子連れJK異世界旅~異世界怪魚列伝~(7)
「随分ご機嫌じゃのう?」
目の前に広がる青い空に向けて、調子こいて拳を突き出していた所、横合いに居た明陽さんにそうツッコまれた。声を掛けられ視線を向けると、大きく斜めに傾いた甲板の上だと言うのに、まるで何事も無いかのように平然と直立しながら、呆れた様子でこちらを見据える彼女と眼が合った。
多分5~60度は傾いてるって言うのに、よく平然としていられるわね。普通だったら…
「優姫!」
ふと、呼びかけられて肩越しに振り返る。見るとすぐ後ろで、大きく斜めに傾いた甲板に這いつくばるようにして、必死にしがみつくエイミーの姿。
…うん、普通こうだよね。こんだけ傾斜付いたら、もう坂って言うより壁だもん。
そんな感想を抱き苦笑しつつ、彼女に向かって手を差し伸べる。
「何を笑っているんですか、もう…ちょっとやり過ぎですよ。」
「ごめんごめん。」
文句を口にしながらエイミーは、あたしが差し出した手をしっかりと掴む。直ぐさまその手を引いて彼女を引き寄せ、その腰に手を回し身体を支えたあたしは、悪戯っぽく笑いながら謝罪の言葉を口にする。
別に、エイミーの事を笑った訳じゃ無いんだけどね~
「…正直意外じゃな。」
そんな事を考えていた所、不意に聞こえてきた声に訝しがりながら、視線を明陽さんへと戻す。見ると彼女は、いつの間にか割と真面目な表情で、あたし達の事を見ていた。
「何がです?」
「何って、いちいち七面倒な屁理屈こねて、色々阿呆な恰好――」
「ちょっ!?言い方!!」
「――までして、周囲の目を気にしとったが――」
サラッと無視された…傷付くなぁ~
「――いざとなったら、御主は精霊王の御業を使って対処すると思っとったんじゃがのぉ?」
「あぁ、そう言う事ですか。」
明陽さんが何を言いたいのか察し、苦笑交じりに肩を竦めながら、あたしを支えにして立つエイミーに視線を向ける。すると、その視線に気が付いた彼女が、可笑しそうにクスリと微笑んだ。
要するに明陽さんは、ヴァルキリー・オリジンとしての力を十全に使っていれば、あんな大津波位あたし1人で対処出来ただろうと、そう言いたいのだ。買い被りでも何でも無く、その位出来て当たり前だろうと。
何の根拠も無い、ただの言いがかりに聞こえるけれど、しかし実際の所その指摘は正しい。津波が船に押し寄せているのに気が付いた瞬間、ヴァルキリーの力を前提とした対処法限定で、パッと思い付いた限りだけでも、10位直ぐさま思い付いていた――
――例えば、火か氷の属性を帯びた複製品を召喚し、『流星雨』にして津波を狙い撃てば、蒸発させるなり氷結させるなり出来ただろう。
――例えば、新たな着想の元、在鋭意制作中の新複製品を召喚していたら、その刃が届く範囲の津波を根刮ぎ切り裂く事も出来ただろう。
――例えば、同じく新たな着想から思い付いた新技なら、船の通れる隙間位の分を一瞬で蒸発出来ただろう。
――けれどもそうしなかった。その理由は、決して人の目を気にしていたからでは無い。
「…別に、本当にいよいよって成っていたら、躊躇せずに使ってましたよ。」
「ほぉ。なら御主にとっては、アレは差し迫った状況では無かったと言う訳かえ?」
天に向かって飛んだ船が、行く手を遮っていた氷の根太を通り越した頃、意識を船体に向け水平にゆっくり戻しながら、明陽さんの言葉にそう返事を返した。すると直ぐさま、揚げ足でも取りに来たんじゃ無いかと思うような台詞を、意地の悪そうな笑顔と一緒に返される。
「だ・か・ら言い方!それじゃまるで、あたしが出し惜しみしてたみたいじゃないですか。」
「なんじゃ、違うのかえ?」
直ぐさまあたしは、非難がましく反論する。けれども彼女に真顔でそう返されて、思わずため息を1つ吐いた。
それとほぼ同時、船体が真っ直ぐ水平となり、それまで船尾で風魔法を発動していたオヒメが、その発動を解除する。一瞬の浮遊感が乗船する全員を突如として襲うと、再び船上が悲鳴などで騒然となる。
浮力を失い落下し始めたんだから、それも当たり前の話だ。そしてそれは、心地良かった空の旅の終わりが、もうすぐそこまで来ている事を物語ってもいた。
船首像のワンコも心なしか寂しそうだ。そんな最中――
「――単に、みんなの力が在れば、過ぎた力に頼らなくっても十分対処出来るって、そう思っただけですよ。」
「ほぉ?」バシャアアアンッ!
