異世界うるるん滞在記~子連れJKが、新大陸にやって来たぁ!~(14)
「…解ったわ。」
而して、そんな風に何時までも、自嘲している訳にも行かない。余計な思考を一旦中断してあたしは、風華の申し出を受け入れる意を伝える。
直後、風華が髪の中で、ホッと胸をなで下ろした様な気がした。風華の性格からして、自分の気持ちを上手く伝えられるか不安だったろうし、勇気もたくさん要っただろう。
そんな風に想い、これでもかって位風華を褒めたい衝動に、思わず駆り立てられる。全く、我ながら親馬鹿ね~
さておき。何時もだったらここで、誰に憚られるでもなく、その衝動に素直に従っていただろう。
けど今は、そうするべきじゃ無いと思い自粛する。今それしちゃうと、折角風華が頑張ってくれたのに、水を差しちゃう様なもんだからね。
だから今は、この嬉しくも少し寂しい想いは、あたしのうっすい胸に仕舞っておこう。全部終わって、文句の付けようが無い大団円を迎えた時、改めてたくさん褒めてあげる為に。
そう心に誓い、意を決してあたしは、真剣な面持ちでリンダへと向き直る。これから、大事で愛おしい我が子を、任せる事に成る彼女へと――
「――ん?なんだい、終わったのかい?」
「えぇ。」
あたしが向き直ると同時、それに気が付いたリンダが問い掛けてくる。いきなり放っておかれた事に対して、別段機嫌を悪くした様子は無かった。
ただ、急に話し相手を失って、手持ち無沙汰だったのだろう。手放すタイミングを失っていたハルバードを、まるでお手玉でもするかの様に、右へ左へと持ち替えてたみたい。
きっと彼女なりに、どうにか物に出来無いかと、改めて感触を探ってたんでしょうね。そうと解らなかったら、意外と子供っぽい一面も在るんだなって、そんな風に思ってたかもしんない。
「で?結局何だったんさね。」
そんな、あたしの失礼な感想はさておき。手にしたハルバードを、あたしに差し出しながら、リンダがそう問い掛けてくる。
その様子からして、先程まであたし達がしていた話の内容を、一切把握していないみたいね。まぁリンダからしたら、あたしが1人でボソボソ喋ってる様にしか、見えなかったろうし無理ないか。
「うん、まぁ…うちの引っ込み思案な子がね、一大決心したみたいだったから、色々話を聞いてたのよ。」
「ふ~ん?」
先の問い掛けに対し、そう答えながらあたしは、差し出されたハルバードに手を添える。するとすかさず、リンダが怪訝そうな表情となって、相づちを返してくる。
その反応に苦笑を浮かべつつ、手で触れたハルバードの複製品に意識を向け、本来の姿である微精霊に戻れと念じる。
――カッ!
「ッ!?」
その瞬間、彼女が手元が一瞬目映く光ったかと思いきや、その光を起点として、無数の微精霊が放射状に広がっていく。その、解き放たれた蒼銀の奔流は、さしずめ春風に舞う桜吹雪か、或いは夏の夜に煌々と舞う蛍火か…
いずれにせよ、この神秘的で幻想的な光景が、リンダの瞳に映らない事が残念で成らない。その光景よりも彼女は、少し驚いた様子で、自分の手元をばかりを見ていた。
「そんなびっくりしないでよ。ちゃんと説明したじゃ無い、オリジナルと違って複製品は、微精霊――あたしの魔力を物質化させただけだって。」
「え?あ、あぁ。そうだったさね。」
そんな彼女の反応を、たっぷりと堪能してからあたしは、悪戯っぽい笑みを浮かべ語りかける。その言葉にハッとしてリンダは、まるで驚いていた事を誤魔化すかの様に、それまで見つめていた自身の手を、ヒラヒラとさせながら呟いた。
心なしか彼女は、頬をうっすらと紅らめて、決まりの悪そうな表情をしている。きっとあたしに、からかわれたとでも、心の中で思ってるんでしょうね。
別に、狙ってやった訳じゃ無いんだけどね。けどま、意外と言っちゃ失礼だけど、わりかし可愛い反応が見れて堪能しちゃった手前、そう思われても仕方ないか。
「…で?その引っ込み思案な子がどうしたってんだい?」
一旦間を開けた後、さも仕切り直しと言わんばかりに、リンダが咳払いをすると、次いでそう言って話を切り出し、先程の続きを促してくる。それを受けあたしは、表情を引き締めて真顔に戻った。
「達ての希望でね、リンダにその子を任せようと思うの。」
そして、そのまま一切間を開けずに、要点だけを彼女へと手短に伝える。これ以上長引かせても、風華を悪戯に緊張させるだけだかんね。
