてファティマさんと向き合う。まだ驚いている様だけど、既に落ち着きを取り戻しつつあるのが見て取れる。
その様子を見る限り、思い当たる節の一つや二つあるんだろう。
「フゥー…」
「このまま、此処で立ち話ってのも何ですし、病院の方に移動しませんか?」
平静を装う為だろう。タバコを咥え、紫煙をくゆらせるファティマさん。
そんな彼女にあたしは、警戒させない様笑顔を見せながら申し出る。途端、先程同様に品定めでもするかの様な鋭い視線が向けられる。
「…監視されてるって解ってて、まだ関わろうってのかい?」
「そりゃまぁ、同じ故郷の人ですし。何か困ってる事がある様なら手助けしたいかなって。」
「見ず知らずの人間に、随分とお優しい事を言ってくれるんだねぇ。」
「ってのはまぁ、本心でも在り建前で。本音も言うと、既にあたし達も目を付けられた可能性が高い。なら、何の情報も無しにここで別れるより、ファティマさんから話しを聞いた方が有益ですから。」
「フゥー…成る程、道理だね。」
紫煙を吐き出しそう言って、懐から取り出した携帯灰皿に、火の点いたタバコを押し込む彼女。次いであたし達に背中を向ける。
「着いてきな、案内するよ。」
そしてそのまま、言うだけ言ってしゃなりしゃなりと歩き始める。
お互いに、顔を向け合うあたしとミリア。無言のまま頷き合った後、彼女の後を追って移動を開始する。
「あっ、そうそう。ファティマさん。」
「…今度は何?」
歩き出して早々、ふとある事を思い出して声を掛ける。その呼び掛けに、振り向きもせずしゃなりしゃなりと、先を歩くファティマさん。
そんな彼女にあたしは、意地の悪い笑みを浮かべ――
「さっきは肝が青醒めてくれました?」
――先程の侮蔑に対する、意趣返しとばかりに軽口を叩く。
直後、彼女の足がその場でピタリと止まり、肩越しにこちらをジロリと睨み付けてくる。そして一言。
「…言ってくれるね。」
テヘ☆
「Sorry.優姫って、こういう子なのよ…」
「良い性格してるガキだね。あんたも苦労してんじゃ無いのかい?」
「I'll leave that to your Imagination.」
言ってやった感丸出しでドヤッてる、あたしに対する二人の反応。ってかミリア、その返しは苦労してるって言いたいんかい?
別にあたし悪くないも~ん!先に感じ悪かったのそっちだも~ん!!
も~ん、も~ん…って、やってる内に目的地に到着。
飾り気の無い、一際大きい白い建物。ファティマさんを先頭に、入り口から中へと這入っていく。
と同時に、監視者達の視線を感じなくなった。今の所、施設内から同様の気配は感じられない。
これなら、とりあえず普通に会話が出来そうかな。表の連中程度の相手なら、何か動きを見せれば直ぐ察知出来そうだし。
「先に病室へ移動しても良いかい?」
歩きつつ、周囲の警戒を行っていた所にその申し出。入院中だという人が気になるのだろう。
「構いませんよ。」
「Of Course!私達もお見舞いに伺って構わない?」
「そりゃ構わないけど…」
そこまで言って、急に言い淀む彼女。背中越しじゃ、その表情までは見えないけれど、何やら考えている様子。
「場合によるね。状態が落ち着いてたら、まぁ平気だろうけど…知らない奴や男が近づく、パニックを起こしちまうんだよ。」
「そうですか…」
「Oh...」
一拍置いて、返ってきたその返答に、あたしとミリアが反応を返す。正直、それ以上何と言って良いのか解らない。
廊下を歩く度、病室に近づく度に、嫌な予感がどんどん大きくなっていく。
それ以降、特に会話をするでも無く、病院の廊下を三人並んで歩いて行く。
「…ここよ。」
程なくして、ファティマさんが一つの扉の前で立ち止まる。続けてあたし達も立ち止まり、その扉の方へ視線を向けた。
ハッキリと言われた訳では無いけど、この部屋の中に居るのは恐らく女性。それも、或いはメアリーが辿っていたかも知れない姿で、居るだろう人だ。
あたし達の知らない所で、酷い思いをしてきた人だ――
「先に私が入って様子を見るから、貴女達は此処で待っていなさい。平気そうなら呼ぶから。」コンコン
