子連れJK異世界旅~YOUは何しに異世界へ?~(11)
「――アクア遅いね?」
「そうですね。」
エイミーにお茶のおかわりを貰いながら、急に思い出したかのようにオヒメが呟いて、アクアが消えた際に立っていた場所に視線を向ける。それにつられる形でエイミーも、同意の言葉を口にしながら視線をそちらに移した。
アクアがウィンディーネの元へ行くと、そう告げてからも既に20分が経つ。ただお土産を持って行くだけにしては、確かに遅い気もするけど…
「どうせ、ウィンディーネに甘えてるか、そうじゃ無かったらカーラさんに捕まって、説教でもされてるんじゃないの?」
アクアの消えた場所を見やる2人に対し、先程の市場で購入したビスケットを風華と分け合いながら、投げやりな感じでそう告げる。確かに遅いけど、向かった先が精霊界なんだから、心配するだけ損ってなもんだろう。
「もう優姫ったら、そうやってすぐに茶化すんだから…少し位心配してあげて下さい。」
「そうだよママ!アクアの事になると意地悪だよ!?」
そう思い、軽口のつもりで言っただけなのに、途端に2人の反感を買って叱られる結果となった。これが日頃の行いって奴ですか…
あ~ぁ、2人が急にそんな事言うもんだから、ビックリして風華が髪の中に入っちゃったじゃん。この子の豆腐メンタル、今後どうにかしなくっちゃね~
ってか、エイミーがアクアに甘いのは、今に始まった話じゃ無いから良いとして、なんかオヒメもアクアの肩持つ様になってきたわね。いやまぁ、それだけ仲が良いって事だし良いんだけど、なんか納得いかないわぁ~…
「ん…?」
「優姫?」
ちょうどその時、カントの正門方向から人の気配を感じ、そちらへと視線を向ける。一瞬、ようやく明陽さん達が来たかとも思ったけれど、それにしては妙な感じだ。
だってあの2人は、いつも気配を極力消して行動してるからね。それに、ギリギリまであたしに気配を察知させずに、突然背後を取って驚かす位の事しそうだし。
それに比べて今し方感じた気配の主は、自分の存在をまるで隠そうとしている風に思えない。感じる気配も1人分だし、明陽さん達では無いだろう。
なら、まるで関係ない人だろうけど、だとするとこんな林の中に何の用かという疑問に至る。地元の人が、山菜かキノコでも採りに来たのだろうか?
にしては、まるっきりの素人って気配でもなのよね。ただ、敵意は感じられないし…
そう思い至った頃、遅れてエイミーもその気配に気が付き、訝しがりながら正門の方へ視線を向ける。それと同時、木々の間から気配の主だろう人影が僅かに見えた。
あの人…なんであの人がこんな場所に?
まだ距離が在るし、木の隙間からチラッと見えただけだけど、あんな特徴的すぎる人見間違える筈がない。街の門を出る時に、道ですれ違ったあのナイスバディーな美人さんだ。
「優姫。」
「えぇ。」
同じくこちらに向かって来る彼女を見つけたのだろう、エイミーの呼びかけに視線はそのまま頷きながら答える。向かってくる美人さんは、まだこちらに気が付いていないらしく、周囲をキョロキョロ見渡しながらゆっくり歩いている。
何か探してる?あたし達…なんて事無いわよね?どうしよう、声掛けた方が良いかしら。
「ママ?もしかしておばあちゃん達?」
こちらに迫ってくる美人さんの動向を探っていると、不意にオヒメの暢気な声が聞こえてくる。その声に思わず視線だけ動かすと、1人きょとんとしながらビスケットを頬張る姿が目に入った。
平和だなぁ~この子の頭ん中…昨日今日の勇ましさ、ほんと何処行ったのよ?
