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剣道少女が異世界に精霊として召喚されました  作者: 武壱
第四章 軍国編
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間章・彼のこと(2)

「…ようやく来たか。遅いぞ!」

「す、すみません!」


 バケツを持って現れた兵士に対し、振り返り様にチェコロビッチが、舌打ち混じりにそう叱責する。それを耳にした兵士は、ビクリと肩を震わせると駆け足になって、慌てた様子で彼の元へと駆け寄っていく。


 するとその拍子に、バシャリとバケツから水音らしき音が聞こえてくる。どうやらその兵士は、水を汲みに地上まで行っていたらしい。


「お、お待たせしました!隊長!!」


 程なくチェコロビッチの元まで辿り着いた兵士は、水の入ったそのバケツを彼へと向けて差し出した。その動きは、見るからにぎこちなく硬い。


 先程、あからさまに舌打ちされ、叱責されたというのも多分に在るのだろう。しかしそれ以上に、彼の気を損ねたら、何をされるか解らないと言った恐怖心が強く感じられた。


 チェコロビッチの残虐性を知り、かつ目の前に広がっている惨状を目の当たりにすれば、さもあり何と言った所だろうか…ともあれ。


 不機嫌そうに振り返ったチェコロビッチのその背後、地下牢獄の最奥の壁に――バァートンの姿が在った。


 メアリ同様に、一糸纏わず壁に鎖で磔にされた彼は、見るも無惨な程にボロボロだ。その全身は、夥しい数の傷痕と血の跡、それに打撲痕で至る所が腫れ上がり、無傷な箇所など何処にもなかった。


 その背中に生えた、あの白く美しかった羽は、彼自身が流した物だろう。血みどろで薄汚れてしまい、今はもう見る影もない。


 それならばまだしも、右側は折れている様で不自然な形でダラリと垂れ下がっている。その上、無理矢理羽を毟られた箇所が幾つもあり、一部剥げて地肌が見えている。


 一体、どんな残虐な仕打ちを受けてきたのか…その首はダラリと力無く垂れ下がり、既に事切れているように見える。


 しかしよくよく見ると、その肩が僅かに上下している様子が確認出来る。どうやら気を失っているだけの様だ。


 そんな痛々しい姿のバァートンに対し――


 ――ガシッ!「おら、休憩の時間は終わりだぞ、フェミ野郎。」バシャッ!!

「ッ!!ゲホッ!!ゴホッ!!」

「ハッ!ハハッ!!」カンッ、カラカラ…


 ――兵士からバケツを受け取ったチェコロビッチが、振り向き様バァートンの頭目掛けて、中に蓄えられた水を思い切りぶちまける。直後に気を取り戻した彼が、激しく肩を上下させながら咳き込んだ。


 その様子を目の当たりにし、手にしたバケツを放り投げながら、残虐な表情で愉快そうに爆笑するチェコロビッチ。他者が苦しむ姿を、心の底から愉しんでいる様で、今にも拍手しそうな勢いだった。


「ゲホッ…ゴホッ…」


 そんなチェコロビッチを、咳き込みながらゆっくりと頭を上げた彼が睨め上げる。そうして露わとなったその表情は、全身同様にあちこち晴れ上がっていて、既に原形を留めていなかった。


「…良い面構えになったじゃ無いか、フェミ野郎。」


 その視線に気が付いたチェコロビッチが、徐に彼を一瞥したかと思うと、口角を吊り上げ満足げな笑みを浮かべ呟く。そしてその直後――


 ――バキッ!!


「ッ!グアッ!?」


 ――ニヤニヤと卑しい笑みを浮かべたまま、まるでサッカーボールでも扱うかの様に、バァートンの頭を無造作に蹴り上げた。瞬間、彼の鼻や口から血しぶきが上がる。


 その血しぶきが宙を舞うと同時、背後から突き刺す様な殺意と共に、獣のうなり声が聞こえてくる。その2つを受けチェコロビッチは、勝ち誇った表情でメアリへと視線を向けた。


「悔しいか?なぁ、悔しいだろう??手も足も出ず、こいつが傷付くのをただ黙って見てるしか無いってのは、テメェみたいなケダモノにゃ、1番の苦痛だろう?ハッ!ハハッ――」


 メアリの反応を目にし、気を良くしたらしいチェコロビッチの高笑いが、暗くジメッとした地下牢獄の中で反響する。そんな上司の狂気じみた姿を目にして、バケツを持って現れた兵士は、恐怖に萎縮してしまった様子だ。


 一方、もう1人の部下であるシュナイダーは、萎縮所か動じた様子さえ見受けられない。隊長が隊長なら、副長も副長という事なのだろう。


 それはさておき、時間にして1~2分と言った所か。存分に笑い続けたチェコロビッチは、不意にニヤニヤと卑しい笑みを浮かべながら、なめ回す様な眼差しでメアリの肢体を観察し始める。


