子連れJK異世界旅~異世界怪魚列伝~(17)
とは言え、だから逃げ出すなんて事、みっともなさ過ぎて出来やしない。ならばせめて、みんなにカッコ悪い所を見せない様、ただ全力で挑むだけだ。
「次じゃ!!」ズズズ…
そう心に決め2人の背後にまで迫った直後、未だ譲羽さんの腕にぶら下がる明陽さんが、首だけこちらに振り向けて叫ぶ。それとほぼ同時、あたし達が足場にしている尻尾が、突如として鳴動し始めた。
今までのパターン通りなら、必要以上にダメージを受けたので、海底に引っ込めると考える所だ。けど今回は、骨を砕いた事によって、単純に尾の重みが支えきれなくなった可能性の方が高いだろう。
まぁ、どちらだって構わない。どのみち尾が沈みきる前に、あたしがやるべき事は、たった1つなのだから。
「武神流舞術――」
姿勢は低く両手を大きく広げたまま、2人の横を通り抜けて前に出る。直後に姉妹双剣を強く握りしめると、それに呼応するかの様に『幻刀』を構成する微精霊達が、激しく明滅したり躍動したりと活性化し始める。
その動きを直に感じながら、左足で踏み込み急ブレーキを掛ける。直後、前のめりになりそうな勢いに襲われるも、すかさず右足を踏み込む事によって、その勢いすら積極的に取り込んで腕へと伝える。
そして狙いを定めた所で、大きく広げた両手を一気に解き放った。煌めく双剣をその手に、腕をムチの様にしならせ胸の前で交錯させる様は、さながら猛禽類が羽ばたく瞬間と言った所だろう。
「――攻之舞『八咫之羽』!!」ザザンッ!!
猛禽類では無いけれど、それ以上に相応しい神話の烏の名を、この技はちゃんと冠していた。まぁ本来は、鉄扇を持って行うのが正しい型だから、ちょっとしたアレンジなんだけどね。
それは兎も角、手にした姉妹双剣の軌跡を追いかけて、『幻刀』が蒼銀の尾を引き軌跡を描く。あたかも霧が晴れるかの様に、軌跡が四散するとそこには、巨大な尻尾の中頃まで傷口が拡がって、肉に埋まってしまった筈の槍の柄が姿を現していた。
流石、大樹よりも太いベファゴの尻尾と言った所か。深手の上から斬り付けたのに、アレでも両断するにはまだ至らないか。
けれどこれで良い。半分以上切れ込みを入れて、しかも骨が砕けているというのならば、これでもう十分と言って良いだろう。
「よし!散れ!!」ダンッ!
直後に背後から響いた号令に、すかさずその場を蹴って飛び退いた。それと入れ替わるように――
――ドカッ!ドカカッ!!ドカンッ!!
飛来したサッカーボール位の鉄球が、あたしの横すれすれを掠めていき、まるで吸い込まれるかのように、今し方斬り付けた尻尾に激突していく。標的にぶつかり役目を終えた鉄球は、勢いを失い重力に引っ張られ、ぼちゃぼちゃと海面へ落ちていく。
けれどもその衝撃は、未だぶつかった尻尾に残ったままだ。発射された8発中、直撃出来たのは5発だけれど、その衝撃力は何倍何十倍にもなって、今もぶつかった箇所を駆け巡っている。
骨という支柱を失い、その圧倒的質量を支えるのに必要だった筋肉も、半分以上損傷していて支えきれる訳が無い。そこに、ダメ押しとばかりに激しく力が加われば――
――ブチッ、ブチブチッ!ブチ…
「ギュルルオオォォオオッ!!」
――海上では、自重を支えるのも困難な超巨大生物故に、その重みに耐えかねて、尻尾を支える残りの筋肉を引き千切りながら、自ずと海面に向かって倒れていくと言う当然の結果に帰結する。
――ブチブチッ!!ズズズズ…ザッパアアアァァァーーーンッ!!…ザアアアアァァァー…
「「「ウオオオォォォーッ!!」」」
肉の千切れる嫌な音と、地響きにも似た音を響かせて、ベファゴの身体から切り離された巨大な尻尾が、海面激しい波しぶきと巨大な水柱を作りだす。直後、巻き上げられた海水が、土砂降りの雨のように降りしきる雨音の中で、雄叫びに似た歓声が負けじと轟いた。