そんな感想を抱いた直後、美人さんがやって来る方角から視線を感じる。どうやら向こうも、こちらの存在に気が付いたらしい。
ならそろそろ、声を掛けるべきタイミングかと、そんな考えが頭を過った次の瞬間――
「ッ!?」
「優姫!」
――何の前触れも無く唐突に、あたし達に向け殺気が向けられる。予想だにしていなかった突然の事に、一瞬反応が遅れてしまう。
慌てて身構えようとした直後――
「――Freeze!!(動かないで!!)」
辺りに鋭く響いたその声に、身体をビクリとさせつつ素直に従う。そうする以外、他に取りようが無かった。
何せ相手は、道ですれ違った通りなら遠距離主体の冒険者。あたしが身構え武器を召喚するよりも、エイミーが精霊術の詠唱を終えるよりも先に、弓に矢を番え狙いを定めていたからだ。
まずったわね、完全に油断してたわ。まさか、こんな状態になるなんて…
しかし、だとしても何故このタイミングで?あたし達を狙っていたのなら、道ですれ違った時に襲われそうな物だけど…
道ですれ違った時、オヒメを見て微笑んでいたのも、とても演技と思えない。なら、すれ違った後に、何かがあったと言う事だ。
となれば、考えられそうな事は…
そこまで思考を巡らせて、この状況に着いていけずに困惑している、オヒメの方へと視線を向ける。より正確には、彼女が頭に今も着けている狐のお面だ。
ドラグノフの値段をつり上げた理由を聞いた時、先に買い求めていたというお客の事を、確かにおじいさんは『彼女』と言っていた。その『彼女』が、今あたし達の目の前で弓を構えている女性と同一人物なら、この状況もある程度説明が付くのだ。
道ですれ違った後、彼女があのお店へと向かい、そこでドラグノフが売られた事を知り、そこでおじいさんからあたし達の特徴を聞いて、ここまで辿り着いたとすれば納得だ。そして、追いかけてきた目的は、腹いせにドラグノフを強奪しに来たか…
だとしても、そんな短慮を起こす人に、あのおじいさんが情報を渡すとも思えない。オヒメの狐面をたまたまあのお店で見ていて、あたし達に行き着いたとも考えられるけど、あの時既にドラグノフの入ったジュラルミンケースは、精霊界に送った後だから、簡単にあたし達に行き着くとも思えないけど…
それに、仮にドラグノフ目当ての腹いせだとして、こんな短慮を起こすような人なら、林に足を踏み入れた瞬間から、敵意を向き出ししててもおかしく無い気がする。あたし達を向こうが見つけて、殺気を放つまで幾ばくかの時間もあったし…
「Raise both hands.Hold hands behind the head!!(両手を挙げて、頭の後ろで手を組みなさい!!)」
殺気立つ彼女にそう言われ、エイミーに目配せして頷き指示に従うように促しつつ、言われた通り両手を頭の後ろで組んだ。同時に、呼吸を整え集中力を高めていき、隙あらば何時でも動けるようにしておく。
まるでピースが揃っていない状態で、これ以上考えても答えなんて出やしないい。とにかく今は、この状況を切り抜ける為に、全神経を研ぎ澄ませないと。
「何ですか貴女は!?こんな事をして、どういうつもりですか!!」
女性の――と言うよりあたしの指示に従って、両手を頭の後ろで組んだエイミーが、毅然とした態度でそう叫ぶ。直後、矢の向けられる先が彼女へと向かう。
「エイミー!?」
「大丈夫よオヒメちゃん。落ち着いて。」
矢を向けられて尚気丈に振る舞うエイミーが、不安の余りに叫んだオヒメに対し声を掛ける。流石は金等級、この程度じゃ動じたりなんかしないわね。
「What is the purpose of doing this?(こんな事を何が目的なの?)」
その直後、英語で女性に話しかける。すると今度は、矢の向かう先があたしへと切り替わった。
「…Are you Japanese?(貴女、日本人?)」
「Yes.What is it?(そうよ。それが何?)」
「貴女、質問に答えなさい。」
彼女の質問に答えた直後、途端に流暢な日本語でしゃべり出し、少なからず驚いた。見た目混じりけ無しの白人が、訛りを感じさせない喋りで話し始めたからだ。
「…質問って何ですか?」
そんな驚きを隠しつつ、油断なく彼女を見据え問い返す。ともあれ、その質問の内容如何では、彼女の目的が解るかも知れない。
「そこに在るその車――」
あたしの問い返しに対し、一切の間を開けずそう呟いた彼女は、弓を油断なく構えたまま顎でジープを指し示す。同時にあたしは、集中力によって引き延ばされた時間の中で、再び思考を巡らせていく。
彼女の目的は、この車?いや、でもそれだと辻褄が合わない。ここにやって来る以前から、あたし達がジープを所持していたと、知りうる術なんて無い筈だ。
なら当然、ここに来てこの車を始めて目にした筈だ。この車を見て、あたし達に殺気を向けた…けど、一体何で?
