間章・どうしてこうなった?その経緯がこちらだ☞☞☞(2)
それが解るからこそ、王も急かすような真似はせず、将軍の口が自然と開くのをジッと待った。故に三度、2人の間に重苦しい沈黙が横たわる。
「…これはあくまで想像で、話半分程度に聞いてもらいたいのですが――」
どれだけ沈黙が続いただろう。而してその沈黙は、シマズ将軍のしつこい位に念押しする、そんな前置きによって破られた――
「昨日起きた、魔女殿達による奴隷商襲撃の件と此度の件。無関係のように思いますが、私にはどうも関係しているように思うのです。」
「何?」
次いで聞かされた内容に、あからさまに耳を疑うような反応を示すバージナル王。そして直ぐに何か言いかけようとし、しかしそれをグッと飲み込むと、表情を引き締め平静を装う。
「続けろ。」
「はい。何故そう思うのかは、正直虫の知らせレベルに過ぎないのですが…昨日取り逃がした魔女殿の後に、直ぐさまあの2人が渡ってきたのがどうにも腑に落ちず。ただ偶然で片付けるべきかと思うのです。」
「…何故そう思う?」
「まず、立場的に言って魔女殿は、以前よりあの守護者2人と面識があるのは確実でしょう。何せお弟子が、あの『怠惰』キサラ=ベルシュ殿ですし。何より、本来であればその席は、あの方が座る筈だったそうではないですか。」
「まぁそうだな。それで?」
「であるならば、魔女殿が逃亡した先に皇殿達が居合わせていたのなら、助けを求める位の事をしても可笑しくないでしょう。彼女達とて、顔見知りに助けを求められたら、匿って話を聞く位はするでしょうし。」
時折、合いの手を入れながら、聞きに徹するバージナル王。しかし、そこまで話しを聞いた所で、不意に難しい表情を浮かべ考え込む。
その仕草を見るや将軍は、思考の邪魔をすまいと思ったのか、そこで一旦話しを切り上げる。
「…そんな都合のいい話があるか?」
「普通ならば無いでしょうな。」
そのまま待つ事一刻。考え込む王の口から、ようやく出たその疑問の言葉に、間髪入れず将軍が真顔す返す。
言い切った後、ふと口元を緩め苦笑を浮かべた。自分で話して置いて、余りに身も蓋もないと思ったらしい。
しかし、そんな表情を浮かべたのも一瞬。次の瞬間には真顔に戻り、再び口を開く。
「ですが、仮にあの2人も魔女殿達同様に、我が国に運ばれようとしていた異世界人の娘を、保護する目的で近隣まで迫って居たのなら、あり得なくもない話しかと。」
「まぁ、確かに。」
「それに、リクとアスの軍港に問い合わせたのですが、魔女殿達はリク港よりこのルアナに上陸したのが確認されています。従って、昨日彼女が逃走で使用した『リターン』の行く先は、自然とミッドガル港に絞られる。而して…」
将軍がそこまで話した所で、まるでその先を遮るかのように、バージナル王が不機嫌そうに鼻を鳴らす。そして、そこで口を閉ざした部下の代わりに、徐に口を開く。
「あの女共がルアナに入ったのも、同じリク港だったな。」
「はい。」
王の告げた言葉に、同意して頷くシマズ将軍。その頷く姿を見てバージナル王は、再び考え込む仕草を取った。
「成る程…となれば貴様の話も、単なる虚構と馬鹿に出来無いな。」
而して王は、先程よりも早く考えを纏め、そのように自分の中で結論付ける。次いで表情を上げると、困惑した様子でシマズ将軍の方に顔を向けた。
「しかしあの戦闘狂2人が、見ず知らずの娘を助けるような依頼を受けるか?俺にはその辺がどうにも信じられんのだが…」
「実際にその様な依頼を受けていたかどうかなど、さして問題ではありませんよ。今注視しているのは、魔女殿とあの2人の移動ルートが被っているという点ですからね。」
「それはそうだがな。あの人を小馬鹿にした態度ばかり取るハーフリング擬きと、何考えてんだか判らん――むしろ何も考えてないだろうってリトルジャイアント族擬きが、助けを求められて素直に動くとも思えないんだが…」
