間章・金と銀の冒険者さんが、俺TUEEEを堂々とやってのけました。
舞台は変わり深い森の中、金髪で浅黒い長身マッチョの女冒険者リンダが、木の影から少し離れた洞窟を観察していた。
「…ふん。どうやら優姫の読み通りの様さね。大したものだねぇ、あの子の先読みの才は。」
そう呟いて、洞窟の周辺で警戒している野党を視線で追う。洞窟の入り口には、周りを気にしながら、ウロウロしている見張りが2名。
そして洞窟の中から、十数人程度の人の気配を、彼女は感じ取っていた。
「如何致しますか?リンダ殿」
リンダと同じ様に、洞窟を警戒して睨み見ていた案内役のエルフが、彼女に声をかける。
「そうさねぇ…あんた、弓の腕も確かなんだろう?なら、あの見張り2人を、同時に仕留められるかい?
「は?え、えぇ。そのくらいは自信があります
「そうかい、なら良かったよ。」
そう呟いてリンダは、洞窟から離れる様に、物音を立ずに移動し始める。
「あ、あの?リンダ殿?
「良いかい?時間も無いんで手短に済ますよ。」
リンダの挙動に、不思議そうに声をかけるエルフに、彼女はそう告げて立ち止まっていた。その位置は丁度、洞窟から一直線で、身を隠す様な木々が無い代わりに、洞窟の位置からはリンダの姿も、ギリギリ視認出来ない場所だった。
「あたいが今から、洞窟の中の奴等を一掃する。あんたはその位置から、見張りの2人を同時に射抜きな
「あ、は、はい!了解しました。」
リンダにそう言われ、案内役のエルフは背負っていた弓を構え、矢を2本番えて引き絞る。
「ふぅ〜…さて。」
深く息を吐き出したリンダは、彼女の唯一にして1番の自慢の武器である、己と同じ身の丈程は在ろうかという戦斧を両手で構える。その表情は、里を出る前迄の、飄々と笑顔を浮かべていた、彼女のそれではなく、戦を前にした戦士の表情だった。
「良いね、あたしに合わせな
「…はい。」
リンダがエルフに声を掛けて、それに彼が頷く。それを合図にリンダは、まるで野球のバッターが、バットを振りかぶる様な格好を取る。
いや、それはやはり、バッターボックスに立ったバッターと言うよりも、ハンマー投げの選手の様に、異様な迄に身体を捻り上げていた。それによって、まるで悲鳴をあげるかのように、彼女の身体からは、ミシミシと音が軋んで聞こえ出す。
次の瞬間、『ボンッ』と小さな音が聞こえ、彼女の身体が一回り膨らむ。ただでさえ、磨き抜かれた彼女の肉体が更に強化されて、まるで筋繊維一本一本までもが、自己主張してくる様な気さえしてくる。
「…オリジナルスキル。」ズンッ‼︎
リンダは呟き、左足を力強く踏みしめる。と同時に、引き絞り溜め込んだエネルギーを、一気に解放して、踏み込んだ左足を重心に、上半身を回転させて、その回転エネルギーを手にした戦斧へと、一部の無駄も許さず伝えていく。
「ギガント…ハンマアアアァァァーーーッ‼︎‼︎‼︎」ブォンッ!
