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剣道少女が異世界に精霊として召喚されました  作者: 武壱
第四章 軍国編
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間章・作戦開始。攻勢の狼煙は静かに上がる(1)

 ――地下牢獄を後にし、チェコロビッチを先頭に城内の廊下を歩く。王城の廊下は、兵達だけでなく内勤の文官なども多く行き交っていた。


 そんな中で、彼女――メアリの歩く姿は、嫌でも目立ち行き交う者の視線を釘付けにした。


 それもその筈、獣人とはいえ全裸の女性が、四肢を拘束され首輪を嵌められた状態で歩いているのだから。彼女が歩く度に、その首輪に繋がれた鎖が出すジャラジャラという音が、耳障りなくらい大きく城内に木霊する。


 それだけ、その場に居合わせた者達が、音も立てずに静まりかえっていた。彼女に向けられる視線のほとんどは、その体にねっとりと纏わり付く様な、欲望剥き出しの卑しい視線だ。


 そんな視線を向けられれば、普通だったら腕なりで身体を覆い隠そうとするだろう。身を捩るなりして体が丸くなり、禄に歩けなくなってしまう場合だってあるだろう。


 しかしメアリは、隠すどころか逆に背筋を伸ばし胸を張って、堂々とした態度で歩いていた。自分の肉体に、恥じる部分など一切無いと、そう言わんばかりの毅然とした態度だった。


 チェコロビッチからするれば、この衆人環視での引き回しも侮辱の一環だったのだろう。彼女の態度があまりに期待と違い、肩越しにその姿を見てつまらなさそうに鼻を鳴らした。


 ともあれ、そうやって周囲の視線を集めながら、城内の廊下を歩く事暫く、やがて行く手に屋外へと出る出入り口が見えてくる。そのまま出口を抜けて、舗装された道を更に進むと、城を囲う城壁が大分近くなってきた。


 舗装された道の向かう先へと視線を向けると、木の扉で閉ざされた城門が見える。どうやらチェコロビッチの向かう先は、その門を抜けた先の様だった。


 よもやこのまま、全裸のメアリを連れ街中へと繰り出すつもりだろうか?それにしては、行く手に見える城門のなんと小さく見窄らしいことか。


 街のメインストリートと繋がる城門ならば、国民に対しては勿論、国外から来る者に対し威厳や風格を示さなくては成らない。その上で、城の防備としての機能も求められる為、重厚で堅牢な造りでなくては成らない。


 そうした点を踏まえ、改めて行く手の門を見てみれば、威厳や風格なんて一切感じないし、お世辞にも堅牢な造りとはいえなかった。警備の兵が1人も詰めて居ない辺り、その先が街に通じていると言う事は、まず間違いなくないだろう。


 ――ドン、ドン、ドン「俺だ、とっとと開けろ。」


 では一体、彼女を何処に連れて行こうというのだろうか?程なく、その門の前へとやってきたチェコロビッチは、木で出来た門扉を乱暴に叩いて声を張り上げる。


 ――ガコン、ギイイィィィ…


 すると程なく、扉の向こう側から閂の外される音が聞こえ、次いで門扉が音を立てて開き始める。誰かの手によって、開け放たれた門扉の向こう側は、開けた空間に成っていた。


 そしてどうやら、この空間も城の敷地内の様で、今し方間近で目にした城壁によって、ぐるりと囲まれているのがすぐに解る。そんな開けた空間の中央に、真新しい建物が一軒だけ、ぽつんと建てられている。


 何故、こんな不自然な形で一軒だけ?そんな疑問が真っ先に思い浮かぶ様な造りだが、しかしてどうやらそこが、チェコロビッチの向かう先の様だ。


「隊長!お帰りなさいませ!!」


 閉ざされた門が開かれてすぐに、その門を開けた人物だろう兵士が、門扉のすぐ側で敬礼しながら、チェコロビッチに向かって声を張り上げる。どうやら、この兵士も彼の部下らしい。


 それに対しチェコロビッチは、しかし全くの無反応だった。門扉が開くなり手にした鎖を引き、視線すら向ける事無く部下の横を通り過ぎて、真新しい建物に向かって歩き出す。


 その後を、相変わらず堂々とした態度でもって着いて行くメアリ。そんな彼女が、この後ようやく反応らしい反応を示す事に成る――


 ――ガチャ、バンッ!


