異世界うるるん滞在記~子連れJKが、新大陸にやって来たぁ!~(10)
個人の部が行われるトーナメント会場で、試合に臨む希聖姫の姿を見つけた時、遠からず彼女と対戦するだろうと、珍しく確信めいてそう感じていた。我ながら、自惚れにも程があると思う。
けど、そう感じていたのは、どうやらあたしだけじゃ無く、周囲の人達も同様だったらしい。来賓や観客、それから取材陣の間では、あたしと希聖姫のどちらが優勝するか、そんな話題で持ちきりだったらしい。
なんせ希聖姫は、ついこの前に行われた玉龍旗で圧倒的な強さを見せ付けて、自分のチームを優勝に導いた立役者。しかも、武道の盛んな九州地方で、子供の頃から天才との呼び声高く、ご先祖様がかの有名な鬼島津。
そんな、トリプル役満みたいな人物が、満を持して現れたのだ。当然玉龍旗後、全国的に『現代の女鬼島津』の通り名が広く知れ渡る所となり、あっさりインターハイ優勝候補の1人に加わった。
その一方で、今年のインターハイ個人の部、優勝候補の最有力と見なされていたのは、ドヤ顔で言うけどこのあたしだった。去年の大会で、優勝間違い無しと言われていた人物――武神流六芸宗家の皇凛花さんと、決勝の舞台で大接戦を演じてたからね~
その凛花さんは、この春に高校卒業をして大学生デビューしちゃったから、必然的にあたしが、今年の優勝候補筆頭って囁かれてたのよね。加えて、あたしにも希聖姫同様に、全国的に知れ渡っていた通り名があったし。
まぁ彼女のソレとは、比べるのも恥ずかしい『天才潰しの天才』って、不名誉なもんなんだけど…まぁ、それはさておきとして。
彗星の如く現れた天才と、そう呼ばれた選手達を相手に、数多くの白星を挙げてきた秀才。対戦カードとしては、それだけで話題として十分だっただろう。
けど何の因果か、あたし達2人が対戦する為には、最後の1人を決める決勝の舞台まで勝ち進まないと、実現されないっていうトーナメント表だったのよね。それが話題性に拍車を掛けて、先述した通りあたし達の事で会場の話題が持ちきりとなった。
曰く、彗星の如く現れた天才を、天才潰しの天才がまたも潰すのか。はたまた、武道の聖地より来たりし鬼島津が、返り討ちにするのか――なんて、ゴシップ好きが嬉々として語りそうな文言よね。
他の優勝候補の娘達からしたら、さぞ業腹だった事でしょうね。実際、何時にも増して嫌味を言われたわ。
まぁそれはそれとして…観衆の無責任な下馬評に、こちとら応える気なんて更々無かったけれど、あたしも希聖姫も順調に勝ち進んでいった。
周囲の言葉で、左右される様なメンタルしてたんじゃ、選手としては2流以下だしね~そういう意味じゃ、希聖姫のメンタルは鬼強かったわ。
彼女だって、あたし同様に某か嫌味を言われたりしただろう。なんせ、その年から大会に出場し始めて、そんでいきなり好成績を次々と残し、周囲から天才だなんだと持て囃されてるんだから。
それを面白く思わない人が、往々にして居る事をあたしは知っている。特に女子は、そう言った事に過敏な反応を示すからね~
実際、会場内で希聖姫の陰口がされるのを、何度かこの耳にしたわ。ソレは当然、彼女の耳にも入っていた筈だ。
けど、そんなのまるで聞こえないかの様に。終始圧倒的な試合運びを見せていた。所か希聖姫は、玉龍旗戦同様飛び込み面での短期決戦で、対戦相手を次々倒していった。
あたしが言うのも何だけれど、そこまで行くと正直病的よね。ともあれ、そうして迎えた決勝戦。
今更だけど、そこに至るまで会場内で希聖姫とすれ違う事は、幾度となく当然在った。けど、防具越しとは言え、ちゃんと向き合ったのは、その時が初めてだった。
会場内で話題になっていたのを気にして、声を掛けなかったって訳じゃ無いのよ?ただ向こうが、あたしの事なんてまるで興味無い様子だったから、なんとなく話し掛け辛かったのよね。