雄叫びと同時に、リンダの手から巨大な戦斧が投擲された。元々は、ハンマー使いが編み出した、投擲戦闘スキルだったが、彼女はそれを戦斧で再現したのだった。
「な、なんだ⁉︎」
雄叫びと同時に放たれた戦斧は、当然すぐに見張りに見つかってしまう。だが、そもそも気付かれた時点で、高速回転する戦斧は、見張りの横を勢いよく通り過ぎていた。
ズゴゴゴッ‼︎‼︎‼︎
高速回転する戦斧は、洞窟の入り口の上に突き刺さったというのに、それで止まらず、まるで掘削機のよ様に岩を砕きながら突き進む。洞窟の入り口は崩れて塞がり、洞窟内の天井を砕いて、中の野党ごと生き埋めにしていく。
当然、悲鳴が微かに聞こえるが、未だに洞窟を掘り進む戦斧の轟音が、それら全てをかき消していく。
「な、なんだ!何が」ドスッ「ぎゃっ⁉︎」
「おい⁉︎」ドスッ「グアァッ⁉︎」
洞窟を振り返り、何が起きたか確認しようとしていた、見張りの男達の背中に、矢が生えて倒れる。そして、ようやく轟音が鳴り止むと、何もかもが全て片付いていた。
「やれやれ。虚しいねぇ。」
そう呟いて、リンダは森の中から足を踏み出す。反撃は一切許さず、剣戟さえ全くない。
それはもう、戦闘ではなく、ただただ一方的な虐殺。だが、残心は怠らず、辺りを警戒している所は、さすが銀階級冒険者と言った所だろう。
「す、すごいですね、リンダ殿
「どこがだい?こんなのはただの暴力さね。戦いの感傷さえ無い。虚しいと思う事さえ烏滸がましいさね。」
そう呟いて、彼女は崩壊した洞窟へと向かって歩く。そこからは、まだ息のある者達の呻き声が、文字通り地の底から聴こえてくるが、彼女はそれをあえて無視して、自分が投げた戦斧を探しに、奥へ奥へと向かっていく。
「ま、今回は仕方無いからねぇ、時間も無いし。あんたらに同情の余地も無いしねぇ。まぁ、せいぜい苦しんでおくれよ、あんたらが今までやってきた事分位はねぇ。さて…」
独り言を呟きながら、崩壊した洞窟の上を歩いていた彼女が、ようやく行き止まりにたどり着き、その先に戦斧の柄の先端を見つけ、ため息をついて頭を掻きむしった。
「こりゃ、こいつを取り出す方が大変さねぇ。」
同時刻
舞台はまたまた変わって、変わった筈なのにまた森の中。銀髪の仄暗い肌をした、少女にしか見えないダークエルフの冒険者シフォンが、小高い丘の上から、眼下に広がる光景を茂みから観察していた。
「全く。緊張感の無い方々ですわね。キャンプ気分なのかしら?
「さ、さぁ…」
目の前の光景を見ながら、呆れ気味に呟いたシフォンに、案内役のエルフが、どう答えて良いのかわからない様子で呟いた。2人の呟きは最もだろう、森の中で木々が生えていない、少し開けた広場になった場所で、20人程の野党達が、真昼間から焚き火を囲んで、酒盛りをしていたのだから。
「それで、どうしますか?
「貴方、あの方々を弓で一人一人射抜くのに、どの程度かかりますの?矢は足りそうでして?
「は?あ、はい。矢は足ります。射抜くだけなら5分と掛かりません。」
シフォンの言葉に戸惑いながらも、案内役のエルフは、少し考えてからそう答えた。それを聞きながらシフォンは、地面に魔法陣らしき物を描いていく。
「結構ですわ。でしたら、私が合図をしましたら、一人づつ射抜いて下さいな
「は、はい。」
そう言ってシフォンは、魔法陣に手を付けて、ブツブツと呪文らしき単語を呟きだす。それに合わせて、描かれた魔法陣から、黒いモヤの様なものが立ち登り始め、まるで意思を持ったかの様に、広場で酒盛りをする男達へと向かって漂い始める。
「ハハハッ!…ん?なんだ?
