間章・将軍島津加々久2(2)
…さて?島津が何を思ってそんな事を口にしたのか等、儂等が解るはず無かろうて。
しかし、名乗りを上げた彼奴の表情には、迷いなんてもんは一切無かったよ。
それに正味な話、島津がその程度でくたばる訳が無いと思ったしのぉ~なんせ儂等異世界人は、この世界の住民よりも身体が頑丈じゃ。
頑丈な分、成功率も上がるであろう?多分じゃが、移植した膨大な魔力を押さえ込む自信が、島津に在ったんじゃ無いかのぉ~
じゃとしたら、彼奴なりの冗談じゃったんじゃないか?まぁ知らんが…
ともあれじゃ。そうした事情により、不死の術式によって集められた魔力は、島津の内に封じる事と成った訳じゃ。
結果どうなったかは、現在ピンピンしておるんじゃから、言わずもがなじゃろう?ま、心配するだけ損じゃったと言うだけの話よ。
その後の経緯じゃが…先代バージナル王は、表向きには病死した事にして崩御を大々的に報じ、ゼベル・ベルドを国王とした新体制樹立を宣言。
財が一極集中しておった国庫を解放して、国の運営を1から見直し始めおったよ。それからじゃな、奴隷兵達の配給が随分とマシになったのは。
まぁそれも、島津の進言があったからこそじゃがな。その島津も新体制となってからは、バージナル内での発言力を強めてな。
軍部の改革を強引に推し進めていったそうじゃ。特に、異世界人召喚に関する事柄には、真っ先に口出しをして止めさせようとしたらしい。
しかし、先代から寝返った大臣達から反感を受けたようでな。直ちに禁止とは、流石にいかんかったらしい。
…ゼベル・ベルドか?彼奴は島津に嫌われとうないじゃろうから、その辺は島津を支持しとる筈じゃよ。
しかし、寝返った大臣達の手前、表だって後押しすると島津の立場が悪くなるじゃろう。頭がすげ替わった程度で、伏魔殿の住民が言う事を聞いてくれりゃ誰も苦労せんわい。
…そりゃ、儂等にとっては正しく他人事じゃからな。内政にまで口出しする義理は無いよ。
ともあれじゃ。クーデターが無事成った事をきっかけにして、儂等はバージナルと正式に和解する方向で話を進めてのぉ。
ついでに、多額の報奨金もせしめてやったわい。
…なんじゃ、散々被害を被ってきたんじゃし、当然の権利じゃろう?それに、言うても常識的な範囲で、値千金寄越せなんぞと言うておらんし。
譲羽なんぞ、謝礼の変わりに本気の島津と、1度仕合たいなんぞと言い出したんじゃぞ?そっちの方がよっぽどじゃろうが。
…あ?『なかなかでした。』やかましいわ!
ん、なんじゃ?あぁ…
先代の王がどうなったか、正確の所は儂等も知らんよ。知った所で何の足しにもなりゃせんからのぉ~
じゃがま、当時からしてかなり高齢じゃったし。処刑されずに幽閉されてたとしても、流石にもう生きてはおらんじゃろうな。
不死の術式じゃが、故意に暴走させた所為でじゃろうな。その時の陣は、もう使い物にならなくなったよ。
研究資料に関しても、全て処分した筈じゃよ。もしも残しておったら、恐らくラズベル達が黙っておらんじゃろうからのぉ~
じゃから儂等守護者以外で不死の肉体を手に入れたのは、世界中見渡しても島津加々久のみの筈じゃ。どうじゃ、なかなかに波瀾万丈な人生を謳歌しておる男じゃろう?
後儂等が彼奴について知って居る事と言えば…クーデター騒動から15年程経った頃に、奥方が亡くなられたと言う事と、息子の名前が島津時久で、現在は王直属の近衛騎士団の隊長を勤めている事くらいかのぉ?
あぁ後、島津の息子には妻子が居てのぉ。名前は知らんが、孫にベタ甘らしい。
余談じゃな。まぁ、儂等が島津について知っとる事と言えば、精々そんな所じゃ。
御主の希望に添うような内容じゃったかのぉ?