それに決勝を競い合うだろう相手と、必要以上に馴れ合うのも変な話だし。けど今にして思えば、そんな野暮な事に気しないで、こっちから話しかければ良かったと思っている。
そうしていたら、もしかしたらもっと早くに気づけたかもしれないんだもの。天が彼女に与えたもう才能が、剣の才覚だけじゃ無い事…
あたしがその事に気が付いたのは、決勝で希聖姫と対峙してすぐだった。向かい合った瞬間、彼女の物見から僅かに見える瞳の瞳孔が、異様に開ききっていた。
更に歓声と熱気に湧く決勝の只中に在って、まるで周囲の音も熱も感じないかの様な程、希聖姫の醸し出す雰囲気は、穏やかで静かだった。と同時に、その視線から伝わってくる、重苦しいまでのプレッシャー。
恐ろしい迄に集中し、神経が研ぎ澄まされているのは明白だった。一流の選手が、希に入る事の出来るゾーン状態と言って、まず差し支えないだろう。
けどそれは、正しい表現だけれど、しかし正確じゃ無い。何故なら、希聖姫にとってその状態が、恐ろしい事に素の状態なのだから。
あたしがその事に気づけたのは、何を隠そう昔のあたしと同じだったからだ。そしてそれこそが、彼女の隠されたもう1つの才能――
正確に言うとソレは、先天性の疾患と言った方が良いでしょうね。その病名の名は、『先天性集中力異常』
そう――島津希聖姫は、あたしこと弦巻優姫と同じ病状患者だったのだ。
この先天性集中力異常とは、同じ先天性疾患のADHDや、アスペルガー症候群なんかに見受けられる症状の1つで在る、過集中の特徴と基本的に一緒だ。集中のし過ぎで、自身の行動がコントロール出来なくなり、酷いと日常生活に多大な支障を来す。
ただあたし達の患うソレは、先述した2つの先天疾患と違って、脳機能の発達に障害が見られるという訳じゃ無い。むしろ逆で、脳の神経伝達系の異常発達が、この疾患の原因だとされている。
なので必然的に、脳の発達が特に未熟な乳幼児から第二次性徴迄が、過集中の影響が特に酷く現れる。小学校の頃のあたしが、正にそう言った状態に陥ってよく身体を壊していたのは、以前にも述べたと思う。
しかし年齢を重ね、身体の成長と共に脳が発達していけば、ある程度症状も改善される。その上、簡単なオン/オフ位なら、コントロールも可能になる。
要するに、あたし達にとってゾーン状態とは、息をするのと同じ位普通に出来て当然の事なのよ。而してソレは、全アスリートからすれば、類い希なアドバンテージでも在る。
ともあれ、その事に気が付いた事によって、希聖姫が打ち込み面に異常な執着を見せていた事にも納得した。なんて事無い話、その技一本に絞って過集中を発動し、ただひたすらに打ち込んできたんだろう。
毎日毎日、時間も忘れ寝食の間も惜しみ、体力の限界を迎えて力尽きるまで、繰り返し、繰り返し、繰り返し――かつてのあたしが、正しくそうだった様に。
けど希聖姫は、あたしと違い他の事には一切目もくれず、1つの事にのみ特化し続けた。万芸に秀でる事によって、一芸を極めようと目論んだあたしと違い、究極の一へと至る道程だ。
だからこそ、惜しいと思った。ソレを目指した事によって希聖姫が、先天性集中力異常と言う病がもたらす、可能性の極々一端で足踏みしている事に、気が付いてしまったから。
先述した通りこの疾患は、脳の成長と共に簡単なコントロールが可能となる。けど、訓練次第によっては、完全コントロールさえも可能なのだ。
ソレが可能となれば、先だって説明していた能力以上の効果を、発揮する事が出来るようになる。つまり、この疾患にとって単純な集中力の向上というは、病気の症状としては初期の初期と言って良い。
風邪で例えるなら、微熱が出て咳がたまに出る程度の、酷く軽微な症状なの。ただの風邪なら、適切な処置をすればそれ以上病状が悪化する事も無い。
それどこの病は、詳細なコントロールが可能となって、初めて病状が悪化されるのよ。そして、そうなって初めて顕在化される症状こそ『思考超加速』
