改編期に向け、新番組制作中(4)
ま、それはそれとして…
明陽さんの返事を聞いて、呆れながらに溜息を吐いて返した後、視線をその隣に座るエイミーへと移す。見ると彼女は、申し訳なさそうな表情をして、顔の前で両手を合わせ謝罪のポーズを取っていた。
あたしが軍国の噂を耳にしたのは、彼女によってこの世界に召喚されたその日だ。と言う事は、噂の真偽を知った上で彼女は、敢えて隠して説明した事になる。
まさか彼女も、こんな形であたしに隠していた事を、暴露されるとは思ってもみなかっただろう。あたしも、ここまで一緒に旅を共にした彼女の口から、出来ればちゃんと教えて欲しかったわ。
「それより優姫よ、疑問は解決したかのぉ?」
「えぇ、御陰様で。」
そんな事を考えつつ、エイミーの様子に苦笑しつつ嘆息を漏らしていると、再び明陽さんに話しかけられ、そちらに視線を戻しつつそう答える。
「では、御主の考えを聞かせて貰おうかのぉ。何故その様な茶番が必要じゃったと思う?」
するとすかさず、意味深な笑みをこちらに向けてそんな事を聞いてくる彼女。そんな彼女を前にして、思わず深い溜息を吐き出した。
なる程、答え合わせって訳ですか…ったく、あたしの事試すだけの為に、エイミー達に迷惑掛けないであげてよね…
一応シフォンとエイミーに視線を向けて、2人の反応を伺ってみる。すると2人共、困った表情を浮かべながら、しかし止めに入る様子も無い。
もう諦めて静観する事にしたらしい。ほんと、うちのロリババァがすいません…
「…そうしなければ成らなかった理由は、幾つか在ったと思います。けど最大の理由は、異世界人召喚術を使用する機運を未然に防ぐ為…ですよね?」
「ほぉ?」
ともあれ、そんな彼女達同様観念したあたしは、視線を戻し自分の考えを口にする。シフォンの話と明陽さんの暴露話を、どう繋げればそんな物の見方が出来るのかと、普通だったらそう思うだろう。
実際、チラッと室内に視線を巡らせれば、こちらに顔を向けるリンダやジョンなんかは、頭に疑問符を浮かべている様子。まぁ、まだ戸惑ってるってのも大いにあるんでしょうけど。
けど、そもそもの前提が間違っていたんだもの。イリナス以外の参加者全員が、バージナルのしでかした事を把握してたってんなら、大分物の見方が違ってくるのは当たり前だ。
「何故そう思い至った?」
「多分ですけど他の王様達は、島津家の人が将軍職に就く事を、噂が立つもっと以前から知らされていたんじゃ無いですか?んで、彼がその地位に就く事を全員が受け入れていた。」
次いで問い掛けられた彼女の質問に対し、はっきりとした口調でそう言い切る。確証がある訳じゃ無いけれど、しかし明陽さんの言う通りなら、軍国が異世界人を将軍職に据えようとしている動き所か、軍国に所属する有力な異世界人の情報だって、掴んでいても可笑しくない筈だ。
いくら何でも、何の実績も無い人をいきなり将軍職に就ける訳が無いもんね。きっと他の王様達も、軍国が召喚した島津家の人が指揮に長けている事を把握して、以前から評価していたんじゃ無いかしら?
仮にもし、シフォンがさっき説明してくれたように、島津家の人が指揮を執る事によって、約5割もの戦死者が減るという見込みが、前もって為されていたとしたら?或いは他の王達の方こそ、島津将軍の軍総指令就任を喜んだだろう。
だって、蟲人の進軍を食い止める為真っ先に宛がわれる戦力は、人以外の種族から成る奴隷兵達なんだもん。幾ら世界の為とは、元自国民かも知れない奴隷達の命が、悪戯に散っていくのを食い止められるんだったら、多少の不正に目を瞑る位するでしょうよ。
「異世界人召喚術を行ってるって噂の絶えない国が、表だって異世界人を要職に就けようってんだもん。他の国の協力無くっちゃまず無理よ。」
「もしそうだとして、じゃぁなんの為の条約なんだい。アレを取り付ける為に、世界中の国々がバージナルを援助してるんだよ?」
続けてあたしがそう語ると、黙っていられなくなったのか、横からリンダのそんな質問が投げかけられる。彼女の疑問は尤もだけど…
「じゃ仮に条約違反として扱う事にしましょう。そうなると当然軍国は、その制裁として様々な援助を受けられなくなるでしょうね。でもそうなったら、誰も得をしないじゃない。条約を取り付ける為盛り込まれた援助の真の狙いは、蟲人の進行によって被害が出る軍国の死者数を、奴隷で賄い国力を維持させる為なんだから。」
彼女の質問に対しあたしは、素早く切り返しそう答えた。それを聞いて、ギョッとした表情をするリンダに向けて更に続ける。
「前線の維持は、軍国主導で行われてるんでしょう?ならバージナルには、ある程度の国力を何が何でも維持して貰わないと困るじゃ無い。なのに援助を打ち切ったら、戦力である奴隷兵の補充が出来無くなって、軍国の戦力が衰退していくのが目に見えてるわ。」
戦争において国が受ける甚大な被害が何かと言えば、それは『人』以外に無いだろう。人命が何よりも尊いってのが当たり前だとして、何をするにしたって人の手が必要に成るのは当然だ。
国を護るにしたって人手が必要なのは当然だけど、そこにばかり人手を割いても居られない。街を維持する、畑を耕す、経済を回すetc.