 そして一頻り観察し終えた後、ただ睨み付ける事しか出来無い彼女を、文字通り見下した表情で覗き込んで、身の毛もよだつ様な下卑た笑みを浮かべる。


「そんな物欲しそうな表情をするなよ。心配しなくても、テメェに1番お似合いな方法で、この後たっぷりいたぶって遣るからよぉ?」


 直後、チェコロビッチにそう告げられるも、しかしメアリの反応に変化は無い。自身に向けられた先の視線と、その勿体振った言葉の意味する所が、理解出来なかった――等と、そんな訳が無い。


 理解した上で――この後、自分がどんな辱めを受けるのか、しっかり解った上で。それでも尚、眉1つ動かす所か身動ぎ1つせず彼女は、獰猛に喉を鳴らしながらチェコロビッチを睨み続けていた。


 もし仮に、視線だけで人を殺す事が出来るとしたら、今の彼女ならば或いは出来ただろう。そう確信出来る程、鬼気迫る物がメアリの視線に込められていた。


「グルルルゥゥゥゥッ!!」


 『舐めるなよ』と、『その位の事で、自分が屈すると思うなよ』と。猿轡をされ、唸る事しか出来無い筈の彼女から、そんな言葉がハッキリ聞こえてくるかの様だった。


「…ッ!」バキッ!!


 そんなメアリの勇ましい態度を目の当たりにし、ふと笑みを消し無表情になったチェコロビッチ。そして次の瞬間、彼女の顔面を力任せに殴りつけた。


 まともにこれを食らったメアリは、殴られた勢いで顔を背けざるを得なかった。しかしそれも一瞬の事で、直ぐ元の位置に顔を戻したかと思うと、再び鬼気迫る視線でチェコロビッチを睨み付けた。


 殴られた拍子に口の中を切ったのだろう、猿轡をカマされた口の端から、鮮血が止めどなく流れ出ている。そんな事、気にした様子なんてまるで無い。


「グルルルゥゥゥゥッ!!」


 そんな反抗的な態度を取れば、また殴られるかも知れない。だからどうしたと言わんばかりに、先程以上に勢いよく喉を鳴らし威嚇する。


 今の彼女には、そんな事位しか出来無い――()()()そうするのだ。


 ――ガンッ!!


 再び彼女の顔面に、容赦のない一撃が加えられた。殴られた勢いで飛び散る鮮血、よろめく身体――


「…グルルルゥゥゥゥッ!!」

「…鬱陶しい。このケダモノめが…」


 ――それでも負けじと、直ぐ様姿勢を戻したメアリが、目の前の男を三度睨み付け威嚇する。そんな彼女の折れぬ姿勢に、忌々しそうに舌打ちし呟いた。


 またぞろ感情に任せ、拳を振り上げるかと思いきや、しかしそうはしない。無駄と悟ったのだろう。


 その直後――


 ――ドゴッ!!


「ッ、グホッ!」

「ッ!!グルルルゥゥゥゥッ!」


 ――メアリを殴る代わりとばかりに、振り向き様バァートンの腹を思いきり蹴りつけた。直後に見せた彼女の反応に、残忍な笑みでニヤリと笑うチェコロビッチ。


「やっぱ、テメェみてぇな奴には、こっちの方が効果的だなぁ?」

「グルゥゥゥゥッ!!」

「おっと、暴れようとするなよ?ひと思いにこいつを殺っちまうかも知れねぇぞ?」


 今にも飛び掛からんと身構えるメアリに対し、ヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべながら、チェコロビッチがそう警告する。彼女が今までになく過敏な反応を示した事で、気を良くでもしたのだろう。


 ともあれ、その警告を受けメアリは、忌々しそうにしながらもグッと堪えその場に留まった。このまま、一方的に良い様にされる位ならば、いっそ…


 そんな思いが、彼女の内に確かに在った。その衝動をグッと堪え踏み止まったのは――


「…やり過ぎないで下さいよ、隊長。決して殺すなと、王から仰せつかっているんですから。」


 ――彼等が、自分達を殺すまではしないと言う、保証があったからこそだった。


 それまで、ずっとその場に立っているだったシュナイダーが、上官に対し無遠慮に口を開いた。それを耳にした途端、あからさまに気を悪くしたチェコロビッチが、鋭い眼差しで副官を睨み付けた。


 しかしシュナイダーが、その視線を気にする素振りは無かった。どうやら彼は、部隊の副官という立場であると同時に、チェコロビッチのお目付役か何かなのだろう。


 ともあれ、その王命のお陰でメアリ達の命()()は、最低限ながら保証されていた。しかしだからといって、それを逆手にさっき飛び掛かっていたら…


 恐らくこの男の事だ。メアリへの見せしめとして、バァートンは本当に殺されていただろう。


「…シラけさせやがって。お前に言われなくて解ってるよ、そんな事はよぉ!」

「そうですか。それは失礼しました。」


 先の発言を受け、不機嫌そうにそう言い捨てるチェコロビッチ。それに対しシュナイダーは、悪びれるでも無く涼しい表情で、しれっとお辞儀をして返した。


 そんな部下の態度を尻目に、忌々しそうに舌打ちした後チェコロビッチが、改めてメアリへと向き直る。直後、口元を歪めて笑みを浮かべると、後ろ手でバァートンを指差した。


「…そういう訳だ。これ以上続けたら、流石にアレも壊れてまうからな。お望み通り、テメェの番といこうか。」


 そして、チェコロビッチにそう告げられた途端、ふとそれまで発していた威嚇音が、急に小さくなった。しかしだからって、今更怖じ気づいたなんて事、彼女に限って在りはしない。


