子連れJK異世界旅~異世界怪魚列伝~(18)
――誰もが固唾を呑んで、落ちてくる驚異に目を奪われている船上で、冷静な瞳であたしを見つめる視線が2つ。エイミーとオヒメだ。
彼女達と視線を交わし、無言のまま力強く頷いて見せる。それを受けて彼女達は、うっすら口元を弛めて頷き返すと、やるべき事を全うする為直ぐさま行動に移った。
勿論それはあたしも同じ、己のやるべき事を全うする為動き出す。すかさず手にした姉妹双剣を鞘へと戻し、何時ものルーティーン通り深呼吸を繰り返す。
まだ何も終わっていない所か、少し諦めかけていた絶好の好機が、今の今になってようやく訪れたのだから。このチャンス、逃してなるものか。
あたしがヴァルキリーの力を振るう為に、ずっと気にしていた人の目を、今この瞬間まるで気にする必要が無い。なんせみんな――アルゴ船長でさえ、頭上から振ってくる超質量の尻尾に、目を奪われているのだから。
ずっとあたしは、この瞬間をひたすら待っていたのだ。船内で奮戦する彼等の視界が、ベファゴの迫り来る脅威によって釘付けに成り、それ以外の物が全て死角に入るこの瞬間を。
ベファゴの懐に潜り込む様に、わざと船を立ち回らせた理由は、踏み込んだ方が逆に安全という理由ともう1つ。進路妨害をする戦艦の存在を邪魔だと認識させて、分かり易く狙わせる為の囮でもある。
そうする事で、ベファゴの上で闘う明陽さん達の動きを、サポートするという効果が期待出来るのは言うまでも無い。けどそれ以上に、船員さん達の視線誘導を意図的に促して、あたしが動きやすい状況を作る事こそが目的だった。
最初の攻防で、分かり易く船の機動力を披露して、トリッキーな動きで回避して見せたのもその為の布石だ。そうしておく事で、ある低度の攻撃なら余裕で回避出来ると印象付けさせておけば、危機的状況になれば成る程、回避不能をより強く印象付ける事が出来るからね。
これもある種のミスディレクション。最初にあたしが被って見せた、あのガスマスクと同じって訳だ。
ま、アレに比べたら大分心臓に悪いし、質悪いと思うけどね~誰かしら失禁してたら、マジごめんちゃい♪
ともあれ、今まさに船が襲われそうになっている状況こそ、待ちに待っていた瞬間だ。だと言のに今あたしは、居るべき場所に居ない。
今から船に向かった所で、距離が在りすぎて、物理的に間に合わないだろう。ではどうするか?
簡単で単純な話だ、物理的に移動しなければ良いだけの事。今こそが、船を離れる時エイミーに伝えた、いざという時なんだから。
ならばあたしは、彼女の事を信じ何の心配もせずに、ただ粛々と準備を進めるだけだ。それがきっと、パートナーとしての在り方ってもんだろう。
呼吸を整え終えたあたしは、ゆっくりと瞳を閉じて両手をクロスさせ、腰に佩いた姉妹双剣の柄に手を添える。武人一刀居合術、変異二刀の構え『双頭』
「『契約に従いて――」
あたしが構えを取った直後、遠く離れて聞こえる筈のエイミーの声が、まるで耳元で囁かれたかの様にはっきり聞こえる。それが決して幻聴の類いで無いんだと、今ならはっきり断言出来る。
だってそれが――それこそが、あたしとエイミーの確かな繋がりの証明なのだから。次に目を開いたのなら、その時は――
「――彼方より来たれ我が盟友』優姫!!」
エイミーに名を呼ばれた瞬間、意を決して瞳を見開くと、あたかも空が落ちてくるかの様な光景が、目の前に広がっていた。これが落ちきったら、きっと刻の涙も見れるのだろう。
ともあれその視界の端には、遠くしてやられたという表情をする明陽さんの姿。その表情を前にして、思わずドヤ顔でほくそ笑んだ。
『個人契約精霊召喚』それがあたし達の切り札だ。あたしが何の保険も無しに、エイミー1人に船の防衛を丸投げする訳無いでしょうよ。
今日1日、ずっと驚かされっぱなしだったからね。この位やり返したって、きっと罰なんて当たらないわよ。
…うわぁ~急にムスッとしちゃったわよ、あの人。そんな悔しかったんかぁ~
「…やるわよ、エイミー」
「えぇ、優姫。一緒に終わらせましょう。」
ともあれ、ふて腐れてる人の事は一旦忘れて、落ちてくる空――ベファゴの巨大な5つの尻尾を、親の敵でも見るかの様に睨み付け、並び立つ相棒に声を掛ける。
細工は隆々、仕上げをご覧じて見せましょうかしらね。
