間章・「フハハハハッ!今暫くのお別れなのである!」(2)
「じゃぁお二方共、後始末を手伝うつもりで、残ってくれてたって訳デスか?」
「うん、ボクはそのつもりだよぉ~優姫ちゃん達が頑張ってくれたんだし、その位しなくっちゃね!」
ツンツンしたウィンディーネの態度はさておき、話を進めようと口を開いたキサラの言葉に、シルフィードが元気よく頷きながら応える。それにフムと頷いて彼女は、視線をそっぽを向く大精霊へと移した。
「…妾は、後始末と言うよりもゴミ処理かしらね。領域のすぐ傍に、ベファゴが居ると思うだけで、虫唾が走りますから。」
その視線に気付いたウィンディーネが、そっぽを向いたままぶっきらぼうに答える。その様子を見てシルフィードが、彼女に対してニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「…一応言っとくけど、息の根止めちゃ駄目だかんね?」
「しませんわよ面倒くさい。アレの住処に捨ててくる来るだけですわ。」
シルフィードがからかうようにそう言うと、眉間に皺を寄せたウィンディーネが直ぐさま反論した。
「え、じゃぁアレ『虚』まで運んでくれるって事デス?」
「えぇ、まぁそうなりますわね。」
「助かるデス~あんなんちんたら運んでたら、どれだけ時間が掛かるかって、ずっと頭抱えてたデスから。」
ウィンディーネの返事を聞いたキサラは、途端にほっとした表情を浮かべ急に機嫌が良くなった。そう思ったのも束の間、急に大きな欠伸をしたかと思えば、今度はたちまちトロンと眠そうな表情となって、突然その場でくるりと身を翻した。
「じゃ、そう言う事で、私は早速お昼寝タイムに入るデス。」
そうして彼女は、言うだけ言って返事を待たずに歩き始める。その流れるような態度の急変っぷりに、さしもの大精霊達も唖然とした様子だ。
「…何と横着な方なんでしょう。」
「アハハッ!キサラちゃんてば相変わらずだね~」
ややあって、大精霊達が呆れた様子でそれぞれの反応を返してくる。それを耳にしたキサラが、1度そこで立ち止まり肩越しに振り返ると、眠たそうな瞳を向けてくる。
「御2人が片付け手伝ってくれるってんなら、私の出る幕なんてねぇ~じゃねぇ~デスか。それに私、スメラギさん達送って、結構魔力消費しちまってんデスからね。ここに来るまで休めなかったデスし、いい加減眠くてイライラしてんデスよ。」
「まぁ確かに、ボク達が手伝えばすぐ終わるけどさ。キミ達スメラギちゃんから仕事依頼されてたじゃん?ここはボク達に任せて、そっちに向かったら。」
「お気遣いどぉ~もデスよ。けど、そこまで火急って訳でもねぇ~デスからね…」
そこまで言って彼女は、間の抜けた声が漏れる程に大きな欠伸を吐くと、顔の向きを正面へと戻した。
「1日2日位、遅れても誤差の範疇デスよ。ちっとばかし惰眠貪っても――」
眠たげな目を擦りながら、誰に言うでも無くキサラがそう呟いた直後だった。
「ではキサラ嬢が惰眠を貪っている間、吾輩がその御身を運ぶのである。」
「――へ?」ガシッ
突然響いたその声に、間抜けな声を上げで彼女が振り返ると、濡れ鼠となって長い体毛が全身に張り付いて、みすぼらしい姿と成ってしまったレオンの姿がそこにあった。鋭い牙を覗かせた良い笑顔で以て彼は、キサラの肩をビチャビチャの手で掴まえている。
「なっ!?おめぇ~何時の間に抜け出したデスか!?」
「フハハハハッ!あの程度の氷、吾輩の熱き想いの前には!一瞬で跡形も無く消え去るのであるッ!!」
「なんてデタラメな!?おめぇ~のソレは肉欲って言うデス!良い感じっぽく言うんじゃねぇ~デスよ!!」
「ぬぅ、吾輩の愛をその様な言葉で言い表すとは、まっこと遺憾なのである!!」
「うるせぇ~デスよ!良いから離すデス!!何と言われようと私は、これからお昼寝するデスからね!?」
「ウム!それは止めぬのである!!であるから、気兼ねなく吾輩の胸の中で眠ると――」
「馬鹿言うんじゃねぇ~デスよ!!」ブオンッ!!
