表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣道少女が異世界に精霊として召喚されました  作者: 武壱
第四章 軍国編
294/398

異世界うるるん滞在記~子連れJKが、みかんのはこを装備した~(7)

 …うん。まぁ、そうなっても誰の目にも止まらないと信じよう(ぇ


 そんな事よりも今は、誰にも気取られず鎧から抜け出す事に集中しなくちゃね。先程と比べて周辺の動向は読み易いけど、だからって油断は禁物だし。


 それに、抜け出す以外にも注意を払わないといけない点も多いのよね。抜け出すにせよ、身代わりに鎧を残すにせよ、魔力の操作が今回の肝になってくるからね。


 正直、この『魔力操作』ってのがあたしにとっては最大の難関だからね。ヴァルキリーの力に大分慣れてきたとは言え、純粋な精霊であるオヒメ達と比べたら、比較にならない位拙いと思ってる。


 …まぁ、元の世界じゃ魔力なんてファンタジーな力と、無縁の生活してた訳だから、然もありなんなんだけども。


 それはさておき。拙い魔力操作しか出来ないあたしが、先述した段取りを実行するには、虎の子の過集中を最大限に利用するしか無い。


 それも、この場に紛れ込んでからずっと発動してる、深度の浅い過集中じゃ無い。更に深く集中し、五感を最大限に研ぎ澄ませて、ようやく発動させられる極限能力。


 あたしの患う先天性集中力異常が、悪化して行き着く終着点とも言える病状――『思考超加速』へと。


 周囲の警戒、現状把握、魔力操作。それだけでも結構お腹いっぱいだってのに、これから潜入を試みる軍門の向こうには、最大の障害である島津将軍が待ち構えてるんだからね。


 そっちにも――と言うより、そっちをこそ常時警戒しなくちゃだから、ここで能力の出し惜しみなんて出来ないからね。


 そんな事を考え腹を括る。同時にあたしは、『思考超加速』のスイッチを入れる為、浅い深呼吸をくり返す。


 本来だったら、本気で仕合に挑む時しか行わない特別なルーティーン。心を静め感情を鎮めて、様々な思いさえも己の内に深く沈めていく。


 そうやって余分な思考を追い払い、極限まで集中力を高めていき、全ての感覚をを研ぎ澄ましく。その状態で次に行うべきは、情報の取捨選択――


 ――ドオンッ!ドオンッ…ドォン…

 ――ザザッ!ザザッ…ザ…


 あれだけハッキリと聞こえていた、腹の底から響くような太鼓の音色と、規則正しい兵士達の行軍の雑踏。それら意識の中から途端に遠ざかっていき、驚く程に静まり返る。


 余計な情報として意識外に追いやられたのは、何もそれだけじゃ無い。雑踏が巻き上げる砂埃の匂いや、肌に触れる複製品達(服や鎧)の僅かな感覚etc.


 本能的に邪魔だと判断された物が、次々と意識の外へと追いやられていった。その状態を維持したまな、自分の意識を肉体の外側へと向ける。


 直後、極限まで研ぎ澄まされた感覚が、自分を起点とした円盤状に拡張されていく。途端に、その範囲内を行き交う何十、何百、何千にも及ぶ兵士の気配が、膨大な情報の津波となって認識の内側に押し寄せてくる。


 その余りに膨大な情報量を前に、思わず顔を顰めてしまう。でも不思議な事に、その膨大な情報全てが瞬時に整理され、同じ速度で取捨選択がされていく。


 その状態を維持しつつ。次にあたしは、今自分が身に着けているフルプレートメイルと、己の意識とを一部同調させて感覚の共有を行う。


 あんまり強く結びつけちゃうと、あたしの挙動に引っ張られちゃうのであくまでも一部。ともあれ、これで遠隔操作の準備は完了。


 休む暇無く今度は、同調させたばかりの複製品(レプリカ)内部に意識を向けて、早速魔力操作を試みる。けど…こればっかりは、やっぱり難しいわね。


 全く…余り長く、この状態を維持していられないってのに。


 なんて、思わず心の中で悪態を吐いてしまった。而してこの直後――


「――ッ」


 肉体の外側。円盤状に拡張した感覚が、不意に尋常ならざる気配を捉える。


 その気配とは、何者かによる視線。けどそれは、何もあたしにだけ注がれている物、という感じがしなかった。


 もっと高い位置から、広大な範囲を見下ろすような視線。所謂『鷹の目』ってヤツでしょうね。


 その視線を察知するや――周辺警戒の継続と、魔力操作の試みをそのまま続行した上で、その視線の出所を探る。


 と言っても、その視線を感じた時点でそれが誰の物なのか、大凡の見当は付いていた。だからあたしは、迷わずそちらの方角へ視界だけを向ける。


 今尚、武装した兵士達が列を成して続く軍門の間口。ようやっと殿の一団が現れた、その更にずっと後方――


 島津将軍…やっぱり貴方は、あたし達にとって最大の脅威だわ。


 向けた視線の先、ずうっとずうっと向こう。櫓か何かの上に立つ、赤い甲冑を着た小さな人影を睨み付けて心の中でぼやく。


 なんとはなしに。一瞥くれて愚痴の1つでもと思っただけで、じっくり観察する気なんて更々無かった。


 だから、敵意なんて一切視線にのせていなかったし、寧ろ気配を消してさえいた。だと言うのに、その次の瞬間――


 ――ゾクッ!!


