間章・どうしてこうなった?その経緯がこちらだ☞☞☞(1)
――数時間前、バージナル王城
歴史を感じさせる、古びたレンガ造りの通路の途中にその扉はあった。鉄枠で補強された、至って普通な木張りの扉だ。
細かな装飾が施されてる訳でも、珍しい材質で造られている訳でも無い。至って平凡な何処にでもある造りの扉。
なんら特別でも無いその扉こそが、而してこの城の城主ゼベル・ベルド・バージナル王の私室に繋がっている。その扉と向かい合うように、赤い甲冑の人物が立っている。
この部屋の主に呼び出されたシマズ将軍だ。ふと彼は、その扉に向かって拳を作り持ち上げる。
――コンコンコン…
そしてそのまま、扉を叩く事3回。次いで、扉に向かって口を開く。
「お呼びと聞き参上しました。加々久です。」
「…来たか。鍵は開いているから入って参れ。」
「ハッ、失礼します。」
城主からの許しをもらい、断ってから扉の鉄輪を掴む。そして、そのままゆっくりと力を込めて引いていく。
――ギイイイィィィ…
直後、扉自体大分ガタがきているのだろう、悲鳴にも似た甲高い軋み音が鳴り、それが古ぼけた通路に反響する。しかし、彼がそんな事気にした様子も無く、開いた間口から滑り込むように室内へ。
――ギィ、ギイイイィィィッ…バタンッ
そして後ろ手に扉を閉め、顔を室内へと向けるシマズ将軍。すると視線の先、部屋中央に置かれたベッドに、腰掛けて寛ぐゼベル・ベルドを見つけて、直ぐさま腰を折って頭を下げた。
「そんな事しなくて良い。此処には、俺と貴様の2人だけなのだからな。」
それを見るなりバージナル王が、不愉快そうに言い放つ。だがその言葉を受けても、シマズ将軍は腰を折ったままだった。
「私の居た国では、『壁に耳あり障子に目あり』と言いましてな。何処で誰が見ているとも解りませぬ故、分かり易く敬意を示しませんと。」
「またそれか。堅苦しい奴めが…良いからとっとと顔を上げろ。俺が話し辛いと言っているんだ。」
返す言葉で更にそう言われ、そこでようやくは面を上げる。見るとバージナル王は、眉間に皺を寄せご立腹のご様子。
そんな王を前にしてシマズ将軍は、ふと口元を緩めたかと思うと、ベッドに向かって歩み寄っていく。とはいえ、元々そんなに離れて居ない為、5歩も進めばもう手が届く距離となった。
と言うか、そもそもこの部屋、王の私室と言うには余りに小さい。どの位かというと、その広さ凡そ7畳程度か。
庶民の感覚で言うと十分広いが、仮にも一国の王が就寝する寝所なのだから、倍位在っても可笑しく無いだろう。それに広さもそうだが、床一面に敷かれた絨毯も気になる点だ。
元は上等な代物だったんだろう。真っ赤な絨毯が床一面に敷かれているのだが、古くからずっと使われてきたらしく、大分くたびれた有様となっていた。
これはこれで深みがあって良いのだろうが、しかし仮にも王の寝室に敷くのなら、もっと上等な物でも良いはずだ。而してそれは、バージナル王が現在腰掛けているベッドにも言える事だった。
部屋の中央、西向きの窓を頭にして置かれたそのベッドは、見たところ一般的なシングルサイズ。煌びやかな装飾や、手の込んだ彫り物がされている訳でも無く、天幕だって吊り下げられていない。
そのベッドを挟んで向こう側の壁に、古びた執務用の机と椅子が一脚。その横の奥まった位置に鎧台が設置され、王が公務の際に身に着けている黒い甲冑が飾られている。
それが無かったらきっと、本当に此処が王の寝室かと疑いたくなっただろう。なにせ室内に置かれた家具は、それだけだったのだから。
他に目を引く物と言えば、窓の逆側の壁に飾られた絵画だろうか。草1つ生える事も難しいルアナの地で、お目に掛かるには難しい色とりどりの草花が、活き活きと咲き誇った様子が大判に描かれている。
