表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣道少女が異世界に精霊として召喚されました  作者: 武壱
第四章 軍国編
236/398

間章・彼女のこと(2)

「よくも遣ってくれたな貴様等。余裕かましやがって…覚悟は出来てるんだろうな!?」

「ひ、ひぃ!?」


 直後に響いた怒声に気圧され、今にも尻餅をつかん勢いでバァートンが怯んだ。先程の戦闘で見せた勇ましさは、今は欠片程も見当たらない。


 それに対しメアリは、流石と言うべきだろう、まるで怯んだ様子も無い。所か、冷めた視線でつまらなさそうに、声を掛けてきた男を見やっている。


「舐めやがって、このクソアマが…」


 そんな彼女の態度が、余程気に入らないのだろう。ただでさえ吊り上がっていた眉を更に吊り上げると、血管がはっきり見てとれる程浮かび上がった。


 そして男は、殺気の籠もった瞳をメアリにぶつけながら、手近の部下に剣を渡す様仕草で伝える。程なく、彼の手の中に剣呑な凶器が握られる。


 そうとなれば、勿論彼女だって黙っている訳が無い。天然の凶器たる爪こそ隠したままだが、お返しとばかりに殺気と牙を剥き出しに、グルルと喉を鳴らし身構え威嚇する。


「待て。」


 正に一触即発。しかし、そんな殺伐とした空気が交錯する2人の間に、平然と涼しい表情で割り込んだのは、誰在ろうシマズ将軍だ。


 スッと気配も無く割り込んだ彼は、自分の身体でメアリ達を庇う様にして立ち、怒りの形相でロングソードを握る男と対峙する。


「チェコロビッチよ、この2人にもう抵抗の意思は無い。」

「あぁ?知るか、んな事!そいつ等を切り刻まねぇと、俺の気が収まんねぇんだよ!!」


 シマズ将軍の言葉に、しかしチェコロビッチと呼ばれた男は、苛立たしげに声を張り上げ、当たり散らすかの様に剣を振り回す。その様子に将軍は、呆れた様子で軽く嘆息を漏らした。


「この2人は、我が国にとって既に大事な戦力だ。御主の気が収まる収まらない等、そんな事は関係な――」

「知るかってんだよ、んな事!!ジャップ風情が俺に命令するんじゃねぇ!!」

「…では、軍国の将軍として独立部隊隊長のチェコロビッチ殿に命令する。剣を収めろ。」


 終始凄みを効かせ脅す様な口調で語るチェコロビッチに対し、まるで取り合う気の無いシマズ将軍が、淡々とした口調で事務的に受け答えていく。2人のこの温度差と言ったら、癇癪を起こした子供とそれを宥める大人の構図まんまだった。


「うぜぇ…うぜぇんだよ、このジジィが。上から物言ってんじゃねぇぞ…」


 その事に、自分でも気付いているのだろう。忌々しそうにギリリと歯噛みして、呻き声に乗せるように言葉を吐き出す。


 そして、血走った瞳で立ち塞がるシマズ将軍を睨み付けた後、手にした凶器の切っ先を彼へと向ける。その剥き出しの殺意は、さながら荒れ狂う業火と言った所か。


「…それは、将軍の命に対する反逆と受け取って良いかな?だとしたら、それなりの制裁を覚悟して貰うぞ。」チャキッ


 剣の切っ先を向けられた直後、将軍の瞳がスッと細まったかと思うと、変わらぬ淡々とした口調でそう答え、腰に佩いた刀に静かに手を添える。こちらはチェコロビッチと打って変わって、まるで波1つ無い湖面のような静けさだ。


 そうして向かい合う2人の間には、殺伐とした重苦しい空気が横たわる。そして、それを見守る周囲の者達の間には、得も言われぬ緊張感が走った。


 チェコロビッチを筆頭に、その部下達も皆反将軍派なのだろうから、これ幸いと声援でも送るのかと思いきや、皆一様に不安げな表情を浮かべている。まるで、このまま戦いが始まれば、チェコロビッチが負けるとでも言わんかのような…


 そんな兵士達とはまるで対照的に、シマズ将軍の背後に控えるメアリの表情は、一片の疑念も無く落ち着き払っている。こちらはこちらで、将軍の勝利を疑っていないのだろう。


「…クソジャップが。」


 沈黙が訪れ睨み合う事暫く、先にそれを破ったのはチェコロビッチだった。不意に彼が、苦々しそうに舌打ちしたかと思えば、次いで吐き捨てる様にそう呟いた後、将軍に向けた反逆の剣をようやく降ろす。