視線をこちらへ向けそう言って、返事を待たずに扉をノックするファティマさん。それに遅れて頷くあたし達。
急に押しかけたのはこっちだもん、文句は無いわ。
「リズ、ファティマよ。開けるわね?」ガチャッ
そう断り、やはり返事も待たずに扉を開いて、室内へと入っていく彼女。それを見送り、廊下で待機する事数秒。
――ガチャッ「…寝てるわ。入ってきて平気だけど、起こさない様にしてね。」
室内から再び扉が開き、そこから顔を出すファティマさん。中を気にして、小声であたし達を招き入れる。
本来であれば、断ってから部屋に入るべき何でしょうけど。釘を刺されちゃったし、挨拶は今回割愛で。
無言のまま、成るべく音を立てない様に部屋へと入る。広さ的には、四畳あるかどうか位だろうか。
この建物と同じ、白で統一された飾り気の無い室内。入り口と向かい合う形で設けられた大きな窓は、今はレースのカーテンが引かれている。
その所為で室内はやや薄暗い。そんな中、ファティマさんがスッと移動する。
その行き先を視線で追うと、壁際に寄せて設置されたベッドの存在にハタと気が付く。而して其処に、その娘が横に寝かされて居た。
白に近い金髪、雪の様に真っ白な肌。まだあどけなさの残る、その寝顔はとても穏やかで――
「薬で眠らされてるのね。こんな穏やかな顔、初めてだわ…」
――そんな寝顔には似つかわしくない、目の周りに出来た大きな隈。
頬は陰影がハッキリする程にこけ。唇もガサガサ。
本来は美しい筈だったろう髪はボサボサで。恐らく自分で掻き毟ったんだろう、ベッドの周りに髪が散乱している状態。
それだけでも、十分に酷い状態だと見て取れるのに…否が応にも気が付いてしまう。
寝ている彼女の、露出した肌に出来た無数の痣に――
この子の爪を視るに、恐らく自傷行為で出来た傷もあるんでしょうけど…この分だと、見えてない部分も相当酷そうね…
その惨状に、思わず顔を顰めてしまう。こみ上げてきた感情に、目頭が熱くも成った。
けど…冷静な部分の自分が居て、この子から目を離すなと訴える。
間に合わなければこうなるのだと。このまま放置したら、こんな子が更に増えるのだと。
それなのに、お前はこんな所で何を悠長に構えているのだと――
「ッ!」
――直後、奥歯を噛みしめ、両の拳を握り込んで必死に耐える。口の中に血の味が広がろうと、爪が肉に食い込もうとも構わずに…
「Are you OK?」
そんなあたしを見て不安に思ったのだろう。掠れた声で、そう問い掛けてくるミリア。
見ると、サングラス越しでも解る位、険しい表情で目尻に涙を浮かべている。彼女もまた、湧き上がる気持ちをどうすべきか、解らずに居るのだ。
それなのに、あたしばかり気を遣われてちゃ情けないわよね…
「うん。大丈夫、まだ平気よ…」
先程の問い掛けに対し、無理矢理表情を緩めてそう返す。続けて、今度こそ明確に産まれてしまった悪感情を、再びため息と共に吐き出した。
それで全てを吐き出せた訳では無いけれど…それでも、気持ちの切り替えはなんとか出来た。
「あの、ファティマさん。この方のお名前は?」
「リズ、リズリットよ。ファミリネームは知らないわ。」
「そうですか、リズリットさん…」
その名を口にしながら、ベッドで眠る彼女を改めて見る。よく眠っているみたいだけど、何の拍子に起きるか解らない。
何より、折角夢を見ないぐらい深く眠っているのだ。ここで無神経にも話を始めたら、この子はきっと悪夢にうなされてしまう。
それだけは、何をおいても避けるべきだ。リズリットさんが、どんな仕打ちを受けてここに居るのか、解るのであれば――
「――ファティマさん。」
薄暗い病室の中、小声でその名を口にする。その呼び掛けに反応し、こちらに視線を向けてくる彼女。
それにあたしは、無言で部屋の外を指し示した後、踵を返し歩き出す。遅れて、ミリアも後に続き移動を始める。
「…また後で様子を見に来るから、それまでちゃんと寝てるんだよ。」
部屋を出る直前。背後からファティマさんの呟く声を耳にする。
その呟きに対する返事が返ってくる筈も無く。その事実が無性に寂しくて、あたしの胸を締め付けた――




