異世界うるるん滞在記~子連れJKが、新大陸にやって来た~(3)
率先して会話に参加しないくせして、話の腰を折ったり茶々だけは必ずするんだから――まぁ、あたしも人の事は言えないんだけれども(←)
…やっぱ血かなぁ?
ともあれ、そんな困った身内に対しあたしは、すかさず半眼で睨みつけた。その視線に気が付いた明陽さんはしかし、まるで悪びれる様子もなくベッドの上でゴロゴロしながら足をばたつかせていた。
この、見た目に精神年齢引っ張られた似非童女め…
「…確かにそうですわね。」
そうして無言で抗議していると、横からシフォンのそんな声が耳に入ってくる。それを耳にし視線を戻すと、自嘲気味に苦笑を漏らす彼女の姿があった。
その表情を見て、ふとホッとしている自分に気が付いた。思わず無意識にそう思ってしまう位、先程までシフォンが浮かべていた表情が、恐ろしい物に見えていたんだろう。
先程までの彼女は、作り物の様に無機質で生気が感じられない程に無味乾燥だった。あの表情と比べたら今見せている表情は、さながら天使の微笑みと言っても過言じゃ無い。
恐らくアレが、以前チラッと耳にしたシフォンの2つ目の通り名、『黒の拷問姫』としての一面なんだろう。話の流れからして、あたしに釘を刺す為に敢えて見せてくれたんでしょうね。
しっかし、その一端から垣間見えた威圧感で、ここまで尻込みするなんて思いも寄らなかったわね。なんて言うか、全く底の見えない深淵を覗き込んだ気分だったわ。
「単純な話、『契約魔術』に限らずほぼ全ての魔術は、術者或いは対象者が死亡すると同時に、その効力を失いますの。」
そんなあたしの心象はさておき、一旦間を開けシフォンの説明が再開される。
「その法則を利用して、奴隷魔術が掛けられている人を一度死亡させ、その後蘇生させる。それも、ただ心臓を止めれば良いという訳で無く、完全に死亡させて魔術が無力化した事を確認してからでなればいけません。」
続け様、核心に迫るシフォンの言葉を耳にして、眉間に皺を寄せ再び思考を巡らせていく。なる程、そんな方法しか無いってんなら、彼女が凄みを効かせて釘を刺したく成るのも理解出来る。
態々前置きでも告げた通り、その方法が如何に危険な行為なのか、それが解らない位に無知じゃ無い。救命医療が飛躍的に進化する現代に置いても、心肺停止から1分過ぎる毎に救命率がどんどん下がり、5分過ぎると絶望的だと言われている。
仮に5分過ぎて蘇生出来たとしても、良くて脳に何らかの障害が残り、悪くて意識が戻らずそのまま脳死という事も在りうる。それなのに、先の説明からして心肺停止後暫くは、蘇生行為を行う訳にいかないのだろう。
停止直後の救命率でさえ100%を下回るのに、危険な状態で敢えて放置するなんて、そんなの殺人と同義でしか無いじゃない。奴隷から解放する為に、そんなリスクを負わせるなんて本末転倒も良い所だ。
それに、それだけでも危険な行為だというのに、その前段階として魔法の掛けられた人を、手に掛けなくてはいけない。その人を救出するという名目が在るとは言え、端から見たら単なる殺人の口実でしか無い。
当の本人からしたら、蘇生するから自殺してくれと言ってる様な物だ。強固な信頼関係でも無い限り、本人の同意なんてまず得られ無いでしょうね。
そこからまず築くとなったら、どれだけの時間を有するか解らない。仮に築けたとしても、信頼した相手に一度死ねと言われた様な物だろう。
言われた側からしたら、真綿で首を絞められる様な心境に成る事請け合いね。或いは実際にそうされた方が、気分的にいくらかマシかも知れない。
いずれにしても、囚われた2人に奴隷魔術が施される前に、バージナルに乗り込んで救出するのが最善ね。とすると目下の障害は、やっぱり時間よね。
さて、どうしたものかしらね…
「思った以上に時間が無いと知って、焦る気持ちも解らんでは無いがの、囚われとる者達がどう言った状況にあるのかもハッキリと解らん内から、そんなに気を揉んどったら後々堪えるぞ?」
