子連れJK異世界旅~異世界怪魚列伝~(11)
「いよいよですな。」
被害妄想全開でそんな風に思って居ると、不意に後ろから声が投げかけられる。肩越しに振り返ると底には、船員達への指示出しが一段落したのだろう、アルゴ船長の姿があった。
今の彼は、最初に挨拶した時のように、終始穏やか笑みを浮かべた優しい老人という印象だ。さっきまでの、がなり声を上げて船員達に指示出ししていた人物と思えない辺り、人は見かけによらない良い例だろう。
それは兎も角、視線を向けたあたしに軽く会釈した彼は、立派な顎髭を扱きながら、隣に立つエイミーに対して向き直った。
「先程の演説、流石ですな。」
「出過ぎた真似をして申し訳ありませんでした。」
やって来たアルゴ船長に、同じく向き直ったエイミーは、申し訳なさそうにそう言った後、丁寧に深々と頭を下げた。
「とんでもない、こちらこそ助かりましたよ。うちは特に、威勢だけはいっちょ前の若造ばかりでしてな…」
そんな彼女の態度に、苦笑を浮かべたアルゴ船長は、逆にお礼を述べて彼女の頭を上げさせる。そしてそのまま、今も船内を右に左にと駆けずり回る、部下である船員さん達に視線を巡らせた。
「エイミー殿が指摘された通り、皆表には出さ無いように努めていましたが、それでもずっと不安を感じて居たのは事実です。それが解っていても私如きでは、頭ごなしに押さえ付けるのが精々で、根本から払拭する等、到底無理でしたからな。」
「威勢だけだなんて、そんな事ありませんよ。皆さんの気概があってこそ、私の言葉が届いたんですから。」
「確かに、そうですな…」
内情を晒すようなアルゴ船長のその言葉に、まるで眩しい物でも見るような表情となったエイミーが、同じく船員さん達へと視線を巡らせながら言葉を返した。彼女のその表情を前にあたしは、何だか見てはいけない物を見たような気がして、視線を逸らすように航路上へと顔を戻した。
今の彼女の瞳は、まるで期待に胸を膨らませる者を前にした、老人のそれだった。彼女の実年齢を考えれば、勿論そう言う心境に成る事だって在るのだろうし、今までにも似たような感覚を覚えた事はある。
けれど、どうしてもあたしには、その見た目と中身のちぐはぐさに、ひたすら違和感を覚えて成らなかった。と言うか、もしもその違和感を感じなくなったら、初めて出会った頃のように、変に意識して彼女との間に線を引きそうで見たくないのだ。
そういった所で、あたしもまだまだ子供だと自覚している。けれど、見たくない物を見ないで良いのは、子供の間だけの特権だから許して欲しい。
「…しかし、本当によろしいのですかな?」
「よろしいとは何でしょうか?」
そんなあたしを余所に、2人の会話は更に続くようだった。あたしは、船の操作に意識を向けながらも、背後の会話に耳を傾ける。
「スメラギ様方が闘われている所を重点的に狙い、砲撃をするという件ですよ。」
「あぁ、その件ですか。」
「あの御2人のご要望である以上、こちらとしても善処するつもりですが、些か無茶が過ぎるのではありませんかな?」
「そうですね…」
2人の会話に聞き耳を立てていると、不意に視線を感じて、再び肩越しに振り返る。すると、あたしの意見を求めたいと、まるでそう顔に書いてあるかのような表情をしたエイミーと、バッチリ目が合ってしまった。
なんだよぉ~話纏まったんじゃ無かったのかよぉ~
どうせ明陽さんの事だから、詳しい事も何も言わずに、しれっと軽い感じで提案したんだろう。詳しく説明せずにそんな事を言えば、聞く人からすれば常軌を逸してるようにしか思えないだろう。
それでも勢いに任せて押し切られたと、2人の様子を見る限りだとそんな所かしらね。全く、あの見た目子供にも困った物だわ。