これで、この部屋にあるめぼしい物は本当に以上だ。他に特筆すべき点も見つからない、まるで飾り気の無い簡素な部屋――まるで、雑務を終わらせてすぐ寝むる事を想定したかのような…
而してその通りで、この部屋はゼベル・ベルドが宰相だった頃より、ずっと利用している執務室だった。なので、代々王が床に着いている寝室は、こことは別の場所にある。
いや、あったと表現するべきか。先王の時代、贅の限りを尽くしたその寝室を、悪趣味と断じたゼベル・ベルドは、調度品の類いを全て売却。
もぬけの空となり、無駄に広いだけの部屋となったそこは現在、物置として利用されている、とかなんとか…それはさておき――
「――俺が貴様を呼んだ理由は、判っているな?」
ベッドに腰掛けたまま、側に寄った将軍を見上げ問うバージナル王。その眼光は鋭く、険しい表情をしていた。
「えぇ。」
それに対し、表情を引き締め頷きながら答えるシマズ将軍。そのまま彼は、後ろ腰に手を組んだ、所謂『休め』の体勢で更に口を開く。
「ユニコーン達が、フェミル湖より出撃した件でしょう。」
「あぁ、その通りだ…」
肯定してバージナル王は、視線を将軍から床に落とすと、肩を落としながら深くため息を吐き出す。厄介な事になったと、言わんばかりな反応だった。
「あの厄介な女共が、何の断りも無くルアナに渡ってきたと思えばこの騒ぎ――」
床に視線を落としたまま、そう呟きを漏らしてバージナル王は、視線をシマズ将軍へと戻す。
「――貴様の率直な意見が聞きたい。今回の一件、どう見る?」
「十中八九。まず間違いなく、あの2人がユニコーン達を動かしたんでしょうな。」
「で…在るか。」
難しい表情で絞り出した王の問い掛けに、しかしシマズ将軍は顔色1つ変えず、さも当然のように言い放つ。それを聞き、再び床に視線を落としてため息を吐き出すバージナル王。
その表情はより一層険しくなり、頭痛でもするのか頭を抱えている。
「…目的は、一体何だと思う?」
「さて。あのお2人の考える事ですからな。私などには到底――」
「誰も正解など聞いておらんよ。貴様の見解が聞きたいから、こうして呼びつけたのだからな。」
これまた顔色1つ変えず、淡々とはぐらかすような返答をするシマズ将軍。それを遮る様に言葉を被せ、再度王が彼に問う。
その問いを受け、そこでようやく表情を曇らせる。険しい表情で、何やら考えを巡らせるシマズ将軍。
途端に場の空気は重くなり、両者の間に沈黙が横たわった。
「…順当に考えるのであれば、守護者としての任務なのでしょうが…」
待つ事数秒。何度もくり返し、思考を巡らせただろう彼の口から出た推察は、そんな在り来たりなものだった。
待ちに待った筈の回答を受け、しかし質問した側の王は、がっかりしたかの様に肩を落とす。
「それなら何故、前もって我が国に報告を入れない?」
「彼女達からしても、あまりに急だった為では無いでしょうか。」
「そうだとして、リク港で来訪を問うた時に何故詳細を報告しない?」
「ユニコーンを故意に動かすと言ったら、止められると思ったからではないかと。実際、そんな事を突然言われても、我が国としては二つ返事で了承する訳にも行かないでしょう。」
「確かにな…もしそんな事を許して、その間に進行の兆候が現れたら我が国が後手に回るのは必至か。」
「はい。ですから、幾ら守護者の任務が絡んでいても、我が国としては慎重に検討せねばなりません。それを待つ時間も惜しいとなれば、彼女達が強引な手段に出たのも説明頷けます。」
「堪え性が無いからな、特にオウスメラギは…」
そう呟いて、再びため息を吐き出すバージナル王。対してシマズ将軍は、王が漏らした悪態に対し苦笑する。
「あの女共の行動について、貴様の見解でまぁ納得はしよう。で、肝心の目的は何だと思う?」
「それは…」
再び投げかけられたその質問。それに将軍は、そこまで言い掛けて言葉を飲み込むと、何やら難しい表情で考えを巡らせ始める。
