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剣道少女が異世界に精霊として召喚されました  作者: 武壱
第四章 軍国編
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間章・作戦開始。攻勢の狼煙は静かに上がる(2)

 ――同時刻。バージナル国軍総司令部。


 その通路を、赤い甲冑を身に纏い颯爽と歩く人物が居た。彼こそこの国の実質No.2であり、ここ司令部の総責任者でもある島津将軍である。


 彼が通ると気付くや通路を行き交う兵達は、皆一様に左右に退いて道を譲る。そして将軍が通り過ぎるまで、緊張した様子で頭を下げる。


 そんな彼らの横を通り過ぎる毎に、律儀に会釈をして通る島津将軍。立場の割に、まるで威張った素振りが見えない。


「父上!」


 そんな折り、ふと後方から誰かを呼び掛ける声が響く。而してその呼び声に、いち早く反応を示したのは、他ならぬ島津将軍だった。


 その呼び掛けを耳にするや否や、その場で足を止めた彼が振り返る。すると振り返った通路の向こうから、かなり大柄で壮年の兵が、慌てた様子で駆け寄ってくる姿があった。


 その兵が着込んだ鎧は、島津将軍と同じく赤色。そして、通路に居る他の兵士達とは、造りが明らかに違いかなり豪勢だ。


 更に、これまた島津将軍と同じく、他の兵達が彼に対し道を譲り会釈している。どうやら、かなり高位の兵士な様だ。


 その高位の兵は、何の迷いも無く島津将軍の元まで駆け寄ると、その場でピタリと立ち止まる。その者は、島津将軍より頭2つ分位あるだろう。


「こちらにおいででしたか!自室に居られないから探しましたよ!」

「どうした時久、そんなに慌てて。王の警護に当たっていたのでは無いのか?」


 そう言って島津将軍は、彼――息子である島津時久を、不思議そうに見上げながら問い掛ける。一見して、時久の方が年老いて見えるが、しかし紛れもなく島津将軍の息子である。


 そして同時に、王直属の護衛近衛騎士隊の隊長でもある人物だ。


「どうした?は、こちらの台詞ですよ!!その王に自室待機を命じられたのに、何故軍部に居られるのですか!?」

「う、うむ…」


 父親の問い掛けに対し、声を張り上げムッとした表情で反論する時久。その余りの声量に、通路に居る他の兵士達が皆こぞって、何事かと言った視線を2人へと向ける。


 それらの視線を気にしながら、息子の勢いに気圧されたじろぐ島津将軍。そんな父親の姿を前に、ふとため息を漏らした後、若干前のめりになっていた上半身を後ろに退く時久。


「それに、そもそも父上は、余暇の為に前線からお戻りに成られた筈です。だと言うのに…」

「いやすまん。本国に居る間に、どうしても済ませておきたい案件があってな。沙汰が下れば、どうしたって身動きがとれなくなるだろうから、その前に片付けてしまおうと思ったのだ。」


 その直後、心配そうな表情を浮かべながらそう続ける。それを聞いて島津将軍は、純粋に息子に心配されて内心嬉しいのか、うっすら笑みを浮かべて、言い訳がましい台詞を述べた。


「全く父上は…すぐそうやって、ご自身でどうにかなさろうとするのですから。どうせまた、『待機するのなら、自室も執務室も変わらない』とか、思っておいでなのでしょう?」

