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剣道少女が異世界に精霊として召喚されました  作者: 武壱
第四章 軍国編
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間章・彼女達の戦場2(11)

 暫くの沈黙。やがて観念したのか、恐る恐るといった感じでメアリーの瞳が、うっすら開かれると同時、まるで胸の内の様々な感情を吐き出すかの様に、黒豹の女性が深くため息を吐いた。


「…何処とも知れない世界に、突然放り出されてあんたは、目を背けたくなる物を沢山見てきたんだろう。」


 そうして吐き出し尽くした後に彼女は、物憂げな表情となって静かに語り始める。


「聞くに堪えない様な事を、沢山その耳で聞いてきたんだろう。声に出して叫ぶのも嫌になる様な事を、沢山受けてきたんだろう。」


 そこまで語って黒豹の女性は、その顔と手首を掴んでいた手を不意に弛めると、蹲る少女と同じ目線にまで腰を落とした。一方メアリーはと言うと、拘束が解けたのを良い事に、再び自分の殻に閉じこもると思いきや、しかし怯えながらも彼女の言葉に耳を貸している様だった。


「あんたにとっちゃそれが、周りがどうでも良くなっちまう位に辛い事だったんだろうけどね、生憎とあたしにゃまるで理解出来ないし、解ってやろうとも思っちゃ居ないよ。そんなあたしが、お優しい言葉を並べた所で、嘘臭いだけだからはっきり言うよ。」


 そう言って彼女は、途端に険しい表情となってメアリーの顔を見据えると、両手で強くその肩を掴んだ。


「我関せずを決め込んで、自分の殻に閉じこもろうともね、あんたがこうして生きてる限り、現実って奴は嫌でもついて回るんだよ!その位解れよ小娘!!」


 掴んだ肩を揺さぶりながら、強い口調で黒豹の彼女が叫ぶ。その勢いに、思わず腰が引けそうになったメアリーだったが、しかし顔をくしゃくしゃにし目尻に涙を浮かべながらも、真っ直ぐその言葉を受け止めようとしていた。


 先程まで、少しキツく言われただけで、顔を背けようとしていた少女がだ。きっと、責める様な言葉を口にしている黒豹の彼女が、自分よりも辛そうに見えたからだろう。


「今まであんたに、手を差し伸べてくれる奴が居なかったんだろう。それは本当に、救いも無い酷い話しだよ。けどね、だからって何時までふて腐れてるんだい!?」


 そう言って彼女は、力任せにメアリーの身体を動かして、無理矢理有翼族の男性の方へと向けさせる。


「今までは居なかったけれど、少なくとも今は()()()()()だろう!自分の置かれてる状況を棚上げして迄、あんたを助けようとしている大馬鹿野郎が!!」

「ッ…」

「姐さん…」

「本当に諦めてるんだったらね、いちいち気にしてんじゃ無いよ!!こいつも表の連中も、勝手にあんたを助けようとして、勝手にくたばろうってだけなんだからね!!あんたがここでウジウジしている限り、止まりゃしないんだよこの手の手合いは!!」