「敵襲か!」
当然、黒いモヤが男達に届けば、気付かれるのは当たり前の事で、酒で顔を赤くした男は、酒盛りを止めて立ち上がり、武器を手に辺りを警戒し始める。そして黒いモヤの発生源はすぐに見つかり、男達の視線がその場所へと注がれた。
多少酔っているとは言え、そこは冒険者崩れの野党達。黒いモヤの発生源を警戒しつつ、いつでも動ける様にしながら、慎重に位置を詰めようと動こうとして…
「ッ!な、なんだ‼︎
「あ、足が動かねぇ!」
何時の間にか、地面が黒い沼地の様な物に変わり、野党達の足を搦め捕っていたのだった。それに男達が気がついた瞬間、黒いモヤが一気に吹き出して、辺り一帯に広がって男達の視界を奪ってしまう。
「ちくしょう!なんじゃ」ドスッ「ギャァ‼︎」
「な、なん」ドスッ「グワアアァァッ⁉︎」
男達にとって、一寸先も見ることの出来ない闇の中で、風切り音が聞こえた後には、仲間達の断末魔の悲鳴が鳴り響く。動く事も出来ず、視界も奪われた中で、悲鳴を聞き続ける男達にとっては、地獄よりも恐ろしい場所だったに違いない。
と、それが男達側から見た広場の状況だったが、小高い丘から見下ろす光景は、広場側から見た光景とは全く違っていた。
「すごいですね…幻影魔術ですか。ここまで強力なものは、初めて見ました。」
小高い丘から、弓に矢を番えて、男達を狙い撃ち続けるエルフが、隣で魔法陣の発動を続けているシフォンに声をかける。
「そこまで強力ではありませんわ。あの方々が、多少なり酔っていたので、効果が高まっただけですの。」
そう言って、淡々と矢に射抜かれて倒れていく男達を、哀れみの視線で眺めるシフォン。
黒いモヤで視界を奪った筈なのに、何故意図も簡単に矢を当てられるのか、倒れる男達を確認出来るのか。それは単純に、そんな物は最初から存在していないからだ。
男達が視界の奪った、勢いよく飛び出したモヤも、男達の足を搦め捕った黒い沼も、そんな物は全く存在しないのだ。最初に漂い始めた黒いモヤが、意思がある様に這い出して、広場一帯に浸透したかと思えば、それ以上は何も起こらなかった。
だがその後、男達が武器を手に立ち上がり、シフォン達の場所に目星を付けたかと思えば、いきなりその場でもがく様にして、喚き散らし始めた。それが、シフォン達側から見た光景だった。
「やれやれですわねね。どの程度かと思っていましたのに、まさか警戒していたのが、馬鹿らしく思える程の方々でしたとは。まぁ、広範囲殲滅魔術を使わなくて済んで良かったですわ
「そ、そんなの使わないでください…
「私も使いたくはありませんわ。そんな事をしましたら、他の場所に襲撃がわかってしまうでしょうし。しかし、戦力差が著しいのでしたら、それも止む無しと思っていましたの。まぁその必要もありませんでしたが。」
もはや作業の様に、弓に矢を番えては射抜くを繰り返す、エルフの言葉に、目を閉じてため息混じりに答えるシフォン。
遂に、最後の一人を射抜いた事を確認すると、彼女は魔術の発動を止めてから、腰に差したレイピアを抜き放って立ち上がり、広場へと慎重に進み出してくる。その隣には、弓に矢を緩く番えた案内役のエルフが、後に続いて出てきた。
「最後まで気を抜かないで下さいな。この方々の死亡を確認しましたら、私達もアジトへ向かいますわよ
「了解しました。」
残心を怠らず、辺りを警戒して回る2人は、一通り見て回った後に、ようやく剣と弓を下ろして頷き合った。
「さ、では次へ参りましょう
「わかりました。」
それだけ交わして、案内役のエルフを先頭に、2人は歩き出した。少し行った所で、ふと立ち止まったシフォンは、自分の相棒が向かった方角へと視線を向けた。
『そう言えば、何時の頃からかリンダの心配をしなくなりましたわね。ふふっあの子も随分と、頼もしくなったと言う訳ですわね。」
そう心の中で呟いて、吹き抜けた風に髪を押さえながら、柔らかく微笑んでいたのだった。