あたしがぶっきらぼうにそう告げると、すぐ側でそれを聞いていたエイミーが、明陽さんよりも先に反応して、可笑しそうにクスクスと笑う。それに仏頂面して睨み付けると同時、明陽さんの興味深そうな呟き、更には船が勢いよく着水する音が重なって返ってくる。
津波が目の前に押し寄せようとしていた瞬間、昨日までのあたしだったなら、自分1人の力で対処しようと、そう考えて行動していただろう。実際、船の安全を最優先で確保する為、一度精霊界に移動しようかと真っ先に考えた位だ。
例え船員さん達に目撃されて、それが原因で身バレしても、最悪仕方無いとも思っていた。元を正せば、あたしが明陽さんに眷属を渡したのが原因で、この船の人達はただ巻き込まれただけなんだし、その身の安全を何よりも優先するのは、当たり前だもの。
けれど、真っ先にそう考えておきながら、しかしその考えを実行には移さず、あたしは踏み止まった。だって――
「――それ、さっきの仕返し?」
「ウフフッ、だって優姫って、本当に素直なんですもの。見てて何だか可笑しくって…」
横で可笑しそうにクスクスと笑うエイミーに対し、ジト目で自嘲気味な笑みを浮かべつつそう問いただす。すると彼女は、嬉しそうに目を細め柔らかい微笑みを浮かべながら、要領の得ない言葉を返してくる。
そんな彼女に対しあたしは、わざとらしく不機嫌を装いながら鼻を鳴らして抗議する。それが功を奏した訳でも無いだろう、何時もの困ったような笑顔でクスリと笑い、エイミーが再び口を開く。
「昨日の約束、ちゃんと守ってくれているんですね。」
「…まぁ、ね。自分で言い出しといて、舌の根も乾かない内に忘れる訳にもいかないわよ。」
優しい瞳でそう言われては、わざと反発した態度を続けるのも難しい。ため息交じりに肩を竦め苦笑しながら、吐露する様にそう返していた。
津波が押し寄せてきたあの瞬間、確かにあたしは、ヴァルキリーの力を使う事もやむなしと考えていた。けれど、それを思い止まらせたのは、昨日エイミー達と交わした約束があったからだ。
風の谷での決戦で、蟲人上位種のロードに1人挑んだ。その結果は、腹部に重傷を負いながらの辛勝だった。
一目見て力の差は明白だったけど、あたしの方に油断や隙は無かった――と思う。技術や先読みで対処出来ると確信いたし、勝ち筋も早い段階で見えていた。
それでも、かなり肉薄した戦いになるのも解っていたから、ある程度の負傷も最初から覚悟の上だった。だけど結局最後は、運良く産まれてきてくれていた風華の手を借り、更には想定以上の負傷を、自ら受けて相手の油断を引き出さなければ、昨日首を刎ねられていたのはきっとあたしの方だった。
油断や隙は無かった。けれど、慢心や自惚れはあったんだろう――いや、間違い無くあったのだ。
ヴァルキリーの力を過信し、1人で相手をするだなんて息巻いておいて、相手の力を見誤り侮ったからこその昨日の結果だ。シルフィーの申し出通り、確実に2人で相手をしていたら、もっと安全に倒せていただろう。
そうなっていたら、必要以上にみんなを心配させる事だって、きっと無かった筈だ。産まれたての風華を、戦いに巻き込む事だって…
まぁ、たらればで過ぎた事を振り返っても仕方無い。大事なのは、それを過ちだと思い認識するのならば、同じ轍を踏まない様にしないといけない。
その思いから、昨日ロードとの死闘を終えて戻って来た後、過ちを形にして残す意味で、言葉にしてエイミーと約束を交わしたのだ。もう1人で、先走った行動はしないと。
津波が襲ってきたあの時に、思い止まり考え直せたのは、その約束があったからだ。それがあったから、自分1人でどうにかしようとせず、みんなの力に頼ろうと思えたのだ。
そのお陰か、普段よりも視野を広く持てた気がするし、状況把握も普段以上に出来ていたと思う。それに肩の力も、必要以上に入らず軽やかだったと思う。
思えば昔から、個人競技ばかりに取り組んできていた所為で、どんな時でもスタンドプレーに走りがちだった。別にそれが悪い事だとは、今も全く思ってはないけれど、野球もサッカーも、たった1人で全てのポジションをこなす事なんて、どう頑張った所で到底出来無いのだ。