あたし達からすれば、時間の差し迫った中でのようやく1本。けど、船員さん達からすれば、人の手に余る怯んで然るべき様な化物が、その人の手によって傷付けられた貴重な証拠の1本なのだ。
その光景を前にして、自分達の持ち場さえ忘れて、テンション上がりまくるのも無理は無い。未だ降りしきる海水の豪雨の中を、傘も差せずひたすら駆け抜けながら、船の様子を横目に思わず苦笑する。
とは言え、されどまだ1本…なのよね。
しかしそれも一瞬、未だ轟き止まぬ歓声から目を背けると、言い聞かせるようにそう呟いて気を引き締める。そして直ぐさま、散り散りになった2人の姿を探し、虚空に視線を巡らせた。
彼等にしてみれば、待ちに待った瞬間の光景だろし、偉大な1歩と言っても良いだろう。感極まる気持ちも解らなく無いけれど、さりとて何時までも気を弛めている訳にもいかない。
なんせこれから後数回、同じ事を繰り返さないといけないんだからね。そう考えると、流石にうんざりしそうになる。
そんな思いを振り払うように視線を巡らせて、程なく明陽さん姿を見つけると、直ぐさま足の向きをそちらに向けて加速する。見れば2人は、既に合流して次に目星を付けて行動している様だった。
それを目の当たりにして、、自分でも知らない内に早く合流しないととそう考えて、気持ちだけが勝手に1人歩きしそうになる。けれどそうなる前に、嫌になるくらい冷静な部分の自分が、はやる気持ちを抑え付けて、足と一緒に思考を巡らせろと警告してくる。
今のペースのままだと、あたしが加わっても結局地上戦にもつれ込み、甚大な被害が風の谷を襲うぞ――と。
それが嫌なら、この際人の目なんて気にせず、ヴァルキリーの力を解放するべきだ――と。
そう思わざるを得ない程に、ベファゴの進む速度が早いのだ。あたしが尻尾の参加してから、まだ5分と経っていないのに、遠く陸地の影くらいだったシルエットが、岩山の輪郭が見える位にまで大きくなっている。
ざっと見つくろって、陸地まで後10~15分と言った所かしらね。いよいよ、タイムリミットが迫ってきたって感じだ。
このまま海上を進んでシルフィー達の領域に侵入すれば、直ぐさまイザベラさん達が救援に駆けつけて来る筈だ。だとしても、ベファゴを陸地に上げずに瀬戸際で追い返す事は、残念ながらもう無理だろう…このままあたしが、ヴァルキリーの力を全解放しなければ。
と、大きく出てみたけれど、このままベファゴが移動を優先する限り上手く事が運ぶ確率は、3割以下と言った所か。腹を決めるには、少し時間を掛け過ぎたと言わざるを得ない。
けれど、それはあくまでも、このまま事態に何の動きも無ければという、悲観的な状況前提の場合だ。3割以下のこの状況を、ひっくり返す手立てはまだ残されている。
その手立てとは、端的に言って人の目を気にせずに全力を出せる、あたしにとって余りにも都合の良い状況を作る事だった。実の所、ベファゴとの戦闘が始まってからずっと、その瞬間が訪れるのを待っている。
勿論待つだけじゃ無く、そうなる様に仕向けてもいた。だけど、その思惑がなかなか実を結ばず、気が付けばここまで追い込まれている。
その原因は一重に、相手の意識がこちらに向かな過ぎな所為だろう。いくらこちらが策を講じて待ち構えても、意に介されないのならまるで効果が無い。
知能が低いというのは、つくづく厄介ね…扱い難いったら無いわ。状況を動かす為に、まずは1本と思って乗り込んでみたけれど、いい加減諦め時か…
尻尾を1つ切り倒し、それでも意に返さず食欲優先だと言うのなら、これ以上どんなに待ったとしても、あたしが望むべき状況が来る事は、きっと無いと考えた方が良いだろう。そう結論付けようとした時だった――
「ギィジャアアアァァァーーーッ!!!!」
「「ッ!」」
「ぬっ!?」
