子連れJK異世界旅~異世界怪魚列伝~(5)
弓の方はひとまず以上として、次は矢についてだ。
…魔弓化したんなら、もう実体矢は必要ないじゃん、て?いやいや、何を仰るウサギさん。
魔弓化した事によって、確かに矢が無くても攻撃する事が可能になった。弓兵において、一番の敵は人じゃ無く矢切れだからね。
その矢切れから解放されたのなら、その瞬間からきっと矢は嵩張るだけの荷物になるだろう。それでも矢を番えるメリットが――例えば、魔弓の威力が格段に跳ね上がるとしたら?。
矢にした眷属の特性を、一言で説明するとしたら、魔力の外部蓄積装置って所かしらね。例えるなら、スマホやパソコンにメモリーカードを差し込んで、本体の容量以上に記憶領域を拡張する、アレと基本は同じだ。
それ単体では、まるで意味を成さないけれど、魔弓に番える事によって本体の魔力集束量を拡張する――それが矢の眷属特性。
まぁ、魔力を集束するのに、ただでさえ時間が掛かるのに、矢を番えた事で更に時間が掛かるようになるって、デメリットがあるんだけどね。魔弓本来の能力、百発百中も使えなくなるし。
けど、この世界に元から存在する魔弓にも、この眷属にした矢が使えるってメリットもある。蓄積量は矢に依存だから、単純な威力の底上げになるだろう。
以上が、眷属化した弓と矢のそれぞれの特性だ。ここまでは良いろう、確かに弓なんてぶっ壊れ性能だし、矢も確かに凄いけど、言ってしまえば補助器具みたいなもんだ。
けど、正直言ってその程度だ。弓兵なら、喉から手が出るような性能だろうけど、弓の心得はあるけど、近接メインのあたしからすれば、進んで使ってみたいとは思わなかった。
まぁ、機会があれば使ってみようかなって程度。あたしが眷属にした物なんだから、むしろこれは当然なんだけど、なんとなく眷属にした武器の威力って言うのが、使わずして解るのだ。
だから、帝都で既にいくつか弓矢を眷属にしていたけど、今の今まで余り興味が湧かなかったのよ。あの繊月イ号と鉄矢を眷属にする迄は――
「クックック――」キュイイイィィィーン――
引くだけでも困難だろう鋼鉄製の弓を、引き絞ったままの状態で獰猛に嗤う明陽さん。その番えられた鉄矢に、可視化された魔力がどんどん集まっていく。
――何がヤヴァイって、繊月と鉄矢が組み合わされたらどんな威力になるのか、まるで見当も着かないってのが一番ヤヴァイのよ。
参考までに。分かり易く数値化でヤヴァさを表現すると、微精霊の魔力量を1とします。
それで数値化すると、帝都で眷属化した弓類3種の内、込める事の出来る魔力量の限界値が、一番高いのはクロスボウで、その数値は約750。対して繊月イ号3000。
この時点で、末期アプリゲーの課金アイテム並に性能がぶっ壊れ☆どんな火力インフラ起これば、同じ世界製で4倍の性能差が付くのかと…
赤いザ○の性能だって、アンテナのお陰で通常の3倍ですよ?(ぇ
続いて矢の蓄積魔力量。これもやっぱり、古いクロスボウの矢が一番蓄積量が多く、その数値は約200。
対して、繊月専用の鉄矢の蓄積量約1300。アホか!6倍以上とか、繊月以上のぶっ壊れ、アホか!
2つ併せて総魔力量約4300。数値だけ言われても、きっとピンと来ないだろうから言い直すと、それだけの微精霊が集まると、もう少しで中位精霊に手が届くのよ。
因みに、下位精霊が身体を構成するのに、最低限必要な量が約500。鉄矢だけで、どんだけため込むんだって話よね、ないわ~
なんでそんなに差が出たかと言うと、恐らく使われている材質が、結果に大きく影響しているんじゃ無いかと思われる。他に眷属にした真竹製の和弓と、金属が多く使われているクロスボウとじゃ、2倍近く開きがあるのがその根拠だ。
と言う訳で、正直個人的にもその威力には興味があった。んだけど…
「ね、ねぇ明陽さん?まさかとは思うけど…試し撃ちで全力とか思ってるんじゃ…」ゴゴゴゴゴッ!!
