子連れJK異世界旅~異世界怪魚列伝~(8)
1人訳知り顔で物思いに耽っていると、直後に獣の咆哮に似た鳴き声が、遠くキノコ雲が上がる方角から轟いてくる。その鳴き声に、快適とは言い難い空の旅から解放されて、ようやく人心地吐いていた船上が、今までに無く色めき立つ。
乗組員達の緊張や恐怖心を、まるで映し出し代弁するかのように、船首像のワンコがボタボタと冷や汗をかいて…って、単に船が着水する時に、盛大に水被ってただけだけどね~
まぁそんな冗談はともかく…
「…なんじゃ御主。余り驚いてはいないようじゃのう?」
不意にそう問われあたしは、顔はそのまま視線だけを明陽さんへと向け、苦笑を浮かべて肩を竦める。
「そりゃまぁ一応は…もしもあれで事足りるんだったら、守護者がわざわざ出張らなくっても、高位の魔法使いが何人か集まって、威力の高い魔法を同時にぶつければ済む話でしょうから。」
「なんじゃつまらん。聡い娘はほんに、リアクションがつまらんのぉ~」
「いや、つまらんつまらん言われても…ねぇ?」
明陽さんに対しそう答えると、本当に面白くないと言った雰囲気で返された。そのあんまりな物言いに、思わずしかめっ面になったあたしは、隣に立つエイミーへと同意を求める。
あたし同様に、こうなる展開が解っていたのだろう。彼女も特に慌てた素振りも無く落ち着き払った
様子で、苦笑しながら頷いて応じてくる。
流石は歴戦の英雄様だ。その可愛らしい見かけからは、到底想像出来無いでっかい肝っ玉が、お腹にどっしりと構えているんでしょうね。
それに比べて…
「あ、あわわ…わわわわわっ!?」
「ふ、ふええぇ~…」
視線をエイミーへと向けた際、色めき立つ船員達に紛れて、あわあわ言ってるのとオドオドしている見知った姿を、視界の端に見つけて思わずため息。まぁきっと、周囲の雰囲気に呑まれたんだろう。
…よし、見なかった事にしよう。
しっかし、低く見られるならまだしも、んなリアクション芸人みたいな反応求められてもなぁ…正直、いまいちベファゴってのがどう凄いのか、未だに良く解ってないあたしでも、少し考えればこの展開は解るもの。
確かにあの『繊月』の一撃は、あたしや明陽さんの予想を大きく上回る威力だった。けど、仮にもしあれで仕留められる様な相手なら、わざわざ白金等級が出張る必要なんて無いだろう。
魔法に関して素人以前の問題だから、平均的な魔法の威力がどの程度か知らないけれど…例えば100人の魔法使いが集まって、最も威力の高い火属性の魔法を同時に放ったとしたら、恐らく『繊月』以上の威力だって出せるだろう。
例えだから大げさに100人なんて言ってみたけど、じゃぁ実際その人数の魔法使いを集めるとなったら、現実的には難しいだろう。ベファゴが、何時何処に現れるのか解らなければ、その半数を集めるのだってまず無理だ。
けど実際には、この時期にここより北上した海域に、毎年現れると解っているのだ。期間も地域も最初から解っているのなら、100人と言わず200人集める事だって不可能じゃ無い。
そんな人数集めて事に当たるよりも、明陽さん達守護者に対処して貰う方が、効率的だと思うだろう。確かに効率的かもしれないけれど、何千何万と居るだろう冒険者達の中でも、最高峰にして守護者と呼ばれる12人の手を、人数を集めただけで対処出来るような事態で、その手を煩わせる事の方が憚られるだろう。
少数精鋭って言うのは、足並み揃えないといけない軍団とは違って身軽だからね。何時何処に現れるのか解らない脅威に備えさせた方が、最善だったりするのよ。
なのにそうしないという事は、ただ頭数を揃えて無闇にゴリ押ししただけじゃ、ベファゴを撃退するなんて出来ない事の裏付けだ。何より、その程度でどうにかなるんなら、とっくの昔に討伐されててもおかしくないもの。
「アレでベファゴめの意識を、一瞬でも刈り取る事が出来たんじゃ。それだけでも上々の成果じゃし、試した甲斐もあるというもんじゃよ。」