「ッ!?」


 全身の毛穴と言う毛穴が、一斉に逆立つ不快感に襲われる。それまで広大な範囲に向けられていた筈の鷹の目が、突然あたしに焦点が合いそうになったのがその原因だ。


 咄嗟に視線を外した為、特定までには至ってないようだけど…さっきまでの漠然とした視線じゃ無く、明確に当たりをつけて探ってる感じに成ってしまった。


 ここにあたしが潜伏していると、島津将軍に気取られたと思って間違いないでしょうね。


 そう思うと同時、額にじっとりと嫌な汗が浮かぶ。けど、今それを拭う訳にもいかないので、我慢しつつ周囲に溶け込む事に専念する。


 失敗した…距離があると思って油断したわ――


 明陽さん達が一目置くだけの人物じゃない。なのに、この程度の事想定していないなんて、我ながら迂闊にも程があるわね――


 後にして考えると、視線を慌てて切ったのもいけなかった。別に敵意を向けていた訳でも無いんだし、あのままでも――


 …いや、これだけの兵士達が、他に一切気を取られていない中、1人視線を彷徨わせてたら逆に不自然か――


 引き延ばされた思考の中考えるのは、そんな今更言っても後の祭りでしか無い事ばかり。そんな心境の最中、同時並行で行っていた魔力操作の準備が完了する。


 けど、先程と打って変わり状況が悪化してしまった今となっては、直ちに実行なんて軽はずみな行動、とてもじゃ無いけど出来そうに無かった。


 ほんの些細な視線さえも察知する、勘の鋭い人が監視しているのよ。鎧から抜け出す一瞬の、僅かな違和感さえも敏感に察知するでしょうね。


 そう考えると、事前に島津将軍の『鷹の目』に、気がつけたのは不幸中の幸いかしら?というか、無理矢理にでもそう納得しないと、遣ってらんないわね。


 けど、じゃぁどうする?急いで代案考えるにしたって、もう時間だって限られてるし…


 殿の一団――所謂、砲兵師団てやつね。車輪付きの大砲を、前後4人の兵士で運搬している。


 それが横に5列、縦に10列の合計50門200人――が、もう間もなく軍門の間口を抜けようとしている。


 ――…ズズズズッ


 それと時を同じくして、軍門の巨大な門扉から再び地響きが上がり始める。閉門作業が開始されたようだ――


『――たった今、最後の部隊が軍門を抜けましたわ。』


 後れて、シフォンの状況報告がリング越しから聞こえてくる。『思考超加速中』で、余分な情報をシャットアウトしている筈なのに…


 どうやら、動揺を押さえ込み切れていないみたい。いよいよ参ったわね…


『おっ!ってぇ~事は、そろそろ優姫から、良い報せが入るんじゃないかい?』

『…気が早いですわね。』

『ったって、しょうが無いさね?アタイ等は、大将と違って何がどう動いてんだか、一切情報が無いんだからねぇ。』

『まぁ、確かに。待っているだけだと、なんだか落ち着かないですよね。』

『なぁ大将?大将の位置から、優姫の居場所って確認出来ないもんかねぇ?』

『無茶苦茶言いますわね…(わたくし)の位置からだと外壁が邪魔で、敷地外の事なんてほぼ解りませんわよ。』

『なんだい。そうなのかい?』

『そうですわよ!それに何より、優姫さんは今兵士の中に溶け込む為鎧を着込んでいるか、或いは姿を消して居るんですわよ?発見するだなんて、まず不可能ですわ。』

『フフッ、そうですよリンダさん。気になるのも解りますが、優姫を信じて待ちましょう――』


 尚も聞こえる仲間達のやり取り。こちらの状況なんて、知る由も無いそのたわいないやり取りに、胸の奥深くに沈めた筈の感情が揺さぶられる。


 動揺に引き続き焦りも感じてるわね…


 自分の未熟さを痛感しながらも、とにかく乱れた心を再び落ち着かせる為、深呼吸をくり返す。そうしている合間も、門扉の封鎖作業は着々と続けられている。


 それを視界の端に捉え――しかし極力意識を其方に向けないよう注意を払う。そしてクリアになった意識で、これからどう動くかについて思考を巡らせ始めた。


 このまま、島津将軍の気が逸れる瞬間を待ってみるか――


 いや、駄目ね。当たりを着けられる前だったらいざ知らず、気取られた今となっては、門が閉まりきるまで油断なんてしそうに無いわ――


 と言うか、向こうは感づいてるだろうに何故リアクションを起こさない?…誘ってるのかしら――


 だとしたら、一か八かの強行手段も視野に入れるんだけど…それをこそ、島津将軍が狙って動くつもりだとしたら?――


 それに何の意味があるのか知れないけど、下手してこの行軍が取りやめって成ったら、一から作戦を練り直さないといけない。そうなったら、捕まってる2人を助ける難易度が一気に上がる――