時間が経つ毎に、番えた矢に集まる魔力が、どんどん大きくなっていくのを目の前に、少し心配になったあたしは、彼女に対しそう問い掛ける。なんせ、溜まりに溜まった魔力の存在感たるは、一般人だったら近づく事もままならず、弾き飛ばしそうな程にまで膨れ上がっているからだ。
おまけに、属性付与まで行ったのだろう、可視化された魔力が燃えるような紅色へと変化し、抑えきれなくなった熱が外気を攪拌し、周囲の温度を跳ね上げていた。おまけに、どうも見た感じ『陽光』の属性強化まで、勝手に発動してるっぽい。
「クッ…クックック。とと、当然じゃろう!?」ギュイイイィィィーン!!
そんなあたしの問い掛けに対し、若干表情を引き攣らせ、明らかに動揺した風な口調で返事を返してくる。どうやら、最初はそのつもりだったけど、予想以上に魔力の勢いが大きくなって、ちょっと後悔してるっぽい。
内心『やっべぇー』とか思ってそうだわ。焦って手を離さないのは流石だけど、そう言う強がり要らんから。
――ズゴゴゴッ!!
そんなやり取りの間も、着々と魔力が矢へと集束されていく。いよいよ大気が震えだし、眷属化して制御下にあるにも関わらず、船は大きく揺れ始め、周囲の光をかき集めたかの様な、眩い輝きを放ち始める。
船上がそんな異様な状態で、まともに作業など出来る筈も無い。あれだけ慌ただしく行き交っていた船員さん達は、今では船の至る所にしがみつきながら、船首中央に突然現れた、闇を照らすかの様な深紅の煌めきを、固唾を呑んで見つめているようだ。
先程響いた、ベファゴ接近の報せの時とは、また違った緊張感が船上を支配する。それも無理ない事だろう、あたしだってアレが暴発したらと思うと、流石におしっこチビリそう…
あ、でもよく考えたら、あれってヴァルキリーの眷属の攻撃だから、あたしとオヒメは平気…か、な?いやでも、眷属『が』余所から集めたエネルギーだからなぁ、うぅ~ん…
…ちょっと触って(ボソッ
「優姫ッ!!」
「ッ!?」
臨界も今や遅しと迫った頃、突如エイミーに呼びかけれて振り返る。別に本気で触ろうとしてたから、とかでは無いのであしからず。
振り返ると彼女は、乱れる髪を必死に手で押さえ付けながら、船の航路上を指差していた。その意味する所を咄嗟に理解したあたしは、慌てて視線を巡らせる。
船の航路上の遙か彼方、水平線にあたしが見つけたのは、一見すると島かと思える隆起した小さな影だった。けれどそれは、決して島の影などでは無いのだと、瞬時に理解する。
何故ならば――ソレは、間違い無く水しぶきを上げながら、大海を蠢くように泳いでいたからだ。
「明陽さん!!」
「武神流陸芸弓術――」
遠く彼方で蠢くソレが、件のベファゴだと悟った瞬間、彼女の名前を叫びながら振り返る。今も尚、荒れ狂う魔力をその手中に収め、微動だにせず『会』の型を維持していた、子供の様な背丈の彼女から、その瞬間一切の感情が全て抜け落ちたかのように見えた――
「――『風穿ち』ッ!!」バヒュンッ!!
――直後、彼女の手から勢いよく放たれた、大量の魔力を帯びた紅の矢は、肉眼ではとても追えぬ速度を出して、海面を裂きながら真っ直ぐソレへと向かい進んでいく。
程なく、着弾したのだろう、水平線の先で眩く赤い光が瞬いたかと思うと――
――…ドッ!!ゴオオオォォォーッ!!
「うわぁっ!!「きゃあっ!!「ひぃぃっ!!」ゴガガガガガッ!!
