子連れJK異世界旅~異世界怪魚列伝~(3)
「…それでは先を続けましょうか。」
暫く、声に出さずに笑っていたエイミーだったけど、一頻り笑って気が済んだのか、徐にそう告げて話を再開する。あたし達としてもその意見に異論は無く、表情を引き締めて首肯で返した。
「エルフ殿には、予定通りこの船に残り、精霊術を駆使して臨機応変な対応を願いたい。」
「えぇ、解りました。」
「ついでに、この船の船員達への指示も頼む。」
「うわっ!どさくさに紛れて一番面倒な事、エイミーに押しつけようとしてる!!」
さも当然とばかりに、しれっと切り出した明陽さんの台詞に、エイミーよりも先にあたしが反応する。そんなあたしを横目に、エイミーは苦笑いを浮かべる。
「なら御主がやるか?」
直後、そんな風に明陽さんに問われ、直ぐさま視線を明後日の方向へと向け、両手で両耳を覆い隠した。これぞ必殺、『知らぬ存ぜぬ』モード!!
ズブの素人相手に、無茶苦茶言ってんじゃ無いわよ。戦術戦略組み立てるんならまだしも、集団の個別意識をまとめ上げて、1つの意思の元に収束させるなんて芸当、こんな小娘に出来る訳無いでしょうが。
指揮官に最も必要な要素は、カリスマ性だとよく言うけれど、それを持ち得たからと言って、だからすぐにでもその人の指示に従うなんて事、有り得る筈なんて無い。時間を掛けて、相手からの信用と信頼を得る事によって、始めてその人に付いていこうと思える様になるのだ。
それに船乗りって言うのは、何十人という船員達が、限られた生活スペースの中、限られた資材を切り詰めて、平気で何十日と航行するという。閉ざされた船という小さな世界で、戒律のような厳しいルールを守る彼等の、鋼のような団結力があってこそ、そう言った事も可能なのだと聞いた事が在る。
ましてや、この船に乗り合わせている船員達は、仮にも一国の軍人達だ。そんな人達の指揮を執るとなったら、信用と信頼は元より、命を預けるに足る人物であると、証明しなければいけない。
命を預ける云々の点で言えば、エイミーよりも明陽さん達の方が適任だ。なんせ彼女達は、世界を守護する者として、世界中から認知されているのだから。
だからこそ、この船を国から任されている筈の船長も、簡単に指揮権を明け渡してくれたのだ。あたしは論外として、いくら金等級のエイミーが前に出ても、恐らく船員達は納得しないだろう。
「…別に船員1人1人に、しっかりと指示を出せなんて無茶な事、流石に儂も言わんわい。そんな事をしたら、船員達も混乱するじゃろうし、素直に従うとも思えんからの。じゃから船長に指示を出し、彼にその指示を落とし込ませれば良いだけよ。」
「けど、それでもやっぱり明陽さんが出した方が良いんじゃ無い?ベファゴと実際に立ち回るのは明陽さん達なんだし、変な指示だして2人の動きの妨げには成りたくないもの。逐一は流石に無理でも、隙を見つけて指示を出す位、余裕綽々でやってのけそうだけど。」
至って真剣な表情で語るその言葉を受け、それでもしつこくそう問い掛けると、やれやれと言った感じで苦笑を浮かべ、肩を竦めて見せる明陽さん。
「御主もなかなか、老いぼれに鞭打つ様な無茶言うのぉ~」
「老いぼれって…実年齢は兎も角、肉体年齢は全然ピッチピチじゃない。」
苦笑交じりに呟かれたその言葉に、あたしは呆れながらにそう返す。彼女の肉体には、女神ラズベルの加護によって『不死』が施されている。
『不死』と一口に括っても、その種類は様々だそうだ。様々在る種類の中で、明陽さん達守護者に施されている物は、成長自体を停止させる『不老』に付随した『不死』らしい。
肉体が若いままなら、老衰による死からは当然解放される。余命という自然死からの解放――それがラズベルとデモニアの眷属に成って、与えられる『不死』の絡繰りだった。
まぁそれだけだと、病気や致命傷を受けて死んだりもするから、生命力や治癒力なんかも強化されているそうだけどね。ともあれ、実年齢120越えのおばあちゃんなのは確かだけど、肉体年齢で言うとあたしと同じか、下手したら下かも知れないのだ。
その命が尽きない限り彼女達は、これからもその若々しい肉体を遺憾なく発揮し、フル活躍するのだろう。活躍する場が戦場だってのは、全く羨ましくは無いけれど、何時までも若々しいというのは、女性なら誰しもが、多少なりとも羨ましく思うだろう。
…JKの頃から羨ましいとか、ナチュラルメイクで勝負出来る癖に何言ってんだって?ご、ごめんなさい!?
