表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣道少女が異世界に精霊として召喚されました  作者: 武壱
第四章 軍国編
229/398

間章・彼女達の戦場2(9)

「…なんてね。何本気に受け止めてるんだい、全く…」

「…へ?」


 そんな彼を、背筋も凍る様な笑みで暫く見遣る黒豹属の彼女。しかし突然、ムスッとした表情になったかと思うと、今なお情けなくペコペコと頭を下げる男性に対しそう告げる。


 そんな彼女の反応に、思わずキョトンとした表情となって顔を上げた彼が、何とも間の抜けた声を上げながら聞き返す。それを一瞥して彼女は、不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「え〜っと…怒ってるんじゃ無いのかい?」

「そりゃ怒ってるさ、当たり前だろ?あたしの思惑が、素人のあんたの所為でオジャンになったんだからね。」

「うっ…」


 それに対し、男性が恐る恐ると言った感じで聞き返す。すると間髪入れず、不機嫌そうな彼女にそう責め立てられて、気弱を絵に描いたような彼は、当然の如く言葉に詰まりたじろいだ。


 そんな彼に対し、更なる追い討ちを掛けるかと思いきや、しかし突然表情を緩める彼女。そして唐突に、まるで内に溜め込んでいた物を全て吐き出すかの様な、大きなため息を肩を落としながら盛大に吐き出した後、ジト目で男性を睨みつけた。


「…ただまぁ、素人のあんたに気配だけで察しろだなんて、そんな事要求する方が無茶ってなもんだろうよ。それにあんたはあんたで、善かれと思ってそう行動してたんだろ?なら、あたしが文句を言う筋合いじゃ無いだろうよ。」

「姐さん…」


 その直後、困惑気味の表情を浮かべる男性に対し、不機嫌さを醸し出しながらぶっきら棒にそう告げる。彼女の言葉が、よっほど予想外だったのだろう、びっくりした表情をする男性からその呼び名が、本人も気付かぬ内に自然と口をついて出た様だった。


 その呼び名に対し、たちまち不機嫌になった彼女から、すぐさま文句が上がるかと思いきや、しかし一向にそうなる様子は無い。どころか、男性の視線から逃れる様に顔を逸らした彼女は、照れ臭そうな表情で鼻を鳴らした。


 しかしその次の瞬間――


 ――ピクンッ


「ッ!?」

「…ん?どうしたんだい姐さ――」


 不意に、彼女の獣耳が天に向かってピンッと立った直後、その表情が急に引き締まり強張った。それを目の当たりした男性が、不審に思って声を掛け様としたその時――


『――巫山戯んじゃないよ!!』

「ッ!?」


 ――馬車の向こう側から、突如として聞こえてきた女性の罵声に驚いた彼が、聞こえてきた方向に当たりを付けてそちらへと振り向いた。しかし悲しいかな、彼が視線を向けた先には、馬車に張られた幌のみだ。


 表に居る者達は、彼等が捕まる馬車から少し離れた所でやり取りしているらしい。その上、遠くから響く馬群の足音の所為で、元々彼に外の状況を知る術が一切ない。


 聞こえて精々、会話と思しき物音程度。しかし、それが聞こえると言う事は、少なくとも助けに来た冒険者達は、未だ健在だという事に他ならない。


 それに何より、人種の何倍もの聴力を持つ獣人の彼女が、今までずっと落ち着き払っているのを目の当たりにしていたのが、何よりの心の支えにもなっていたのだろう。


「今のは…一体どう言う意味だ?」


 だがしかし、その彼女の表情が突然強張ったのだ。その上、先程聞こえてきた罵声以降、どんなに耳を澄ました所で、彼にそれ以降の会話を聞き取る事は出来無かった。


 精神的支柱が揺らいだ上に、その事が余計に彼の不安を煽った様で、腰が引けた状態になった男性が、視線の先にある幌の布地を心配そうに見つめている。


「別に大した事じゃないよ。」

「えっ!?本当かい姐さん!!」


 その最中、顔を背けた黒豹族の女性から、何とも投げやりな感じで声が投げかけられる。それに慌てた様子で振り向いた彼の表情には、僅かに期待の色が窺える。


 男性と違い、外の状況をはっきり聞き分けるだけの聴力を、持っているだろう彼女のその言葉だ。例え投げやりだとしても、その言葉に俄然期待してしまうのも無理からぬ事だろう。


「ただちょっと状況が芳しくないってだけの事だよ。」

「…へ?」


 だがしかし返っきた答えは、彼の期待していた物とはまるで真逆だったらしい。先程同様に、投げやりな感じで紡がれた彼女の言葉を耳にしても、すぐに理解出来なかったらしく、ぽかんとした間抜け面を晒している。