「さいですか。」
――キシャアアアァァァーッ…
そう言って明陽さんは、再び聞こえてきたベファゴの遠吠えが、まるで聞こえないかのようなホクホク顔で、手にしていた『繊月』を収納へと仕舞い込んだ。自ら上々の成果と言うだけ在って、上機嫌なのは良いんだけど、あれだけの大騒ぎになったのに、まるで反省の色が見えないのはいかがな物かと。
それはまぁさておき、この通り当人からしてあの一撃で決着を着けよう等とは、露とも思って居ない様子だ。ほんと『的として大っきいから試し撃ちするのに超最適!』位な感覚だったんでしょうね。
ついでに、こちらに敵意を向けさせる為の狼煙でもあったんだろう。その効果も、言わずもがな上々だったらしい。
けど実際、それでこっちの足並みが乱れちゃったら、正直意味ないのよね…
なんて事をため息交じりに思いながら、ベファゴのへと向けていた視線を、色めき立つ船員達へと向ける。2度目に聞こえた遠吠えに、多少なりとも萎縮している様子だった。
船員さん達の反応を見る限り、明陽さんが放った『繊月』の一撃で、きっと全てが終わったと思っていたんだろう。あんな凄まじい攻撃を目の前で見れば、そう思ったとしても仕方無い。
楽観し過ぎと言えばそれまでだけど、規格外の力を見せ付けられれば、誰だって都合良く物事を判断してしまう。例えそれが、訓練を積んだ屈強な軍人でも――この場合軍人だからこそ余計にか――理解の範疇を超えた力だったら、尚のこと仕方無いのかも知れない。
だからこそ、その動揺も大きくなってしまったんだろう。彼等の理解を越えた力を以てしても、尚健在の更なる規格外を相手にしようとしていたのか――
きっと、船員さん達が今思っている様な事は、そんな所でしょうね。だとすると心配なのは…
「案ずるな。平気じゃよ。」
「え?」
そんな風に考えを巡らせていると、不意に明陽さんが呟くのを耳にして、目線をそちらへと向ける。
「…顔に出てました?」
「ありありとな。」
その呟きにあたしは、苦笑しながら聞いてみると、ニヤリと意地の悪そうな笑み浮かべ、さも当然と言った感じで答えてくる。それを聞き、思わずため息を吐いた後、自分の両手で頬の辺りを軽くマッサージする。
ポーカーフェイスには、あまり自信ないと思っていたけど、こうも簡単に表情を読まれるとやんなるわね~絶対ギャンブルには向いてないんだろうな、あたし…
「動揺しとる船員達を乗せたまま、ベファゴに向かって平気かと、どうせそんな事を思っとったんじゃろう?」
「えぇ、まぁ。」
表情筋をマッサージしながら、胸の内でギャンブルを絶対にやらないという誓いを立てていると、何ともなげやりな感じで、あたしが考えていた事を言い当てる明陽さん。それに返事を返すと彼女は、フンッとつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「彼奴等腐っても軍人じゃぞ?余り侮ってやるなよ。」
「や、別に侮ってはいませんけど…」
彼女の言葉に対し、どう答えて良いものか悩ましく、大分歯切れの悪い答え方で言い淀んだ。正直そう言われても、実際目の前で狼狽えている人達を見たら、多少不安を覚えても仕方無いだろう。
ましてや、これから一緒に戦いの場へ向かおうとしているんだから尚更だ。
「まぁ見とれよ。」
そんな風にあたしが思って居ると、意味深な笑みを浮かべた明陽さんが、そう呟いてざわつく船上を顎で指し示した。それを受け、再びあたしが振り返る。
「何を騒いどるか貴様等!!」
そして振り返るとほぼ同時、ざわつく船上を一喝する怒号が辺りに響き渡る。その余りの声量に、空気は疎か船体さえも、小刻みに震え上がった。
直後、あれだけ色めき立っていたというのに、一瞬にして静まりかえった。その怒号の主は、誰在ろう我等が沖○艦長ことアルゴ船長その人だ。
――キシャアアアァァァーッ!