「…今の例えは聞かなかった事にしますが――あの2人は、確かに戦闘狂で高飛車な部分が目立ちますが、しかし冷血漢では決してありませんし、思っている以上に義理方ご婦人方ですよ。」
「であるか…」
さも信じられないと言った様子で語る王に対し、苦笑を浮かべつつ答えていくシマズ将軍。絵に描いたような、罵倒とフォローの応酬だった。
そんな言い合いも一区切り。2人とも、表情を引き締め改めて向かい合う。
「確かに貴様の言う通り、深読みすると繋がっていそうな雰囲気はある。だが判らんな…仮にそうだとして、しかし異世界人の娘の身柄は、既に向こうの手に在る訳だろう?なのに何故、あの女共はルアナに来た。」
「えぇ、そこなのです。そこがどうにも判らない。助けた異世界人の少女に、こちらで確保している2人の救出を懇願されたか…」
「幾ら懇願されたからとは言え、彼奴等は一端の冒険者達であるぞ?対価も無く命の危険を冒すとも思えんのだがな。」
考え込みながら、自信なさげに告げるシマズ将軍。それに対し、何を馬鹿なと言いたげな様子で、王が否定的な意見を口にする。
それに対し、無言のまま真顔で頷いて見せた後、将軍が再び苦笑を漏らす。
「では、やはり思い過ごしで、歪みの調査に来ただけですかな。」
次いでその口から為されたのは、そんな身も蓋もない言葉だった。無論、当人からすると冗談のつもりなのだろう。
「今になってひっくり返すような事を言う…だが、それならそれで1番良いのだがな。寧ろ、こちらとしても手出ししようのない場所を、調査してくれるというのならば御の字よ。」
王もそうと判断したようで、半ば呆れ気味な反応を直ぐに返した。しかしそれも前半のみで、後半から真顔になった辺り、それが本音なのだろう。
「他に、何か思い着く事は無いか?」
「そうですな…では――」
再び主君にそう問われ、何か無いかと思案顔を浮かべるシマズ将軍。それがふとした瞬間真顔となり、鋭い視線で王を見据えた。
「――例の組織が、未だこの国に巣くっているのを何処かから聞きつけて、その調査に乗り出したか。」
「…邪教の連中か。」
ただ事では無い様子の将軍から、不意に発せられたその言葉。それに何やら思い当たる節が、バージナル王にあるのだろう。
途端に険しい表情となって、部屋の奥――自身の執務机へと視線を向けた。
「だがそれこそ無い話しだろう。何せ俺達でさえ、今まで気付けていなかったのだからな…」
続けてそう呟きながら、椅子代わりにしていたベッドから、のそりと立ち上がる。そしてそのまま、先に向き直り歩みを進める。
とわいえ、さほど広くも無い室内だ。2歩も歩けばもう机の前だった。
「全く、先王時代の亡霊共が…俺の顔に泥を塗るような真似をしてくれる。」
――ガラッ、バサッ
机の前に来るやバージナル王は、そう言って机の引き出しを一気に開く。そして開け放たれた引き出しから、何やら紙の束を取り出すと、それを無造作に机の上へ放り置く。
雑に置かれたその紙の束。その一番上の紙には、この世界の言葉で『ハウマン大臣に関する報告書』と、書かれてあるようだった。
「…一通り目を通していただけたようですな。」
「当然だろう。馬鹿にしているのか?」
「いえまさか。ここに呼ばれる前に、新たな報告が届いたのですが…申し訳ありません。時間が無く、まだ私が中を確認しておりません。」
「そうか。なら後日で構わん。」
「ハッ…」
「あぁ、それとな。折を見てシュタイナーにも、ご苦労と伝えておいてくれ。」
「判りました。それを聞けば、シュタイナーも励みになるでしょう。」
「だと…良いんだがな。」
シマズ将軍とのやり取りに、しかしそちらへは一切視線を向けず――と言うか、憤りを露わにした視線で、その報告書を睨み付けながら答えるバージナル王。
