表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣道少女が異世界に精霊として召喚されました  作者: 武壱
第四章 軍国編
245/398

改編期に向け、新番組制作中(9)

「まぁ良いですわ。それよりも――」


 そんなしょうも無い事を考えていると、お面で遮った向こう側の人物が、不意に真剣な口調で会話を再開し始める。その伝わってくる彼女の雰囲気にあたしは、顔を覆う狐面を少しずらし表情を引き締め、直ぐさま聞く体勢を整えた。


「――優姫さん。貴女の事情は、エイミーから伝え聞いています。ですからはっきりと申し上げますけれど、貴女がこの件に関わるべきではありません。」

「…でしょうね。」


 次いで、ハッキリとした口調で彼女にそう断言される。それに対しあたしは、思わず自嘲気味に苦笑を浮かべて、肩を竦めながらそう答えてしまった。


 あたしが不用心にルアナ大陸に渡り、万に一つもバージナルに捕まれば、色々と不味い事態に発展するだろう。その事を、自覚していない訳では決して無い。


 『異世界人が精霊としての力を持ち合わせている』それが公になれば、そんな事を可能にした存在が誰かという、犯人捜しが行われるのは明白だ。


 そうなれば自然と、精霊神であるイリナスに疑惑の目が向けられる事になる。異世界人召喚術に最も否定的だった女神が、自ら禁を犯して異世界人を召喚したんじゃ無いかという疑惑がだ。


 もしもその疑惑を抑え込む事が出来無ければ、遠からず異世界人召喚術禁止条約は、形骸化して裏で行う国がまた出てくるだろう。そうなったらきっと、護身の術を持たないメアリーのような被害者が、多く出てしまうかも知れない。


 それを承知の上で、この件に首を突っ込もうとしている――


「だからあたしは、この場に残るべきだ――なんて、今更言わないわよね?」

「いいえ、まさか。もう(わたくしに)に、貴女を止める気はありませんわよ。むしろ、言い出したのなら、きっちりとその責任を取りなさいな。」


 ――その事に自覚的なあたしは、だからこそ口角を吊り上げ嫌味ったらしく嘯く。確かに、取り返しの付かないリスクがあるけれど、だから指を咥えてジッとしてろなんて事、あたしには到底出来そうに無かった。


 そんなあたしの考えを悟ってか、途端に疲れた様な表情となったシフォンが、ため息混じりにピシャリと一喝する。それを耳にしたあたしは、よもやそんな風に言われると思っていなかったので、思わずキョトンとしてしまう。


 てっきり、小言の一つでも返ってくると思ったんだけどね。


(わたくし)が伺いたいのは、そうと解っていて尚、貴女が彼女の為に尽くす理由――ですわ。」


 そんなあたしを彼女は、睨み付けるような鋭い眼差しで見据え、語気を強めて問い質す。その詰め寄る迫力は、さながらドラマなんかで見た事のある、取調室で尋問する刑事の様だ。


 さっきのやり取りで、あたし達が真面目に考えていると言う事は、シフォンにもちゃんと伝わっただろう。しかし、あたし達がそう思うに至った迄の肝心な動機の部分が、今ひとつ理解出来ないらしい。


 まぁね、国家を相手に喧嘩を売ろうとしてるのに、ただ見過ごせないからなんて子供みたいな理由で、納得しろなんて方が無理な話よね。他意の無い善意なんて、献身と呼べば聞こえは良いけど、見る者からしたら狂気の沙汰と紙一重なんだから。


 これは、いつもの調子でおちゃらけた返事をして、場を濁すなんて許さないって雰囲気ですね解ります。かと言って、有り体に同じ異世界出身だからだと言っても、きっと納得してくれないんだろうなぁ~


 とは言え、改めて『何故』と問われても、なかなかどうして返事に困る。なにせ思い上がりも甚だしく、青臭いにも程があると、自分でも自覚しているからだ。


 産まれからして人は、平等では決して無い。なんてよく聞く話だけれど、しかしだからって異世界に飛ばされてまで、それが適用されなくたって良いじゃないか。


 方や、エイミーを通しイリナスに召喚され、特に不自由なく今まで過ごしてきたあたし。方や、たった1人で何処とも知れない場所に放り出され、あれよあれよと自由の無い奴隷として過ごしたメアリー。


 多くのラノベに登場する主人公みたいに、万難を自力で乗り越えられるような、奇想天外で奇天烈なチート能力なんて無くて良い。そんな、扱いに困りそうな物なんかよりせめて1人。


 たった1人だけで良い、彼女の傍に優しい人が居てくれたのなら…あたしの傍に、いつもエイミーが居てくれたみたいに。


 クローウェルズで、同じ世代の子が奴隷として扱われていると知らされたあの時、余りにも恵まれたあたしとの乖離さに、一方的に罪悪感を感じていた。もしもあたしが、その立場だったなら…なんて、考えても仕方無い事まで考えた始末だ。