それら、人が暮らしていく為に必要不可欠で在り、同時進行で行っていかなければならない事だ。それらが滞る事無く、効率よく回る事で国が発展していく。
しかしひとたび戦争が起きれば、国を発展させていく上で最も必要不可欠な、人手そのものが浪費されてしまう。民を護る為に国を維持しないといけない以上、国防に最低限の人員を回す必要がある。
その最低限を割り込めば、余所から回すより他は無い。それが長く続けば続く程、国の運営は滞っていき結果国力が低下していく。
国同士の戦争なら、勝った国が負けた国を吸収したりして、国土のみならず戦争で失った人手も補充する事が出来る。けど、軍国がずっと行っている戦争は、幾ら勝利した所で名誉以外に得るものが無いのだ。
ルアナ大陸の不可侵エリアへの領土が取り戻せる訳でも無く、戦死した兵士達が戻ってくる訳でも無い。ただ消費するしか無い戦争を、今までも、そしてこれからもずっと繰り返している。
そんな果ても救いも無い戦争を、半ば意地で続けるバージナルが取った手段が、異世界人召喚術であり、流石にそれはともの申した者達の解決案が、奴隷市場の6割にも成る独占権って所でしょうね。支援物資の引き上げは、奴隷を一気に流入させる事で起こる問題に対する措置でしょうね。
つまり…
「例え軍国が条約違反を行っていたとしても、蟲人達の侵攻を防ぐ防波堤として健在な内は、他の国々も支援の輪を断ち切る訳には、簡単には出来ないでしょうね。まぁ、他にその役を受け持つって国が、名乗りを上げたらまた別でしょうけどね。」
「他の国にそんな事期待するだけ無駄じゃよ。」
そこまであたしが説明し終えた所で、如何にも面白がっている風な笑みを浮かべて、明陽さんがそう答えてくる。全く、人にこんな感情の置き場に困る話させといて、暢気なものだわ。
ま、それを淡々と説明するあたしもあたしか…
「良い読みじゃな。で、それがどう繋がるんじゃ?」
「…そんなの、噂をそのまま放置したら、他の王達が軍国の疑惑を認めてるような物じゃないですか。だからちゃんと、賢人会議を開いてその席で軍国を追求する必要があった。『賢人議会は、条約に違反した可能性のある軍国に対し、毅然とした態度を取って追求した』って、世間に示す為に。」
先を促す明陽さんの言葉に、軽く嘆息してからあたしは、再び自身の見解を説明し始める。あくまでも個人の見解だけど、さっき明陽さんが茶番と断言した事からも、この構図で間違い無いだろう。
まるで、台本通りに進行されてるどこぞの国会答弁みたいな様相ね。けど、例え滑稽だとしても、しっかり世間に示す事こそが大事なのだ。
「仮に軍国への追及を行わず、噂を放置したまま島津将軍の武勲が世に知れ渡ったら?島津将軍を英雄視する声や、バージナル王を称える声が上がったんでしょう?ならその内、バージナルの行いこそ正しかったと、そんな流れになっていたかも知れないわよね。」
それこそ、バージナルが異世界人を召喚したからこそ、新たな英雄がこの世界に誕生したのだ――と。そんな風に考える物が現れないとも限らないのだ。
そもそも異世界人は、この世界の人族と瓜二つの外見なのに身体能力が優れているという事は、この世界に住む者周知の事実だ。その中でも飛び抜けて戦闘能力の高い人達が、魔神教・女神教の守護者という、目に見えた形で実在している。
そこに加えて、戦況を一変させる程の人物が、バージナルの意思で意図的に召喚された。ならその次に召喚される人物は?更にその次、またその次…
そんな、無自覚に無責任な期待が芽生えたとしても、なんら可笑しくないだろう。戦えない様な弱い人達ならまだ良いけど、利己的な連中に芽生えると厄介だ。
たとえば…