ここは、1度見方を変えてみよう。もし彼女が、この車をあたし達から奪おうとかしようとしているのでは無く、あたし達から取り返そうとしていたら?
この車を見て殺気立った理由が、この車の正当な所持者があたし達で無い事を、彼女が知っていたら…
「――それがなんで此処にあるの!?貴女達、一体どうやってその車を手に入れたの!!」
彼女がそう続けるにつれ、その言葉に熱が籠もり更に殺気も膨れ上がっていく。質問に答えなければ矢を放つし、答え如何によっても撃つという意思が、まるでにじみ出てくるかのようだった。
間違い無い。この人…ッ!?
恐らくは、『正解』に辿り着いただろうその瞬間、背筋が凍る感覚に襲われて思わず身体が竦み硬直する。しかしそれもほんの一瞬、無理矢理身体に鞭打って言い聞かせ、精神的な拘束を引き千切り一気に立ち上がた。
「ッ!動かないで!!」
あたしの突然の行動を見て、弓を構える彼女が警告を発する。今彼女を刺激するのは、余りにも無謀で危険な行為だと解っている。
だけど、ここであたしが動かなければ、危険なのはむしろ彼女の方だ。ちょっとした誤解が切っ掛けで、最悪の事態を起こす訳には行かない。
彼女の警告を無視したあたしは、立ち上がると同時に精霊化して、瞬時に地を蹴り真っ直ぐ彼女の方へと向かって行く。
「このッ!!」バシュンッ!
直後、彼女の構えた弓から、あたし目掛けて矢が放たれる。しかしその矢は、絶対にあたしに届く事はあり得ない。
何故なら――
――ガシッ
「ッ!!What!?」
――目にも留まらぬ速さで、突然彼女の前に立ちはだかった譲羽さんによって、いとも容易く掴まえられたからだ。矢を手に掴んだ譲羽さんが、ジロリと彼女の事を睨み付ける。
「ひぃッ!?」
途端、睨み付けられた彼女が後ずさる。そして――
「貴様…儂等のツレに何しとるんじゃ。」
「ッ!?」
――上空からドスの効いた低い声で、明陽さんの冷徹な言葉が降り注ぐ。思わず頭上を見上げた彼女はきっと、本物の恐怖をその目に焼き付けた事だろう。
「武神流陸芸剣術――」
「駄目!!明陽さん!!」
そんな声を耳にして、しかしあたしは脇目も振らず駆け抜ける。そしてギリギリの所で、振り下ろされ始めた明陽さんの刃と、恐怖で身体が硬直している美女との間に、無理矢理身体をねじ込んだ。
「いけない!優姫!!」
「おばあちゃん止めて!!」
その瞬間、エイミーとオヒメの叫びが林の中に木霊した。きっと、ようやく状況に思考が追い着いたんだろう。
けど、心配しなくて大丈夫よ。明陽さんが持つ武器は、一通り眷属化してるから、あたしを傷付ける事が出来無いし、それに――
「――全く、いくら攻撃が通用せんとは言え無茶するのぉ~流石に儂も肝が冷えるぞ?」
――殺すつもりで振り下ろした後でも、彼女なら紙一重で寸止めする位訳無いって信じてたしね。
呆れたようなその呟きを耳にして、ゆっくり背後を振り返る。見ると明陽さんが、苦笑を漏らしながら、美女に覆い被さる形となったあたしを見つめていた。