今まであたしが、強敵相手に何度か見せた、特別なルーティーンで没入した状態こそ、正しくコレだ。あたしの場合、マックス10分の1程度にまで、体感時間を引き延ばす事が可能かしらね。
ともあれ、島津希聖姫という人物は、言うなればあたしの『上位互換』だ。あたしが欲して止まなかった剣の才能に加え、同じ先天性疾患の持ち主だったんだから。
だからこそ、優勝を掛けた大事な試合の直前にも関わらず、そっちのけで惜しいなんて余計な事を考えてしまった。けど、ソレで済めばまだ良かったんでしょうね。
在ろう事かあたしは、そう考えた直後にこうも思ってしまった――『あぁ…あたしは、この子と出会う為に、ずっと剣道を続けてきたんだな』って。
互いに全身全霊で試合に臨み、そして負ける為に――
「――上位互換ね。」
語り部に徹して、饒舌に語り続けていたあたしは、不意に漏れた明陽さんの呟きを耳にしピタリと止める。次いで、恐る恐る見てみると、何時に無く不機嫌そうな表情を浮かべて、腕組みをする彼女の姿が目に写り、思わず生唾を飲み込んだ。
どうやら、嬉々として後ろ向きな発言をするあたしに対し、酷く御立腹のご様子。しくったわ〜
つい調子に乗って、喋らなくて良い事まで喋っちゃたしね。冷静になって思い返してみても、だいぶ卑屈になっていたなと、自分でもそう思うわ。
なのにそれを、得意になって自慢するように語ってんだからね。しかもそれが、分家筋とは言え、恥かしげも無く武神を名乗る一族の、末席を汚す者だってんだから。
明陽さんが、露骨に苛立つのも仕方ないわね。そう言えば、希聖姫との試合の後、幼馴染み達にも似たような感じで話して、こっぴどく叱られたっけな~
…あたしってば、本当に進歩しない奴だわね。まぁ、それだけ嬉しかったと言う事なんだけども。
「…で、試合の決着はどうなったんじゃ?よもや、本当に負けた訳では在るまいな?」
「も、もちろん!勝ちましたとも!!」
語りを止めて暫くした後、沈黙に痺れを切らしたのか、明陽さんがこちらをジロリと睨み付け、低い声音で問い掛けてくる。その雰囲気に恐れを為したあたしは、情けなくも引きつった愛想笑いを浮かべつつ、大げさに頷きながら返事を返した。
直後に明陽さんは、胡散臭い物でも見るかの様な視線を、こちらに向けながらフンッと鼻を鳴らす。それ以上追求してこない辺り、一応納得してくれた…の、かな?
でも実を言うと、希聖姫があたしと同じ疾患だって気が付いて、暫くびっくりしてたから、一本目何も出来ずに先取されちゃったんだけど…
うん!コレは、黙っとこうかな☆
言ったらきっと、今度こそひっぱたかれそうだし…
「御主にとって、その希聖姫という島津の娘っ子が、何よりも得がたい好敵手じゃと言う事は、ようく解った。」
更に一拍間を開けて、再び明陽さんから喋り出す。声の感じや雰囲気から言って、一先ず怒りを静めてくれたらしい。
「しかしじゃ。それでどうして、御主が負けてやる必要がある。」
次いで、訝しがられながらそう問われ、思わず自嘲気味に苦笑を漏らす。
「別に、態と負けてあげようとか、そんな話じゃありませんよ。むしろ、あの子が今のまま能力をコントロール出来なければ、何度やっても負けない自信があります。」
「つまり、その先天性集中力異常とやらのコントロールを、その娘もいずれ覚えると言う事か?」
「えぇ。近い将来、必ずそう成るでしょうね。」
先の問い掛けに対する返答を受け、間髪入れず再度問い掛けてくる明陽さん。それにあたしは、力強く頷きながら断言して応えた。
さもそれが、楽しみで仕方ないと言わんばかりに。あたし自身が、そう成る事をこそ、望んでいると言わんばかりに。
「…よもや御主。敵に塩を送った訳ではあるまいな?」
直後に明陽さんは、鋭い目付きと口調で問い掛けてくる。それにあたしは、口角を吊り上げ不敵な笑みを浮かべ、ソレを以て返答とした。