「バージナルを古くから援助している小国なんかは、特にそう言った機運が高まるでしょうね。表だって異世界人を召喚しようなんて、そんなふざけた声が上がるかもしれない。だから、そう言った層に向けても、公式の場で軍国を追求するって行為は、必要なパフォーマンスだった。『条約違反したら、きっちり処罰を下すからそのつもりで居ろ』って、他の国々に対しての牽制だったって所でしょ?」
更に先を続け最後そう締めくくった所で、明陽さんが愉快そうにフンと鼻を鳴らした。
「ちと荒いが、まぁまぁその通りじゃわい。合格点をやるぞ優姫よ。」
「…さいですか。喜んで貰えたようで何よりですよ。」
次いで、偉そうにそう言ってくる彼女に対し、呆れ顔でため息を吐きそう答える。盛大に話の腰折らせといて、この人は…
「悪かったわね、長々と関係ない話なんかして。」
ともあれあたしは、視線をシフォンへと向けるなり、開口一番謝罪の言葉を口にする。原因、あたしじゃ無いんだけどなぁ~
「構いませんわよ。」
「さっきの続き、聞かせて貰って良いかしら?」
「えぇ、もちろん良いですわよ。」
あたしの謝罪の言葉を受け、苦笑とは言え寛大にも許してくれた彼女に対し、図々しくも先程の続きを要求する。その要求にも彼女は、快く承諾してくれた。
エイミーと良い、何て心の広い人なんだろう。2人の爪の垢煎じて、この人を困らせるのが大好きな見た目幼女に、リッターで飲ませてやりたい位だわ。
「と言っても、他に私がシマズ将軍の事について知り得ている情報は、そう多くないのですよ。」
そんなあたしの個人的な願望はさておき、肩を竦めつつそう前置きしてシフォンは、再びかの国の英雄について語り出す。
「私がシマズ将軍と初めて知り合ったのは、あの方が将軍職に就かれる2年程前でしたわ。ギルドからの頼みで数十年ぶりに前線へ赴く事になりまして、軍国の兵士の中で一際活躍されてる方が居りましたの。その方がシマズ将軍でしたわ。」
落ち着いた表情で、昔の事を思い返しながら静かに語るシフォン。他に声を上げる者の居ないこの空間で、彼女の声が妙に艶めかしく聞こえた。
「軍国式の甲冑とは違う、深紅の甲冑を身に纏っていて、乱戦の中でもすぐに彼と見分けが付きました。当時より既に頭角を現しており、バージナルに所属する異世界人のみで構成された、特殊部隊の隊長をされておりましたわ。」
と、そこまで語った所で彼女は、呼吸を整える為なのか、熱い吐息を吐き出し髪をたくし上げる仕草を見せる。別に意識して行ってる訳じゃ無いんだろうけど、そう言った仕草の1つ1つに、大人の色香を感じさせる。
「その部隊の中で彼は、『オニシマズ』の愛称で呼ばれていました。情に厚い方で、周囲の兵達からも慕われていました。特に奴隷兵達からも親しまれていたのを、今でもよく覚えています。そんなシマズ将軍と私が指揮する事になった部隊が、たまたま共同戦線を張る事に成りましてね、その時に少しお話しする機会が出来ましたの。その時に伺った話では、そこから遡る事更に2年前に、奥様と共に召喚されてこちらの世界に来られたそうです。」
「奥様と?」
「えぇ…」
更に彼女が言葉を続けていくと、不意にエイミーの疑問の声が上がる。その疑問に、相槌で返したシフォンの表情が、急に神妙な面持ちへと変わる。
「その時奥様のお腹の中には、お子様も居たそうですのよ。」
次いで彼女の口から漏れたその一言に、場の空気が僅かに沈む。自分1人ならまだしも、奥さんやまだ産まれても居ない子供までなんて…
「…と、私の知っている彼の個人的情報は、その位ですわね。」
そんな空気に気が付いてか、シフォンが務めて明るくそう言って、話の締めくくりに入る。その姿は、先程まで彼女が見せていた、あの艶っぽい色香を纏った大人の雰囲気とは又違った、可愛らしい印象を受けるものだった。