「いやはや、耳の痛い台詞だな。」


 そんな父の台詞を聞いて、呆れた様子で文句を垂れる。途中の口真似が、思いの他ソックリだったのは、さすがの親子と言うべきか。


 それはさておき、息子に考えをズバリ言い当てられたらしい島津将軍は、苦笑交じりに肩を竦めてみせる。それを目にした直後、肩を落とした時久が盛大に息を吐き出した。


「…ただでさえ父上は、前線で気の休まる暇も無い中で、余り休まれないのですから、たまの休暇ぐらいちゃんと休まれてください。」

「解った、悪かったよ時久。」


 一拍置いて、悩ましげな表情で顔を上げた時久にそう懇願され、さしもの島津将軍も折れたらしい。申し訳なさそうにしながらそう告げ、息子の肩を鎧越しにバンと叩く。


 さしずめ、辛気くさい顔はよせと言った所か。ともあれ、そうやって息子に返事を返すと、今来た道――彼の息子が現れた方へ向き直り歩き出す。


 それに遅れる事一瞬。ホッと胸をなで下ろした表情を浮かべた時久が、父の後を追い歩き出した。


「それで、おまえこそ王の警護はどうしたのだ?まだ交代時間では無かろう。」


 親子で仲良く肩を並べ、建物の出口に向かって歩く事暫く。世間話でもする気軽さで、先程もした質問を改めて口にする。


「その王に、父上がちゃんと言いつけを守り自室に居るか、休憩がてら見に行けと仰せつかってきたのですよ。」

「ムッ…」


 気になって聞いてみただけだったのだが、どうやらその質問は、彼にとって藪蛇だったらしい。息子の返事を聞いた途端、渋い顔となって言葉に詰まる島津将軍。


「もし居ない様ならば、探し出して首に縄を付け、引きずってでも自室に連れて行けとも、仰せつかりました。もしそれでも抜け出そうとするのなら、貴様の娘を差し向けろとまで仰せですよ。」

「なんと!そのような事に、夕映を差し向けようというのか!?それは、いくら何でもやり過ぎであろう!」


 更に続いた息子の台詞に、驚いた様子でオーバーリアクション気味に答える。自分の行動が王に筒抜けだったのもそうだが、よもやそんなくだらない事で、大事な孫の貴重な時間が浪費されそうになっていたなんて、露とも思っていなかったのだろう。


「まぁ、夕映も父上に会いたがっておりますので、私としては一向に構わないのですが…それだけ王も、父上のお身体を気遣っておいでなのですよ。此度の命令だって、余り休まれない父上には丁度良いと仰っておいででしたよ?」

「そうか、王がそんな事をな…解った。ならば夕映の為にも、大人しく自室で待機するとしよう。」


 更に続くその台詞を聞き島津将軍は、諦めた様子で――けれども嬉しそうにしながら、軽く嘆息を漏らしそう告げる。


「えぇ。王の為にも――何より父上ご自身の為にも、是非そうしてください。」


 そんな父の様子を目の当たりにして時久は、可笑しそうに微笑みながら答えた。その表情からは、父の身を気遣う彼の純粋な想いが、ひしひしと伝わってくる様だった。


 そんな、父親想いな表情を浮かべていた時久だったが、しかし一拍置いて真剣な表情へと切り替わる。それまで浮かべていた表情との落差もあってだろうが、どことなく鬼気迫る想いさえ感じる程だ。


「それにしても父上。」

「なんだ?」


 それを、父親である島津将軍も感じ取ったのだろう。呼びかけられると同時、こちらも一瞬で表情を引き締めた。


「此度の一件、元はチェコロビッチめが何の申告もせず、自分の部隊を勝手に動かそうとしたのに気がつき、不審に思われて先んじて動かれたのが、そもそもの事の発端でしょう?」

「まぁ…そうだな。」

「それなのに、父上だけが責を負うなんて…ならば彼奴も、申告不備で相応の処分が下されて、然るべきでしょう!軍部が貸し与えた兵力は、彼奴の私物では無いのですよ!?」


 肩を並べ歩きながら、苦々しそうにそう言って時久は、籠手をしたまま右手で拳を作ると、左手の平に勢いよく打ち付けた。今回の一件で下された処分に、よほど納得がいっていない様子だ。


「あぁ…だがまぁ、賊を取り逃がしたのは、紛れもない事実であるからな。当然の処分であろう。」


 そんな憤る息子の姿を横目で一瞥しながら、しかし島津将軍の反応は、さもありなんと言った感じに薄かった。こちらはこちらで、今回の処分は妥当と思っているのだろう。


「それにしてもです!これまで散々、この国の為に尽力されてきた父上に対し、不義理にも程があります!」


 その薄い反応に対し、今にも覆い被さらんばかりの勢いで身を乗り出し、熱く豪語する時久。比喩でも何でも無く、体格差的にそう見えるのだから仕方ない。


 対して島津将軍はと言うと、そんな息子から逃れる様に背中を反らしつつ、困った様に苦笑を漏らす。


「大体、何なのですかあの会合は!新参のチェコロビッチの言い分を、支持するかの様な意見ばかりで!!あれでは、糾弾と変わりないではありませんか!今思い出しても腹立たしい…」


