子連れJK異世界旅~YOUは何しに異世界へ?~(9)
「なんだね?私の顔に何か着いてるのかね。」
「あ、いえ…何でも無いです、すみません。」
すぐに返事を返さずにいると、おじいさんが怪訝そうな表情で聞いてくる。直ぐさま慌てて取り繕ったあたしは、誤魔化すように咳払いを一つ吐いた。
「…それで、聞きたい事とはなんですか?」
仕切り直すようにそう言いながら、受け取っていた狐面を返そうと差し出す。
「客にこんな事を聞くのも不躾だと、解っているんだが…」
しかしおじいさんは、そう前置きしながら何故だかそれを受け取ろうとせず、変わりに目を細めながら狐面へと視線を落とす。
「それにも興味を示していたし、どうやらお嬢さんは、異世界の品を集めている様だね?」
「えぇ、まぁ。その通りです。」
そして直後にそう問われ、間を開けずに素直に認める。これだけあからさまなんだから、そりゃ気付いて当然だし、変に間を開けて勘ぐられたくも無いからね。
「見た所、冒険者のようだが…あの金額を即金で出せるなど普通ではあり得ない。何か裏があるんじゃ無いかね?」
あたしが返事を返してすぐ、立て続けにそう問われ、思わず苦笑しながら肩を竦める。成る程確かに、この質問は不躾にも程がある。
要するに、冒険者の稼ぎじゃ逆立ちしたって買えないんだから、強盗か何かして稼いだ汚いお金じゃ無いかと、そう疑っているんだろう。所謂マネーロンダリングによるお金のお洗濯に、自分の店が使われるんじゃ無いかと、そう勘ぐっているという訳だ。
まぁ、状況だけ見たらそう思われても仕方無いけれど、いくら何でも酷くない?見た目明らかに人相悪い、世紀末覇者みたいな冒険者の一団だったら万に一つ有り得る話だろうけど(ぇ
けど、あたし達みたくきゃぴきゃぴぷりちぃーな女子のグループを、そんなのと同列に見るなんて、全く失礼しちゃうわね!オコよオコ!プンプン!!
けどまぁ、だからってここで突っぱねて答えなかったら、疑いが益々深まってしまうだろう。そうなったら、折角売って貰える事に成ったのに、今までの苦労が水の泡に成ってしまいかねない。
かと言って、下手に言い訳がましい事を言っても怪しまれそうだし。やれやれ、面倒ね…
「…実は、最近帝都で異世界の品を集めるように、王様から勅命があったんですよ。」
「何?」
少し迷う振りを敢えて晒し、他に聞く人も居ないと言うのにわざわざ顔を近づけ、更に口元に手を添え声まで抑えて、さも密談ですよと言った雰囲気をわざわざ匂わせて話を切り出した。直後、疑わしい眼差しを向けながらも、あたしの話しに興味を示したようだ。
「王城に持って行けば、結構な金額で買い取ってくれるって話なんですよ。」
「そんな話は、初耳だがな…」
「本当にここ最近ですからね。まぁ言っても、ここ10日位の話ですが。」
訝しがるおじいさんに対し、身振り手振りも交えて説明していく。これ以上やり過ぎれば、すぐに嘘臭くなるって言うギリギリを責めて、敢えて慣れていない雰囲気を演出し素人感を醸し出す。
この手の人って疑り深いから、変に弁が立つとかえって用心深くなるのよね。やり過ぎちゃうとそれはそれで嘘くさいし、加減が難しいわ。
「と言うとお嬢さん達は、帝都から来たというのかね?」
「えぇ、そうです。今日の便でこの街に着きました。」
そう答えた直後、例の威圧的な視線で、あたしを睨み付けてくるおじいさん。
「ならつまり、ここで購入した物を、帝都で転売しようという腹づもりかね。」
直後、凄みを効かせた声音で鋭くそう呟いてくる。まぁ今の所だけ聞けば、誰もがそう思うだろう。
本人の性質に寄る所か、それともこちらの世界でも、一定数そう言った行為を毛嫌いする人が多いのか。ともあれ、そうやって利益をむさぼるハイエナは、どうやらこのおじいさんに好かれないらしい。
まぁ、あたしもそう言う行為嫌いだから、逆にこのおじいさんに好感持っちゃったけどね。転売ヤーとか、淘汰されてマジ死滅しちゃえば良いのに!
「そ、そう思うかもしれませんが、そんなに結論を急がないで下さい。私達はその帝都から依頼を受けて、各地を回って異世界の品を集めているんですよ。」
「何!?本当かね。」
流石に何度もその視線を向けられて、あたし自身もう慣れたものなんだけれでも、敢えて怯んだ演技を交えつつそう答えた。直後、目を丸くして驚くおじいさん。
「一国から、直接依頼を受けるような冒険者には見えんのだが…」
成る程、だから必要以上に驚いたんですね?ちょいちょい失敬だなこの人!