「『舞を以て武を制し、刃を持って神を殺す。故に我等武神也』――」
「『契約に従いて、我が元に汝のその力、顕現させよ』――」
短いやり取りの後、何時もの口上を口ずさみながら、僅かに右足を前に出して重心を低く落とし、姉妹双剣の柄をギュッと強く握り込んだ。と同時にエイミーも呪文を口にし、精霊術の準備に取り掛かる。
「――武神流剣術亜流、武人一刀居合術鶴巻家、鶴巻優姫。我、半人半精・一身一刀の精霊王ヴァルキリー・オリジン――」
「――『偉大なる大地よ、我等が頭上に集いて金剛と化し盾となれ』こちらは何時でも大丈夫です。」
その言葉に無言で頷き、僅かに息を吸い込んで、つい先日決めたヴァルキリーの合い言葉を告げる――
『『『『「――『一刀を胸に』」』』』』
――と同時、頭の中に幾つもの声がピッタリと重なり、思わず目を丸くした。
『わぁ~い!みんなピッタリ揃ったね!!』
『あっはっは~綺麗にハモったねぇ~みんな考える事は一緒だねぇ~』
『燥いでんじゃ無いわよ2人共。マスター、私達が居る事も忘れないで下さい。』
『マ、ママ!!頑張って!!』
『あ~!風ちゃんずるい~!!それ姫華も言おうとしたのに!!』
『うぅ…だ、だってすぐ言いたかったんだもん…』
『別に誰が言ったって構わないでしょう…』
『おねぇちゃん心が解ってないなぁ~銀は。ま、ツンケンした妹も可愛いけどね、姫ちゃん?』
『ねぇ~!』
『あーもぅ!ツンケンしてて悪かったわね!!』
直後、途端に脳内が華やかに騒がしくなって、自然と頬が緩んでしまう。うちの子達がマジ天使過ぎるんですけど、どうしたら良いでしょうヵ!
ってかみんなして、そんな人の背中押さなくたって良いだろうに、全く…あの落ちてくる空を、どうにか出来ると信じて疑ってないんだから、本当に困った話だわ。
まぁ、こうしてみんなが背中を押してくれるから、あたしも頑張ろうって気になるんだけどね。みんながこうして、力を貸してくれるから――
「推して参る!!」
――例え相手が何だろうと、この身を奮い立たせて立ち向かえるのだ。
込み上げてくるこの熱い思いを、そしてこの揺るぎない決意を、両手に握りしめた姉妹双剣に載せる。狙うべき太刀筋は、明陽さんと譲羽さんが幾度となく斬り付けた、無数の傷に覆われた箇所。
それぞれの尾に刻まれたその箇所が、同一線上に重なる瞬き程の一瞬を狙って、ひたすら神経を研ぎ澄ましていく。過度な集中力によって、何倍にも引き延ばされた時間の中で、またと無いその絶好の瞬間が訪れた時、落ちてくる空に十字に交錯する蒼銀の軌跡が刻まれた。
「『天罰』!!」ズザザンッ!!
先程とは、比べるべくもない高威力の『幻刀』による一撃は、実体で無い筈なのに確かな手応えを、強く握りしめた柄から感じ取る事が出来た。しかし…
堅い…これでも両断出来ないって、マジバグってるわね!!
『幻刀』の軌跡が収まるり、隠れていた部分の全貌が再び姿を現すと、そこには骨と思しき部位を露出させながらも、落ちてくる空は、尚も船を押し潰そうと迫っていた。その光景は、想定内の事態とは言え、思わず舌打ちを打っていた。
ベファゴの脅威的な強度は、散々この目で見てきたんだから、想定していて当然だ。けれど、あんなに必死に箇所を限定して攻撃してきた上、現状あたしが放つ事の出来る渾身の一撃を受けても尚、まだ足りないまざまざ見せ付けられたら、流石に忌々しくもなるってもんだろう。
とは言え、何時までも悔しがっていても仕方無い。そもそも先の1撃で、5本全てを両断出来るだなんて、そんな傲慢な事最初っからあたしも考えちゃいないし――
「武神流陸芸剣術――」
――それに、今更1人でどうにかしようだなんて、そんな風に思える訳が無い。みんなそれぞれ、独自の判断で動いてくれると、確信してあたしも動いてる。
「――『飛燕』!!」ザンッ!!
「うぁ゛ッ!!」ボッ!!
だから、両断出来なくても何の問題も無いのだ。『幻刀』の軌跡が消えた刹那、既に明陽さんと譲羽さんが、それぞれ手近の尻尾に飛びかかり、剥き出しとなっていた骨に
技をたたき込む。
――バキッ!ビシビシィッ!!
直後、幻刀の1撃で元から傷付いた所為もあってだろう、人の胴体程在りそうなぶっとい骨にいとも容易く無数の亀裂が走った。
「行っくよぉー風ちゃん!!――」
そしてここで可愛いうちの子ちゃんドォーーーン!