「え?どういう事だい。だってあたいは――」
――精霊術士じゃ無い。そう続く筈だったろう彼女の言葉を、あたしは手で制して遮った。
直後、喉まで出掛けた言葉を飲み込んで、リンダが戸惑いの表情を浮かべる。しかしそれも一瞬で、次の瞬間には何時になく真剣な表情を浮かべ、あたしと向き直る。
あたしの振る舞いを見て、先の言葉が、冗談や思いつきなんかじゃ無いと。そんな事百も承知で、確信があって告げていると、気付いてくれたみたいだ。
状況が状況だからって、あたしが精霊となった経緯については、肝心な部分一切説明してないって言うのに、流石ね。ともあれ――
「――風華、いらっしゃい。」
そう呟きながら、リンダに翳した掌を上向きにする。それとほぼ同時、あたしの髪がふわりと舞い、視界の端に小さな人影を捉える。
そして次の瞬間には、あたしが差し出した掌の上で、俯き加減でモジモジしながらも、それでもリンダと向き合い立つ風華の姿が在った。こちらからは、彼女の後ろ姿しか見えないから、当然その表情を確認する事なんて出来無い。
けど、そのエメラルドグリーンの髪から僅かに覗かせた、可愛らしい耳まで真っ赤になっている事から推察するに、今にも火を噴く位に顔を赤らめているに違いない。きっと、今にもその場所から、元居たあたしの髪の中に戻りたいと、そう思っている事だろう。
その衝動を必死に堪えて風華は、自ら進んで契約を結ぼうとしているリンダと、こうして向き合っている。彼女からすると、清水の舞台から飛び降りる位の気持ちな筈だ。
だと言うのに、その必死な姿をリンダは、悲しいかな目にする事が出来無い。彼女の顔自体は、あたしの翳した手を向いているものの、しかし視線が宙を彷徨っていた。
先にあたしが告げた、名前の人物を探そうとしているのだろう。仮に、今このタイミングで風華が喋ったとしても、それでもリンダが彼女に気が付く事は無い。
それもこれも、精霊――取り分け下位以下の精霊が、魔力に親和性の在る者にしか、その存在を認識されないが故だ。
これが原因で、同じ精霊神を出自としている筈の精霊種でさえ、そのほとんどが微精霊を認識する事が出来無い。所か、サラマンダーやドワーフ達の中には、下位精霊でさえ視認する事が、出来無い者も居るそうだ。
この身が高位精霊となった、今だからこそ解る。下位精霊の内包する魔力量は、人型を為すのがやっとの状態で、戦闘になんてまず耐えられない。
多くの精霊術士達が、中位以上の精霊としか個人契約を結ばない、最大の理由がソレだ。下位精霊達を戦闘に巻き込まない為、いつ頃からか自然と広まった仕来りらしい。
けどそれは、言ってしまうと既存の精霊達が、魔力量如何によって能力が左右されるという、特有の基準が在るが為に他ならない。しかし、武器をその身に宿したヴァルキリーの子精霊達には、必ずしもその基準が当てはまる訳じゃ無い。
精霊で在りながら、武器としての一面を同時に持ち合わせる特異な存在。だからこそ、内包する魔力量が少ない下位精霊でも、一度戦闘となったなら、一騎当千の活躍を見せる。
それを酷く残忍で、悪辣極まりないと思った事も在る――と言うか、無理矢理考えない様にしただけで、今だって全く納得なんて出来ちゃいない。
しかしそれが、この世界を良い方向に導く、きっかけと成るかもしれない。精霊達と、精霊種含む他の種族達との新たなる関係性。
風華とリンダが、そのきっかけを作ってくれるのなら――この残忍で悪辣な現実も、救いがあったんだなって納得出来る気がする。
そんな気がする。いや…そうあって欲しいと、脳みそお花畑な世間知らずな小娘は、心を込めて祈ってる。
だから――
「――準備は良いわね、風華?」
その問い掛けに、返事は返ってこなかった。代わりに、ややあってから、俯き加減の彼女がこくりと頷く。
それを見て確認した後、深呼吸をする為あたしは、肺いっぱいに空気を取り込んでいく。すると、それに併せて自身の中で渦巻く、不安や寂しさと言った感情が、どんどんと大きくなっていくのが解る。
そう言った負の感情全てを、限界まで取り込んだ空気と一緒に、全部吐き出していく。そうして、最後に残った祈りの感情を胸に抱き、告げる――
「――ヴァルキリーの名の下に、我が前にその意思を示せ!『風華』!!」
………
……
…
――キイイイィィィーンッ!!