 そして、受け取った剣を部下へと乱暴に投げ返して、空いた手で馬の手綱を握り直す。


「良いか!今回の件、しっかり問題にさせて貰うからな!!」

「覚悟しておくとしよう。」


 そう答えながらシマズ将軍は、刀に添えていた手を退ける。その様子を見下しながらチェコロビッチは、不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「…忌々しい。もう良い、行くぞおまえ等――」


 そう言って、兵達を率いバージナルに戻ろうとするチェコロビッチ。それを見て、バァートンがホッと胸を撫で下ろすも――


「――待ちなよ。」

「あぁ?」

「あ、姐さん!?」


 ――しかしそれを、あろう事かメアリが引き留めた。


「なんだ?亜人風情が馴れ馴れしい。」

「あんたに、どうしても1つ確認しときたい事が在るんだ。」

「ちょ、姐さ――」


 ようやく話が穏便な方へと傾き始めたというのに、まさかここで彼女が行動に出るとは思わなかったのだろう。不穏な空気を感じ取り、慌ててその肩を掴んでメアリを制止させようと動くバァートン。


「あの子――メアリーを買ったって言うのは、あんたなのかい?」

「――ッ!」


 しかしそんな彼を振り切り、構わずメアリは先を続ける。そしてその言葉を耳にしたバァートンは、ビクリと一瞬身体を強張らせると、それ以上もう彼女を引き留めようとはしなかった。


 代わりに、強張って引き取った表情のまま、ゆっくりチェコロビッチへと視線を向ける。


「メアリー?…あぁ、赤毛のメスガキの事か。」


 そんなバァートンの様子など、まるで見えていないらしいチェコロビッチは、僅かに考える素振りを見せた後そう呟いた。少女の名前など、まるで気にも留めていなかったんだろう。


「だったら何だって言うんだ?」

「いやなに。一体何の為に、わざわざ危ない橋を渡ってまで、何の取り得も無さそうな子供を買ったのかと思ってね。闇ルートで異世界人をバージナルに奴隷として卸してるって、公になったら流石に事だろう?」


 不遜な態度で問い変えすチェコロビッチに対し、まるで世間話でもするような気軽さで語りかけるメアリ。その問いに対し彼は、つまらなそうに鼻を鳴らす。


「…そんな事、俺の知った事じゃあないね。そもそも、異世界人であるこの俺が、同じ異世界人の女を欲して、何がいけないってんだよ。」


 そうして返ってきた、さも当然と言わんばかりのチェコロビッチの返事を聞いて、メアリの表情からスッと表情が抜け落ちる。その言い方は、まるで――


「全く、国が用意した女は、どいつもこいつも簡単に股を開いてつまらなくていけねぇ。かと言って亜人共は、作り物みたいで気色悪くて抱く気にもならねぇ。特に、おまえみたいな亜人は駄目だ。獣臭くて吐いちまう。」


 ――予想は出来ていた。そうでは無いのかと…


 もしかしたら、同じ異世界人としてメアリーの身を案じ、保護しようとしたのでは無いか?或いはそんな期待を込めて、彼女は質問を投げかけたのかもしれない。


「俺はよ。泣き喚く女の声を聞きながら、押さえ付けて無理矢理犯すのが好きなんだよ。」


 だが違った。この男は、正真正銘のクズだ。


 まるで悪びれた様子も無く、自身の醜い欲望を得意げにひけらかすチェコロビッチに対し、まるで汚物でも見るような、冷ややかな視線を向けるメアリ。2人の間に立つシマズ将軍も、聞くに堪えないといった表情を浮かべている。