「――う、りゃあっ!!」ブウォン!!
――バキイィンッ!!
可愛いかけ声と共に、オヒメが手にした風華の本体である偃月刀を放り投げる。直後に偃月刀は、横に激しく回転し弧を描きながら、手付かずだった尾の1本に狙いを付けて進み、その剥き出しの骨に勢いよくぶつかって砕いた。
「まだまだだよ!!」ドンッ!ドドンッ!!ドゴンッ!!
更にオヒメのターンはまだ終わらない。誰も操作していないと言うのに、船に設置された砲台が突然勝手に動き出し、残り2本の尾に照準を合わせるや否や、轟音と共に火を噴いて鉄の砲弾を発射する。
いくら船内の目が、落ちてくる空に釘付けだからって、流石にちょっとやり過ぎじゃないかしら?まぁ、正常な判断が出来る様な状態じゃ無いだろうから、都合良く解釈してくれるとは思うけどさ。
――ゴンッ!ドゴンッ!!ゴガンッ!!ビキキ…
小言はこの際置いとくとして、オヒメの発射した砲弾は、全弾綺麗に残った剥き出しの骨に命中する。人の目が無くなったのを良い事に、ずっと後方待機でやきもきしてた鬱憤を、晴らすかの如きやりたい放題っぷりだ。
しっかし、あの砲弾の命中精度…やっぱり眷属の使い方は、あたしよりオヒメの方が断然上みたいね。
けどまぁ、それならそれで構いやしない。あたしはあたしで、やれる事をするだけだ。
あたしに出来る事、それは――
「武人一刀居合術、変異二刀の構え『陰影』――」
――武神の末席を汚す者として、一刀の元に全てを等しく斬り伏せる事だ。
先の『天罰』を放った状態から、すかさず手にした姉妹双剣を逆手に持ち替える。そして直ぐさま、刀身の周囲に鞘を出現させると、腰の裏側へと持って行き鞘をそこに固定させる。
そして、1度は前に出した右足を引いて両足を肩幅くらいに開き、腰を落として身構え狙いを付ける。狙いは当然、みんなが協力して砕いてくれた骨の部位だ。
「――『夢双』!!」ザンッ!!
狙うべき太刀筋から明陽さん達が飛び退き、風華の本体が退避したのを確認すると同時、再び落ちてくる空に2つの軌跡が描かれる。その2つが交錯し1つとの巨大な線になった瞬間、その線を境界に前後の光景にズレが生じる。
――ズズ…ズズズ…
「エイミー!!」
落ちてくる空にズレが生じた直後、大気を揺るがす様な音が上空から鳴り響く。その音が聞こえると同時、あたしは隣に立つ頼れる相棒の名を叫んだ。
「はい!みんなを護って――」
空を鋭い眼差しで見上げるエイミーが、力強く頷きながら両手を空へと翳す。直後――
「――ガイアース!!」カッ!!
――高らかにその名を叫ぶと同時、空に向かって翳した手の平に、眩い黄色い光が迸った。そして次の瞬間、その光が小柄な少女の影へと変化したかと思うと、再び姿を変えてこの船全体を包むドーム型の結界へと変化する。
それは、彼女がこの何百年と一切使用を禁じてきた、紛う事無き地の精霊王の力だった。
――ズズズッ!!ザッパアアアァァァーーーンッ!!バッシャアアアァァァーーーンッ!!
彼女がガイアースの力を行使すると共に、視界の全てが温かみのある橙色に塗り替えられる。直後、船の周囲に張られた薄い壁の向こう側から、激しい水音が響き続ける。
所か、明らかに重量感のある物がぶつかる音や、まるで嵐か渦潮かと言う音さえ聞こえてくる。けれども、壁の内側はまるで何も無いかの様に、波1つ立たずに静かそのものだった。
その頃になってようやく、船員さん達も状況を整理出来たのだろう。みんな一様に、ぽかんとした表情で周囲を見渡していた。
しめしめ、どうやらあたしの思惑通り、まるで理解が追い着かずにきょどってるわね。これならしらを切り通せる筈!!
なんて考えながら、そそくさと双剣を鞘に納めながら装いを整える。なんなら口笛だって吹いて上げちゃうから、あたしがいつの間にか船に戻った事、誰も気が付かないでいてね?
――ザザアアアァァァーン…
そうこうしている内に、壁を隔てた向こう側の音が大分静かになってきた。すかさずエイミーと顔を見合わせて、あたし達はお互いに頷き合う。
それを合図とばかりに、船を覆う橙色の壁が徐々にその色合いを薄めていく。強力なのは良いけれど、こうも視界が遮られるのは不便よね。
これだと、外の状況がまるっきり理解出来ない。音も止んだし、一応大丈夫だとは思うけど、まだ油断は――
「――いかん!!まだ結界を解くでないッ!!」
「ッ!!」