 それだけは、何としても避けるべき。ならどうする…――


 決まってる。今から(さら)で潜入方法を考える!――


 そう結論付けてあたしは、眉間に皺を寄せて深くため息を吐き出す。


 出来れば、()()は使いたくなかった――


 使ったら、暫く『思考超加速』が使えなくなってしまうから。出来る事なら、有事に備えて残しておきたかった。


 しかし、こうなっては今こそが有事。身から出た錆なのだから、自分の始末は自分で着けなくちゃね。


 ため息を吐き出しきると同時に、再び深呼吸をくり返す。コレより先は、先天性集中力異常と言う病の真骨頂だ。


 同時に行っていたあらゆる作業を中断し、ゆっくりと瞳を閉じる――そうやって、視覚情報を物理的に遮断する。


 続いて、他の感覚器官から絶え間なく送られてくる情報の全てを、不要な物として遮断――そうやって、外界と己とを切り離す。


 ――あたしの患う病、先天性集中力異常。その目に見えて最も分かり易い症状は、一度興味が向く物に集中力を発揮したら、周りの全てが見えなくなってしまうと言う物。


 それをコントロール出来ると言う事は、()()()()()()()()()()()()()()()――つまり、情報の取捨選択が可能と言う事。


 興味が向けば向く程、集中力が高まっていくのであれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()、ある種の暴走状態にまで持ち込む事が出来る。


 そんな考えから辿り着いた場所は、己のみしか存在しない無の境地。そこに立ったあたしは、体感時間を限界まで引き延ばす。


 これで、幾ばくかの猶予を確保――ブツッ、と何かが破裂する感覚。


 多分、鼻血を吹いたのね。この状態にまで成ったら何時もそうなのよね。


 維持出来る時間も、実働で凡そ1分程度と極端に短い。しかしその変わりに、体感時間と思考速度は、うん百倍にまで引き延ばされている。


 考える事にのみ特化した、あたしだけのテラリウム。この空間で、意識を己が内へと向ける。


 表層心理よりも更に奥。本来であれば誰も手の届かない、深層心理にアクセスする。


 そこに降りたってあたしは、この状況を覆せる何か――()()()()()()()()()()()()を掘り返す。


 その途端、テラリウム全体に一斉に現れた映像の数々。幼少期の頃から始まり、現在に至るまでの全てだ。


 その、掘り起こした記憶を取捨選択。こっちの世界に召喚されてからの記憶のみを振り返る――更に取捨選択し、ヴァルキリー・オリジンに関しての記憶――更に取捨選択…etc.


 ――そうやって、必要ない記憶を容赦なく次々と切り捨ていく。その果てに、今まで行ってきたヴァルキリーの力に関する、能力についてのみを振り返る。


 違う…これも違う。これも…駄目、遣えない――


 目の前に流れる幾つもの映像――今更確認するのかって思うような能力や、時間が無くて検証が行えていない能力、検証したけど詳しい部分は未だ不明の能力etc.


 それらを見返し、何だったら年の為と2度見3度見迄して、今解っている自身の事を詳らかにしていく。時間の許す限り。


 やがてあたしは、これはと思い当たった、とある記憶の掘り起こしに成功する。その映像を何度も何度も見返して、慎重に検証を開始する。


 これなら…いや、でも距離が…遣った事無いけど『視る』事に集中すれば、或いは…――


 ――ズキンッ…


 不意に、意識の向こうに追いやった筈の痛覚が復活し、鋭い痛みが頭に走った。途端に、引き延ばした体感時間と集中力が、減退するのを自覚する。


 身体が限界を感じて、強制的に過集中を閉じようとしているのね。時間切れか…なら――


 覚悟を決めてあたしは、閉ざしていた瞳を開く。目の前を殿の砲兵部隊が、ちょうど通り過ぎて行く所だった。


 けど、そんな事に一切気を留めずに、直ぐさま軍門の方へと視線を向ける。視ると門の間口は、もう間もなく最大時の半分になる所だった。


 もうこうなってしまっては、真っ当な方法じゃとても潜入出来そうに無い。()()()あたしは、もう間もなく使用制限の掛かる集中力の全てを…


 先天性集中力異常の症状である取捨選択を以て、『視力』にのみ発揮する。発揮して、視界に入る映像を更に取捨選択。


 視るべき部分は只の一点!お願い間に合って!!――ドロリッ、と目尻から頬に掛けて何かがこぼれ落ちる感覚。


 それを感じた直後、まるで何かに背中を掴まれたかのような感覚に襲われ、一気に視界が元の状態へと戻され…いや、視界の端から段々と紅くなっていった。


 加えて痛みも走り、激しい頭痛と相まって目を開けていられなくなってしまう。視界は闇に染まり、周囲の音も復活する。


 そして――


 ――ズゴゴゴゴ…ズズゥン!!


 軍門の巨大な門扉が閉ざされるのを、一歩も動けずこの場から耳にしたのだった…

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