――遅れて轟音がまず轟き、更に遅れて衝撃波が、灼けた大気を伴って船を襲う。船体は大きく揺さぶられ、荒れ狂う風の音に紛れて、乗組員の悲鳴がそこかしこから聞こえてきた。
あたし自身は、こんな事でも決して海に投げ出されたりはしないのだけれど、他の人達はそうもいかない。とにかく船を落ち着かせようと、直ぐさましゃがみ込んで甲板に右手を突き、意識を船の制御に集中させる。
その甲斐あって、波は未だ激しく荒れているけれど、船体の揺れは収まった。波の方も、アクアが目を回していなければ、その内落ち着かせるだろう。
ともあれ、人心地付いた所で立ち上がり、威力の程を確認する為、再び視線を巡らせる。するとそこには――
「な、無いわぁ~…」
――見事なキノコ雲が、空高くへ向かって登っている光景だった。その威力に、我が眷属の力ながら、流石にドン引きして、そう呟くのが精一杯だ。
船の揺れが落ち着いたお陰で、船員さん達もひとまず落ち着いたのだろう。そして全員、あたしと同じくキノコ雲を目にして、驚きの余り言葉を失っているのか、船上には妙な静けさが横たわっていた。
「…よ――」
そんな中で、明陽さんがふと声を漏らす。チラリとそちらを見てみると、繊月を手にぽかんとした表情で、キノコ雲を眺めていたかと思いきや――
「――予定通りじゃ!!」
「嘘吐け!!」
――冷や汗ダラダラ流しながら、引き攣った笑顔でサムズアップポーズ。突如として頓珍漢な事を言い出したので、間髪入れずツッコミを入れていた。
そもそも、それを眷属化したあたしでさえ予想外の威力なのに、何言ってんだこのロリババァ!!ほら、あの鉄面皮みたいな無表情の譲羽さんでさえ、驚きの余り珍しくぽかんとして固まっんじゃない!!
え~、突然ですがここで、ヴァルキリーからのお知らせです。眷属器は、後先よく考えてから遣いましょう。
まったくもう!初っぱな最大火力ぶっ込むとか、何考えてるのかしら!!(←
「…うっ――」
「うん?」
ふと、その瞬間誰かが声を漏らした。それを耳にしたあたしは、視線を巡らせ船尾へと向けた。その直後――
――ウオオオオォォォォーーーッ!!
――割れんばかりの雄叫びが、船全体から響き渡る。
「流石は守護者様だ!」
「ベファゴを一瞬で仕留めてしまわれるとは!!」
「あぁっ!!如何にベファゴと言えど、あんな一撃を受けてはひとたまりもあるまい!!」
「スメラギ様万歳!!」
そして皆、口々に明陽さんを讃え出す。やれやれ、船が転覆しかけたって言うのに、もうすっかり終わった気で居るとは…
ま、気持ちは解るけどね~…うん?
――ゴゴゴゴゴ…
そんな風に思って居た所、地響きに似た音を耳にしたあたしは、浮かれる船員さん達を余所に1人眉を顰める。その音は、どうやら背後から響いてきているようだった。
「ゆ、優姫――」
「ありゃ~…――」
「何のお――」
嫌な予感を覚えつつ、あたしが振り返ろうとするのと、エイミーの呼び声、更には明陽さんの呟きがちょうど重なる。あたしが振り返るとそこには、それまで無かった筈の壁があった。
「――と…?」
いや、それは決して壁などでは無い。、まるで油を差していないブリキ人形のように、今にもギギギッと音が聞こえそうな雰囲気で、あたしは首を上へと向ける。
「「「…つ――」」」
見上げた先には、こんな船なんて簡単に飲み込んでしまうような、大自然の猛威――
「「「――津波いいいぃぃぃっ!!??」」」
それが何なのか皆が理解した瞬間、再び船上に悲鳴じみた叫び声が上がる。恐らく――ってか十中八九間違い無く、明陽さんが放ったあの一撃による余波だろう。
やばい!やばいやばい!!これは流石にやばいッ!!あたし達は兎も角、いくら船員さん達がロープで船体と繋がれてるからって、これを真面に受けたら縄が切れて海に引きずり込まれる!!
どうする?どうする!?いっそ船ごと精霊界に避難する!?いや駄目だ!!そんな事したら、もっと大きくなった津波が、陸を襲いかねない!!
今ここでどうにかする!!
瞬間的にそう判断し、あたしは直ぐさましゃがみ込み、再び甲板に手を着ける。兎にも角にも、この船の安全がまず第一だ。
「アクアッ!!」
「アバババババッ!」
船のコントロールに全神経を傾けながら、操舵席に居る仲間の名を叫びながら振り向く。すると彼女は、瞬時にあたしの意図を読み取ったのだろう。
読み取った上で、彼女はあばあば言いながら、首を激しく横に振っていた。なんて使えねぇ!あたしの期待返せ!!