「…ですね。」
話の流れで予期せぬ状況を知り、思わず考えに没頭しかけたその時、呆れた様子の明陽さんに横から声を掛けられる。それを耳にし慌てて我に返ったあたしは、それまでの思考を振り払う様に頭を振って、苦笑交じりに肩を竦めながら答えた。
やれやれ、軽口を挟む余地無くその通りだわね。今後の打ち合わせについてだって、本格的に始まっていないって言うのに、全く…呆れられて当然だわ。
「折角説明してくれてるのに、話の途中でいちいち気を取られて悪いわね。」
「構いませんわよ。」
「えぇ、何時もの事じゃないですか。」
「みんなもごめんね?」
「ハハッ、気にしてないさね。なぁ?」
「は、はい!」
「No Problem.気になった事を放置せず、すぐに解決しようとするのは、良い心掛けだと思います。」
みんなにも迷惑を掛けたと思い、その気持ちから謝罪の言葉を口にする。みんな笑って済ませてくれたけど、気になる事があるとつい思考が先走る悪い癖は、いい加減どうにかすべきでしょうね~
ま、それは追々どうにかするとして…ともあれ今は、目の前の問題からよね。
みんなへの謝罪と共に、気持ちを切り替えたあたしは、再びテーブルの上の地図へと視線を向ける。そして、先程教えて貰った情報をザッと思い返しながら、そこに描かれたイラストを1つ1つ見返していく。
「ルアナ大陸について、他に押さえておくべき場所ってまだ在るの?」
「そうですわね…」
「重要な箇所の説明は、大体したと思いますよ。」
「そう。」
一通り地図を見返した所で、顔を上げて前方の2人へと声を掛ける。直後に返ってきたその返事を聞いて、今一度地図に視線を向け位置関係をしっかりと頭に叩き入れ、これにて地理のお勉強は終了っと。
正直、簡単に済ませちゃった感は否めないけれど、しないよりか大分マシよね。ともあれこれで、本腰入れてこれからの事を話し合えるわ。
色々話し合わないといけない事が多いのだけど、その中でもまず最初に話し合わないといけない事は…
「リク港とアス港以外から…例えば何処か人気のない海岸から、ルアナ大陸に上陸する事って可能なの?」
テーブルの上に広げられた地図と、にらめっこするのを止めたあたしは、徐に顔を上げ前方の2人に質問を切り出した。これから忍び込んで暗躍しようってんだから、真っ先に考えるべきは、正規以外の入国方法だ。
身バレしていなければ、正面から堂々と入国するのも悪く無いんだけどね。正規のルートって事はつまり、『考え得る限り、安全確実に最短で目的地に辿り着ける、最良の手段』なんだから。
けど今回は、シフォン達が既にお尋ね者となってしまっている以上、そのルートを使用する事が出来無い。指名手配されてるみんなを、精霊界に置いて進むにしても、エイミーと一緒に行動している時点で、在らぬ嫌疑を掛けられるからだ。
今でこそ別々に行動しているけれど、この2人が仲間で在ると言う事は、周知の事実としてこの世界の人達に、広く知れ渡っているからだ。余談だけど、『金と銀の対翼』と呼ばれた2人の英雄譚の数々は、泣く子も黙る程の語り草らしい。
そんな偉大な2人だけれど、それが今回仇になってしまった感が否めないのは残念で仕方無いわね。明陽さん達も居るし、いきなり捕らえられる様な状況には、流石に成らないだろうけど、間違い無く目を付けられるでしょうね。
そうなったら上陸後の動きに、制限が付いて何をするにも遣りにくくなるからね~出だしから蹴躓いてたんじゃ、先が思いやられるったら在りゃしないわよ。
「可能は可能でしょうけれど、その場合いくつか問題がありますわね。」
先に問い掛けたあたしの質問に対し、真面目な表情でシフォンがそう返した後視線を地図へと向け、そこに描かれているルアナ大陸の海岸線を指し示す。
「まず、ルアナ周辺の海流はとても複雑なんですの。正規の海路は、比較的海流の穏やかな場所を選んで航行しているのですわ。」
「その航路を外れると、途端に危険って訳?」