「まぁ、肉体はな――」
呆れながらに口にしたあたしの言葉を受け、再び苦笑交じりに彼女はそう答える。その言葉を耳にした瞬間、違和感を覚え眉を顰めた。
その言葉が意味する事…それってつまり…
「――一山幾らの海獣の群であるならば、その位訳無いがのぉ。相手がベファゴとなれば、流石に話も変わってくるわい。」
その違和感を口に出そうとするよりも、後に続いた明陽さんの言葉によって、出かけた言葉が行き場をなくす。そのまま、口を突いてしまえば良かったんだろうけど、『気にする必要は無い』と言う雰囲気を感じてしまったら、流石にそうもいかないだろう。
「いくら水中で無いとは言え、彼奴相手に余裕綽々とはいかんでな。こちらの指揮は、御主等でどうにかせえよ。それに、儂に指揮を執らせたら、無茶な要求ばかりしかねんのじゃろう?」
「さっきの冗談、ここで引き出してくるなんて意地悪ねぇ~」
まるで誤魔化すように、何時になく流暢に喋り続けた明陽さんは、締めに意地の悪い笑みを浮かべてそう聞いてくる。その頃にはあたしも、1度は感じてしまった違和感を、胸の奥底へと沈めて鍵を掛け、普段の調子でおちゃらける。
それが彼女の思惑なら、それに従っておくべきだろう。今はまだ、問いただすべき時では無いのだろうから――
「真面目な話、指揮を執ると成れば、戦況を俯瞰して見る目が重要に成ってくる。それに儂等は、ベファゴに張り付かんといかんから、指示を出すにしても、いちいち声を張り上げんといかんし、戦闘音で聞こえん可能性の方が高かろうよ。」
「そう言われると…まぁそうよね。」
「喉潰れたらどうすんじゃい。」
「陸に戻ったら飴ちゃん買ってあげますよ。」
不意の一言に、間髪入れず瞬時に切り返す。何子供みたいな事言ってんだこの人…
瞬時に突っ込まれたのが不満なのか、つまらなそうな表情で舌打ちした後、視線をエイミーへと向けた。
「なればこそ、船に残る者に指揮の方は任せたい。金色の精霊姫の逸話は、儂等も耳にしておるでな。儂等以上に、戦場の経験値は多かろう?」
至極真面目な表情で彼女は、確認する様にエイミーへとそう問い掛ける。直後、少し照れた様子で、何時もの困った表情で苦笑するエイミー。
「どんな逸話か存じませんが、戦場に立った経験は…そうですね、多いと思います。ですが私は、別に軍人という訳ではありませんでしたからね、一団を率いた経験はありません。そう言うのは、当時の仲間に得意な者が居ましたので。」
そして、真面目な性格故だろう、言葉の途中から申し訳なさそうな表情と成ったエイミーは、明陽さんに対しそう告げた。当時の仲間とは、きっとシフォンの事だろう。
確かにそう言った分野は、エイミーよりも彼女の方が得意そうだ。けど、だからってここに居ない人物と、比較する必要も無いだろうに。
「それで別に構わんよ。儂とて別に得意という訳ではないしのぉ~」
それは恐らく明陽さんも同意見なんだろう、畏まった態度に成ったエイミーを前に、珍しく困った表情で苦笑を漏らしながらそう返す。
「何、そう難しく考えんでも平気じゃよ。御主の経験則から見て、好機と思えば攻撃を命じれば良いし、退き時と思えば後退させるなり、回避するなりすればええ。こっちはこっちで、それを見越して上手く立ち回るから安心せい。」
「それで良いのであれば…」
直後にそう説かれたものの、自信が無いのだろう、不安に顔を曇らせながらエイミーは、判断を求めるかのようにあたしの方へと視線を向けてくる。その視線に視線で返しつつ、無言のまま首肯してみせる。
彼女の不安は、察するに余り在る。けれど、正直この面子の中で、船の乗組員が納得する人物となると、明陽さん達を措いたら他にはエイミーしか居ないだろう。
「…解りました。余り自信はありませんが、その役お受けします。」
「うむ。まぁ期待はしとらんからの、肩の力は抜いて貰って構わんぞ?」
意を決した表情で、ようやく申し出にエイミーが応じたと言うのに、まるであしらうかの様に明陽さんは、しれっとした表情でそんな事を口にする。彼女なりに、気を遣っているんだろうけど、言い方が雑過ぎでしょうよ。
まぁ、そんな彼女の態度を前にして、苦笑いを浮かべるエイミーも、多少なりとも肩の力が抜けたらしい。ならば万事、彼女の思惑通りといった所だろう。
しっかし、改めて思うけれど偏屈というか…やっぱ素直云々、この人にだけは言われたくなぁ~い!