 その間抜け面を向けられた彼女は、呆れた様子で彼に向かってため息を吐いた後、ふと視線をメアリーへと移した。


「ったく、こっちはこっちで反応無しかい。」


 黒豹の彼女が視線を向けた先には、相変わらず虚ろな眼をしてジッと蹲る少女の姿があった。先程聞こえてきた罵声は疎か、今までの彼女達のやり取りでさえ、まるで興味無いと言った様子だ。


「…おい小娘、あんたに良い事を教えてやるよ。」

「あ、姐さん?」


 そんな少女に対し黒豹の女性は、不機嫌そうに鼻を鳴らしたかと思うと、苛立たしげな様子で彼女に言葉をぶつける。しかし、まるで聞こえていないかの様に、肝心の少女が反応する事は無く、その変わりとばかりに有翼族の男性が怪訝そうに聞き返した。


「今表じゃね、あんたを助けに来た冒険者達と、これからあんたが向かう筈の国のお偉いさんが、あんたの身の振り方について話し合ってたのさ。」


 しかし、そんな事お構い無しと言わんばかりに、尚も黒豹の彼女が言葉を続ける。それでも少女に目立った反応は現れない。


 代わりに返ってきたのは、またも男性のハラハラと落ち着きの無い表情だった。自分の事では無いと言うのに、なんでそんなに気を揉むというのだろうか?


 きっとそんな風に思ったのだろう。男性を一瞥してその表情を確認した彼女が、ふと口元を弛めて僅かに苦笑した様だった。


「その結果がさっき出たみたいだから教えてやるよ――」


 しかしそれも一瞬、直ぐさま視線を元に戻した彼女は、険しい表情となって蹲る少女を見下ろした。そして――


「――残念だったね。交渉空しく、めでたくあんたは奴隷墜ちさ。」

「えぇっ!?」


 ――言い渡される方からすると、それはさながら死刑宣告と言った所か。その余りにも無慈悲で容赦の無い判決を、ただ淡々とした様子で黒豹の彼女は、希望を無くして蹲る少女へと言い渡す。


 それに声を上げて反応したのは、言うまでも無く有翼族の男性だ。けれど()()()()()()()()、男性のそれだけでは無かった。


 ほんの僅かではあるものの、少女の肩が僅かにピクリと上下した。よくよく目を凝らさなければ、きっと見過ごしていただろう程か細いものだったが、しかし決して気の所為では無い。


 反応するだけの気力が残っていないだけで、ちゃんと聞こえては居るのだ。そして、諦めた様に見えるだけで、心の奥底で助かる事に一縷の望みも抱いている。


 すぐそこに、助けの手が迫っているのだと知れば、誰しも淡い期待を抱いてしまう。地獄の底に居る様な心境のメアリーからしてみれば、さながら天上から垂らされた蜘蛛の糸と言って良い。


 にも関わらず、残り滓の様な気力を振り絞って、その糸を掴む素振りさえ見せないのは、先に述べた通り――


 今まで何度となく、助けを求めた。がしかし、ただの1度だって手を差し伸べられた事は無い。


 身体中の水分が無くなってしまうのではないかと思う位、数え切れない程泣き喚いた。がしかし、誰1人として慰めてくれる者は居なかった。


 恐怖に打ち震え、眠れぬ夜を毎夜過ごしてきた。がしかし、1度として気遣われた事は無かった。


 ――そんな日々を、まだ幼い少女が1人耐え忍んできた。期待するだけ無駄なのだと、心にそう刻み込まれるには、充分過ぎる仕打ちだろう。


 だから彼女は、まず最初に助けを求める口を閉ざした。


 だから彼女は、次に際限なく流れる涙を止めて瞳を閉ざした。


 だから彼女は、最後に恐怖を植え付ける音を遮る為に耳を閉ざしたのだ。


「けど、寂しがる必要は無いよ?なんせ――」


 そんな、襤褸切れみたいな精神性の彼女に向かって、ある種化物じみた精神性の彼女が、獣らしく牙を剥き出しに獰猛な笑みを浮かべ告げる――


「――あんたのお陰で、どうやら奴隷墜ちのお仲間が3人も増えるみたいだからねぇ。」

「えぇっ!?」


 ――まるで人を食った様な表情で、嫌みったらしいまでに態とらしく嬉々とした様子で。


 そんな彼女の言葉に、声を上げて驚いたのは、やはりというか何と言うか、毎度おなじみの有翼族の男性だ。肝心の少女には、先程の様な目立った反応は現れていない。


 ()()――


「良かったねぇ。誰とも知れないあんたを助けに来る様な、そんなお人好しの奴等だ。きっとあんたと気が合うだろうさ。」

「ッ」


 ――その虚ろな瞳の奥に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()彼女が、まるで責め立てるかの様に言葉を続ける。すると、それまで無反応だったメアリーにも変化が現れた。