「そうですわ。ルアナ周辺の海流が激しいのは、この海域に住む海獣達が頻繁に暴れているのが原因なのです。もしもその航路を外れるようなことがあれば、間違い無く海獣達の襲撃を受ける事に成りますわ。」
「なる程、厄介ね…」
「えぇ。ルアナへ渡る為の航路は、船が航行可能なギリギリ浅瀬に成っているので、海獣達の襲撃を受ける事が無いんです。」
「それでも年に何度かは、海獣との遭遇事故が起きるみたいですわよ。しかし基本的にその航路を使うのは、ルアナへと向かう冒険者を乗せた船か、軍人が常駐する軍監ですので、襲われても大した被害にはなりませんのよ。ですが…」
「それ以外の地元の漁師なんかは、間違ってもその海域に近づかないと、そう言う事ね。」
「えぇ。」
シフォンの説明の途中、あたしが思わず口を挟んでしまったその言葉に、別段気を悪くした様子も無く彼女は、至って真面目な表情で頷き応える。
正規のルートでルアナに上陸するのが厳しい以上、密入国まがいの事をするしか無いだろう。けどその場合、必然的に協力者が必要になってくる。
大陸を渡るだけの性能を持った船を所有し、この辺り一帯の海域について詳しい漁師なんかが、その協力者として適任だと思ってたんだけど…
間違い無く海獣に襲われるなんて、そんな嫌なお墨付きのある海域じゃ、最低でも海獣を撃退出来るだけの実力があるか、襲われても耐えうる船を持っていないと話にならない。このどちらかを有していないととなると、やはり漁師じゃ荷が重すぎるだろう。
海獣に襲われても、ちょっとやそっとじゃビクともしない船の当てならあるけど、流石にノーチス号をここに召喚する訳にもいかないしね~
「う~ん…じゃ幾ら金貨を積もうと、誰も協力してくれそうに無いのね。」
「そうなりますね。」
「むしろ協力者を募る方が、不審に思われかえって危険かも知れませんわよ。」
「ま、それならそれでしゃ~ないか。そもそも時間だって限られてるんだし、悠長に協力者探してる場合じゃないもんね。」
肩を竦めつつ、苦笑交じりにそう言ってあたしは、開き直って一度思考をリセットする。このままの方向性で、考えを進めた所で埒があかないからね~
「けどよ、じゃぁどうするんだい?」
話に一区切り着いた所で、見計らったかの様にリンダが疑問の声を上げる。その声に振り返ったあたしは、態とらしく悩む素振りを彼女に見せた。
「ん~…こうなったらやっぱり、当初考えてた方向性でいくっきゃ無いかなぁ~って。」
「当初の方向性?」
「うん。」
「どう言った考えでしたの?」
あたしがリンダと話していると、その内容に興味を持ったシフォンが質問してくる。その言葉を聞いてあたしは、待ってましたとばかりに満面の笑みを浮かべ向き直った。
…視界の端に、困り顔のエイミーと呆れ顔の明陽さんが見えた気がしたけど、きっと気の所為だよ?
「んとね~A案、精霊化したあたしが、闇夜に紛れて空を走って渡る。」
「えっ…」
「おいおい…正気かい?」
「うん、割とマジ。精霊化した今のあたしの魔力量なら、ルアナまできっと保つだろうからね。ただ問題は、夜で方向見失う可能性が高いのと、目撃された場合厳戒態勢が敷かれかねないって事位?」
「致命的じゃろうが。」
横から何やらぼやく声が聞こえてきたけど、当然の様に完無視。
「続いてB案、精霊化したあたしの必殺技『流星雨』の1発版『流れ星』で、オリジナル眷属をルアナの方角に向かって撃ち出す。」
「…その案、まだ優姫の中でまだ残ってたんですか。下手したら海に落下しますし、運良くルアナに届いたとして、人の居る場所に墜ちたらどんな被害が出るか、解らないから駄目ですってば。」
「そもそも、んな事したら確実に騒ぎになるじゃろうが。御主、発想がたまに阿呆になるの態とじゃろ?」
と、事前にこの案知ってた2人から、すかさずツッコミが入る。えぇそうですよ、態とですけどそれが何か?
なんだよぉ~ちょっと茶目っ気出しただけじゃんかよぉ~
え?時間無い無い言っといて何してんだって?サーセン…