「大丈夫よ。あの2人だったら、その位訳無く躱すわよ。」
「そうだとは、私も思いますが…」
「エイミーだってさっきの見たでしょ?投擲した槍をタイミングバッチリに掴まえる様な人が、飛来する砲弾の弾に気付かない筈無いって。だし、むしろ躱せないと思ったら、斬るなり弾くなりするわよ、どうせ。」
「ず、随分乱暴な対処の仕方ですね…」
「ふむ?そちらのお嬢さんは、あの御2人の事をよくご存じなのですかな?」
あたしなりの意見を述べた所で、アルゴ船長にそう言われて、これ見よがしに肩を竦めため息を吐いた。あの2人の関係者だと、認識させたくて同じ服を着たり、わざわざ顔を隠していたんだけど、どうやらアルゴ船長には、まるで効果が無い様だ
まぁ、この船で唯一と言って良い、乗船する前の状態のあたし達を見ていた人だからね。この分だと、目立たないようにしていたあたしの容姿も、キッチリ覚えられていそうだ。
急成長したオヒメと、あわよくば見間違えてくれればと思ったけど、やっぱりそう都合良くは行かないか。折角、今の今までモブの振りして、モブモブ背景に溶け込んでたモブに。
まぁ、気付いて居たのに突っ込んで聞いてこない辺りは、明陽さんの予想通りで何よりだけど。
「あの2人とは、まぁ…『同じ穴の』なんたらってやつですよ。」
色々諦めたあたしは、振り返ると同時に軽口を叩く。けれどどうやらその言葉の意味が通じなかった様で、アルゴ船長が怪訝そうに首を傾げていた。
「なるほど?では、もう1つお聞きしたいのですが…」
しかし言いたい事のニュアンスは伝わったらしく、首を傾げながらもひとまず納得した素振りを見せるアルゴ船長。そして次とばかりに、別の話題へといきなり舵を切った。
「我々は勿論、今までにベファゴを相手にした事などありません。ですが、あれ程巨大な相手に砲弾が通用するのか、正直疑問です。」
そう言って彼は、船首の方をチラ見する。近づいた事によって、更にその姿が大きくなったベファゴを、改めて確認したのだろう。
改めて確認して、その疑問がほぼ確信へと変わったと言う事か。ベファゴに砲弾を浴びせるのは、それこそ鳩に豆鉄砲に等しい行為だという事に。
…ま、実際鳩が豆鉄砲くらったら、ビックリして逃げ出すだろうけど(ぁ
実際、近くに迫ったベファゴの体格を考えると、あたしでもその考えは普通に過る。何せ――
「――言いたい事は解りますよ。ちょっとした動く島相手に、石ころ投げるようなもんですからね。」
「キシャアアアァァァーッ!!」
あたしの言葉とほぼ同時、ベファゴの耳を劈くような咆哮が周囲に響いた。ただ吠えただけだというのに、周囲の空気がビリビリと震えているのがよく解る。
水平線の向こうに、ベファゴがその姿を現した時、一瞬島なんじゃ無いかと見間違ったけど、近くに寄って改めて思う。見間違いでも何でも無く、ガチでちょっとした島位の大きさあるやん…
海の下から姿を見せている尻尾の1本1本が、見える部分だけでも、下手したらシロナガスクジラ位あるんじゃ無いだろうか。それらが海から伸びる中央付近、海から顔を覗かせる胴体部分だけでも、小高い丘ぐらい在って100人載っても大丈夫そう。
そして肝心の首から上はと言えば、根元から半ばまでの太さは尻尾の倍、長さは1,5倍あるだろう。それだけでも十分巨大だというのに、恐ろしいのは海の上から見えている部分だけでそれだけの大きさという事だ。
尻尾や首の太さから考えて、海の下に隠れているだろう胴体と、それら付け根部分だけでも、恐らく相当な大きさの筈だ。1本分の尻尾と首先までの長さだけで、おそらく1キロは軽くありそうだし、全ての尻尾を含めれば、下手したら3キロ近くになるんじゃ無いだろうか?