 そんな思いに突き動かされ、居ても立っても居られなくなり、遅ればせながらここまで来たのだ。だからこれは、その時感じた罪悪感を払拭したいが為の、ただの自己満足に過ぎない――


「…別に、大した理由じゃ無いわよ。」


 ――しかしだからこそ、それをそのまま口にするのは、どうしても憚られる。自らの置かれた境遇に、一度は心が折れそうになりながら、それでも自らの足で立ち上がろうとする彼女の前では。


 襲い掛かる脅威に、誰もが英雄のように毅然とした態度で、果敢に立ち向かう事なんて出来無い。人の心は、未成熟な程に壊れやすく、故に弱く、故に儚く、故に脆いのだ。


 自分の身を護る事も出来ずに、ただ恐怖に震える事しか出来無かったメアリー。しかしそんな彼女が、誰かの為に奮い立ち、一度は抵抗する事さえ諦めた恐怖に、自ら飛び込もうとしている。


 そんな彼女に対して、あたしの身勝手で独り善がりな罪悪感を持ち出すのは、お門違いも良い所だろう。故にこの『理由』は、厳重に鍵を掛けて心の奥底に仕舞い込み、墓場の中まで持って行くのが正解だ。


「自分1人じゃどうしようも無くて、助けを求めている子が今目の前に居る。理由なんてそれで十分じゃ無い。ねぇ?」

「うん!」


 だからあたしは、悪びれも臆面もせずに、清々しいまでに開き直って、堂々と建前を宣言する。だって、少なくともオヒメにとっての動機は、狂気の沙汰と紙一重な献身から来る衝動で、間違い無いのだから。


 ただただ真っ直ぐに、己の正義感を信じその手を振りかざした小さな暴君は、あたしの言葉に満面の笑みで頷き応える。たったそれだけの事なのに、その笑顔がとても眩しくて思わず目を細めた。


 そしてそのまま、逃れるかのように顔を背けたあたしは、改めてメアリーへと向き直る。見ると彼女は、期待と不安が入り交じった表情で、こちらの話が終わるのをジッと待っていた。


「…誰かの為に動き出したくて、だけど想いだけじゃどうする事も出来無くて…途方に暮れて泣き出してしまったら、きっと益々動き出せなくなるから、ひたすら涙をぐっと堪えて我慢している。そんないじらしい子が、今目の前に居るのよ。これで手を差し伸べ無いで何時差し伸べろって言うの?」


 向き直ると同時、シフォンとメアリーに向けて言葉を尽くす。あたしにとっては建前だけれど、オヒメにとってそれが嘘偽りの無い思いの丈だと知って欲しくて、信じて欲しくて…


 言葉を続ける内、遅ればせながらメアリーに向き直ったオヒメの背中を、ソッと押して前に立たせる。


「う?」


 すると、キョトンとした表情で振り返ってくるオヒメに対し、苦笑気味に微笑んであたしは、顎を動かし先を続けるように促した。ここから先は、あたしの言葉なんかじゃなく、彼女の言葉で続けるべきだろう。


 何の迷いも無く、真っ先にメアリーの求めに応えたのは、他の誰でも無いオヒメなんだから。ならばこそ決め台詞を彼女に告げて、その不安を払拭する役もこの子であるべきなんだ。


「お姉ちゃんのお友達、きっと助けてみせるよ!!だから安心してね!!」

「あ…ありがとうございます!!」


 そしてオヒメは、メアリーが期待していたであろうその台詞を、ニッコリお日様の様な明るい笑みを浮かべ、ハッキリとした口調で堂々と宣言する。それは、確固たる決意の元に約束された、誓いの言葉だ。


 その言葉に対し、ホッと安堵の表情を浮かべてメアリーは、直ぐさま勢いよく頭を下げてお礼を述べる。そして彼女は、暫くそのままの恰好で動かない。


「…お姉ちゃん?」


 それを心配に思い、オヒメが声を掛けると同時、頭を下げたままの恰好で彼女の肩が小刻みに震え出す。と同時に、上空に舞い上がる白銀の粒子とは反対に、キラキラと光る雫が地に向かって滴り落ちる。