…そうかい。なら良かったわい。
御主等の思惑が上手く運べば、島津が軍を動かす筈じゃ。じゃから潜入した先で、彼奴と対峙するなんて事まず無いじゃろうが…
それでも、絶対なんて保証何処にも無いでな。対峙するような事になったら、くれぐれも気をつけるんじゃぞ?
何せあの男は、譲羽を本気にさせた数少ない武芸者じゃからのぉ~――」
………
……
…
――バージナル国軍総司令部・将軍執務室
シンと静まり返った殺風景な室内に、カリカリとペンを走らせる音だけが響く。部屋の端に大型で立派な木造の机が置かれており、音は其処から響いてきていた。
その机に向かい椅子に座っているのは、この部屋の主である島津加々久その人だ。見ての通り彼は、書類仕事をしている様だった。
作業の邪魔になるのだろう。普段着ている甲冑を背後の鎧台に飾り、その変わりとばかりに眼鏡を掛けていた。
机の上には、山となった書類の束が出来ている。島津将軍はその山から書類を1枚手に取ると、直ぐさま内容をチェックしペンを走らせ、逆側に退けまた山から1枚手に取るを、文官顔負けのスピードで黙々と続けていた。
――コンッコンッ…
「開いている。」
そんな中、不意に執務室のドアが叩かれる。来室を告げるノックに島津将軍は、書類作業の手を止めずに、ドアの向こうに居る来客者に声を掛ける。
――ガチャッ「失礼します。」
直後、一言断ってから執務室に入室してきたのは、フルプレート姿の兵士だった。後ろ手にドアを閉めた後その兵士は、ガシャガシャと音を鳴らしながら、机に向かう島津将軍の対面へと立った。
「わざわざ来てもらってすまんな。」
フルプレートの兵士が対面に立つと同時、作業の手を休めた島津将軍が、兜に覆われた兵士の顔を見ながら話しかける。
「別に構いませんよ将軍。それよりもこちら、何時もの報告書です。」
「あぁ。」
そう答えて兵士は、手にしていた3枚程の書類を島津将軍に差し出す。それを将軍が受け取るった後、自分の顔を覆う兜に両手を添える。
一方で島津将軍は、早速受け取った書類に目を通していく。すると、1枚2枚と読み進めていく内、その表情がだんだんと険しくなっていった。
その様子を眼下に見下ろしながら、兵士が徐に兜を脱ぎ始める。程なくして、その人物の人相が露わとなる。
その人物とは――
「――…相変わらずのようだな。」
受け取った最後の書類に目を通し終えたらしい島津将軍が、深いため息を吐き出した後、重苦しい口調で呟く。次いで、書類に落としていた視線を上げ、甲冑姿のその人物と改めて向かい合う。
「ご苦労だったなシュナイダー。いつも報告助かるよ。」
「いえいえ。任務ですからね、この位は当然ですよ。」
部下を労う将軍の言葉にシュナイダーは、少し気恥ずかしそうに答える。
シュナイダー・ライセン――異世界人・チェコロビッチ率いる独立部隊の副隊長にして、チェコロビッチ召還時から世話役を務めていた人物。
そして、元総司令将軍補佐官を務めていた人物でもある。
彼の辿ってきた経歴は、絵に描いたような華々しい物だった。まず、バージナルが誇る教育機関を首席で卒業し、その後軍部作戦室に配属された。
そこで様々な作戦立案をし、それによって数々の実績と功績を積み上げ、参謀本部へと移動。数年経ち、若くして参謀本部室長補佐を任命される。
そこで手腕を振るっている内、軍総司令である島津将軍の目に止まり、将軍自ら補佐官を務めてみないかと誘われ、これを快諾。教育機関卒業後、10年経たずしての異例の大抜擢だ。
補佐官となった後もシュタイナーは、変わらぬ活躍を周囲に示しつづけ、いずれは国政に関わる役職に着くと誰もが噂するようになる。それと時を同じくして、彼の上司である島津将軍との不仲が、噂されるように成った。
程なく、人前で2人が口論する姿も目撃されるようになると、様々な憶測が軍部に飛び交うようになる。