 その建物に着くなり、扉を勢いよく開け放ったかと思うと、そのままズカズカと傍若無人な足取りで、建物内へと入っていくチェコロビッチ。その後を追いメアリが建物内へと入った瞬間、そこではたと足が止まる。


 次いでその鼻が、せわしなくヒクヒクと動き始めたかと思うと同時、みるみる眉がつり上がり険しい表情となっていった。どうやら彼女の鋭敏な嗅覚が、何かを嗅ぎ嗅ぎ取ったらしい。


 彼女が立ち止まった事に、先を進んでいたチェコロビッチが遅れて気付いたらしく、ふと足を止めて肩越しに振り返る。そして、何か思い当たる節でもあるのか、ニヤリと下卑た笑みを浮かべた。


 しかしそれも一瞬、すぐさま鎖を引いて再び歩き出す。それに対し、一瞬反応が遅れて首を引っ張られながらも、だからといって特に抵抗するでも無く、大人しく従って着いていくメアリ。


 ただしその表情は、依然として険しいまま、先を歩くチェコロビッチの事を睨み付けていた。先ほどまでとは、打って変わってのこの反応。


 その直後辺りか、辺りに花か果物を連想させる様な、甘い香気が漂い始める。どうやらそれは、向かう先から漂ってきている様で、メアリが嗅ぎ取ったのは、この匂いで間違いないだろう。


 それを証明するかの様に、奥に進むにつれて強くなる香気に伴って、メアリの表情も一層険しくなっていった。ほのかに匂う程度なら、さぞ香しい匂いだっただろう。


 しかしここまで強くなると、獣人の鋭敏な嗅覚からすると、鼻につくを優に通り越しているに違いなかった。なにせ、人の嗅覚からしても、思わず鼻を摘まみたくなる様な程に、強烈になっていたのだから。


 匂いで人を殺せるとしたら、メアリにとっては紛う事無くそのレベルだ。それはもう、猛毒と言って差し支えない。


 とは言えだ、そんな理由で彼女の表情が、ここまで険しくなった訳じゃ無い。その匂いの元――そを嗅ぎ続けるとどうなるか、その正体を知っていたからこそ、険しくなったのだ。


 その匂いの正体、それは――


「――良い匂いだろう?どんなウブな女だって、こいつを嗅げば喜んで股を開く様になるんだぜ?」


 『催淫香』強力な催淫効果が在るとされる、焚いて使用する粉香の一種だ。


 特に何かしらの中毒性がある物では無いが、あまりに強力な為一般に出回る事はまず無く、裏ルートでのみ密かに売買されている様な代物だ


 そんな物が、この建物内で今正に使用されている。その使用目的は――


『――!!』


 その憶測を裏付けるかの様に、建物の奥から声に成らない女性の叫び声――或いは常軌を逸した獣の咆哮――が、際限なく聞こえてくる。この先で、文字通り肉欲の宴が、今正に開かれているのだろう。


「どうやらおまえは、自分がどう扱われるかを正しく理解して、その上できっちり覚悟が出来てた様だな?ご立派だぜ。だが、これから向かう部屋の中で、そのすまし顔がいつまで持つかな?」


 それを自慢するかの様に、先を歩くチェコロビッチが、声に抑揚を付けて語り聞かせる。彼が今どんな表情をしているのか、振り向かずとも目に浮かびそうだ。


 そうこうしているうちに、通路の突き当たりが目前迄迫る。そこにあるのは、見た限りでは何の変哲も無い一枚の扉だ。


 しかし、通路を歩く際に通り過ぎた同じ造りの扉とは、明らかに醸し出す雰囲気が違っていた。その扉だけ、空気が淀んでいる様な重苦しい印象が見受けられる。


『――ッ!!』


 それもその筈、周囲を漂う甘ったるいこの匂いも、先程からバックコーラスの様に、リズムを刻んで響く嬌声も、その扉の向こう側が発生源だと断言出来るからだ。つまりそこが、メアリを待ち構える牢獄でもある――