 どうやらオヒメの言葉を聞いて気が緩み、それまで必死に抑えていた様々な感情が、堰を切って押し寄せてしまったんだろう。ずっと気を張っていたんだし、無理も無いけど…


「…ようやくスタートラインに立てただけで気を抜いてちゃ、これから先が思いやられるわね。」

「ッ!?そ、そうですよね!ごめんなさい…」


 お辞儀を続けるメアリーに対し、苦笑交じりに語りかける。すると直後、慌てた様子で顔を上げ、涙を拭いながら応えてくる彼女。


 その様子に思わず呆れながらに溜息を漏らし、そして――


「…お礼の言葉も謝罪の言葉も、今はまだ必要無いわよ。」

「え?」

「それを、まず先に伝えたい人達が居るんでしょ?だったら今は、その人達の無事だけを祈ってれば良いわ。」

「ッ!」


 ――あたしの口を衝いて出たその言葉を聞き、彼女の表情が一瞬ハッとなった。


「お礼、自分の口で伝えたいのよね?それは、人として大事な心がけじゃない。」

「は、はい…はいッ!!」


 尚も続くあたしの言葉に、彼女の瞳が見る見る涙目へと変わっていく。やがてその目尻に再び、玉の様に大きな涙が浮かび上がるのだけれど、しかしそれを決して流すまいと、寝間着の裾を強く握りしめながら堪え、2度3度と大きく頷きながら答えてくる。


 やれやれ全く、見かけによらず結構頑固な子ね~悔しくて涙を流す事何て、別に恥じる事でも無いって言うのにね。


 ましてそれが嬉し泣きなら、気にせずどんどん流せば良いだろうに。無理に堪えようとする方が、よっぽど身体に毒ってなもんだろう。


 そんな彼女が、気にせず涙を流す為にも――


「――契約をしましょう。」

「…え?」


 そう告げてあたしは、メアリーに向かって右手を差し出す。思いも寄らない言葉を耳にした所為か、半べそをかきながら差しだされた手とあたしの表情を、交互に見やる彼女。


「ある止ん事無き事情でね、この身は生身なれど――」


 そんな彼女の様子を放置し、更にそう言葉を続けてあたしは、空いた左手の親指で自身の胸を指差す。


「――あたしの()()には、決して折れぬ事無く、曲がる事無く、刃毀れさえする事の無い刃が収まっている。」


 あたしがそう告げると同時、横に居るオヒメが無言で頷いたのが、気配で伝わって来る。それを目にしたらしいメアリーが、真っ直ぐあたしの目を見返してくる。


「あなたがこの手を掴めば、その2人を助けるまで決してあたし達が諦める事はない。けれど同時に、覚悟もして欲しいわ。この手を掴めば、あなたの望まない犠牲が出るかも知れないし、望まぬ結末にも成るかもしれない――」


 これから敵の本拠地に乗り込もうというのだ、どんなに穏便に済まそうとしても、少なからず戦闘は免れないだろう。ならば最悪、片手で数える位の犠牲は、覚悟しておくべきだろう。


 或いはあたし達の中から出るかも知れないし、敵の兵士達から出るかも知れない。戦闘に巻き込まれて、捕まっている2人が犠牲になる事だってあるだろうし、何の関係も無い市民を巻き添えにするかも知れない。


 或いは、或いは、或いは――と、数え出したらそれこそキリが無い。その事に彼女が、無自覚のままでいる事は、決して赦されない――


「――()()()()、どんな犠牲を払ってでも、自分の我が儘を貫きたいのなら、この手を取りなさい。」


 ――だって、撃鉄を起こし引き金を引く役目は、メアリーを置いて他に居ないのだから。それが、あたし達に助けを求めた彼女が、支払うべき代償なのだ。


 故に契約――オヒメが飴を与えたいと言うのなら、あたしは喜んで鞭の役を買って出よう。それもあたしの役目の1つに違いないから…


「そうしたらあたしは…あたし達は、あなたの身を焦がすようなその情念を連れて、三千世界の果て迄だって付き合ってあげるわ。」


 そこまで言い終えてあたしは、真っ直ぐメアリーの目を見つめ返しながら、差しだした手はそのままに、彼女の反応をジッと待つ。最初の内は躊躇っていたけれど、やがて意を決した表情を浮かべると――


 ――ガシッ「…良いのね?」


 ――握り替えされたその手を見つめ、彼女に対し最後通告をつきつける。ここから先は、決して引き返せぬ茨の道だ。


「はい。」


 それは、彼女も十分理解しているのだろう。あたしの問い掛けに対し、力強く頷きながらそう答えるメアリー。


「…オッケー!」グイッ!

「ッ!?キャッ!」


 その返事を受けてあたしは、直ぐさま口の端をつり上げて、握り替えされた彼女の手を強く掴んで引き寄せる。すると、余りに突然な事で驚いた彼女が、小さく悲鳴を上げて前のめりに倒れ込んでくる。


 そしてその身体を、空いた左腕で抱き止め支えたあたしは、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、目を丸くするメアリーの顔を覗き込んだ。そして――


「例えあなたが途中で諦めようと、泣いて止めようとしたって、この契約が破棄される事なんてない。質の悪い女に捕まったと、後になって後悔したってもう遅いんだからね?」


 ――その心に、契約の証したる呪いのような言葉を、しっかりと突き立てるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