 そこまで一気に捲し立てて彼女は、しかし急に言葉を止めたかと思うと、今にも泣き出しそうなメアリーの肩から手を退かして、溜息交じりに立ち上がった。


「…良い事を教えてやるよ。表の連中が奴隷墜ちせずに逃げおおせて、このお人好しも死ぬ事無く、めでたく丸く収まる方法さ。」

「あ、姐さん?」


 泣き出しそうにしてへたり込む彼女を見下ろして、ふと黒豹の女性が呟いた。突然のその言葉に、有翼族の男性が怪訝そうな表情を向け聞き返した。


 それに遅れる事程なくして、ゆっくりとした動作でメアリーも顔を上げていく。やがてその視線が、彼女の顔に向けられた直後――


「何、そう難しい方法じゃ無いよ。あんたが今ここで、舌を噛み千切るなりして死ねば良いだけの話さ。」

「ッ!!」


 ――酷く冷めた口調で、さも当然かの様に彼女がそう告げた。瞬間、メアリーの表情に恐怖が張り付く。


「な…何言い出すんだよ姐さん!?」


 突然のその言葉に、さしもの男性もまるで予想だにしていなかったのだろう。驚きに目を剥きながら、一瞬遅れで非難の声を上げる。


「何を怯える必要があるんだい?あんたが死ねば、お人好し共の目的が失われるんだ。表の連中は一目散に逃げるだろうし、この馬鹿だって大人しくなるだろうさ。」


 そんな男性を手で制し、酷く冷淡な口調で彼女が先を続ける。その言葉が続く度、折角上がったメアリーの顔が、まるで枯れ征く小花の様に項垂れていった。


「…何だったら、あたしが手伝ってやろうかい?なるべく苦しまない様、その首を刎ね飛ばしてあげるよ。」


 項垂れていく様を見届けた後、追い打ちを掛ける様に彼女が告げる。無論、返事が返ってくる訳が無い。


 何故なら――


「――諦めきれないんだろう?」


 一旦間を開けて紡がれた彼女の言葉に、しかし返事は返ってこない。


「帰りたいんだろう?元の世界に…」


 それでも構わず続けた直後、ゆっくりとした動作で再びメアリーが顔を上げる。するとその瞳からは、止めどなく涙が溢れていた。


「…首を刎ねるの、手伝ってやろうか?」


 そんなメアリーに対し、苦笑交じりに肩を竦めながら、黒豹族の彼女が冗談めかしく問い掛ける。それに対し彼女は、イヤイヤでもするかの様に頭を振って応えた。


「なら、どうして欲しいかしっかり口に出して言う事だね。じゃなきゃ、あんたが何を思いどうしたいのか、周りの奴等にゃ伝わらないよ。」

「ぅ…あっ…」


 彼女にそう言われメアリーは、恐る恐るではあるが、ここに来て初めて自ら言葉を紡ごうと口を開く。だがしかし、まるで喋り方を忘れてしまったかの如く、思う様に声に成らなかった。


 無理も無い。この世界に来てと言うもの、メアリーが口に出して返ってきた返事は、罵詈雑言の類いばかりだったのだから。


 結局、ここで自分がどうしたいのか、その思いを口にした所で聞き入れられないじゃないか。それどころか、またもや心を打ちのめす様な酷い言葉が返ってくるんじゃ無いか。


 そんな考えばかりが先立って、幼き少女の口を固く縫いつけて、ただ一言の言葉さえも吐き出させないでいる。それ程に、メアリーの心的外傷は深かった。


「…なぁ、()()()()――」


 そんな痛々しい少女の姿を前にして、黒豹族の女性が初めて少女の名前を口にする。その口取りは何故か重く、何処か自嘲気味だった。


「――まだ抗う気持ちが、欠片位でもその胸に残ってるんだったら、今ここが正に正念場だよ。あんたの気持ちに関係なく、既に事態は動いちまってるんだからね。もうこの流れは、誰にも止められやしないんだよ。」


 しかし彼女が、そんな奇妙な表情を見せたのも一瞬の事だった。次の瞬間には、表情は至って真剣な面持ちへと変わり、語る口取りも力強い。


 そんな彼女の表情を前にメアリーは、怯えながらも真っ直ぐ見据えている。その口から語られる一言一句を、聞き逃すまいとしているかの様だった。


「この流れに黙って身を任せちまったらあんた、その勢いに呑まれて何も出来ずに溺れちまうよ?そうなったら、きっと今以上に後悔する事になる…」


 続けざまに語られる彼女の言葉を耳にして、途端に胸が苦しくなったのか、辛そうに自身の胸に手を置き拳を握るメアリー。そんな少女に構わず、彼女の言葉は続く。


「けどね、もしもその流れに自分から飛び込むって言うんなら、例えその勢いに負けて何も出来ずに溺れちまったとしても――」


 そこまで真剣な表情で語り、しかし突然表情を弛めたかと思うと、悪戯っぽい笑みをメアリーへと向ける。


「――まぁ、後悔はするだろうさ。」


 直後、まるで悪びれた様子も無く、可笑しそうに彼女がそう呟いた。まさかそんな事を、突然しれっと言われると思わなかったのだろう、きょとんとした表情で見返すメアリー。


 その表情は、今までの陰鬱で痛々しい表情ばかりだったものとはまるで違う、年相応に幼い少女のそれだった。ようやく表情を、メアリーから引き出した黒豹の彼女は、どこか満足そうにしながら鼻で笑う。


