異世界うるるん滞在記~子連れJKが、新大陸にやって来たぁ!~(11)
「…全く、このお人好しめが。」
その意味する所を、正しく受け取ったのだろう。呆れ気味に鼻を鳴らした明陽さんが、苦笑混じりにそう呟いた。
それに対しあたしは、はにかみながら曖昧に微笑んだ。確かに、お人好しと言われれば、その通りなんだろう。
けど、そうは言っても仕方ないじゃない。この先天性集中力異常という疾患は、成長と共にある程度コントロール出来るようになる上、発症する症状も一部の人間からしたら、有益なものだと言えなくもない。
とは言え、だ。それも全て、コントロール出来るようになってからの話であり、それが出来るようになるまでは、有益どころか有害でしかない不治の病だ。
1つの事に集中するなんて、そんな小さな子供が時たま見せるような症状が頻繁に発現しても、日常生活に支障が多少出る程度に思うかもしれない。けどこの疾患は、患者が幼少期だと命の危険だって、十分に考えられる難病なのだ。
何せ一度症状が発症すると、外部から強い刺激を受けるでも無い限り、集中力が自然に解かれる事なんてまずあり得無い。その強い刺激と言うのも、揺さぶりや呼び掛けなんかじゃ、全くと言って良い位に効果がまるで無い。
強目に頬をビンタされるとか、それこそ羽交い締めにされ、無理矢理行動を制限されるかしないと、集中力が途切れる事がないのだ。そうやって我に返らない限り、空腹も眠気もまるで感じすに、1つの事にずっと集中し続けてしまう。
そうして、最終的に体力の限界を迎え、唐突に意識を失いその場で倒れてしまう事が、それこそざらに起きる。そうなると解っていても、しかし自分じゃどうにも出来無い。
そんな身も心も酷使する様な症状を、体力も精神力も無い幼少期に繰り返すのだ。周囲の人達――特に家族の理解やサポートが無かったら、死に至ったとしても可笑しくない、恐ろしい病なのだ。
実際、あたしも何度となく意識を失って、酷いと救急搬送される事だって在った。今でこそ、そんな事に成らないし、得られた能力の価値も高いけれど、当時はこの体質の所為で、とても苦しい思いを散々してきたのだ。
それはきっと、希聖姫も同じだった筈だ。そんな彼女と、同じ競技をしていただけでも驚きなのに、全国大会のそれも決勝という晴れ舞台で、運命的にも出会ってしまったんだ。
なら、少し位シンパシーを感じて、然るべきじゃない。それに何より、あたしが見てみたかったと言うのが大きい。
剣の才にも恵まれた者が、この『先天性集中力異常』という疾患を、完全制御出来る様になった姿を。それは正しく、あたしの理想とする『完成形』の筈だから――
なんて、偉そうに言ってみたけれど…そもそもの話、あたしがこの疾患を完全制御出来る様になったのは、ハッキリ言ってたまたまだ。
隠し立てするつもりなんて無いから、彼女以外の患者にもし出会って請われたら、制御出来るに至った経緯をすんなり教えるだろう。けどそれが、必ずしも良い事とは限らない。
何故なら、この疾患の秘められた可能性である『思考超加速』は、先述した通り症状が悪化した状態でもあるからだ。完全制御を、何かで例えるなら車のアクセルペダルが、一番分かり易いでしょうね。
アクセルペダルの踏み込み具合によって、車の速度を調整するかの様に、集中力の度合いを調整出来る様になるのが、あたしが言う完全制御の状態ね。んで、『思考超加速』を発現するには、そのペダルをベタ踏みしないと行けない。
その状態を維持し続けるのは、体力の限界を迎えるまで集中するより、ずっと過酷で苦しい。特に、脳に掛かる負担が相当激しく、5分とその状態を維持すれば、解除後激しい頭痛に苛まれる。
それ以上を望んだ結果が、ロード戦の時に陥った弱体化だ。もしもあの時、あたしの身体が限界を感じて、自動で能力を切っていなかったら、或いは脳が焼き切れていたかもしれなかった。
そんな危険な状態を、自分の意思で発動出来る様になるなんて、お世辞にも症状の改善なんて言えやしない。勿論、ベタ踏みにしなければ良いのだろうけど…
しかしきっと、完全コントロールが出来る様になったら、危険と承知でベタ踏みせずには、居られないだろう。それが、『先天性集中力異常』を患う者達が、背負う悪しき性質なのだ。