その発言に直ぐさま拒絶の反応を示したキサラは、掴まれていた肩を無理矢理振りほどくと同時、手にした杖を両手に握りしめ振り向きざまに振りかぶる。狙いは言うまでも無く、人狼化した彼の弱点とも言って良い、その両の眼のどちらかだ。
――スカッ
「ッ!?」
しかし当然の帰結として、その1撃がレオンの顔面を捉える事は無く、あっけなく空を通り過ぎるのみだった。そもそも1発目はたまたまだし、2発目は不意打ちで、3発目に至っては拘束してからの攻撃だ。
そもそも魔術師であるキサラが、何かしらの要因無しに彼を攻撃しようとしても、毛の1本に当てる事さえまず無理なのだ。まぁレオンにとってしてみれば、例え目を殴られてもすぐ回復するので、いつもなら敢えて受けるのだが…
今回はその限りで無いらしく、キサラの攻撃を掻い潜ってその背後に回り込むと、すかさずその身体をひょいと持ち上げる。ちょうどお姫様抱っこのような形だが、彼女が身動き出来無い様しっかりホールドしていた。
「こ、このっ!離すデス!離すデスよ!!」
「フハハハハッ!暴れても無駄なのであるキサラ嬢!!このままベッドに連れ込まれたくなくば、大人しくするのである!!」
「脅し文句が最低デス!!遂に本性を現しやがったですね!?」
その拘束から必死に逃れようと彼の胸の中でキサラが藻掻くが、けれどその丸太のように太い腕に阻まれて、拘束されていない首から上か両足をバタつかせる位しか出来無い。彼女を胸に押さえ付けたレオンが、その場で精霊王達に対し顔を向ける。
「ちょっ!ほんと離すデスよ!!おめぇ~の身体ビッチャビチャじゃねぇ~デスか!!服に染みて来てるデス――」
「では吾輩達は、お言葉に甘えてこの辺で失礼するのである。」
「――ちょっ!?無視すんなこの淫獣!!シ、シルフィード様!?助けてデスよ――」
「あ、うん。それは良いんだけどさ…それ大丈夫なの?」
「うむ!全然問題無いのである!!」
「じゃ大丈夫だね~」
「――問題ばっかデスよ!?勝手に話進めんなデス!!」
あたかもキサラの叫び等聞こえないかの様に、彼女を置いてけぼりにどんどん話が進んでいく。これは不味いと感じたキサラが、最後の頼みとウィンディーネに視線を向けるも、あっさりそっぽを向かれてしまった。
「では、後の事はよろしくお願いするので在る!」
「ま、待つデスレオン!ほんとにちょっと待つデスよ!!」
「む?」
そう言って、今にも船から飛び降りて走り出そうとしていたレオンを、キサラが慌てて呼び止める。
「何もそんな急がなくても良いじゃねぇ~デスか!?なんでそんな急ごうとするデスか!!」
「無論!早く着けばその分お給金を請求できるからである!!」
「結局ソレですか!?こっからラシャメル迄どの位在るか解ってるデスか!?」
「ウム!急げば3時間と言った所であるな!!」
「おめぇ~どんだけ規格外の体力馬鹿デスか!?普通んな時間で着く訳ねぇ~だろがっ!デスよ!!」
「フハハハハッ!それが吾輩なのである!!」
「じゃぁもうレオンだけ先に行けば良いじゃねぇ~デスか!」
「それでは吾輩が寂しいでは無いか!!」
「何堂々ときめぇ~事言ってるデスか!?冗談でも笑えねぇ~デスよ!!」
冗談か本気か解らないその台詞に、キサラが大声でツッコミを入れると同時、船内中の注目を集めている事に気付いたキサラが、一旦そこで言葉を切って押し黙る。そして一旦間を開け、諦めたような表情でため息を吐いた。
「解った、解ったデスよ、じゃぁこうするデス。とにかく2時間私を寝かすデス。したら私がテレポートで近くの街まで行くデス。」
これが妥協案だと言いたげに、レオンに対し話を持ちかける。キサラの持ちかけた案に対し彼は、しかし腕の力を弱める事はせず、所か突然甲板を蹴って助走を付け始める。
「ちょっ!?ちょちょっ!何走り出してるデスか!?」
「往生際が悪いのであるぞキサラ嬢!諦めるのである!!」
「何でですか!理由を言うデス!!」
「テレポートで向かっては、結局向こうに着く頃には魔力が足りず、万一の際に動けぬでは無いか!」
「馬鹿のくせに何でこんな時ばっか正論言うデスか!!だ、誰かあああぁぁぁー!?」
「フハハハハッ!トウッ!!」ダンッ!!
――バシャアアアンッ!!
胸にキサラを抱いたままレオンは、船の手すりを踏み台にして勢いよく飛び出した。数百mを軽く飛び越え海面に着水した彼は、そのまま海面を走り出し南西へと進路を取った。
『では、後の事をよろしく頼むのであるぞ!シルフィード嬢、ウィンディーネ嬢!!』
「りょうか~い!レオン君も頑張ってねーっ!!」
『イィィィヤアアアァァァーーーッ!!またこのパターンデスかぁ~!?誰か助けてデスよぉ~!!』
「ごめん無理ーっ!!キサラちゃんも頑張ってねーっ!!」
ほんの瞬き程の時間で、あっという間に遠離ってしまったレオン達を、ニコニコ満面の笑みでシリフィーが見送る。その様子を呆れた表情で眺め、ため息を吐くウィンディーネだった。
『フハハハハッ!それでは皆さん!また2章後にお会いしましょう!!』
………
『何言ってるデスか!?もぉー嫌デスーッ!!』
『フハハハハッ!!』