「なんだ?言い辛い事でも在るのか。」
「いえ、あくまでも憶測なのですが――」
そう前置きしてシマズ将軍は、怪訝そうな表情を浮かべる王に向き直り、改めて自身の考えを口にする。
「仮に、彼女達が守護者の任務で動いている場合、恐らく数日前の報告に在った出来事が、関係していると思われます。」
「数日前…守護者共が動くような出来事というと、ラインのフェンリルが倒された件か。」
「はい。それとつい先日、風の谷でも小規模な侵攻が起きたとの報告が在りまして。」
「何?」
その報告が、まるで予想外だったのか、途端にバージナル王の表情が強張った。
「風の谷と言えばダリアだろう!?あの大陸で蟲人の侵攻が起きたなど、今まで聞いた事も無いぞ。確かな情報なんだろうな?」
「正確な確認が取れた訳では在りません。ですが、あの辺りのギルドで妙な動きが在ったという報告や、ベファゴがクローウェルズ付近まで迫ったという情報も入ってきているので、恐らく間違いないかと。」
「そうか…」
将軍から更なる報告を受けた王は、険しい表情でそれだけ呟くと、視線を再び足下へと向ける。
「報告が遅れ申し訳ありません。何分、近々に飛び込んできた情報で、内容も内容でしたから裏付けが出来てからの方が良いと思いまして。」
「あぁ、判っている。しかし、そうか…ダリアにも異変が起きたか…」
そう言ってバージナル王は、酷く肩を落としため息を吐き出した。その様子から、余程重大で衝撃的な報せであったらしい。
それもその筈。先に報告の在った2大陸は、バージナルのある此処ルアナ大陸と違って、蟲人による侵攻自体少ない地域だった。
だし、風の谷があるダリアに至っては、先程王自身が述べていた通り、今まで蟲人の影さえ無かった地域だ。だと言うのに、蟲人に関する大きな異変がこうも立て続けに起きた。
とすれば、当然次に懸念される自体は――
「――禁足地の先にある次元の歪みに、何か異変が起きていないか…その調査をユニコーン達にさせるつもりか。」
「恐らくそういった流れで、彼女達に勅命が降りたのでは無いかと。なにせ、彼の地の先で自由に行動出来るのは、クロノスの加護を受けた守護獣達のみですから。」
「…確かに。それならば納得出来るか。」
重い口調で王は、そう呟いた後に軽く嘆息する。そしてそこで会話は途切れ、沈黙が2人の間に横たわる。
沈黙の間、床をジッと見つめて終始思案顔を浮かべるバージナル王。それに対し、その横顔をジッと見つめたまま、主君の次の言葉を待つシマズ将軍。
そんな構図が、どれだけ続いただろう――不意に、それまで浮かべていた表情を緩め王が、横に立つ将軍に対し目配せする。
「…で。あの女共が私情で行動していた場合の事も、当然貴様は考えているんだろうな。」
そして、間髪入れず主君にそう問われ、ふと口元を緩めて自嘲気味な笑みを浮かべるシマズ将軍。
「判りますか。」
「当然だろう。わざわざ『順当』だの『守護者の任務で』等と、意味深な事を言うんだからな。」
「ですな…」
その指摘に対し、観念した様子ですんなり肯定すると、態とらしくため息を吐き出すシマズ将軍。そんな部下の態度に王は、さも不機嫌と言った様子で鼻を鳴らす。
「貴様がそんなあからさまな態度を取ると言う事は、その考えに余程自信が無いらしいな。」
次いでそう言って、姿勢を起こしてシマズ将軍に向き直った。直後、表情を引き締めた将軍が、無言のまま一つ頷く。
「私としても、余りに突拍子の無い考えと自覚していまして…こじつけが過ぎると言いますか…」
「それでも良い。申してみろ。」
「はい。では――」
そう返事を返したシマズ将軍は、しかしそこで言葉を飲み込んで黙り込む。そしてそのまま、険しい表情となって考えを巡らせ始める。
先程から、王に考えを聞かれると度々見せるその思案顔。どうやら本当に、彼の中で考えが纏まっていないらしい。