繰り返しになるけどこの病は、1つの物事に対し異常なまでの興味を示し、そして驚異的な集中力を発揮する。
読書に興味が向けば、延々と読書を続けるし、勉強に興味が向けば、延々と勉強し続ける。勿論、あたしや希聖姫の様に、スポーツに対し並々ならぬ情熱を注ぐ人だって居る。
何に対し興味を示すかは、人によって千差万別だ。しかし、この病が発症した患者の向ける興味の矛先には、往々にして偏りが生じる場合があるのだ。
例えば、ある特定の作家の書籍しか読まないとか、決まって数学を勉強中にばかり、過集中を発揮する…だとかね。
希聖姫の場合、特にその症状が顕著だった。彼女は、上段からの飛び込み面ばかりでしか、過集中を発揮してこなかったんだろう。
何がそうさせるか解らないけれど、1つの事柄を更に突き詰めるかの様な、ある種の怨念めいた執着を発揮する。そんな人達が、この病の制御を完全に支配したら、より深く突き詰めようとするのなんて、火を見るよりも明らかだ。
だからこそあたしは、この病を完全制御下に置く事が出来たんだろう。一芸を極める事を早々に諦め、万芸に秀でてそれ等を集約して、自分だけのオリジナルの1を産み出さんと執着した、あたしだからこそ――
共に同じ疾患の持ち主で、ともすれば才能面で希聖姫が秀でているのに、能力面で一歩先んじる事が出来たのは、とどのつまりあたしが、浮気性だったと言うだけの話だ。
字面だけ見ると、とんだ尻軽女ね。まぁそのお陰で、中学に上がる頃には、過集中のコントロールが出来る様になって、日常生活が大分改善されたんだけど。
その一方で希聖姫は、高校に入って記録会に参加する様になった辺り、今年に入ってから症状のコントロールが、出来る様になったんでしょうね。あたしよりも3年長く、症状に苦しんでいたと考えると、偉そうにもアドバイスの1つ位、したくも成るでしょうよ。
例えその結果、何時の日か真剣勝負の場で、コテンパンに負かされるとしてもだ。勝負に負けて、きっと悔しい思いをするだろう。
けど、それ以上に充実した時間が、きっと味わえると確信している。だからこそあたしは、その時に備えて研鑽を続け、そして――
「――やれやれ。あの赤毛のお嬢ちゃんの件と良い、ほんに御主は、難儀な性格をしておるのぉ~」
「…ん、え?何故にここで、メアリーの話題が出てくるんです?」
色々話した所為か、なんとなくセンチメンタルな感情に、意識が引っ張られそうになりかける。しかし、そこに呆れた様子で呟く明陽さんの声を聞いて、ふと我に返り聞き返す。
「確かに明陽さんからしたら、深く考えずに安請け合いしたように見えたかもですが…」
その直後、取り繕うかの様な言い訳が、思わず口から付いて出ていた。而してそれは、何に対して、誰に対しての言い訳か…
ともあれ、あたしの反応を見て明陽さんは、まるで可哀想な者でも見るかの様な視線をこちらに向けて、深々と大きなため息を吐き出す。それを前にして、続く筈だった言い訳の言葉を、喉の所でグッと飲み込む。
「…そういう事を言いたいんじゃ無いわい。どうせ御主の事じゃ、姫華があすこで応じずとも、二つ返事で引き受け取ったろう?」
「えぇ、まぁ…いけませんか?」
次いで、明陽さんにそう問われ、拗ねた感じでそう言い返した。今この場に、鏡があって自分の顔を覗き込んだら、びっくりする位ぶさいくな仏頂面になっている事だろう。
全くこの人は――
「別に、それ自体は構わんがのぉ…しかし、またぞろベファゴの件の時みたく、あのお嬢ちゃんがこちらに来てしまったのが、己の所為じゃ等と思っておらんかと思うてな。」
――何処までも、あたしの事を見透かして物を言うんだろう――
「…図星か。あのお嬢ちゃんが、こちらに来てからの事を、御主がやけに熱心に聞いとったから、よもやと思ったんじゃが…」
すぐに答えず口籠もるあたしを前に、ため息交じりに苦笑を浮かべ、しょうが無い奴だと言いたげに、あたしに向かってそう告げる明陽さん。
――いいえ、違うか…単にあたしが、浅はかなだけね。
確かに昨日、メアリーから事情を聞きながら、彼女がこちらに飛ばされて来た日数を逆算して、自分が召喚された日数と照らし合わせていた。今更そんな事を気にした所で、起こってしまった事を無かった事になんて、出来無いって言うのに。