「疑うんでしたら、ツレのギルド証をご覧入れましょうか?エイミー…エルフの彼女は、『金色の精霊姫』と呼ばれている、金等級冒険者ですよ。」
「何と!?ではお嬢さんも金等級なのかね?」
あたしがそう答えると、更におじいさんが目を丸くして驚き聞いてくる。それを前にして、フードとマスクの下で思わず自嘲気味に苦笑して、これ見よがしに肩を竦めて見せた。
「いえまさか。まだこちらに来て日の浅い、ただの異世界人ですよ、わたしは――」
――そ~ですよ。おじいさんの見立て通り、あたしゃ大した事無いですよ、ケッ!
立場?階級??何それ美味しいの??
「こっちに飛ばされてきた日に、たまたまエイミーに助けられて、それから行動を共にさせて貰ってるんです。向こうの世界に戻ろうと帝都に向かったら、今月の返還式が延期になってしまいましてね。来月までどうしようかと考えていた所に、彼女を指名した依頼が入ったんですが、一口にあたし達の世界の物と言っても、こちらの世界の物と区別が付きにくかったりする物も、結構多いじゃ無いですか。それに、あたしには『透視』に似た能力もありましたし、お世話になったお返しに彼女の仕事を手伝おうと思いまして。」
と、言う設定で押し通す!!
「ですから決して怪しいお金で、支払おうという訳ではないのでご安心下さい。異世界の品物の購入資金として、帝都から支給されたお金ですので。」
「ふむ…」
そう締めくくられたあたしの説明に、おじいさんはまだ少し疑っている様子だ。けど、話の筋は通っているし、隠すべき部分はしっかり隠してるけど、嘘はほぼ言っていない。
だからきっと『言い分に納得はしたけど、何処まで信用するか決めかねてる』って感じかしらね。そりゃまぁ、顔隠した素性解んない女の言い分なんて、そうそう信じらんないもんね。
けど別に、こちらの言い分を全部信じて貰えるなんて、そんな都合の良い事思っていない。あくまでもあたしは、おじいさんの質問に答えられる範囲で、誠意を持って答えたに過ぎない。
おじいさんやこの店に、不利益を齎さないとさえ解って貰えれば、それで十分なんだから。これでまだとやかく言うようなら、その時こそエイミーのギルド証見せれば、もうちょっと信じてくれるでしょう。
「あの、それでこのお面なんですが…」
一旦間を開けタイミングを見計らい、怖ず怖ずと手渡されたままだった、狐のお面を再び差し出した。それを目にしたおじいさんは、しかしやはりすぐに受け取ろうとせず、目を伏せ大きく息を吐き出した。
「…それは、迷惑料としてお嬢さんに譲ろう。」
「え?いや、でも…」
そしてゆっくりと目を開いたおじいさんが、静かな口調で思いがけない意外な言葉を口にする。それに思わず驚いたあたしは、突然の事に言葉に詰まった。
「私の居た世界では、そこまで高い物では無いですか…こちらでは稀少な物なんですよね?」
「そうは言っても、銀貨3枚位で買い取った物だよ。」
いやいや、十分高けぇ~し!銀貨3枚って、日本円で6万位でしょ?これ、確かに伝統な張り子の手作り1品物だけど、流石に高くても1万しない位でしょう!