 その証拠に瞳に宿る殺意は、そのまま所か一層色濃くなって居る位だ。ようやく自分の番かと、その程度にしか思って居ない。


 この後、自分がどういった扱いを受けるかなんて、元より承知の上だ。それは、身に着けていた襤褸切れを、無理矢理引き千切られた時から、解りきっていた事なので別に良い。


 今更その程度、恐ろしくもなんともない。むしろ獣人の社会で言ったら、割と日常茶飯事な出来事だ。


 そうで無くても、この身に受ける痛みだったならば、幾らだって耐えてみせよう。拷問程度で、簡単にガタが来る様な、柔い鍛え方をしてこなかったと言う自負がある。


 見知った人が――仲間が傷付き藻掻き苦しむ様を、指を咥えて見ている事しか出来無い心の痛みに比べたら、肉体の痛みなんて屁の河童なのだ。


「…まるで動じないとはな。全く、これだからケダモノは、面白味に欠けるってんだよ。」


 そんなメアリの、覚悟が決まった者だけが出来る表情を目にして、あからさまに落胆した様子のチェコロビッチは、つまらなさそうに鼻を鳴らしそう吐き捨てた。


「まぁ良い、この俺を散々虚仮にしてくれたんだ。そこのフェミ野郎同様、キッチリ後悔させてやるぜ。」


 そして続けざま、メアリに対しそう宣言したチェコロビッチは、シュナイダーへと視線を向けた後、顎で牢獄の入り口を指し示す。それを受け彼は頷くと、彼女を拘束する鎖をジャラリと鳴らし徐に歩き始める。


 どうやら、場所を変えるのだろう。それは、彼女にとっても願ったリだった。


 いくらそう言う事に慣れていて、抵抗を感じない獣人だからって、仲間の前で自分の痴態を見られたい筈も無い。鎖を引かれるがままに彼女は、あっさりその後について歩き出した。


 足枷によって、本来の歩幅で歩く事なんて勿論出来やし無い。それでも拙い足取りで、1歩2歩と進んでいき、5歩目でふと立ち止まり肩越しにバァートンへと視線を向けた。


「ゲホッ…ゴホッ…」


 ボロボロの状態で壁に磔にされたまま、倒れ込む事も出来ず苦しげに咳き込む彼の姿。それを目にし、彼女の胸の内が締め付けられそうな程に苦しくなった。


 彼が痛めつけられる姿を、散々見せ付けられ嫌が応にも思い出してしまった。仲間だった冒険者達が、仲間だと思っていた冒険者達に、無残にも殺されていく光景を…


 その一部始終をメアリは、今の様に何も出来ず、ただ見ている事しか出来無かった。彼女は思う『もう二度と、そんな光景見たくなかったのに…』と。


「あ?何立ち止まってんだテメェ。心配しなくてもあのフェミ野郎は、この後もキッチリ痛めつけてやるよ。」


 立ち止まったメアリの姿を見つけて、ニヤリと醜く笑ったチェコロビッチが、焚き付けるかの様にそう告げる。それが、彼女にとってのアキレス腱だと、十二分に理解しているのだろう。


 瞬間、彼女の怒気が膨れ上がる。それを目聡く感じ取り、ここぞとばかりに一層笑みを深めるチェコロビッチ。


「ハッ!ハハッ!!そう言う反応が見たかったんだよ!!どうだ、悔しいだろう?悔しいよなぁ!!ハッ!ハハッ――」


 暗くジメッとした地下牢獄の中で、再び彼の狂気じみた笑い声が反響する。このままずっと聞いていたら、気が触れてしまうかもしれない、そんな笑い声が――


「けどなぁ!まだだ!まだこんなもんじゃ許さねぇぞ!!この俺を散々虚仮にしてくれたんだ!!テメェ等2人共、生きてる事を後悔させてやるからな!!ハッハハハッ!!」


 狂人・チェコロビッチの台詞は、更に度を増し続けられる。その台詞を耳に、半ば呆れた様子で溜息を吐くシュナイダー。


 同じくその台詞を耳にした、哀れにもその場に居合わせてしまった兵士は、完全に恐怖に呑まれた様子だ。この様子では、恐らく数日中に異動願いを、上層部に出している事だろう。


 肝心のメアリはと言えば、流石銀等級冒険者。まるで怯んだ様子無く、再び喉を鳴らして威嚇音を上げている。


 そして、()()1()()――


「…うる…せ、えな…だれ…が、こんな事…で…後悔…なんて、してやるもんか…よ…」

「――ハッ?」

「ッ!」


 狂人の高笑いが牢獄内に響く中、今にも消え入りそうなか細いその声は、しかし何故だかハッキリと、その場に居る全員の耳に届いていた。

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