 ――ガチャッ、ギイイイィィィ…


「――アッ!はぁッ!!」

「あッ!アッ!!アァッ!!――」


 その扉の前でチェコロビッチが立ち止まり、すぐさまノブに手を掛け開け放った瞬間、室内に充満していただろう甘い香りと嬌声が、まるで質量を持っているかの様に、メアリの身体に襲いかかる。


 その余りの圧力に、顔を強ばらせて一歩後退るメアリ。さしもの彼女も、この異様な雰囲気に気後れした様だ。


 無理も無い。むせ返る様な匂いと、耳に纏わり付く音もそうだが…室内の状況を目にして気後れしない方が、きっとどうかしている。


 照明の落とされたその部屋で、廊下側の明かりに照らされてぼんやりと見える光景は、正に常軌を逸していた。影のシルエットからして、恐らく女性だろう1人の人物に、何人もの影が纏わり付く様に蠢いている。


 それを1山と数えるのなら、そこから見える範囲だけでも3つある。まして夜目の利くメアリの視界に、そんな歪な山を7つも確認したのだ。


 それで気後れる程度で済んれいるのだから、彼女の芯の強さは、逆の意味でどうかしていた。確かに一歩後退ったものの、しかしすぐさま踏み留まった。


 それだけでも相当な胆力だというのに、次いで彼女が息を吐き出すと、その瞬間それまで強ばっていた表情がふと緩んだ。そしてそのまま、姿勢を正して背筋を伸ばすと、部屋の入り口に向かって自ら歩き始めた。


 それと同時、まるで彼女の気配を察したかの様に、室内で蠢いていた幾つかの影が、山から離れて入り口に向かい移動を開始する。まるで、深淵よりこちらを覗き込み、引き込もうとする亡者さながらだ。


 メアリが覚悟を決め歩く途中、チェコロビッチの横を通り過ぎる瞬間、不意に視線を動かしそちらを見やる。見ると案の定、卑しい笑みを浮かべている様だった。


 その事を確認し、不愉快そうに鼻を鳴らすメアリ。再び彼女が扉へと視線を戻した瞬間――


 ――ガシッ!


 室内から野太い腕が伸びて、それが彼女の腕をガッシリと掴んだ。その一本を皮切りに、何本もの野太い腕がメアリに対し向かって伸びていき、その腕を・肩を・首を・足を・乳房を掴んでいく。


「3日だ。」ジャラッ…


 その光景をニヤニヤと眺めていたチェコロビッチが、手にした鎖を不意に手放し告げる。


「3日後、テメェ等に奴隷紋を入れる準備が整う。それまで、俺の部下共に存分に可愛がってもらうんだな。あぁ、準備が整う前に壊れちまっても構わないんだぜ?その時は、その部屋の住人が1人増えるだけだからな。」


 楽しげに語る、チェコロビッチその言葉に押される様に、自ら動いていない筈のメアリの身体が、部屋の中へと徐々に引き込まれていく。部屋の中から無数に伸びた腕に捕まり、飲み込まれていくその様は、獰猛な獣が捕食する瞬間そのものだ。


 無抵抗にその身を委ねるメアリは、部屋に引きずり込まれる瞬間、さながら眠るかの様に瞳を閉じる。無事獲物を丸呑みしたその直後は、部屋のドアがまるで生きているかの如く、ひとりでにバタンと閉ざされた。


『――ッ!!』

「…クッ、クククッ…」


 次いで聞こえてきた、獣によく似た女性の嬌声に合わせ、チェコロビッチの押し殺した笑い声が辺りに響く。溜飲が下がったと、言わんばかりに満足げな笑みだ。


 そんな折だった――


「――た、大変です隊長!」


 突如としてその場に響いた慌ただしい呼び声に、笑みをピタリと消したチェコロビッチが振り返る。見ると門扉を警護していたあの兵士が、息せき切らせ駆け寄る姿が、通路の向こうからやってくる姿が見えた。


「…なんだ騒々しい。何事だ?」


 せっかく気分が良くなっていた所を邪魔されて、気を悪くしたのだろう。振り返るなり、それを隠そうともせず舌打ちし、やってくる兵士に呼びかけるチェコロビッチ。


 そんな上官の下まで駆け足でやってきた兵士は、一瞬怯んだ様子を見せつつも、呼吸を整える暇も惜しんで口を開く――


「そ、それが!たった今リク港から連絡があり――」


………

……

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