「十分高価な物ですし、やはりタダで受け取る訳にはいきませんよ。それに迷惑料と仰いますが、そんなの受け取る謂われもありませんし。やはり相応のお金で引き取らせてください。」
ってか、買い取らないとさっきの説明の辻褄会わないんで、是非買い取らせて下さい。とは、決して言わない。
ともあれ、折角のおじいさんの申し出を、あたしはあっさり断って逆に申し出る。それを聞いたおじいさんが、再び目を伏せ大きく息を吐き出した。
「…なら、あの箱と楽器とその仮面、3つ合わせて金貨10枚で良い。」
「え?」
そして先程同様、またもその口から思い掛け無い言葉を口にする。だけど、こう立て続けとも成れば、流石にそこまで驚く事は無かった。
それに、薄々こうなるんじゃ無いかとも、何となく予想も出来ていたしね。
「…では、金貨10枚です。確認して頂けますか?」
「うむ。」
その申し出を今度はすんなり受け入れたあたしは、金貨の入った袋を取り出して、中から代金分を数えて差し出した。それを受け取ったおじいさんが、1枚1枚しっかり確認していく。
「あたしからも質問良いですか?」
「…何かね?」
その様子を見下ろしながら眺めつつ、おじいさんに対し声を掛ける。あたしの言葉を受けて、確認する作業はそのまま、目配せ1つせずに返事だけを返してくる。
「あの銃が収まっていたケース、本当は幾らだったんですか?」
構わず続けて質問を投げかける。けれどすぐに返事を返す気が無いらしく、黙々と金貨を数えていくおじいさん。
「…10枚、確かに頂戴したよ。」
ややあって、金貨を数え終わったおじいさんがため息を吐いた後、ようやくこちらへと顔を上げる。
「どうやらバレバレだったようだね。」
「まぁ確信持ったのは、さっきのやり取りですけどね。」
そこか諦めたような表情で言うおじいさんに、肩を竦めながら答える。そのあたしの返事を聞いて直後、自嘲気味に苦笑しだした。
そりゃ、ジュラルミンケースを話題に出してから、ずっと様子がおかしかったからね。あれでうっすらでも気が付かなかったら、それこそどうかしてると言って良いだろう。
「嘘を吐いて済まなかったね。本当は、金貨4枚で売りに出しているんだよ。」
「と言う事は、6枚も上乗せして吹っ掛けたって訳ですか。」
「あぁ。」
「それの迷惑料ですか?」
「あぁ…」
「律儀なんですね。」
そう呟いたあたしがクスリと笑うと、途端に不服そうな表情となって、不機嫌そうに鼻を鳴らした。それが何だか拗ねた子供の様に見えて、不思議と可愛く見えた。
「なんでそんな嘘を吐いたのか、聞いても良いですか?」
少し間を開けそう聞くと、やがて観念したような表情でため息を吐いた後、こちらを真っ直ぐ見据えて、重苦しそうにその口を開いた。
「…実を言うとな。あれを前々から欲しいと言っていた客がいるんだよ。」
「え、そうだったんですか?」
「あぁ、その客も冒険者でな。お嬢さんにも言ったが、うちは取り置きも一切していないし、分割払いなんて事もしていない明朗会計だ。」
そう言いながらおじいさんは、不意にこちらに背を向け机に向かうと、書類の1枚を手に取り机に載せて、羽ペンを手に何やか書き込み始める。
「報酬が貯まったら、必ず買い取るからと言われもしたが、商売とは信用が第一だからね。」
そう言っておじいさんは、書き終えたらしいその書類を、振り向きざまにこちらへと差し出してくる。それを受け取り視線を落とすも、当然読めない。
けど、真ん中に数字が書き込まれている辺り、恐らく領収書か受取証のような物なんだろう。
「それで、どうされたんですか?」
受け取った書類を綺麗に折りたたみ、懐へと仕舞いながら話の先を促した。するとおじいさんは、あたしから視線を外し背もたれに身体を預けると、言葉より先に深いため息を吐き出した。
「…得には何も。」
そしてそう呟いたおじいさんの横顔は、なんとも言えない哀愁を漂わせていた。
「何もって訳は無いんじゃないですか?だって、それなら――」
わざわざ嘘を吐いてまで、妨害しようなんて思わない筈。そう言おうとした所で、おじいさんに手で制され言葉を飲み込んだ。
「本当に私は、何もしていないんだよ。ただ彼女は、それから暇を見つけては、この店に足繁く通うようになってね、1日に2度訪れた事もあった。そんな彼女を見ていれば…」
その人物に少なからず傾倒し、愛着だってきっと沸く。そう続くだろう言葉を、おじいさんは飲み込んで口を閉ざした。
成る程、だからこんなに寂しそうなのか。ドラグノフが売れたと知ったら、もうその人もここへは来ないだろうと思って…
「…すまなかったね、実を言えば私自身驚いていたのだよ。お嬢さんがアレを欲しいと言いだしたのを聞いて、咄嗟に倍以上の金額を提示してしまった。これでは商人失格だな、申し訳ない…」
そう言っておじいさんは、あたしにちゃんと向き直ると、椅子に座ったまま深々と頭を下げた。
「いえ、そんな…気にしていませんから、頭を上げて下さい。それより、大丈夫なんですか?本当に売って頂いて。」
「あぁ、それは大丈夫だろう。金額を用意する前に他の客が買い取ると現れたなら、そちらを優先するといつも言ってあったからな。彼女もそれについては納得済みだ。」
「そうですか。」
「ただ…酷く、残念がるだろうけどね…」
そう呟くおじいさんこそ、酷く残念そうに見える。まるで、孫の喜ぶ顔が見られなくて悲しむかの様に…
「…あの――」
「そこは、お嬢さんの気にする事では無いよ。お買い上げ、ありがとうございました。」
その表情を見ていたら、何時か見たじいちゃんの顔を思い出し、思わず声を掛けようと口を開く。しかしその言葉は、またもや手で制され拒絶される。
そして、直後に自嘲気味に苦笑しながらそう言われ、あたしは言いかけた言葉を飲み込まざるを得なかった。




