改編期に向け、新番組制作中(6)
「すごいね、こりゃ…」
「えぇ。まさか既に此処までの力を付けていらっしゃるだなんて…」
そんな歓待の声を受け、3人共まだ驚きが抜け切れていない様子だ。けれど、状況は飲み込めたらしく、次第に余裕の表情が戻ってくる。
良い傾向よね、心にゆとりが出来た証拠だもの。追っ手が差し向けられたって状況で、楽観視出来ないってのに、馬鹿みたいに明るく振る舞った甲斐があったってもんだわ。
彼女達が奴隷として囚われていた、メアリーを連れてルアナ大陸から逃げ帰ったと解った時点で、こうなるだろう事は簡単に予測出来た。だってここミッドガルは、バージナルに物資を送る為に存在している港町なんだもん。
逆を言えば、バージナルで何か起きた際には、まず此処を通してライン大陸各地に情報が伝播される訳だ。なら、各地に送られる手配書だって、まずは此処に送られるのが当たり前だ。
それに、ライン大陸とルアナ大陸を繋ぐ回路は、ここミッドガルを含め3つしか存在しない。つまり、ルアナで問題起こした手配犯が、海を渡り逃げる先もその3つなのだ。
なら、ほんの数時間前に魔法で逃走した彼女達が、ここを含む3つの港町で回復を図る為隠れ潜んでいると敵が考え、街に検問を敷く様に指示を出しても何ら不思議じゃ無い。まぁ、こんな早く追っ手が差し向けられるとは、流石に思ってなかったけどね。
ともあれ今頃は、彼女達を探しに現れた兵士達は、部屋の様子を見てビックリしてる頃でしょうね。なんせ、人っ子1人居ないどころか、家具すらこっちに持って来ちゃってるし(笑
ホテルのアメニティとか持って帰る人が、たまに問題になってニュースで取り上げられたりするけれど、世界広しと言えど流石に備え付けの家具を、全て持ち去った人は居ないでしょうね。あ、でも絵画とかカーテンは置いてきたよ?
あ、勿論ちゃんとタイミング見計らって、兵士達が引き上げた後戻しとくよ?いくら追っ手を撒く為とは言え、無関係の宿に迄迷惑掛けらんないしね~
しっかし、追っ手を差し向けるこの手際の良さが、もし島津将軍の采配なら流石なんでしょうけど、話を聞いた限り彼も腹の内はこっち側だと思うのよね。となると誰がって話になるんだけど、やっぱり話に出てきたもう1人の異世界人…
「優姫。」
「うん?」
こんなに早く追っ手が掛かった裏について、思わず考え込みそうになっていた所を、エイミーに声を掛けられ中断する。いかんいかん、一息吐いて油断してたわ。
例えどちらの手によるものだったとしても、あたしが彼女達と合流した以上、そう簡単に捕まる事はない。なんせ、この世界でも類を見ない、万全のセキュリティーが施されたシェルター持ちが、彼女達のアシストしてんだかんね。
けどまぁ、島津将軍は勿論としても、もう1人の異世界人も油断成らない相手と思っておこう。仕事の出来る人って、先手先手を打つのが上手いからね。
まぁそれはさておきとして、エイミーの呼びかけに視線をそちらへ向ける。そこには、何時もの様に困ったような笑みを浮かべ、椅子から立ち上がる彼女の姿があった。
「一息吐くのも良いですけど、バージナル側も既に動き始めた様子ですし、私達もそろそろ今後の方針を決めませんか?」
