間章・風の乙女は、どうやら準レギュラーの座を狙っているようです(6)
『いい加減にするのじゃ!!』
――テレパシーによるエクアの一喝によって、それまでのかしましかった会話がピタリと鳴り止んだ。けれどそれは、何もびっくりして言葉を飲み込んだ訳では無い。
今のエクアのテレパシーは、分かり易く声量に置き換えると、耳元で鼓膜が破れんばかりの大声で叫ばれたようなもの。それを、頭に直接叩き込まれたのだから、受け取った側のダメージはそれなりに大きい。
その証拠に、皆一様に顔を強ばらせており、痛む頭をおさえている。
「こ…の、駄馬が。いきなり何するじゃワレ…」
「うひぃ~…目がぐるんぐるんするよ…」
先の一喝より一旦…いや大分間を空けて、今尚痛む頭を振りながら明陽が。それに続き、引きつった笑いを浮かべるシルフィードが、息も絶え絶えにといった様相で口を開いた。
『何じゃ!?わっちが悪いとでも言うんか!!』
それに間髪入れず反応しエクアが吠える。無論、先程の一喝と比べて常識の範囲内でだ。
『真面目な話かと思って黙っておったら、何時までもダラダラダラ喋りおってからに全く!!』
「んな事でいちいち目くじら立てる出ないわ、器の小さい奴めが!頭が割れる所だったぞ!?」
「ほんとだよもぉ~…ボク達と一緒にわいわい出来なかったからって、そんな怒んなくっても良いじゃんか~」
『どうしたらわっちが!話しに加われずふて腐れてるとか思えるんじゃアホーッ!!』
「えっ違うの?」
『違うわ!!本気で言っておるんかシルフィー!?』
「なんぞ、どこぞで聞いたやり取りじゃな…」
そう呟く明陽に対し、譲羽が『気の所為じゃないですよ』と手話で語るも、本気で怒っているらしいエクアが気付く事は無く。お叱りの言葉は更に続く。
『大体うぬ等!何時までこんな場所で時間を無駄にするつもりなんじゃ!!ミョルム様より賜った件だってあるのじゃぞ!?』
「そら解っておるが、単に言伝を預かっているだけじゃぞ?伝えるべき相手が居なくなる訳でも無し、別に急がずとも平気じゃろうが。」
「そ~だよエクア、のんびりいこうよ。」
『平気なもんか馬鹿たれ!!うぬ等に付き合わされてるだけのわっち等の身にもならんかい!!』
「そんな冷たい事言っちゃ駄目だよ、エクア~」
「そうじゃそうじゃ。儂等の元居た世界には『旅は道づれ、世は情け(無用)』と言ってじゃな…」
『聞こえたぞ!何が情け無用じゃチビ人間!!それとシルフィー!さっきからいちいちうるさいのじゃ!!そもそもうぬには関係ないじゃろうが!!』
「えぇ~?そんな冷たい。ボクも情け無用で良いからさ、ついでなんだし連れてってよぉ~」
感情剥き出しでエクアが叱責するも、責められる側の反応はのれんに腕押し。所か、興奮気味に『ブルルッ』と嘶いたり、忙しなく前足で地面を蹴る姿を見て面白がっている始末。
『巫山戯るでないわーっ!!』
「ぬおっ!」
これに彼女の苛立ちは頂点に達し、文字通りじゃじゃ馬となって暴れ出しやた。その背に跨がっていた明陽は、咄嗟の事に驚きはしたものの、しかし直ぐに対応する辺り流石と言うべきか。
『ダーリンッ!!ダーリンからも何か言って欲しいのじゃ!!』
暫くその場で暴れ続けたエクアだったが、突然ピタリと動きを止めると、そう呼び掛けながらエクゥの方へと振り返る。しかし…
『…ダーリン?』
振り向いた先、呼び掛けた彼がエクアの呼び掛けに応える事は無く。ただ、その長い首を力無く項垂れさせ、所在なさげに佇んでる。
明らかに元気の無いその様子に、あれだけ怒り心頭だったエクアも一瞬で冷静になり、むしろ動揺すらしている様子。
「あれ?どうしたのさエクゥ君。もしかして、ずっとほったらかされててふて腐れちゃった?」
「いやエクアで無し、エクゥに限ってそれは無いじゃろう。」
『どういう意味じゃ!わっちだってそんな事でいじけたりしないわ!!』
「そうじゃのうてほれ、さっきのエクアの攻撃。」
『ぬな!そ、そうなのかダーリンッ!?』
「あぁ、アレかぁ~確かに、アレは結構響いたよね~」
「じゃろう。打たれ強い譲羽ですら、珍しくしかめっ面しておったからのぉ~」
『ご、ごめんなさいなのじゃ!ダーリン!!許して欲しいのじゃ~!!』
『ダーリン言うな…』
果たしてそれが原因であるのかはさておき。エクアの呼び掛けに、ようやくエクゥが応えたその瞬間――
――ポウッ
『『「「「――ッ!!」」」』』
――何の前触れも無く。ユニコーンの象徴たる二頭の、長く美しいその真っ白な角から淡い光が突然発したのだ。
瞬間、その場に居る一同に緊張が走った。何故なら、その現象が意味する所は…
『ダーリンッ!!』
『解っている。よもやこのタイミングで、蟲人共の侵攻が起こるとはな。』