そんな相手に大砲の弾?大岩に石ころ思いっきり投げつけて、ヒビが入りますかって話ですよ。
…まぁ、譲羽さんとかなら、案外あっさりやってのけそうだけど…
ともあれ、そんな相手にただ砲弾をぶつけた所で、普通だったら意にも介さないだろう。ただ普通に撃っただけならだ。
「だからこそ、あの2人を狙って撃つんですよ。」
「え?」
「はて、どういう事ですかな?」
自分なりに考えを纏めたあたしは、アルゴ船長のご要望通り、その考えを口に出して聞かせる。すると直後、思った通りの反応が2人から返ってきた。
仮装(笑)の準備が在るからと、話し合いの席に同席しなかったから、明陽さん達の真意を9割9分読み取れたか、流石にそこまでの自信は無い。けれど、何を意図して無茶な要望を出したのかは、恐らくこれで間違い無い筈だ。
その考えとは、人成らざる者に対し、人を想定して発展してきた武術を用いるのなら、その根本から考え直せと暗に言っていた事を考慮すると、自ずと見えてくる思いつきだ。その思いつきを、怪訝そうな表情をしている2人に伝えるべく口を開く。
「1発2発砲弾をバラバラに当てた所で効果が無い。だから、砲撃の箇所を限定するんです。」
「同じ箇所に何度となく砲弾を?そんな事が…あっ!」
「成る程、狙いを定める為の印が、あの御2人という訳ですか。」
余り時間も無いしと、かなり手短に纏めたあたしの言葉に、一瞬の間を置いてからエイミーが理解する。けれど、流石部隊を任されている指揮官だけあって、アルゴ船長はすぐに納得した様子だ。
根本から考え直せだなんて、一見して小難しいように聞こえるけど、実はそんな難しい話じゃ無い。人相手の武術なら、斬れば肉が裂けるし突けば刺さる。
なら、ベファゴのような巨大な相手ならばどうか?巨大になればなる程、その肉体を支える為に強靱な筋肉が出来上がるし、それを覆う皮膚も当然分厚くなっていく。
言うなれば、天然の重装甲に覆われているようなものだ。砲弾が通用するかどうか以前の問題として、刃物なんてそうそう刺さるとも思えない。
にも関わらず、天然の重装甲に覆われた尻尾を、何本も切り落とさなければならない。実際、明陽さん達はそれを、過去に何度も繰り返してきたのだろう。
では、どうやって斬ってきたか?答えは至って単純、同じ箇所を何度も斬り付けて、少しずつ斬り進んでいっただけに過ぎないだろう。
樵が巨木を斧で打ち倒すのと、そう大差ない話だ。普段はそうしてきたけれど、今回は時間的に猶予も無いから、大砲の衝撃で更に斬り進みやすくしようというのが、明陽さんの考えなんだろう。
「まぁでも、正確に狙いを付けるのも難しいでしょうから、当てられそうならバンバン撃ち込んじゃって良いと思いますよ。」
「スメラギ殿もそう仰っておられたな。」
補足するように、付け加えてあたしがそう告げると、頷きながらアルゴ船長がそう返す。狙う箇所を定めてなんて、言うは易も良い所だからね。
相手は動かない巨木――まぁ、異世界だから動き回る巨木も居るだろうけど――とは違うんだから、狙いを付けるだけでも一苦労だ。明陽さんも、流石にそこまで求める気も無いのだろう。
存外、自分達が攻撃した場所に砲弾が当たって、怯んでくれたらめっけもん程度にしか、思ってないかもしんない。なんせあの手の人達って、己の力こそ信奉の対象だかんね~
「ともあれ、そう言った理由であるならばこちらも了解ですな。」
そう言ってアルゴ船長は、それまで浮かべていた穏やかな表情を消し、鋭い眼差しで船首の方へと視線を向ける。それを合図に、示し合わせたかのようにあたし達もそちらへと顔を向ける。
見ればもうすぐそこに、巨大な尻尾が何本も海上に塔のように伸びて、水飛沫を立てて暴れ狂う光景が迫っていた。あの長大な尾の射程に入るのも、もうあと僅かのようだ。
「キシャアアアァァァーッ!」バシャ、バシャンッ!!
「やっかましいのぉ!いちいち吠えるな戯けめが!!」
そんな暴れ狂う尻尾の上を、縦横無尽に走り回る2人の姿を見つけ、思わず呆れ顔でため息を吐いた。化物相手に文句を言う明陽さんの声が、咆哮の隙間からうっすら聞こえたけれど、その言葉とは裏腹に表情が、活き活き満面の笑顔だったからだ。
遠目から見ての正直な感想、屋外アスレチック施設で、燥いで走り回ってる子供にしか見えない。夕暮れ時になったら、帰りの電車の中で電池切れしてぶっ倒れないか、心配になっちゃう位に…
緊張感ねぇなぁ~…え、それはあたしもだって?サーセン