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剣道少女が異世界に精霊として召喚されました  作者: 武壱
第四章 軍国編
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間章・将軍島津加々久

 ――同時刻、ルアナ大陸・軍国バージナル王城

 

「失態だな。」


 厳粛な空気が漂う王の間に、威厳を感じさせる低い男性の声が、重苦しい雰囲気を掻き分け響き渡る。声の主は、この部屋の最奥に設えられた玉座に、頬杖を付きながら背中を預け堂々と座っている。


 細やかな装飾の施された黒の甲冑を身に着けた、長髪カイゼル髭の中年男性。この人物こそ、この広間の主人で在りこの国の王、ゼベル・ベルド・バージナル王その人だった。


 玉座に座るバージナル王は、彼に対し部屋の中央で跪いて頭を下げる赤い甲冑の人物を、威圧的な視線で見下ろしていた。その人物こそ、ここバージナルで将軍職を務める異例の異世界人――


「何か申し開く事はあるか、カガヒサよ?」

「ありません。」

「…そうか。」


 ――島津加々久は、頭を下げたままの状態でその質問にハッキリそう断言する。その返事を受け、途端に不満そうな表情を浮かべた王は、溜息混じりに呻くように呟いた。


「あの『白銀の魔女』を捕らえる、又と無いチャンスを棒に振るとは、貴様らしくないな?」


 次いで投げかけられたその言葉に、しかし島津が返事を返す素振りは見受けられず、2人の間に沈黙が横たわる。この国の王直々の問い掛けに、実質No.2の男が無言で返したのだから、横たわる沈黙も相当に重苦しい物だろう。


 ただでさえ重苦しいというのにこれでは、空気の重さに広間が耐えかね、沈み出すのでは無かろうかと言った雰囲気だ。流石にそれは言い過ぎだとしても、呼吸するのも困難な位空気が重く沈んでいるんだし、その内周囲の者から窒息者が出てしまいかねない。


 まぁそれも、周囲に人が居ればの話なのだが。縦長に作られたこの王の間には今、バージナル王と島津将軍以外に人影は無かった。


 表に姿を見せないだけで、何処か物陰に隠れていると思うだろう。しかしその可能性は、真っ先に否定されて然るべき考えだった。


 何せこの王の間、本当に王城の中に造られているのかと思われる位に、まるで飾り気が無かった。絵画や彫刻と言った美術品がある訳でも無ければ、国旗が掲げられている事も無く、豪華なシャンデリアや天蓋の類いさえ無い。


 更に言うと、出入り口となる重厚な造りの扉が1つあるのみで、他に扉や窓の類いは一切無く、所々塗装の剥げた石壁がこの部屋の四方を、グルリと取り囲んでいる様な状態だ。それでどうして真っ暗にならないかと言えば、部屋の中を漂うように浮遊する4つの魔力灯のお陰だった。


 他にこの王の間に在る物と言うと、扉から部屋の奥へ向かって敷かれたカーペットと、そして今バージナル王が座る玉座のみ。これらが無ければ、或いは倉庫だと言われた方が逆にしっくりする。


「チェコロビッチが証言したように、貴様が手を貸して賊を逃がしたのか?」


 そんな倉庫みたいな王の間に、玉座に座るバージナル王の低い声が再び響く。それに対し、しかし島津将軍は、微動だにする事無く沈黙を守り続ける。


「…沈黙は是と見なすぞ?」


 変わらぬ島津将軍の態度に、呆れながらにため息を吐いてから、バージナル王がそう語りかける。それでも彼は、頑なに答えようとしない。


 問い質されて何も返さないでは、自分が不利になる事は十分に理解している。否定するなり、言い訳するなりしようと思えば出来た筈だ。


 しかし島津将軍は、そのどちらもしない。性格的に嘘が吐けない人物だし、みっともなく言い逃れしようとする人物でも無い。


 かと言って詳細を報告し認めれば、国に対する背信行為と疑われても仕方無い。実際、少し前まで彼の隣に居たチェコロビッチに、王の前で散々そう言われて耳にタコが出来ていた。


 そんなつもり更々無いが、かといって間違った事をしたつもりも勿論無い。故に島津将軍は、王直々の問い掛けにも関わらず、沈黙で答える事を選んだ。


 答えずとも肯定になるのなら、その方が変に誤解を招く事も無く、不用意な一言を発する事も無いからだ。


「全く、貴様は…どうしてそう頑ななのだ。嘘でも一言『違う』と言えば、後は俺が適当に話を合わせるものを…」

「申し訳ありません。」


 しかしどうやらバージナル王には、彼の考え等とうにお見通しだったらしい。だからこそこの場には、王と島津将軍のみしかいないのだ。


 ほんの10分程前までこの王の間には、先に挙げたチェコロビッチの他、護衛の兵士達は勿論の事、要職の大臣や軍部の幹部が多数集まっていた。しかし、今のやり取りを目撃されて、ここぞとばかりに島津将軍を追求する声が上がるのを恐れ、王自らが直々に話を聞くという体を取り、他の者達を退出させたのだった。