 そしてバァートンは――


「ったく、それを貴様等邪魔しやがって…あぁ、そういやさっき逃がした小柄な耳長も、なかなかいい身体してた――」

「ふざけんなッ!!」


 ――怒りに肩を震わせながら、耳障りな雑音を掻き消す勇ましき雄叫びを上げるバァートン。その姿は正しく、先の戦闘で彼が見せた雄姿で間違い無かった。


「あぁ?」

「テメェのその下種な楽しみの為に!あの子がどんな辛い思いしたのか解ってんのか!!」


 バァートンの上げた雄叫びによって、無理矢理遮られたのが余程気に食わなかったのだろう。不機嫌丸出しで、凄みを効かせて彼を睨み付けるチェコロビッチ。


 普段のバァートンだったなら、それですぐに怯んだだろう。しかし今彼が見せている雄姿は、メッキなどまがい物では無く、紛れもない本物だ。


「怯えてたんだぞ!!涙が枯れ果てるまで、ずっと…ずっと1人でッ!!」


 逆にチェコロビッチを睨み返し、今にも殴りかからん勢いでそう続ける。或いは本当に、殴りかかるとでも思ったのだろう、メアリがその肩を掴んで抑えた程だ。


「なんだおまえ、フェミ野郎か?気色の悪い――」


 そんなバァートンの勇ましき叫びも、まるでチェコロビッチには響かなかったようだ。てんで理解出来ないと言わんばかりの表情で、彼を馬鹿にするかのようにそう続け――


「気色悪いのはあんたの方だよ。」

「――あぁ?」


 ――しかし、言葉の途中でメアリにそう告げられて、途端に不機嫌そうな表情へと変わる。


「姐さん…」

「何だと貴様…もう一度言ってみろ!」

「何度だって言ってやるよ。あんたの方がよっぽど気色悪いって言ったんだよ、このド変態が。偉そうに上から言ってくれちゃってるけど、要するにあんたに従う雌が居なくて、金や力に任せて従わせようってだけだろう?遣ってる事は下の下だね、悪趣味にも限度があるって知らないのかい?」


 苛立たしげに声を荒らげるチェコロビッチに対し、しかしまるで意に返した様子の無いメアリは、促されたのをこれ幸いとばかりに、矢継ぎ早に悪態を吐いていく。その悪態が続けば続く程に、チェコロビッチの顔色が見る見る真っ赤になっていった。


「おぉおぉ、よく見ればあんたの気色の悪さが顔にもよく出てるじゃ無いか。そんなんじゃ、寄ってくる雌なんざ1人も居ないわなぁ?」


 それを目にして、さも可笑しそうにニヤリと笑みを浮かべたメアリが、ここぞとばかりに煽りまくる。


「てめぇ…」

「なんだ、もしかしてそれで凄んでるのかい?止めた方が良いよ、ただでさえ気色が悪いってのに、更に輪を掛けて悪くなるじゃないか。」

「言わせておけば――ッ!」


 遂に堪忍袋の緒が切れたのか、馬の手綱を引きメアリの方へと向かい直る。がしかし、すかさずシマズ将軍が一歩進み出て、彼の乗る馬の動きを封じた。


「退けよ!ジャップッ!!」


 怒りにまかせそう叫ぶも、まるで聞こえないかの様な態度で、取り合おうとしないシマズ将軍。その反応を前にして、忌々しそうに歯噛みした。


「…ねぇバァートン。知ってるかい?異世界じゃ、こんな時に使うとっておきの作法があるんだよ。」


 そんな折り、ふと何か思い付いたらしいメアリが、鋭い牙を覗かせ人の悪い笑みを作ったかと思うと、横に控えるバァートンに申し出る。


「え、何だよそれ?」

「ちょいと耳を貸しな、教えてやるよ――」


 そう言うと彼女は、バァートンに顔を近づけ耳打ちで何かを伝え始める。


「おい!おいっ!!何コソコソと喋ってやがる!!テメェ等、必ず後悔させてやるからな!!」


 それに一瞬遅れて気が付いたチェコロビッチが、直ぐさまシマズ将軍から後ろに居る2人に視線を移す。そして、まるで聞き分けの無い子供の様に、お約束の脅し文句を喚き散らす。


 けれどその頃にはもう既に、伝えるべき事は伝え終わった様で、互いに顔を離して馬上の彼を睨み付けていた。立ち位置で言えば、2人の方が目線は低い筈なのに、明らかにチェコロビッチ見下した眼差しだ。


 そんな2人は、まるで鏡合わせの様な動きで、左右逆の腕をゆっくり持ち上げる。左側のバァートンは右腕を、右側のメアリは左腕をだ。


「ッ!?テメェ等…」


 その持ち上げられた腕を目にし、チェコロビッチの表情が急変する。何故ならその腕の先、手の形が中指だけ立てられている形だったからだ。


 その様子に、気を良くした2人はニヤリと笑い、そして――


「「ザマァッ!!」」


 ――声高らかに、人を罵る上でこれ以上なく最適な台詞を、荒廃したルアナの地に響かせたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