昨日はそれを、言葉通り痛い程痛感した一日だった。お腹に受けた一撃は、その授業料としては、妥当な対価だろう。
銀星に対して、個の力には限界があるだなんて、上から目線で教えようなんて考えているけれど、人の事言えた義理じゃ無いのよね。結局の所、そうする事によって、自分自身に対して刻み込みたいだけなのだ。
ほんと、駄目な精霊王よね~ア○ロさんに『エゴだよそれは!』って言われても、きっと考えを改められないんでしょうね。
「…ふむ。よく解らぬが、まぁ良かろう。」
あたし達のやり取りを見て、何の事だか解らずとも納得したのだろう。怪訝そうにしながらも、そう言ってひとまずその話題を終わらせる。
「それより御主、先程の居合い――『エンキリ』と言っておったのぉ。それは、文字通りの『縁切り』かえ?」
けれども、よし次だと言わんばかりに、真顔で新たな話題を振ってくる。それも、かなり不躾な質問だ。
やれやれ、そんなのどうでも良いだろうに――って、普通だったら成るんでしょうけどね。流石は本家の人、やっぱ気が付いちゃったか。
「…違うって言ったら、明陽さんはどうするんですか?」
彼女の質問に対し、苦笑交じりに肩を竦めながら、失礼を承知で敢えて質問で返した。その返答を受けて明陽さんは、一瞬眉をピクリと動かし、口をへの字にして押し黙る。
けれどそれもほんの一瞬、次の瞬間に表情を弛めた彼女は、意味深な笑みを浮かべながら鼻を鳴らした。
「…別に、どうもせやせんよ。分家の分際で、大きく出たものじゃと思うだけじゃ。」
そう言うと彼女は、それで興味を無くしたのか、それで話はお終いだと言いたげに、視線を船首像の見つめる先――ベファゴを巻き込んで出来た水蒸気雲へと移した。それを前にしてあたしは、心配そうに様子を見守っていたエイミーに、大丈夫だと視線で語りかけながら、何とも言い表せない重たい空気を、深いため息と一緒に吐き出した。
やれやれ…全くひい祖父さんの所為で、変な雰囲気になっちゃったじゃない。まぁ、あたしもちょっと迂闊だったけど…
等と故人に対し心の中で文句を言いつつ、同時に自分の詰めの甘さを反省する。ついでに、明陽さんの耳聡さも恨んどこう。
何故さっき、明陽さんがあんな事を言ったのか…それもこれも全て我が家の流派、武神流亜流武人一刀居合術の開祖にして、あたしの実のひい祖父さんの、本家に対する対抗心が原因だ。
うちの流派で、一番オーソドックスな居合いの型には、『燕切』という名称が付けられているのは、既にお馴染みだろう。そしてこの名称が、他の型の名称とあからさまに毛色が違うというのもだ。
実はこの居合いの型にだけ、2つの意味合いが込められているのだ。1つは言うまでも無く、読んだ通りの『縁切り』――悪縁さえも切り伏せるという意味。
そしてもう1つが、書かれた文字通り『燕』を斬る。ここで言う燕とは、武神流剣術に伝わる、最もオーソドックスな抜刀術の名称『飛燕』の事だ。
要するに、本家の技を越える技を編み出すって、ひい祖父さんの強い意思が、これ見よがしに付けられてるって訳。まぁ、本家の人が字面を知れば、生意気って思うのも当然だろう。
今はそんな事無いけれど、じいちゃんの話だと、一族からの風当たりが強かった時期も、当然ながらあったらしい。まぁあたしは詳しく知らないし、今はそんな場合じゃ無いので、それはまぁ別の話って事で。
ともあれ――
――ゾクッ…
「ッ!」
明陽さんからの視線が無くなり、気を少し弛めた直後だった。全身の毛穴という毛穴が、一斉に開いたんじゃ無いかと思うような、得も言われぬ不快感に突如襲われ、慌てて気を引き締め直し視線を巡らす。
視線を向けたその先は、明陽さんと同じく船首像が見つめる先――今尚、強大なきのこ型の水蒸気雲が、鮮やかな青空に描かれている光景だった。
これは、殺意…と言うよりも敵意ね。やっぱり、こうなるわよね…
――…キシャアアアァァァー…