 つまり、最初に王が彼に向けて呟いた『失態』とは、賊を取り逃がした件に関してよりも、むしろ彼を貶めようとする一派に対し、弱みを見せた事に対する意味合いも含まれている。むしろ、そちらの方が強いと言っても良かった。


 だと言うのに当の本人は、王の期待する答えを理解した上で、それでも己の意地を貫いたのだ。ようやく返ってきた彼の返事を聞いて、しみじみと深い溜息を漏らしたい気持ちにもなるという物だろう。


「…もう良い、顔を上げろ。」


 呆れた様子で王にそう言われ、直ぐさま顔を上げる島津将軍。そんな所ばかり、素直に従う様子を見てか、王が再び溜息を漏らした。


「貴様が俺に背信する気など無い事は百も承知よ。しかし、賊を取り逃がして罰無しでは、他の者達が納得すまい。追って沙汰を報せる、それまで自室で待機していろ。」

「承知しました。」

「よし。ならこの件は、これで終いだ。」


 バージナル王の下した判断に、深々と頭を下げて返事を返す島津将軍。それを見て、満足そうに頷いたかと思うと、顔を上げた彼をキッと睨み付けた。


「それにしても、仲が悪いのは知っているが、もう少し穏やかに事を済ませられんか?こんな事でいちいち、仲裁させられる俺の身にもなってくれ…」

「お言葉を返すようで申し訳ありませんが、基本あの者の方から突っ掛かってくる次第で、私も困っているのですよ。」

「だとしても、だ。上手く立ち回ってくれと、そう言っているんだよ。」

「これでも一応、善処しているつもりなのですが…」


 そして睨み付けた途端、急にバージナル王が饒舌に語り始める。しかもそれまで見せていた、威厳在る堅苦しい態度とは打って変わり、まるで友人にでも接するような親しみやすささえ感じられる雰囲気でだ。


 急変した王の態度を前にして、しかし別段驚いた様子も無く島津将軍は、苦笑交じりに答えていく。姿勢はそのままだし、言葉遣いも変わらず敬語だが、見るからに雰囲気が柔らかくなった。


 彼が将軍職に就いてからだけでもおよそ50年。この世界に召喚された日から数えれば、更に足してもう数年。


 それだけの長い間、蟲人の脅威から共にこの国を護ってきた2人なのだ。その関係性たるは、単なる主従の関係で片付けられる程、簡単では無いのだろう。


「それよりも王よ、恐れながら申し上げます。」

「申せ。」


 そんな2人の語らいの時間も束の間、不意に表情を引き締めた島津将軍が、跪いたまま真剣な眼差しで王を見据え話を切り出す。それを受けてバージナル王の表情も自然と引き締まり、纏う空気が再び威厳在る物へと変化した。


「逃走した冒険者達の手配の件ですが、このままチェコロビッチめに一任させたままにするおつもりですか?」

「なんだ、何か問題か?」

「それはそうでしょう。彼奴めは、まだこちらの情勢を知りません。もしも大々的に手配書を配布して、それが万が一にも魔王やあの『怠惰』の目に留まったら大事ですぞ?」

「あぁ、その事か…」


 真剣に進言する島津将軍に対しバージナル王は、その言葉を聞いて途端につまらなそうな表情となり、呟くようにそう答えた後不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「仮にそうなったとしても、別に問題は無い。いくら銀翼が魔王のお気に入りだとしても、先に我が国の領土を侵犯したのはあちらだ。魔王に文句を言われる筋合いなど無いわ。『怠惰』とて、それは同じよ。」

「ですが…」

「それにだ。よもや貴様、手配書が出回った程度で、仮にも金等級が簡単に捕まると思って居るのか?」


 自分の意見に否定的なバージナル王の言葉を聞き、更に何か言おうと口を開こうとする島津将軍。しかしその言葉は、更に続いた王の言葉によって遮られる。


 そのまま口に出かけた言葉を飲み込んで、王の問い掛けに神妙な面持ちを向けて押し黙る。何せその問い掛けは、今正に彼が王に対し告げようとしていた言葉に、他ならなかったからだ。