「えぇ、そうですわね。」
「だねぇ。」
そう切り出した彼女の言葉に、追っ手をやり過ごして僅かに緩んだ場の雰囲気が急に引き締まった。シフォンとリンダの表情が、一瞬で真顔に戻ると直ぐさまその言葉に頷きながら答えを返した。
オヒメ達看病組も、やはりこちらが気になるのだろう、こちらに視線を向けている様子だ。更に譲羽さんまでもが、彼女の切り出した言葉に反応しジョンを愛でるのを止め、重たい腰を上げてこちらへと向かってくる。
その一方で明陽さんは、この状況を楽しんでいるのだろう、ニヤニヤしながら椅子にふんぞり返っている。全くこの人は、どんな時だって太々しいんだから。
そしてあたしはと言えば…
「…優姫、良いですよね?」
未だ目覚めぬメアリーを見つめていると、再びエイミーの呼び声が聞こえてくる。確かに彼女の言う通り、そろそろあたし達も今後の事を決めて、行動に移るべきなんだろう。
けれどあたしは、どうしてもメアリーから話を聞きいた後に、今後どう動くのか話し合いたかった。だって、今この騒動の中心に居るのは、紛れもなく彼女なんだから。
その彼女を抜きに話を進めるのは、どうも違う気がするんだけど…
「…えぇ――」
それも仕方無いかと自分に言い聞かせて、エイミーに向き直り返事を返そうとした瞬間――
「――ウ、ウゥ…」
「…う?ママッ!このお姉ちゃん気が付きそうだよ!!」
――待ちに待った待望の報せを耳にし、言いかけた言葉を飲み込んであたしは、口元を弛めて安堵の吐息を漏らした。そして直ぐさま、深い眠りより目を覚まさんとしているメアリーの元へと歩き出す。
「聞いての通りよ、エイミー。悪いんだけど、もう少しだけ待ってもらうわね。」
「もう…解りましたよ。」
歩き出すと同時、悪びれもせずに謝罪の言葉を口にする。その言葉を耳にしたエイミーは、何時もの困ったような笑顔を浮かべ、やれやれと言った感じに溜息を吐いた後、右へ倣えよろしく眠り姫の元へ。
「なんじゃなんじゃ、またお節介かのぉ?好きじゃなぁ御主も。」
そんなあたし達の様子を、椅子に座ったまま茶化し始める明陽さん。そこに、彼女の元までやって来た譲羽さんが、呆れた様子でため息を吐いた。
「大将、アタイ等も。」
「えぇ。」
少し遅れて、背後からそんなやり取りが聞こえてくる。そしてほぼ同時に伝わって来る、あたし達の後を追って動き出す彼女達と、そこへ駆け寄るジョンの気配。
「一体なんなのかしら?」
「さぁ~?ま~た置いてけぼりだね、わたし達。」
「あんたがずっとこっちで寝てばっかだからでしょ!良いから行くわよ夜天。」
「ほぉ~い!」
更に遅れて、そんな暢気な会話も聞こえてくる。あの子達ってほんと、タイミング悪いのよね~
ともあれ、そんなこんなでメアリーの眠るベッドの周りには、あたし達によって人垣が出来上がった。まるで、入院した患者を見舞う為に集まった、親戚一同のような状態だ。
「ウゥッ…ウッ!」
しかし肝心の彼女は、まだ目を覚ますに至らない。けれど、さっき迄と比べて睡眠が浅くなったようで、うなされるだけじゃなく激しく寝返りをする様になっていた。
これなら何時起きても…と言うか、むしろ起こした方が良いかしら?
そう思い屈んだ直後――
「…ハッ!?」ガバッ!!