その様子からして、余程の事がそこに書かれているらしい。心なし、シマズ将軍の纏う雰囲気もピリついている。
さっきまで、冗談めいたやり取りを交えての会話が一変。一気に重苦しい空気が、室内に広まっていく。
而してその空気が、部屋中に充満しそうに成った瞬間。ふっと表情を崩して、盛大にため息を吐き出すバージナル王。
その様はまるで、海の底で息が続かず思わず吐き出した、水難者の様にも見えた――
「全く…頭の痛くなる案件ばかりだな。せめてあの女共の不明な目的が、我が国の進めている対蟲人の研究を、興味本位で盗み見る事とかだったら、どれだけ気が楽か…」
王が息を吐き出すと、あれだけ部屋の中に充満していた重苦しい空気が、まるで換気でもされたかの様にガラリと変わる。その空気を敏感に察知して、将軍の雰囲気も途端に和やんだ。
「ですな。しかし、それも無い話しでしょう。何せ成果が出る都度、その時点で他国と共有している訳ですから。」
「まぁな。わざわざ危険を冒して、知り得たい情報でも無いか。」
そう呟くと王は、執務机に寄りかかる様にして身体を預け、シマズ将軍の方へと向き直る。
「…それで此度の件、貴様はどう動くのが正解だと思う?」
「そうですな…」
続け様にそう問われ、視線を落として考えを巡らせるシマズ将軍。しかしその直後、何やらハッとした様子で表情を上げる。
「失礼、報告し忘れておりました。」
「ん?なんだ。」
「ユニコーン達が動いた件について、今は私の一存で他国に対し情報規制を掛けていました。ですので、他国にまだこの件は伝わっておりません。」
「なんだ、そうなのか?」
「はい。報告を受けて直ぐに、高い確率で大規模進行は起きないと思いましたので…ですがこれは、このままでも宜しいかと。」
「一応、理由を聞いておこうか。」
「他国に報告して、その後すぐに気の所為でした等と報告するのもどうかと。それに事後処理についても、内々でするにはその方が都合が良いですし。」
「そうか。まぁ貴様がそう判断したのなら、それでも構わん。」
「ハッ、ではその様に対処します。」
「あぁ。さて…」
と、そこまで呟いた所でバージナル王は、不意に意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「ならそれを逆手に取り、然るべき時に『うちで情報を止めて、他国を混乱させなかった』と主張して、あの女共に恩を押し売りするのも悪くない。」
「…止めませんが、ほどほどにして下さいよ。」
何処まで本気なのか判らないその発言に、呆れた様子で苦笑して小言呟くシマズ将軍。その小言にバージナル王は、楽しげな様子で鼻を鳴らした。
而してその様な反応も一瞬。両者ともに表情を正し、今後について議論を再開した――
「軍はどうする?蟲人の進行が無いのなら、動かさず静観するか?」
「いえ。高い確率で無いとは思いますが、しかし絶対とは言えませんからな。用心の為にも、前線に兵を送るのが妥当かと。」
「だがな。軍を動かすとなれば、それだけで馬鹿に出来ない額の金が動くぞ。」
「はい。ですがユニコーンが動いた件については、既に兵士達の耳に入っていますからなる。となれば、いずれ市民の耳にも入るでしょう。」
「『人の口に戸は立てられぬ』…だったか?」
「えぇ。」
不意に、故郷の諺で言い返され、思わず苦笑するシマズ将軍。さておき――
「その様な状態となって、軍を動かさないとなったら、市民の間で不安が広がるでしょう。」
「まぁな。我が国にとって、ユニコーン達の動向以上に市民の関心が集まる事は無いからな。」
「はい。而してそれは、兵士達にも言える事ですからな。これで静観すると知れたら、士気にも直接影響が出るかと。」
「なら軍を動かすより他無い…か。厄介な話しだな。」
「えぇ、残念ながら。」
そのシマズ将軍の同意を受け、観念した様子でため息を吐き出した。