間章・立った立った!○○○が立った!!(サーセン)
時間は少しだけ遡り、リンダとの模擬戦を終えたすぐ後の事。
「そ。それじゃ気が済んだのなら、そろそろ出発の準備をしましょ。良い感じで汗もかいたし、出発前にさっぱりしたいしね~」
そう言ってあたしは、覆い被さっていたリンダの身体から立ち上がると、彼女に背中を向けて、ジョンに向かって歩き出した。そのすぐ後、背後で彼女が立ち上がる気配を感じたけど、そんなに気にもせず、歩みを止める事はしなかった。
この時あたしは、もう少し気にするべきだったのかもしれない。リンダという戦士が、ここまで追い込まれて…彼女の予想以上だったろうあたしの戦闘力を前に、あんな終わり方で、彼女が満足出来る筈が無いという事実に。
そして、彼女にとっては幸運な事に、あたしにとっては不幸な事に、決着の着いた場所は、リンダが最初に立っていた場所のすぐ側。つまり、手の届きそうなすぐ側に、彼女の相棒の巨大な戦斧が地面につき立っている場所だった。
「ッ!?」
その事実がもたらした結果として、背後から凄まじい殺気を感じ取ったあたしは、背筋に悪寒が走り抜けるのを感じて、無意識に臨戦態勢を取って振り返った。
振り返った先…ほんの数歩先に、地面に突き立てられた戦斧に手を掛け、全身から闘気と殺気を放ち、不気味に嗤うリンダの姿があった。それは掛け値無し、正真正銘押さえる事を止めた、彼女の本当の戦士としての姿だと直感でわかった。
『殺さないと殺される!』と本能的に理解したあたしは、振り向きざまに、まるで呼吸をするかのような自然さで、腰を低く落として左膝を地に着き、右足を前に出して居直り、右肩をリンダに向けて半身に構えた。
そして、左手で九字兼定の鯉口を握り、右手を兼定の柄に緩く添えて、いつものルーティーン通り短く息を吸い込み深く吐き出して、沸き起こる様々な感情を全て抑え込む。
「…ハンッ!それがあんたの本気かい!良いね…良いよ優姫!!」
あたしの臨戦態勢と、リンダとは対照的な、押し殺したような殺意を感じ取ってか、彼女は本当に愉しそうに獰猛な笑み浮かべる。対してあたしは、瞬き1つする事さえしないで、無表情にただ彼女を見据えていただろう。
ただ一点を見逃さないように…リンダが動くその瞬間を捉え、後の先のその先を勝ち取る為に。その結果、彼女を殺してしまっても仕方ないと、嫌にクリアな思考の片隅で、そんな箏を考えていた。
あたしが冷徹に覚悟を決めると同時に、リンダの身体がゆらりと揺れる。その直後…
「そこまでですわ!!」びゅるんっ!
「「ッ!」」
誰かの怒声が辺りに響いたと同時に、鞭がしなるような音が聞こえたと思った瞬間には、あたしとリンダの身体に黒い触手のような物が巻き付き、あたし達の動きを完璧に封じる。
「全く!!貴女方、何をやっておりますの?特にリンダ!!素人の方を相手に本気に成るなど、恥を知りなさい!!
「大将…」
怒声の主は、言うまでも無くリンダの相棒、ダークエルフの魔剣士シフォンその人だった。彼女は陽を浴び煌めく銀髪をたなびかせ、怒りを露わにした表情で、あたし達をにらみ付けて立っていた。
そんな彼女に、リンダが視線を向けるけど、その瞳は明らかに据わっていて、『よくも邪魔をしたな』と、文字通り視線で語っているようだった。けどすぐに頭を振って、何かを振り払う仕草を見せた後には、憂鬱そうな表情に変わっていた。
「…手間を掛けさせたみたいだね、大将。助かったよ…どうやら頭に血が登りすぎたみたいだ。優姫もすまなかったね
「…いいえ、あたしもどうかしてたみたい。助かったわ、シフォンさん。」
リンダの言葉を聞き、あたしもそう答えて、ようやく戦闘態勢を解いた。直後、どっと押し寄せてくる感情の波に、疲労感や悪寒に身が震えるのを感じながら、未だにあたしの身体に巻き付く触手に、身を任せるように体重を乗せて休む。
嫌な汗が全身から噴き出すのを感じ、逃避したくなる気持ちをつなぎ止めつつ、状況を確認する。
あたしはさっき何を考えていた?殺さないと殺される。だから殺してしまっても仕方ない?あのリンダを?あたしがこの手で?
昨日、あの夕暮れの中で、あたしを励ましてくれた人を…武器ありでの模擬戦を、散々嫌々言っていたのに、武器を手にした瞬間、あっさり手の平を返して、仕方ないって割り切っていたって言うの?いいえ、それよりも…
そこまで考えて、あたしは握りしめた九字兼定に視線を落とす。
なんであたしは、ジョンに預けたままの筈の兼定を握っているの?
いつ彼から受け取った?受け取っていた時間なんて無かった筈よ。この世界に召喚された時だってそう、あたしはいつの間にかこれを握っていた。
考えた所で、情報が足りない今の段階じゃ、まともな考えに成らないって思って、考えないようにしてたけど、明らかに何かがおかしい。一体あたしの身に、何が起きているって言うのよ…
「だ、大丈夫ですか?」
聞こえた言葉に、あたしは視線をそっちへと向ける。その視線の先には、心配そうにあたしの顔をのぞき込んでくる、ジョンの姿があった。
「大丈夫…は、大丈夫なのかしらね。気分的にはかなり滅入ってるんだけれど。それより、あたしは何時、あなたから刀を受け取ったの?
「え?
「ん?
「…優姫さん、ずっと腰に着けていたじゃないですか?
「は?」
彼の予想外の返答に、思わず間の抜けた返事をしてしまうあたし。その直後、頭の中が真っ白になった。
待って、待って!どういう箏…あたしは確かに、彼に兼定を渡した筈…これが事象改変ってやつ?それとも、単にあたしがボケただけ…って訳じゃ無いんでしょうね。
「罰として貴女方、そうして居なさい!
「た、大将~そりゃね~って。悪かったから勘弁しておくれよ。」
隣でそんなやり取りがされているのも全く無視して、あたしは考えても答えの出ないもどかしさから、眉間に皺を寄せて、苛立ちを露わにしていたのだった。