 程なく、島津将軍から身体を離した時久が、不機嫌そうを隠そうともせず話を続ける。彼も王の護衛で、島津将軍を問責する場に居合わせていたのだろう。


 職務で仕方なく居合わせた、と言うだけに過ぎない。しかしなれだこそ、擁護所か発言権すら持ち合わせ得ていない彼からすれば、父親が言葉攻めに合う姿を、黙って見る事しか出来ないというのは、さぞや耐えがたい苦痛だっただろう。


 だからこそのこの反応なのだろう。それが解るからこそ島津将軍は、彼の話が続く間ずっと、申し訳なさそうにしていたのだった。


「仕方あるまいよ。あの場に居る半数以上が、何かと私を目の敵にする旧王時代からの重鎮共だ。彼奴等からしたら此度の一件は、私を責める又と無い機会になっただろうさ。」


 そうして一頻り聞き終えた後、申し訳なさそうな態度はそのままに、島津将軍が静かに口を開いた。直後、その言葉を聞いて時久がハッとする。


「まさか…そうと解っていたから、ずっと黙っておいでだったのですか?ガス抜きの意味も兼ねて?」

「まぁ、それも理由の1つではあるがな。しかし…」


 そこまで言って島津将軍は、自嘲気味に苦笑を浮かべた。


「単純に嘘が吐けぬ性格であるからな。下手に反論すれば、火に油となっていただろう。」

「では…チェコロビッチめの言い分が、全面的に正しかったと?」


 驚いた表情を浮かべ問い掛けてくる息子に、しかし島津将軍は、自嘲気味な苦笑を浮かべたまま沈黙する。それが答えと察した時久は、途端に渋い顔となって頭を抱えた。


「父上…亜人を庇い立てし、あまつさえ逃走に手助けするだなんて…亜人に肩入れし過ぎではありますまいか?」

「亜人…か。」


 次いでうめく様に、時久が咎めの言葉を口にする。そしてそれを聞いた途端、なんともいえない悲しげな表情を、島津将軍が浮かべる。


 彼――島津時久は、紛う事無く島津将軍の息子で純血の日本人だ。しかし他の異世界人達とは、根本的にして決定的に違う部分がある。


 それは、彼がこちらの世界に召喚された際、()()()()()()()()という点だ。つまり時久は、生まれも育ちもグラムの日本人なのである。


 本来、地球人がグラムに召喚されると、イリナスの施した大魔術によって、こちら側の言語が自動的に理解出来る様になる。しかし時久は、この限りでは無かった。


 恐らく召喚された時に、母親の胎内に居たと言う事が原因なのだろう。ともあれ彼には、言語理解の魔術が施されておらず、よって両親が普段から使用していた日本語と、同じくらい幼い頃から慣れ親しんできた、この世界の人族語を使い分けている。


 更に識字に関しても、母親から日本語を一応習ったが、しかし普段から使用する機会が無い為、学習率は小学校低学年レベルだ。教養においても、バージナルの教育機関に通っていた為、地球の知識は全くと言って良い程に無い。


 つまり彼にとっては、バージナルで習った知識が全てなのだ。多種族の事は、一括りに亜人と呼ぶし、自国に住む亜人は全て奴隷で、それが当たり前とも思っている。


 それが時久にとっての常識だ。幼い頃より、当たり前の様にそう習ってきたのだから、仕方の無い事だろう。


 故に誰の責任でもないのだが、それでも父である島津将軍は、多少なりとも責任を感じている様子だ。他種族に対しても、変わらず敬意を持って接する、彼らしいと言えばらしい反応だろう。

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