――突如として上がった、凄まじく大きいベファゴの咆哮に大気がビリビリと震えて、未だ降り続けていた筈の海水が、その瞬間一気に四散して消え去った。
――ズズズ…
「何じゃ急に!!」
「クッ!?」
その直後、それまでどうあっても移動を止めなかった、ベファゴの動きがピタリと収まり、ゆっくりと海中へと沈み始めた。天を突き刺す塔の様に聳えていた首も、威嚇する様に激しく海面をうねっていた尻尾の群も、まるで海の底に引き込まれるかの様。
突然の展開に、その身体の上を足場にしていたあたし達は、慌てて飛び退き安全圏から様子を伺う。一緒に海の底に引き込まれたら、闘いようも無いからね。
深追い出来ない以上、あたし達に出来る事は、警戒は怠らずに何故と首を傾げながら、その行動変化を見守る事しか出来無い。ここまで来て、まさか退いてくれたなんて甘い考えは、流石に最初から持ち合わせていない。
ならば、考えられるベファゴの行動パターンは2つ。1つは、あたし達の迎撃を完無視して、海中から陸地を目指すパターン。
これは正直、やられると1番辛い最悪の展開だ。なんせ海の中では、完全にこちらから手出し出来ないんだから。
更に、迎撃に使用していた尻尾まで移動として使われるから、一気に引き離される可能性も高い。そうなると、もう完全にお手上げ状態だ。
本来、ベファゴからしてみれば、最初からそう行動するのが正解だっただろう。そうせず迎撃していたのは、やはり知能が獣並みという事の証明だろう。
そうこうしている内に、あれだけ大きかったベファゴの姿は、完全に海の中へと消えてしまった。姿を消した水面の一角には、呼吸によって出来たのだろう気泡が、ぶくぶくと激しく海中から上がっている。
しかし、動く気配は今の所無い。ならばきっと、先述に述べた方では無く、もう1つの方だろう。
それもやはり、知能が獣並み故の行動予測だ。単純明快にして、至極短絡的な本能による衝動――
――ゾッ「ッ!!」
――ブクブクブクッ!!
「いかん!逃げよ!!」
不意に、全身の毛穴が開く様な不快感に襲われ、思わず顔を顰めて水面を睨み付ける。直後、その水面に浮かぶ気泡が急に激しくなったと同時、火急を報せる明陽さんの叫びが上がり、唐突に海面に大きな盛り上がりが5つ出来上がる。
――2つ目の可能性、『やられたらやり返す、倍返しだ!!』
――ザバアアアァァァーーンッ!!!!
次の瞬間、盛り上がった海面から、勢いよく斜めに飛び出したのは、言わずもがな巨大なベファゴの尻尾達だ。それらは、まるで手を開いた様な形で飛び出すと、ノーチス号をその手中に収めんと襲いかかる。
「ッ!いかんっ!!回避!!回避だッ!!」
一瞬遅れて、状況を理解したアルゴ船長が、慌てて命令を叫んだ。けれどその頃には、既に色々手遅れだった。
斜めに飛び出した時点で、既に逃げ場は無い。直立の状態から、勢いを付けて振り下ろされるのなら、まだ回避行動を取る余裕があるけれど、あれでは流石に行動に移る暇さえ無い。
おまけに、さっきの尻尾切断で浮かれた余韻が、まだ残っていた所為だろう。アルゴ船長の声に、まるで誰も反応出来ていない。
そうこうしている内に、海面から飛び出した尻尾が、頂点に達してその動きを止め下降を始める。その光景をあたしは、引き延ばされた時間の中で見ていた。
それは、まるで悪夢の様だった。さっきまで、あれだけ嬉々と燥いでいた船員さん達の表情が、頭上から迫るベファゴの尾を目にして、その表情が恐怖に歪んでいく様を、ゆっくり見せ付けられているんだから。
その段になって、行動を起こそうとしてももう無理だ。それが解って、あの冷静なアルゴ船長さえも、周囲の部下達同様に迫るベファゴの尻尾に、その目を見開き釘付けになっている。
そんな中で――
「ア、アバババババッ!?」
…いや、あんたは冷静でありなさいよ、上位精霊。船から投げ出されたって、下海ならあんた無傷でしょうよ…