「そうと解っていて、何故許可を出したのです?」


 暫くの沈黙の後、王の質問に質問で返す島津将軍。本来であれば不敬も良い所だが、しかしそれを咎める者は誰も居ない。


「それでも、魔力を使い果たしていたなら或いは――と、そう考えたまでの事よ。貴様は逃がしたいのだろうが、もしもあの亜人の力を取り込む事が出来れば、前線を押し上げる事さえ可能だろう。」


 そしてバージナル王も、その事に別段気にした様子も無く、彼の質問に淡々とした口調で答えていく。やがてそこまで言い終えた所で、不意に表情を弛めて苦笑を浮かべた。


「しかし、半日過ぎて結果が出なければ、それ以上は期待するだけ無駄だろうがな。空間魔術の使い手が本気で逃げに徹したら、誰も捕まえる事等出来んだろう。」

「では?」

「あぁ。頃合いを見て、俺の方で直接手配書を取り下げさせるつもりだ。それまでは、精々奴の好きにさせてやれ、そんな事で奴の気が済むのなら易いだろうさ。」

「解りました。その件に関しては、王の考えに従います。」


 その王の返事を聞いて島津将軍は、深々と頭を下げながらも含みのある言葉で答える。その直後、王の表情から笑みが消え去った。


「…他に、何か進言したい事が在るのならこの際だ、申してみろ。」

「では、遠慮なく申させていただきます。捕らえた獣人と、有翼族の処遇についてです。」

「やはりそれか…」


 促されるまま切り出された、その島津将軍の話題を耳にした途端、バージナル王の表情が険しい物となった。言葉の端から察するに、その話題が為される事を最初から予想していたのだろう。


 なにせ、自身の責を問う周囲の言葉に対して、まるで涼しい表情をしていた島津将軍が、メアリとバァートンの処遇に関し決定が下された瞬間、鬼のような形相を浮かべていたのだから。


「少し剣を交えましたが、黒豹の女性の戦闘能力は非常に高く、聞けば元銀等級冒険者との事。有翼族の男性の方は、実戦経験は乏しいようですが、あの魔導王朝で一通りの教育を受けています。無論、かの国が秘匿する『翅魔術』を、使用出来るのも確認済みです。後方部隊に組み込むには、打って付けの人材かと考えます。」


 それならばとばかりに、島津将軍の訴える言葉が更に続く。その言葉を王は、真剣名表情でじっくり吟味するように聞き入っている。


「両名とも、前線に送り込めば有益な戦果が期待出来るでしょう。ですからどうか、あの者達の身柄を私めに預けていただきたい。」


 それに確かな手応えを感じたのだろう、島津将軍の語る口調に熱が籠もるのが伝わって来る。バージナル王にも、その熱意はしっかりと伝わった事だろう。


 島津将軍の言葉を最後まで聞き終えたバージナル王は、徐に両腕を組んで考え込む仕草を見せる。そして暫くの沈黙の後、大きく深呼吸を一つ吐いてから口を開く。


「…貴様がそこまで言うのだ。ならば、そうなのだろう。」


 その口から紡がれたのは、紛れもなく島津将軍の訴えに同意を示す言葉だった。その王の言葉を耳にして、彼の表情が僅かに緩む。


「では――」

「しかし、今すぐという訳にはいかん。」


 だが、続けざまに告げられた一言によって、その表情が一瞬にして険しい物となった。


「解るだろう?今回の件で、貴様を貶めようとする勢力が、これ幸いとばかりに責任を追及してきたのだぞ。それなのに、貴様が庇ったと言う亜人共を処置無く貴様の下に加えれば、益々其奴等が増長するのが目に見えていようが。」


 そんな島津将軍に対し、バージナル王の諭すような言葉が彼へと向けられる。しかしその甲斐も無く、見るからに落胆していく彼の姿を目にし、困り顔で溜息を漏らす王。


「…せめて、銀翼共が連れ去ったという異世界人の娘を貴様が確保していれば、賊を追い払ったという面目も立っていただろうが…」

「返す言葉もありません。」

「心にも無い謝罪の言葉など要らぬ。どうせ貴様の事だ、その件に関し後悔などしておらんのだろう。」


 困り顔で釈明する王に対し、島津将軍のあからさまに上辺だけと解る謝罪の言葉が返される。それに直ぐさま気が付いた王は、不愉快そうな表情を浮かべ窘めの言葉を口にした後、軽く咳払いをして表情を引き締めた。


「…亜人共に関しても、いずれ貴様の預かりになるように手配はしておく。チェコロビッチにも、俺の方から釘を刺しておこう。今はそれで辛抱しておけ、これ以上下手な行動を取るでないぞ、良いな?」

「承知しました。」


 その警告に対し、素直に頭を下げて同意を示した島津将軍。しかし、彼が何かを我慢するように、その拳を強く握りしめる所を、バージナル王は見逃さなかった。

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