いななきと共に発せられた、エクアの鋭い呼び掛け。それに対しエクゥは、落ち着いた様子でその事実を皆に伝える。
一聴、なんて事無い風に聞こえたであろうその内容。而してそれが本当であるならば、この世界に住む者達にとって、これ以上ない悪い報せだあった筈だ。
この場に居合わせた者達が、彼女達で無かったのならばの話しだが…
「いやぁ~ほんとびっくりだよね~」
「やれやれ全く…ただでさえ龍王より厄介事を頼まれたばかりだというのに、更に面倒事が増えるとはのぉ~」
「ねぇ?ここに居る全員、今日が厄日なんじゃ無い?」
『不吉な事を言うで無いわシルフィー!!』
この者達で無かったのなら、或いは我先にと逃げ出す者も居ただろう。しかし、そうはならない。
何故なら彼女達は全員、世界の守人として名を馳せる守護者であるからだ。そんな彼女達にとってこの状況は、平凡な日常にふと訪れた、ちょっとしたイベントにしか過ぎない。
その証拠に、先程見せた緊張感は何処へやら。会話のノリが、先程迄のそれに戻っている。
「そうじゃぞ?儂等の居た世界には『嘘から出た誠』なんて諺があってじゃな…」
そう明陽が口にした瞬間――
『それを我々が言いますか。洒落になりませんよ?』
「んえ!?」
『ぬなっ!』
――今までに感じた事の無い新たな人物のテレパシーを受け約2名、驚きに声を上げつつその人物を見やる。
「なんじゃ珍しい。恥ずかしがり屋の御主が、進んで念話を使うとはのぉ~」
『誰が恥ずかしがり屋か。あなたと2人だけならまだしも、他の方々と意思疎通せず共闘する訳にもいかないでしょう。』
「ほぉ~ん。御主にしては殊勝じゃな。」
『いちいち勘に障る言い方をする。それよりも、私達の場合『身から出た錆』の方がしっくりきませんか?』
「そっちの方が、よっぽど洒落にならんじゃろう。まるで儂等が原因みたいでは無いか。」
そんな2人を置き去りにし、明陽とその人物――譲羽が、手話を交えながら雑談を続ける。長年に渡り、染みついた癖によるものか。
と思いきや『或いは、そうかもしれませんよ』と、手話でのみ伝える譲羽。それを受け明陽も、『解っている』と手話で返す。
「解っておるが、それを悠長に詮索する暇も無かろうよ。」
続け様に、そう独り言ちると共にため息1つ。そして表情を引き締めると、エクゥへと視線を向けた。
「蟲共の詳細な数は?」
『未だ出現しているので、正確な数は解らんが…しかしそう大した事にはならんだろう。』
「何故そう言い切れる?」
『それは前回の大規模侵攻から数えて、まだ100年と経っていないからじゃ。』
『次に大規模侵攻が起きるとしたら、早くても後30余年は猶予がある筈なのだ。それに、今までの経験上大規模侵攻の際は、まず始めに将軍級が出現する筈だ。』
『その場合、わっち等の角はもっと強く光るのじゃ。そうでなく、未だ淡く光るだけに留まっていると言う事は、蟲共の主な戦力は中位と思って良いのじゃ。』
「なら精々、中規模程度という訳か。したらばエクゥの言う通り、大した事は無いのぉ~」
「んでも、面倒な事には変わりないよ。どうするつもりだい?」
その問い掛けに、つまらなさそうに鼻を鳴らす明陽。彼女は再び、エクゥへと視線を向ける。
「龍王には既に事の次第は伝えておるよのぉ?」
『無論だ。』
「なら、儂等でどうにかせよと言うておったじゃろう?」
『その通り。小・中規模程度なら、我々だけで戦力として十分であろうとの事だ。』
彼の返答を受け今度は、面倒くさそうな表情を浮かべため息を吐き出す。
「で、あろうよ。したらばどうするも何も無いわい。『守護者』という肩書きが担うべき責任を、お互いに果たすとしよう。」
続け様に明陽は、真顔に戻りそう告げると、此処と彼方とを隔てる光壁を睨み付ける。
「アハハッ!そうだねぇ~」
『面倒ですが、まぁ退屈凌ぎには成るでしょう。』
『普段と比べ、今日はなんと頼もしい事か。』
『ぬなっ!?ちょ、ダーリン!それは一体どういう意味なのじゃ!?』
『ダーリン言うな…』
すると、彼女に倣うようにして他の者達も一斉に、軽口を叩きながらその光壁へと向き直る。仲間達の、まるで緊張感の無いやり取りを耳にしてか、明陽の口元が僅かに緩んだ。
しかしそれも一瞬の事で、次の瞬間には真剣そのもの。所か、鬼気迫る気迫すら垣間見える。
「舞を以て武を制し、刃を以て神を殺す。故に我ら武神流――」
そして紡がれる、彼女達一族に伝わる戦詩。その口上を述べ終えた明陽は、不意に何も無い空中を睨み付け――
「――神殺しの刃が如何に鋭いか、起きて居るなら其処からとくと見届けよ。のう?元神様よ。」
―天に向かってそう告げたのだった。
遅報:先週で仕事辞めました、めでたくニートですワショーィ ₍₍ ◝( ˙ω˙ ◝) ⁾⁾ ₍₍ (◟ ˙ω˙ )◟ ⁾⁾