なんて思って居ると、ふと明陽さんと視線が合った。どうやらいよいよ、あたしの役割についてだろう。
「御主は――」
はてさて、一体どんな無茶振りをされる事や――
「――まぁ適当によろしくやっとくれ。」
「雑!?ちょ、なんかもっとこう色々在るでしょうよ!!」
これまたしれっと、何でも無いかのようにそう告げた明陽さん。彼女にどんな無茶を言われても、動じず平然と返してやろうと構えていたあたしも、流石に肩透かしを食らい思わず抗議の声を上げる。
すると見る見る内に、彼女の表情が鬱陶しそうな物へと変化していくではないか。いやいやちょっと酷すぎません!?
「うるっさいのぉ…細かい事をブツブツと。それでも御主、武神の末席を汚す者かえ?」
「いやいや!?今それ絶っっっ対関係ないよね!!」
「関係あるわ戯けめ。」
「へ?」
抗議を上げるあたしに対し、まるで関係なさそうな事を引き合いに出され、直ぐさま反論する。けれどその直後、真剣な表情となって割と強めにそう言われ、あたしは思わず間の抜けた声を上げて聞き返していた。
「ならば聞くが御主、自分の身の丈の何十倍もあるような怪物と、相対した経験はあるのかえ?」
「それは…」
続けざまにそう問われ、思わず言葉につまる。思い返すまでも無く、そんな経験普通に生活していれば、在る筈なんて無いだろう。
「であれば、まずは儂等の立ち回りを船から観察し、まるで無い対巨躯戦の戦闘経験をイメージで補え。今回の敵は、行き当たりばったりで上手くいく程、甘くはないぞ?」
言葉につまったあたしを見て、それが返事と受け取ったのだろう。至って真面目な表情で、窘めるような口調で言葉を続ける。
その言葉を、戯ける事無く真剣に受け止めたあたしは、ふむと考えを巡らせる。
急に一族の事を引き合いに出すから何かと思えば、成る程そういう訳か…
現存する武術の多くは、対人間を想定して発展してきた。あたしが扱う武人一刀居合術、その源流であり明陽さん達も扱う武神流は、妖怪変化さえも想定し発展したと言われているけど、それでもその本質は一緒だ。
基本的に武術とは、使い手の何倍もの体積を持つ存在を、相手にする事を想定されて創られてはいない。そう言った類いの存在を相手にするのなら、まず根本から考えを見直さないといけないと、彼女はそう言いたいのだろう。
精霊化すればどうにかなるなんて、割と楽観的にそう考えていたけれど、どうやらその考えを彼女に見透かされていたらしい。現状『流星雨』の様な大技を人前で使えない以上、単純に『身体能力が向上した人間』でしかないからね。
「暫くは船上で、船の舵取りと防衛に集中しておれ。イメージが固まりいけると思えば、儂等の方に合流すれば良いし、無理じゃと判断したんなら、そのまま船上でエルフ殿と船の防衛と牽制に務めよ。」
「成る程…要は見取り稽古しろって、そういう訳ですか。解りましたよ。」
割と気安く言ってくれるけど、結構な無茶振りだなぁ~普通、一朝一夕でどうこう出来る様な事じゃないってのに…
明陽さんの言葉に対し、そんな事を考えつつ苦笑交じりに頷いてみせる。まさか異世界に来て、鑢七○ばりの異能を求められるとは…
「ま、御主は頭の回転が速そうじゃし、すぐにイメージを掴みそうじゃがな。」
「あら、褒めてくれるなんて珍しいですね?そんな事言って煽てても、飴ちゃん位しか出ませんけど。」
「全く、戯けめが…」
一通り話が纏まり、あたしの役割が決まった所で、途端に気を緩ませて軽口一つ。それを耳にした明陽さんが、呆れた顔で苦笑を漏らし呟いた。