曰く『異世界人が上司で気にくわないのだろう』とか、『軍部のトップに立ちたいシュタイナーにとって、島津将軍が邪魔なんだろう』とか、『亜人に肩入れする傾向の強い島津将軍が目障りなんだろう』とか――
そう言った噂がだんだんと大きくなっていき、程なくしてシュタイナーの異動が決定する。その異動先というのが、島津将軍を特に敵視する大臣の補佐官であった事から、噂の信憑性が一気に高まったと言う。
後にシュタイナーは、その大臣主導の下で行われた異世界人召喚で、召喚されたチェコロビッチの世話役を任命される事となった。
…と、バージナル国内で表向き知られている彼の経歴とは、ざっとそんな所だろう。而してその実、島津将軍と不仲という部分から先は、誰在ろうシュタイナー自らが描いた謀略だった。
予てより島津将軍には、彼を敵視し貶めようとする者が多く存在していた。先王時代から執政に携わる大臣達は勿論、彼が司令を務める軍内部にも。
そう言った反島津派に加わる事が出来れば、将軍にとって不利益になり得る様な陰謀を、未然に察知し対処出来るのではないか?そう考えたシュタイナーが、一計を案じたのだ。
故に彼は、役職や立場は違えど、変わらず今でも島津将軍の配下であった。この事実を知る者は、バージナル国内でも極限られた人物のみ――
「――それよりも将軍。」
不意にシュタイナーは、それまで島津将軍に向けていた視線を、机の上に山積みとなった書類の束に向けつつ呼び掛ける。
「何かね、シュタイナー。」
「将軍自ら書類整理をしてたのですか?」
「ん?あぁ、見ての通りだが。」
返ってきた将軍の返事を聞き、何処か呆れた様子でため息を吐くシュタイナー。
「そんな事、文官達にでも任せれば良いでしょうに…」
次いで彼から、そんな風に小言を言われて、島津将軍は思わず苦笑を漏らした。
「時久にも同じ事を言われたよ。」
「シマズ近衛騎士隊長にもですか。」
「あぁ。何時も任せきりだから、こんな時ぐらい手伝おうと思っただけなのだがな…」
そう言って島津将軍は、徐に掛けていた眼鏡を外すと、自分の手で目頭をマッサージし始める。
「そのお気持ちは、大変結構なんですがね。そうやって部下の仕事を取り上げないでやって下さい。」
そんな島津将軍に対し、シュタイナーの容赦ない小言が更に続いた。マッサージしながらそれを聞いてた将軍は、ただただ苦笑いを続けるばかり。
そんな将軍の反応に、仕方ないと言った様子でシュタイナーは、顔を伏せながら深いため息を吐き出す。しかし、次に彼が顔を上げた時には、その表情は真剣なものとなっていた。
「チェコロビッチ隊長に関しては、将軍にも確認して頂きましたが、報告書に纏めた通りです。」
「あぁ。全く…酷い仕打ちをするな。」
そう答えて島津将軍は、受け取った書類に再び視線を落とした。その書類に向けた彼の眼差しは、何処か申し訳なさそうで、しかし明確な憤りも感じられる。
「えぇ。平静を装うのに苦労しましたよ。」
「それで、翼人種の彼は無事なのかね?」
「それは勿論。治癒魔術を施しましたので、命に別状はありません。」
「そうか。」
シュタイナーのその言葉を聞き、強張っていた将軍の表情が僅かに緩んだ。だが逆に、その表情を目にしたシュタイナーの表情に、幾分陰りが差し込んだ。
「ですが、大分手酷くやられましたから、完治するまでには時間が掛かりそうです。」
「…回復術士に空きは居ないのか?」
「軍部の術士は、全員戦線に出ていて空きは居ません。宮廷術士は許可が下りませんでした。」
「…そうか。」
その報告を受けて島津将軍は、手にした書類に三度視線を落とす。その表情はやはり険しく、何やら考え込んでいる様子だった。
その雰囲気を察してだろう。シュタイナーが口を閉ざすと、執務室内には重苦しい沈黙が横たわった。