――それまで固く閉ざされていた彼女の瞼が、両目ともカッと見開かれたと思いきや、寝かされていたベッドから勢いよく飛び起きた。
それを、間一髪の所で避けたあたしは、流石にちょっと心臓バクバクです。あっぶな~もうちょっとで頭ごっつんこして、お互いの心と身体入れ替わる所だったわ。
「...Where are we?(…ここはどこ?)」
「You finally woke up!ようやく気が付いた!!」
「Are you okay?(大丈夫?)」
譫言のようにそんなお決まりの台詞を呟くメアリーに、すっと看病していたミリアが、我先にと明るい声を上げてその目覚めを喜んだ。同じ白人のよしみって訳じゃないだろうけど、一番心配そうにしてたの、きっと彼女だからね。
そしてあたしも、遅ればせながら彼女を気遣い声を掛ける。それとほぼ同時、顔をこちらに向けてきたメアリーが、あたし達の存在を目の当たりにして驚きに目を剥いた。
「Who are you!?(誰ですか!?)」
しかしそれもほんの一瞬、次の瞬間には恐怖にその表情が強張り、反射的に身を退いてあたし達から距離を取ろうとする。彼女からしたら、飛び起きたら突然知らない人達に囲まれていた様な物だし、その反応も無理ないだろう。
けど仕方無いとは言え、実際に目の前でそんな反応されるとショックだわ。事情が事情だから、怯えさせないように笑顔だったんだけどね~
ともあれ、ここから先は例によって、同時通訳で進行します♪
「そう怯える必要は無いよ。あんた、アタイ等の事解るかい?」
「えっ?」
状況が飲み込めず怯えるメアリーに対し、困り顔のリンダが苦笑しながら話掛ける。その声がしっかり耳に残っているのだろう、咄嗟にそちらへと顔を向ける彼女。
「あ…あなた達は…」
そこに立つ3人の姿を目にした直後、怯える彼女の表情がほんの少しだけ和らいだ。そこにすかさず、シフォンの優しく柔らかい微笑みが向けられる。
「目が覚めて良かったですわ。安心して下さいまし、ここに居る方々は私達の仲間ですわ。」
「あぁ、もう怖がる必要は無いんだよ。ねぇ?」
「は、はい!」
安心させる為だろう、態とゆったりとした口調でシフォンが語りかける。次いで、その言葉を後押しする様なリンダの台詞と続き、同意を求められたジョンが力強く頷きながら答える。
そんな3人の反応をしばし呆然とした表情で眺めた彼女は、その表情のまま声も上げずに、その場に居合わす全員へと、順に視線を向けていく。そんなメアリーをあたし達は、努めて明るい笑顔を浮かべて出迎えた。
順を追う毎に彼女の表情からは、不安と緊張から来る強張りが、段々と抜けて行くのが見て取れる。しかも律儀な事に、あたし達から少し離れた明陽さん達にまで、視線を向けたようだった。
「ッ!!」
しかし次の瞬間に気が付く、それが性格からくる律儀さとかで無く、ここに居ない誰かの影を探しての事だと気が付く。一通り全員を見渡した後に彼女は、急に顔を強張らせ、取り乱したかのように周囲を慌てて見渡し始める。
そんな彼女にあたし達は全員、誰も何も語りかけられなかった。彼女の望む言葉を、誰1人として持ち合わせていないから――
「あ、あの!私と一緒に捕まってた人達は何処ですか!?」
――けれど、何時までもそのままという訳にも行かない。幾ら探しても目当ての人達が見つからず、不安そうな表情をしたメアリーが、あたし達に向かって意を決し問い掛けてくる。
「バァートンさんと…メアリーさんはッ!?」
その問い掛けに、誰もすぐに答えられず押し黙ってしまい、重苦しい雰囲気がその場を支配する。今にも彼女が、泣き出してしまいそうな位に目が潤んでいたというのも、言い出せない理由としてあっただろう。
恐らくは彼女自身、あたし達の態度で既に事実に気が付いている筈だ。けれど、それでもきちんと言葉として告げられて、しっかり受け止めたいんだろう――
「…すまねぇ。」
「ッ!」
――そんな彼女の想いに応えるべくリンダが、重苦しい沈黙を破りただ一言、どうにかこうにか絞り出す。その僅かに震える声音からは、悲壮感がヒシヒシと伝わってくる。
「…私達の力では、貴女を連れて逃げるのでやっとでしたわ。」
「そう…ですか…」
そんなリンダの気持ちを補うように、言い難そうなシフォンの言葉が後に続く。それを耳にしたメアリーの落胆する様は、見ていて辛かった。
けどあたし達よりも、きっとリンダ達の方がもっと辛かっただろう。だからこそ、嫌な役を押し付けてしまったと思う反面、しかしこれで良かったのだろうと思う。
だって、後からやって来たあたし達が、軽々しく立ち入って言う事じゃ決して無いもの…