「…けれど、今より多少マシには成るだろうさ。自分の進むべき道を、自分で選ぶんだからね。」


 直後にそう言って彼女は、未だきょとんとした表情を見せるメアリーから視線を外すと、ゆっくりと立ち上がろうとする。その時だった――


 ――キュッ…


 ――不意に恐る恐る差し伸べられた幼い手が、立ち上がろうとする女性の服を掴んだ。縋る様に差し伸べられたその手は、言わずもがなメアリーによる物だ。


 その手を見下ろしてから黒豹の彼女は、再び視線をメアリーへと移す。見ると少女は、苦しそうに自身の胸を掴みながら、必死に何か伝えようと藻掻いていた。


「う、うぅ…あっ!」

「あぁ、そうさ…情けなくてもみっともなくても構いやしないよ。諦めきれないんなら、キッチリ抗いな。少なくとも今この場に、意味も無くあんたを傷付ける奴は居ないんだよ。」


 その様子を、真剣な表情で見つめながら彼女がそう告げる。それを耳にした少女の瞳には、今にもあふれ出しそうな程の涙が浮かび上がる。


「…た――」


 そして遂に――


「――助け…ッ!助け、て…下さい…」


 ――メアリーの口から、待ちに待ったその言葉が紡がれる。それは紛う事無く、絞り出す様に吐き出された少女の本心だった。


 それを聞いて黒豹の彼女は――


 ――ポンッ…「全く、本当に愚図な子だねぇ…たったそれだけ言うのに、どれだけあたしを待たせれば気が済むんだい?」

「ッ――」


 ――再びメアリーと同じ目線となり頭に手を置くと、優しく笑いかけながら静かにそう告げる。


 彼女のその言葉に、少女はただ泣いた。ボロボロと大粒の涙を溢しながら、その場に蹲ってひたすら声を詰まらせて泣き続けた。


「…さてと。」


 肩を震わせ嗚咽を漏らす少女の頭を数度優しく撫でた後、意を決した様子の彼女が立ち上がる。そして振りかえ様、有翼族の彼の姿を目にして、呆れた様子で半眼になった。


「…何であんたまで泣いてるんだい?」

「うっ、うぅっ…ひっくッ!だ、だってよぉ~…」


 彼女の指摘通りに男性は、なんとも暑苦しく男泣きしていた。そんな彼に対し、疲れた様子で溜息を吐き出す彼女。


「全く…これから打って出ようって息巻いてた奴が情けない。そんなんで大丈夫かい?()()()()()。」

「お、応ともよ!こちとら何時でも準備万た――」


 そう言い掛けてバァートンは、驚きに目を丸くして黒豹の女性の顔を見つめる。


「あ、姐さん…今俺の名前を…」

「…曲がり形にもこれから協力しようってんだ。『おい』だの『おまえ』だのと呼べる訳無いだろう。」


 若干上擦った声で呟いた彼に、不機嫌そうに鼻を鳴らしながらぶっきらぼうにそう告げる女性。なんだかんだと言っておきながら、メアリーから名前を聞き出す際に彼が名乗っていたのを、しっかり聞いて覚えていたらしい。


 そんな彼女の言葉を聞いてだろう、すかさず男性の表情がパッと明るくなった。


「お、おう!そうだよな!!じゃ、じゃぁさ、俺にも姐さんの名前を――」


 そしてここぞとばかりに、黒豹の女性の名を聞こうと試みる。がしかし、彼がそこまで言いかけた所で彼女に鋭い目つきで睨まれて、仕方なしに喉まで出掛けた言葉を無理矢理に飲み込んだ。


「な、なんだよ…そんなに名乗りたくないのかよ…」


 直後、非難がましく彼がそう呟く。それを聞いた彼女は、再び不機嫌そうに鼻を鳴らすと――


「今更、名乗れる訳無いだろうさ。」


 ――未だ声を詰まらせて無くメアリーを尻目に、自嘲気味にそう呟いた。彼女がメアリーに苛立っていた理由、それは…


「…えっ?あっ!えっ!?あ、そう言う事??」


 その視線と呟きを目の前にして色々察したらしいバァートンが、女性と少女を交互に見やり、わざとらしい迄に大きな反応を示す。その様子を間近で感じ取った彼女が、肩を戦慄かせながら苛立たしそうに歯噛みする。


「あ~ぁ~本当にもう!これだから変に察しのいい男は嫌いなんだよ、あたしゃ!!」

「す、すんません…」


 直後、収まりがつかなかったらしい彼女が、感情のまま勢いに任せて声を張り上げる。それに対し、別に謝る必要も無いだろうに、バァートンが背中の羽をシュンとさせながら頭を下げるのだった。

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