 眉間に僅かに皺が寄り、両膝を抱え込む手の平が、僅かに力が加わった様にも見える。明らかに()()()()()()のが見て取れる。


 その様子を、まるで値踏みでもするかの様に、静かに見据える黒豹族の彼女。更に何か言おうと、その口を開き掛けた、ちょうどその時――


「ちょっ、ちょっと姐さん待ってくれよ!」

「あん?何だってんだい藪から棒に…」


 ――横から慌てた様子の男性に割って入られ、言いかけた言葉を寸での所で飲み込んだ。仕方なしに向き直った彼女は、嘆息混じりに彼に対し聞き返す。


「一体全体どういう事なんだよ!?表じゃ一体何が起こってるってのさ!!」

「どうもこうも、言葉通りの意味だっての…」


 直後、捲し立てる様に説明を求めてくる男性に対し、再び嘆息した彼女が呆れ顔でそう呟いた後、面倒くさそうにしながらも説明する為口を開く。


「今、表で助けに来た冒険者と交渉している軍国のお偉いさんは、割かし話の解る奴だったみたいだけど…」

「そうなにか!?」

「ちゃんと話を聞けっての!確かに話の解る奴みたいだけど、今こっちに向かってる一団を取り仕切ってる奴が、そのお偉いさんと敵対してるらしくてね、そいつの前で下手な事をする訳にも行かないんだってさ。」

「そんな…」

「おまけに、そいつがこの子娘を買ったかも知れない奴なんだってさ。」

「な、何だって!?」

「なんであんたがそんなに驚くんだい?全く…んで、結局交渉は決裂。仮にその話が本当なら、みすみすそいつがこの娘を見逃すとも思え無いしね。だからとっとと逃げりゃ良いのに、表の奴等も退く気が無いらしくてね。いくらか腕に自信がある様だけど…」

「じゃぁまだ勝ちの目もあるって事か!?」

「だから変に期待すんじゃ無いよ、この抜け作!いくら腕に自信があるったって、多勢に無勢も良い所だよ。」

「うっ…」

「それに、交渉していた軍国のお偉いさんってのは、鬼シマズの異名を持つシマズ将軍だよ?」

「マ、マジかよ!?」

「あんたみたいな素人でも知ってる様な、有名な異世界人だ。助けに来たって冒険者の方には、かなり高位の術者が居るみたいだけど、多勢に無勢の上そんなのが相手となれば、旗色は悪いだろうね。」

「そ、そうか…」


 面倒くさそうにしながらも、律儀に説明していく彼女の言葉に、面白いまでに一喜一憂の反応を見せる有翼族の男性。しかしそれも前半の方だけで、状況がかなり厳しいと解ると、最後落胆した様子で落ち込んでしまう。


「…待てよ?」ガバッ!!

「な、なんだい?」


 しかし一旦間を空けた後、何やら閃いたのか突然顔を上げると、食い入る様に黒豹族の女性を見つめ出す男性。その勢いに、さしもの彼女も気圧されたのか、上体を反らして距離を取りつつ聞き返す。


「多勢に無勢だってんなら、そこに俺と姐さんが加わるってのはどうだ!?」

「なんだい?軍国側に付いて、奴等にすり寄ろうって考えかい?」

「なっ!?んな訳ねぇ~って、逆だよ逆!!」


 その直後、さも良いアイデアだと言いたげな、今までになく明るい表情で、思い付きをそのまま口に出し始める男性。それを看破したらしい彼女が、呆れながらに冷やかしの言葉を口にする。


 それを慌てて訂正する辺り、どうにも間抜けに見えたらしく、思わず鼻で笑う彼女。それにめげる事無く、尚も彼の提案は続く。


「枷をあっさり解錠出来た位なんだし、この牢屋の錠前だって姐さんなら解錠出来るんだろう?」

「まぁね。」

「なら話は簡単だ!この牢屋から早く出て、俺達も助けに来てくれた冒険者達に加勢しようぜ!?ここから出さえすれば、俺だって魔術が使える様になるから役に立てる…ぜ?」


 彼が言葉を続ける毎に、その語り口調にどんどん力が入っていくのが、手に取る様に伝わって来る。だが逆に、彼が言葉を続ければ続ける程に、さながら奪われていくかの如く、彼女から熱が引いていった。


「あ、あれ…?」


 それまで、勢いのまま熱く語っていた彼だったが、流石に氷の様に冷たい彼女の態度が伝わったらしい。当初こそ熱弁を振るっていたが、今はもう見る影も無い。


 そんな彼に対し、深いため息を吐いた黒豹族の彼女が、ぽつりと一言――


「――どうして立ち向かう事前提で話してんだい?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