再び聞こえてきた、その甲高い金属音を耳にし、思わず顔を顰める。その音が聞こえる度、武器化した風華の身が打ち付けられている所を、思わず想像してしまった。
一度でも想像してしまえば、きっと気が気じゃ無くなる。自分でそう自覚してたから、なるべき意識しない様してたって言うのにね…
「…酷い顔じゃな。そんな顔をする位じゃったら、大事なやや子をあのアマゾネスの戦士に、託すなどせねば良かったろうに。」
ぶつかり合う2つの影を、しかめっ面して眺めていると、不意に横から明陽さんの声が投げかけられる。その言葉にあたしは、しかしすぐに返事を返さず、深いため息を先に吐き出してから、ジロリと横目で彼女を睨み付けた。
「…酷い顔してて悪かったですね。言っときますけど、意識させたの明陽さんですからね?」
「まぁ…それについては、済まんと言うとくかの。」
次いで、思わず口を吐いて出たあたしの恨み節に、肩を竦めながら苦笑を漏らし、そう返してくる明陽さん。一応、謝罪の言葉を口にしてるけど、本気でそう思ってるか怪しい所だわ。
さておき、その謝罪の言葉を上辺だけくみ取ってあたしは、視線を遠くに見える2つの影へと戻す。
「そりゃ勿論大事ですよ。けど、あたしが思うに子供の仕事って、親に言いたいだけ我が儘を言って、うんと心配を掛ける事じゃないですか。」
そして、その影をハラハラする思いで見守りつつ、遅ればせながら先程の問い掛けに対する返答を口にする。なんとなく雰囲気に呑まれて、我ながら人生の大先輩に対し、上等な口を叩いてしまったと思う。
だし今言った台詞は、結局の所幼い頃のあたしが、両親にしてきた事そのものに他ならなかった。持病持ちってだけでも心配だったろうに、散々心配掛けて面倒まで起こして、それでも嫌な顔ひとつしないでずっと側に居てくれた。
それだけでも感謝のしようが無いって言うのに、あまつさえあたしのやりたい事を、可能な限り自由にやらせてくれた。そんな両親を、心の底から誇りに思う。
同時に、そんな敬愛すべき両親達が、あたしにとっての一番身近で――そして目指すべき立派な『大人』だ。
「…小娘が、解ったような事を口にしおる。」
そんな、あたしの目指すべき場所は、さておき…先の言葉を受け、明陽さんが横でフンと鼻を鳴らし、独り言でも言うかのようにぼそりと呟く。
どことなく、不愉快そうに聞こえるけど…ひょっとしなくても、上等な口叩いちゃった所為かしら?
「じゃが、まぁ…確かにそうかもしれんな。」
けどそう感じたのも一瞬。次け様、何処か納得した様子で、ため息交じりにそう独り言ちる明陽さん。
その台詞を耳にし、なんとなく気になったあたしは、再び横目でその表情を伺ってみる。見ると彼女は、自嘲気味に苦笑を浮かべ、遠く2つの影を眺めている。
「全く、ほんに洒落臭い小娘よな、御主は…しかしその心掛けは、なかなかどうして、見上げたもんじゃ。」
そして、そのまま声に出さずククッと笑い、更に言葉を続ける明陽さん。何やら、思い出し笑いでもしているようだ。
「御主がそんなんじゃから、そのやや子等の姫華達も、一足飛びで親がかりから自立しようとするのかねぇ?」
「知りませんよ、そんな事。」
更に続いた言葉でそんな風に言われ、思わずムッとしたあたしが、ぶっきらぼうにそう答える。なんとも、トゲの在る言い方じゃ無い。
「拗ねるなよ。これでも褒めておるんじゃぞ?」
そんなあたしの反応を受け、直ぐさまこちらに顔を向け、苦笑交じりにそう告げる明陽さん。それにあたしは、彼女と逆側に顔を背けて、これでもかって位不機嫌さを露わにし鼻を鳴らした。