卵が先か、それとも鶏が先か…こちらに来てから、そんな酷く了見の狭い事ばかりを、気にしている様な気がするわ。
全く、自分の事ながら情けないわね。この分だと、きっとエイミーにも気が付かれていそうだわ…
「ほんにもう、しょうの無い奴じゃよ、御主は…しかしなればこそ、御主が新たな精霊王の器として、選ばれたんじゃろうよ。」
不意に、独り言でも呟くかの様にそう告げて明陽さんは、あたしの背中にぽんと手を置いて――
「そして、なればこそ儂等も、御主の事を放っておけんのじゃろうな。見ていて、酷く不安定で危うすぎるわい。」
――まるで、泣いている子供を安心させるかの様に、あたしの背中をさすり優しい口調で語りかけてきた。
その、背中越しに伝わってくる温もりは、とても暖かくて…気を緩めてしまったら、泣きそうに成る位頼もしくて――
「しかし、そうか…決着を付けねばならぬ相手が、元の世界に居る故に、御主も戻らねばならぬとそういう事か。」
――どの位、そうしていただろう。暫くして、背中をさするのを止めた明陽さんが、納得した様子で話を再開させる。
「えぇ、まぁ…でも、戻りたい理由としては、それも数多くある内の一つですよ。なんせ思いきりよく切り捨てるには、向こうに置き去りにしてきた思い出が多すぎますから。」
「思い出…ね。それ等を切り捨て残った身としては、まっこと耳の痛くなる台詞じゃな。」
あたしの返事を聞き、自嘲気味に苦笑しながら、明後日の方向を向いて独り言ちる明陽さん。もしかしたら、あたしの不用意な発言で、向こうに置いてきた大切な人を、思い出しているのかもしれない。
そんな風に勘繰って、なんとなく申し訳なさを感じていた直後、唐突にこちらへと向き直ってくる。而してその表情は、何故だか含みのある笑顔だった。
「よもやその残してきた内に、御主の思い人も含まれておるのかえ?」
「ッ!?なっ!」
直後に彼女の口から告げられたのは、そんな不意打ちの一言だった。まるで想像だにしていなかった、完全なる不意打ち…
迂闊にも、話の流れと先程の明陽さんが見せた反応から、家族や友人達の事を思い出していた、正にその瞬間だった。その、思い出していた人達の中には、彼女に問われた通りの人物達が…
「ホッ!良い反応を見せおるのぉ~」
頬を染めて言葉に詰まるあたしを見て、さも楽しげにそう告げる明陽さん。くっそ~…
「で在るならば、引き留めても無駄かのぉ。あわよくば、孫の嫁にでもと思うとったんじゃが…」
…ん゛?え゛孫?
今更ながら、自分の分かり易いベビーフェイスっぷりに嫌気が差し、恥ずかしさと相まって自己嫌悪に陥っていた最中。ふと、聞き捨てならない単語を耳にして、驚きに目を剥いて明陽さんへと顔を向けた。
「いや待て、既成事実を作りさえすれば…」
「ちょっ!?何恐ろしい事口走ってやがりますか!あたしの意思!意思!!意思ッ!!」
直後に聞こえた、不穏な単語に思わず反応。これだから、昭和以前のオープン過ぎる貞操観念持った、女の人って嫌んなるのよ…
ってか、それよりも!
「えっ、明陽さん…御結婚、されてらっしゃるんですか?」
余りにも信じられない事実確認の為、何時にも増して丁寧口調で下手に出るあたし。
「…そうじゃが?なんじゃ、その鳩が豆鉄砲食らったかの様な顔は…」
そんなあたしの問い掛けに、おもっきり不満顔になって、ぶっきらぼうに応える明陽さん。直後、不機嫌そうに鼻を鳴らして、彼女が更に言葉を続ける。
「考えてもみいよ?儂等がこちらに来て、過ごす事既に80余年じゃぞ?それだけの時間が在ったら、所帯の1つも創って然るべきじゃろうが。」
「いや、まぁ…それはそうなんでしょうけど…」
今尚混乱する頭で彼女の言い分を聞いて、どうにかこうにか納得しようとする。それだけの時間が在れば、好きな人の1人も出来るだろうし、家庭を築きもするだろう。
しかし、でも…んえ、んえええぇぇぇ~~~~~??
百歩譲って、明陽さんが惚れた相手が居るとしよう。その時点で、どんなゴ〇ラかキングコ〇グかって話なんだけど、その天は目をつぶり居るとしよう!
でも正直…その惚れた相手にあの明陽さんが、甲斐甲斐しく尽くす所なんて想像出来ない…(震え声
な、無いわぁ~…
「おいっ――」