船内が静まりかえるとほぼ同時、三度ベファゴの遠吠えが聞こえてくる。まだ距離はあるけれど、だいぶ近くになってきているようだ。
「標的は未だ健在!!ならば口よりも先にやるべき責務があるだろうが!!」
にも関わらず、むしろその遠吠えを掻き消さんばかりの声量で、再びアルゴ船長の怒声が周囲に響き渡る。直後彼は、あたし達の居る船首――ベファゴの方を指さし睨み付け、そして――
「――総員!!とっとと戦闘配置に着き直せ!!」
「「ハッ!!」」
船長から号令が下された瞬間、船員全員の応答が綺麗に重なりあって轟き渡り、一糸乱れぬ見事に揃った動作で敬礼を――なんか、周囲を気にして見よう見まねで敬礼してる子居るんだけど、気のせいよねきっと。
ともあれ、船員さん達が敬礼を解除して、それぞれテキパキと動き出すその頃には、あれほど周囲を支配していた、不安や恐怖と言った悪い空気が嘘のように消え去っていた。そういや、こんな光景さっきも見たなぁ~
「どうじゃ。あれが軍隊っちゅう奴じゃよ。」
その光景を、ちょっと呆気にとられながら見ていると、横からしたり顔の明陽さんが声を掛けてくる。本当に意地の悪い人だなぁ~
けどまぁ確かに、あんなの見せられた後じゃ、侮るなと言われても仕方無い。鶴のひと声が在ったとは言え、あれだけ及び腰だった人達が、今は何とも頼もしく見えるんだもの。
「軍隊っちゅうんは指揮官の力量次第で、兵共の群にも烏合の衆にもなり得る。よく覚えておく事じゃな。」
「そうですね、肝に銘じておきます。」
続けざまにそう言われ、肩を竦めながらそう返した。まぁそうは言っても、そう頻繁に軍人さんのお世話にはなりたくないわね。
ともあれこれで、後顧の憂いは無くなった。そう思い気を引き締めた所で、再びベファゴの方へと向き直る。
――キシャアアアァァァーッ!!
まだ距離は大分あるけれど、その輪郭が何となく解る位にまで接近したようだ。激しく水飛沫が上がる隙間から、白い胴体が見え隠れしていた。
まるで丸太がうねっているかの様な胴体――と言うよりも尻尾か。そして一目見て判る爬虫類にそっくりな顔、間違いない…
「…白蛇って、吉兆の報せじゃなかったっけ?」
吉兆の報せ所か、不吉と不安しかもたらしそうに無い、巨大な大蛇の姿を目の当たりにして、思わず畏怖の念を覚えた。何せ蛇と言っても、あたしの知ってる地球の蛇とは、スケールから何からまるで違うんだもの。
尻尾はいっぱい在るし、頭にはトサカみたいな禍々しいヒレが付いてるしで、とりあえずキモい。海の中に隠れて見えないけど、頭と尻尾の付け根がどうなっているのか、凄い気になる所だわ…
そんな感想はさておき、そろそろこちらも、おもてなしの準備に取り掛かるとしよう。あたしは、再び意識を船体へと――
――ポンッ「…ん、え?譲羽さん?」
向けようとした直後、背後から肩を叩かれ振り返る。するとそこには、無表情のまま立つ譲羽さんの姿があった。
肩を叩かれるまで、まるで気が付かなかった。明陽さんもそうだけど、普段から2人共気配消してるから、何時も気を配ってないと全然気付かないのよね。
「まぁちと待て優姫よ。儂等が先行するでな、船を操作するのは、それからにせい。」
普段余り接してこない人から、急に肩を叩かれビックリしていると、喋れない彼女の代わりとばかりに、横から明陽さんが話を切り出してくる。彼女が持ちかけてきた話に、けれどあたしは理解が出来ず、眉を顰めながら彼女へと視線を向ける。
「先行するって…どうやってですか?」
まさか小舟を出すとか言うはず無いだろうし、海を走るとでも言うのかしら?まぁ多分、やってのけそうな気もするけれど、それでも速度出たこの船の方が早い気がする…
「口で説明するより見た方が早かろうて。譲羽、頼むぞ。」
思案顔であたしが聞き返すと、彼女は苦笑交じりにそう言って譲羽さんを呼び寄せる。その明陽さんの要請を受け、譲羽さんは無表情のまま首肯すると、ゆっくりとした動作で船首の中央へと移動する。
そして、左足を前に出し半身になると、右手に携えた槍を水平よりやや斜に構え、姿勢を低く腰を捻って力を貯めていく。絵に描いたお手本のような、やり投げ選手のような綺麗な投擲フォームだ。
けど、だからこそ益々話が見えなくなり、思わず首を傾げていた。先行すると言って、ここから攻撃するとでも言うのだろうか?
とそう思った直後、やり投げのフォームを取った譲羽さんに、とことこ近づいていく明陽さん。彼女はそのまま、まるでそれが当たり前かの様に、何の脈絡も無くぴょんとジャンプすると、槍を持って構えた譲羽さんの左肩に飛び乗った。
「ハァッ!?ちょ、まさかでしょ!?」
その光景を目の当たりにして、ハッとひらめいたあたしは、慌てて彼女達に声を掛ける。それを聞きつけ、譲羽さんの肩の上で振り返った明陽さんは、慌てるあたしを見て意地悪そうにニヤリと笑った。
「やれ譲羽よ。」
 




